■ 17.優しさのカタチ

槍を扱う悪魔は、熟練した者かまだまだ未熟であるかの差はあるが、数多く存在する。
クー・フーリンほどの使い手になると、標的を突くときの刃先が風を切る音のみでどの悪魔が槍を扱っているのか判断することはそう難しいことではない。
修行を重ねることで上達していっても、槍を扱う本人の癖などから生じる微妙な音の差を聞き分ける。
よって、少々甲高い少年のかけ声が聞こえてこなくても、渋谷のハチ公前でひとり修行に没頭している者がセタンタであると、クー・フーリンには見当が付いていた。
星型の体をくるくると回しながら大きな目を迷惑そうに細めるデカラビアのすぐ隣で、小柄な妖精は構えた槍を突き出している。
人修羅がジャンクショップでゆっくり品定めをしているせいか今回の休憩はいつもと比べてだいぶ長い。
そのあいだ休まずにずっと修行を続けていたのか、妖精の黒い前髪は汗で額に張り付いている。
「あまり張り切りすぎると、実戦で全力を出すことができなくなるぞ」
忠告はするものの、最初から修行に夢中なセタンタが自分の言うことに耳を貸す気など無いことを分かっているのか、表情からは仕方ないなぁというふうな諦めの感情が見て取れる。
それは一生懸命な子供を見守る兄の表情にも似ていたが、かけ声を繰り返しながら横目で一瞬クー・フーリンの顔を見たセタンタは、気に入らないのか頬を膨らませた。
煩いし危険だから止めさせろと全身を使って訴えるデカラビアの隣に腰を下ろし、輝きを放つカグツチのもと、幻魔は目を瞑って気合の入った妖精の声に耳を傾けた。

棒のようなもので額を小突かれて、うとうとしていたクー・フーリンはゆっくりと目を開く。
飛び込んできた光に何度か瞬きを繰り返す目に最初に映ったふくれっ面の妖精が、槍の柄を突きつけながら、
「どこまで呑気な悪魔なんだ」
と、ため息混じりに非難した。
小姑のような子供から逃れるように首をひねって逆側を確認すると、デカラビアが背中を向けて代々木公園の方角を睨んでいる。
セタンタの修行が終わって安全が確保されれば文句はないのか、2体のやり取りに一切関心を示さず、ただ一点を瞬きもせず星型の悪魔は見つめていた。
声をかけようとしたのかクー・フーリンは口を開いたが、デカラビアの"フォルネウスまだ来ないのか"という切ない呟きを聞き取り、渋々セタンタの方へ顔の向きを戻した。
額の汗をマフラーの先っぽで拭う妖精は、もうクー・フーリンを見ていなかった。
今以上に強くなるための課題を見つけ、それを克服するためにイメージトレーニングをしているのか、どこを見ているのか分からない目は真剣そのものだ。
デカラビアとセタンタ双方が自分のやりたいことに没頭してしまったため、どちらにも声をかけられず、クー・フーリンは気まずそうに顎を手のひらで撫でる。
幻魔はしばらく待ってみたが状況は変わらず、面白くなさそうに首を振ってから立ち上がり、地下街の方へ歩き出す。
寂しそうな翳が宿る背中にぴったりセタンタがくっつくように追い、背後の気配に気付いたクー・フーリンの足取りから憂鬱さが消えた。
クー・フーリンが足を速めればセタンタも速め、急にスピードを緩めれば危うく追い抜きそうになりながらも何とか踏みとどまる。
歩幅は違ってもお互いの位置は変わらず、2体の悪魔は階段を駆け下り、マネキンの群れを横目にゆったりと歩く。
綿飴のような思念体が浮かぶ合間を縫いながらの無言の散歩に変化をもたらしたのは、セタンタだった。
腕を掴んで引っぱる柔らかな感触に気付いてクー・フーリンは足を止める。
振り返ればセタンタも同様に足を止めて、上目遣いに自分より背の高い幻魔の顔を見上げていた。
顔だけでなく全身を妖精の方へむけて、クー・フーリンは膝を屈めて向かい合ったセタンタと目線を合わせると、目元に柔らかい笑みを浮かべて問いかける。
「どうした、なにか私に相談ごとでもあるのか?」
優しい目に正面から見つめられて、セタンタの目が一瞬驚きで大きくなる。
「……っ、今以上に強くなりたいのに、私は少しも成長することができない、それが恥ずかしいのです」
早口でそう言いきると、妖精はすぐに幻魔から視線を逸らすために横を向いてしまった。
クー・フーリンの笑みが深くなる。
「今のままで充分強いじゃないか、誰よりも向上心があるから強くなれたんだろう、それは誇ってよいことだセタンタ」
途端に少年の体温をあまり感じさせない白い頬に赤みがさし、半ばむきになって反論をしようと腕を振り上げる。
「違う、今のままじゃ全然貴方にさえ届いていないじゃないか。貴方よりも、誰よりも強くなりたいのに!」
振り下ろされた握りこぶしは力なくクー・フーリンの肩を叩いて滑り落ち、幻魔は落ち込んだ妖精を見てそれまで浮かべていた笑みを消す。
しかし、少年の悲痛な願いが込められた声に対して幻魔は返す言葉を見つけることができず、俯いてしまった小さな背中をただ撫で続けていた。

「クー・フーリン!」
怒った声に幻魔が振り返ると、背後に鬼のような形相をしたセタンタが腰に手を当てて仁王立ちしている。
妖精の怒りは、渋谷での休憩を終えて仲魔たちを集合させた人修羅が告げた言葉が原因だった。
自分の気迫に圧されてぽかんと口を開いたまま固まってしまった幻魔にピンと立てた人差し指を突きつける。
「なんの真似ですか? 自ら合体に使用されることを希望したって……」
荒い呼吸を落ち着けるように深呼吸をして、もう1度大きく息を吸い込んでから、
「それが貴方の優しさですか? 強くなりたいと望んだ私への答えですか?」
と、完全に相手を責めなじる口調でセタンタが訊く。
ようやくセタンタが言っている内容を理解できたクー・フーリンは、予測していなかった反応に困ったと言いたげに首をかしげた。
「私がいなくなればお前は私になれる、そうすれば今より多様な技を身に付けることができる、それのどこが不満……」
強い衝撃を受けてクー・フーリンの疑問は中断され、代わりにセタンタの耳を塞ぎたくなるような大声が辺りに響く。
「バカ悪魔ッ、バカ幻魔ッ、バカ騎士ッ、貴方はなにも分かっていないじゃないか」
突進する勢いで身体をぶつけてきた妖精を抱きとめたものの、その勢いによろめきながら馬鹿と連呼されたクー・フーリンは呆気に取られた顔をしている。
そんな幻魔を不満と言うより必死と表現した方が良い悲しそうな顔で見上げ、その表情に釘付けになって思わず息をのむクー・フーリンへ、セタンタはかすれ気味な声で精一杯の想いをぶつける。
「貴方がいなくちゃ意味がないんだ、貴方がいなければ私の目標が無くなってしまうんだ、貴方がいなければ私がここにいる意味も全て無くなってしまうんです!」
吐き出してからそれでもまだ伝えきれないのかもどかしそうに額をクー・フーリンの胸に擦りつけながら、
「それなのに私の前から消えると貴方は言う、そんなのぜんっぜん優しくなんてないんです!」
と、セタンタは力説をする。
クー・フーリンはそんなセタンタに対してやはり何と声をかければ良いか判断できないようだった。
迷った末に謝ろうとすると、それを察知した妖精が先手を取った。
「そんな上から物を見るような姿勢で謝られても納得できませんよ、ちゃんと私の顔を見て謝ってください」
それもそうかと納得してクー・フーリンが身を屈めた瞬間、セタンタは心もち斜めに傾けた顔を素早く幻魔の顔に近付けた。
謝ろうと丁度開いた口内に妖精の舌が侵入し、ぞわっとした感触にクー・フーリンも仕掛けた側のセタンタも身震いをする。
上側の歯列をなぞり、更に奥を目指して動くセタンタの舌にクー・フーリンの舌が絡み付いて応え、2つの舌が互いの口内を貪るように移動する。
「んうっ……」
呼吸ができない苦しさから舌を吸われたセタンタが小さく呻き、熱を帯びてとろんとした目でクー・フーリンの目を捉える。
いつの間にか妖精の首に回されていた幻魔の腕が、腰まで下降してもっと身体を密着させるようと小柄な身体を引き寄せる。
それを合図に、セタンタはクー・フーリンの下唇を歯で軽く挟んで引っ張るようにしながら唇を離した。
肩で乱れた息を整え、その合間に幻魔の目を捉えたまま妖精が唇を動かす。
「好きって言ってください、それが今貴方が私に提供できる最大限の優しさですから」
クー・フーリンはセタンタの耳を噛むように唇で啄ばみながら、一文字ずつはっきりとした口の動きで告げていく。
その口の動きが止んだあと、セタンタは可能な限り両腕を回して力いっぱいクー・フーリンの体を抱きしめた。



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