■ 烈風_2

トロールに潰されるような格好で地面に全身を叩き付けられたセタンタは、受けた衝撃に咳き込みながらも首を上げて槍の行方を追う。
少年の目には向かってくる槍から逃げずに空中でゆったりと羽を動かす妖精王が映し出された。
「何故避けない!」
叫んだ瞬間、巨大な水色の手の平に頭を地面に押し付けられ、マフラーがずれてセタンタの開いたままの口に渇いた砂が入って喉にはり付く。
再び目を上空へ向けようと抵抗する妖精の白い頬は、鋭利な小石が転がっている地面と激しく擦れ合い、擦り傷が出来て血が滲む。
力を込めるために食いしばった歯が、砂利を噛み潰して嫌な音を立てる。
頭に上昇した熱い血が、妖精たちの悲鳴を耳にして一気に冷めていく。
焦りに駆られて自分がしてしまったことのあまりの重大さに、放った槍がもたらす結果に、セタンタは全身が氷り付くような恐怖を感じた。
妖精たちのざわめきと幾つもの足音。直接確かめなくとも槍に貫かれて空から地面へ落下するオベロンの姿が少年の頭にイメージされる。
口内にたまった砂を吐き出し、セタンタは狂ったように押さえつけるトロールの力に抵抗を示す。
力自慢のトロールたちも少年の全力には敵わないのか、大きな手が少しずつ押し戻される。
「なんてチカラだ」
耐え切れなくなり3体がかりでセタンタを押さえ付けていたトロールたちは仲間に応援を求めようと周囲を確認する。
その視界がある妖精の姿を捉え、トロールの小さな丸い目が大きく見開かれた。
「放してあげなさい」
鮮やかな緑のドレスを身に纏った金髪の美女が、驚いているトロールたちに命令を下す。
あわててセタンタを解放して飛び退く巨体にお礼のウインクをして、ティターニアはバネのように飛び起きた少年の白い鎧に付いた砂を落ち着いた手つきではらい落とした。
セタンタはすぐに周囲を見渡し、オベロンを探している。
必死に夫の姿を探す少年の耳にティターニアは態度と同じ冷静な声で何かを囁いた。
ビクッと体を硬直させ、強張った顔つきでセタンタは王妃の顔をを見上げる。
砂で薄茶色に染まり所々に傷が出来ている頬を白く形の良い指で触れ、ティターニアはもう1度ゆっくりとした口調で少年に告げた。
「オベロンは無事ですわ、私が槍に氷をぶつけて軌道を変えましたから」
何を言われているのか理解しているのかさえ定かでない顔で呆然と立ち尽くす少年妖精を抱き寄せ、王妃は小さな背中を撫でる。
「頑張りましたね、きっと王も認めて下さると思いますわ」
セタンタの肩は小刻みに震えていた。
恐れを感じている妖精を安心させようとティターニアはより体を密着させようとする。
王妃の痺れるような花の香りに酔い、腕の中で泣き出したいという衝動がセタンタの心を溶かしたが、
多くの妖精が見ている中で甘えるのは恥ずかしいという思いの方が勝ったのか、本能に身を任せることはせずじっとしていた。
「ティターニア」
呼び声に、背中を撫でる手が止まる。
「あら」
小さく笑い、すぐに自分の腕から抜け出して乱れた格好を整える少年をティターニアは拗ねたような目で見つめた。
一通り整えてから、セタンタは近付いてくる妖精のそばへ駆け寄る。
「申し訳ございません!」
深く腰を折り頭を下げるセタンタに、脇腹に浅い切り傷を負っているものの、それ以外は以前と何も変わらない王はティターニアに困ったような視線を送る。
妖精王の王妃は何も言わずに軽く頷き、オベロンも頷き返す。
「顔を上げなさいセタンタ、こうなった以上私はお前に命令を下さなければならない」
「はい……」
言われた通りに正面に向けられたセタンタの顔は不安に満ちていて、オベロンの視線を受け止めることさえ困難な様子だった。
あまり少年の不安そうな顔を見ていたくは無いのか、顔を上げさせてすぐにオベロンはセタンタに命令を下した。
「今すぐにここからの退去を命じる、心の底から今回のことを反省するまで戻ってくることは許可しない」
命令を受けてすぐに悲痛な面持ちで俯いて数秒、セタンタは弾かれたように顔を上げて信じられないという目で王を見た。
「ケルピー、来なさい」
少年が想いを口に出すより早く、オベロンは浮遊する馬の形をした妖精を呼び寄せて指示をする。
「私に不快な思いをさせたこの罪人を早く外に放り出せ」
「あっ、あのっ、おうさ……!」
指示を受けるとすぐにケルピーはセタンタの両足の間に体を潜り込ませ、フェンスの外に向かって上昇を開始する。
非常にバランスの悪い体勢で馬の背中に強制的に乗せられたセタンタは、馬体にしがみ付いてどうにかバランスを保つ。
オベロンもティターニアも他の妖精たちも、ぐんぐん上昇していくケルピーとセタンタの姿を地上から見上げている。
ピクシーが何匹かケルピーの周りを取り囲み、
「頑張ってね」
とセタンタに応援のメッセージを送った。
フェンスを越えるとケルピーは下降し、工事現場とは違う感触の地面にセタンタを降ろす。
「槍が」
武器を持たない自分の両手の平を見て慌てるセタンタのもとに、後から追ってきたのか別のケルピーが咥えた槍を上空から投げ落とした。
難なく槍をキャッチし、
「ありがとう」
と礼を言ってみたものの、もう戻ることはできない妖精たちの住みかを振り返り、眉根を寄せる。
しかしその表情も深呼吸1つで期待に満ちたものに変化し、セタンタは大きく伸びをして広い上空と、そこに輝くカグツチを見上げた。

槍をセタンタに渡し終えたケルピーが戻ってくると、オベロンは馬を労うように撫でながら、ティターニアに礼を言った。
「今回の件ではお前に多くの迷惑をかけたな」
スカートの裾を軽く上げて礼に応え、王妃は優雅に微笑む。
「これで貴方に貸しを作ることができましたわ」
すぐに妻への感謝の表情は憂鬱な曇り模様に変わったが、セタンタの件があったばかりで疲れているのか、
いつもの王妃に対する憂鬱な表情と比べるとだいぶ穏やかなものだった。



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