■ 冷たい熱

"日本の神々は酒に弱い"
酒を水代わりに飲むような北欧の神々に言われるならまだしも、
「セタンタと飲み比べてもあなた方は負けるだろう」
という憐れみを含んだクー・フーリンの発言に耐え切れなくなり、アマテラスはまだ頑張ろうとテーブルにしがみ付くオオクニヌシを無理やり引き剥がして酒場の外に出た。
背後から追いかけてくる他国の悪魔たちの笑い声のせいで、酒の効果でただでさえ真っ赤なアマテラスの顔は、湯気が立ちそうなほどになっている。
酔いが体中を支配しているのか、浮遊する魔神は空中でバランスを取ることさえ苦労している様子だ。
連れ出したものの自ら歩こうとしない鬼神の手を掴んで、お荷物のようにずるずると引きずる姿は危なっかしい。
実際のところ、人修羅の配下の悪魔として顔を合わせているにも関わらず、アマテラスは共に行動する仲魔の顔と名前はごく一部の興味のある悪魔を除いて覚えていない。
憐れむような態度から自分が侮られているということを察しただけで、セタンタがどんな悪魔なのか魔神にはさっぱり分からない。
セタンタという名で呼ばれる悪魔の姿を思い浮かべようと、眉を顰めて名前をブツブツ呟いていると、床の上を引きずられていたオオクニヌシが、
「ほら、あの白い鎧を着たおかっぱの」
と指で自分のこめかみを突付きながら情報を提供する。
与えられた手がかりを元に、アマテラスは眉間に深い皺を寄せながら記憶を引き出そうとしている。
酒のせいで普段より鈍くなっている頭の片隅からどうにか情報に該当する悪魔の記憶を引っ張り出せたのか、表情が明るくなった。
しかし、それはほんの一瞬のことで、
「あれか……」
と苦々しく頷いた魔神は、腹立たし気に両手の指を組み合わせて鳴らす。
「忌々しい奴らめ、この私とあの童が同じだと?」
上半身が浮く格好で引きずられていたオオクニヌシの額が、急に腕をつかんでいた手を離されてゴンッと派手な音を立てて床と激突する。
「いたい」
呻く鬼神の足首をつかみ、アマテラスは酔った荷物を引っ張りながら体を休められそうな場所への移動を再開した。
"いたい、いたい"と、床と擦れてひりひり痛む額がこれ以上ダメージを受けないよう手の平で防御しながら、オオクニヌシは為す術も無く連行された。

機能を果たす時には勢い良く回転して重苦しい音を立る装置も、それ以外のときはただの赤い柱でしかない。
転送装置が設置されている部屋に雪崩れ込んだ2体の悪魔は、その柱にぐったりと背中を預けた。
酔いで火照った体に風を送り込もうと手のひらを団扇代わりにして扇ぎ、胸は忙しなく上下している。
「場所が悪い」
2体で揃った動きをくり返すうちに、オオクニヌシがよろよろと立ち上がり、アマテラスが陣取る柱の反対側に移動した。
億劫そうに目でその動きを追ったアマテラスは不満そうに口を真っ直ぐ横に結んだものの、引き止めようとはしない。
転送装置を挟んで表と裏の背中合わせ。
片方は生者が望む光に満ち、片方は死者を導く影を成す。
影は光の侵略を拒み、光は影に脅かされることを恐れる。
空気さえ混じり合うことなく対立した2つの空間を分かつ要素となった。
「あの髪の長い優男、近いうちにあのような口を利けぬようにしてやろう」
内容の割りに気だるそうなアマテラスの口調、その言葉の主がどんな表情をしているのかオオクニヌシには分からない。
「彼は私にとって仲間であると同時に良き友のような存在、友好関係を崩すような真似は為さらないで下さい」
風を起こそうと動いていた白く形の良い手が止まる。
冗談か本気か、アマテラス側からもオオクニヌシの真意は見えず、判断することはできない。
普通の者なら慎重に言葉を選ぶか沈黙を守り様子を窺うところを、魔神は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う。
「ならば、なおのこと」
純粋に相手の感情を煽り反応を愉しむための嘲りを含んだ発言に、何か言い返すことも面倒くさいと鬼神の体から力が抜ける。
「大人気ない」
オオクニヌシは眠くてたまらなかった。頭の芯が痺れ、倦怠感が毒のように全身に回っていく。
かろうじてそれだけ口にして、床に横たわり夢の世界に落ちそうな体を手をついて支えようとした。
あれ? という表情が感触を分析するより先に鬼神の顔に浮かぶ。
思考が感情に追いつかなかったのは、当然自分と同じように相手のその部分も熱を帯びているだろうという予測を裏切られたせいだった。
人工的な固い床とは明らかに違う生き物の柔らかさを指が感じ取ったのは、そこにアマテラスの手が置かれていたためだ。
その手のひんやりとした温度が、オオクニヌシの情報処理能力を一時的に混乱させた。
違和感に驚き触れてすぐに離した指を、首を傾げながらオオクニヌシはもう1度アマテラスの手の甲へ近づける。
その瞬間、保たれていた光と影の均衡が崩れ、冷えた手が熱を帯びた手を捕らえて自分の領域へ連れ込む。
アマテラスの領域に引きずり込まれてたまるかと、引っ張られる上半身を自分の領域へ戻そうとオオクニヌシは抵抗を示す。
「熱い……」
熱を持つ手に対する驚きこそが間違いなのだと鬼神は冷静に訂正する。
「私の手が正常であり、貴方の手が異常に冷たいのです」
「嘘だな」
即座にアマテラスの声が否定し、オオクニヌシは不満そうに唇を尖らせる。
「根拠はあるのですか?」
訊ねてすぐに、オオクニヌシの指の腹を生暖かい温度がくすぐる。
滑らかで濡れていて柔らかいもの。
舐められたと理解した時にはすでにアマテラスの舌先は指の腹を離れ、指と指の間を突いている。
「それでは意味が無い」
ため息混じりに指摘をして、オオクニヌシは魔神の手に掴まれたままの自分の手を引き寄せる。
光の領域が拡大し、鬼神のひざの上を淡い色が踊った。
冷たい手の甲に口を寄せて、オオクニヌシは尖らせた舌先でアマテラスの指の関節を舐める。
先ほど舐められたときよりも明確な舌と指の温度差を感じて、鬼神は満足気に目を細めた。
「そこではあまり感じない」
文句にいったん口を離し、
「では、ここでは?」
と、オオクニヌシは関節に下唇を置いて舌を伸ばして指の間をくすぐる。
自らも温度を感じ取ろうとしているのか、皮膚を舌に擦り付けるように指を動かすアマテラスが軽く笑う。
「見かけによらず熱いことだ」
それは貴方も同じとオオクニヌシは言おうとしたが、口からは別の言葉が出る。
「冷たいのは手だけでしょう? 他は私と変わらないはず」
「そう思うのなら、確かめてみるがよい」
決め付けに対する反応は挑発にも似た言葉だった。
オオクニヌシの顔が、"やってしまった"という後悔の念で引きつる。
きっとアマテラスはここに誘導するために最初からある程度計算をして言葉と行動を選んだに違いないとオオクニヌシは痛感し、恨めしそうな目を冷たく白い手に向ける。
しかし、罠にはまったというのに、後悔の中にどこか楽しそうな表情が見えるのは、自ら進んで罠に飛び込んだ部分もあったという自覚があるからだろう。
酒による火照りを沈めるための冷たい熱が欲しい。
そんな欲求が鬼神の心を疼かせ、次の行動を決めさせた。

掴まれている腕を引くときに、最低限必要以上の力は要らなかった。
魔神の体は抵抗なく鬼神の領域に引き込まれ、向かい合う形になる。
急激な明るさの変化にオオクニヌシの目が不自然な瞬きをしなくて済む程度に慣れるまで、アマテラスは手を出さずにじっとしていた。
鬼神は用心深く相手の出方を探ろうと表情を窺い、その視線を余裕を感じさせる態度で魔神が受け止める。
「良い子だ、おいで」
アマテラスの瞳の色が深くなり、口元に行為を誘うような笑みが浮かぶ。
子ども扱いされたことが気に入らなかったのか、オオクニヌシは普段の丁寧な口調を崩し、わざと対等な言葉を選んだ。
「自分から来るがいい」
他の悪魔相手ならともかく、アマテラスへの命令口調にわずかな恐れが生じたのか、偉そうな言葉とは裏腹に喉が震える。
魔神がそれを見逃すはずもなく、
「無理はしないことだ」
と、からかいを含んだ声音で囁く。
これ以上主導権を握られないようにと、行動を起こしたのはオオクニヌシの方が先だった。
自分の神経を逆撫でするような言葉ばかりを吐き出す口に唇を重ねてふさぎ、舌を割り込ませる。
その熱を待っていたかのように、アマテラスの舌がすぐに応じて鬼神を翻弄するように絡む。
至近距離で睨むように見つめ合う視線の一方が合図をするように下へ落ち、その動きと同時に両者の手が互いの下半身へ向かう。
唇を重ねあったまま身に着けている物の中へ手を忍び込ませ、中心の形を探る指の動きはどちらも相手への遠慮が無い。
先に声を出したのは魔神だった。すぐに声を押し殺し、悔しそうな目を鬼神に向けながら空いている手で濡れた唇を拭う。
勝ったと喜びを表情に出そうとしたオオクニヌシも、直後に訪れた感覚に耐え切れずに細い息を漏らす。
どちらの神も先に相手を陥落させようと手の動きを弱めようとはせず、快楽ばかりが下腹に重くたまる。
反応を隠す気力も相手がどの程度追い詰められているのか探る余裕も失われ、乱れた息遣いが交互に両者の意識を蝕んでいく。
鬼神の、責めている方と逆の手が魔神の顎から額を撫で上げ、黒髪をまとめている紐の結び目を引っ張って解く。
長い髪が流れ、頬にかかったひと房を震える指が梳く。
まるで鏡に映しているかのように、全く同じタイミングと速度で魔神の手も額に汗の浮かぶ鬼神の髪紐を解き、そのひと房を梳いた。
向き合う悪魔に感覚を支配され、自分自身も相手の熱を感じ取り支配しているのだと自覚する。
互いの額をくっつけ、呼吸を合わせて快楽を共有していることを確認しながら熱が解放される瞬間を待ちわびる。
ほぼ同時に訪れた感覚に声を漏らすまいと相手の口に唇を重ねて背中に片手を回す。
結果的に両者とも目を閉じて無言のまま、抱き合う形で自身の熱を解放した。

「顔に触れたときの手は、熱かったですよ」
後は知りませんがと続けるオオクニヌシの報告を、手のひら側の指についた液体を舐め取りながらアマテラスは聞き流す。
思いついたことを行動に移そうか難しい表情でだいぶ迷ってから、意を決してオオクニヌシは魔神の手の甲側の指に舌を這わせる。
「そんなに私の指が好きか?」
訊ねられて、せっかく酒も抜けて平常の白さを取り戻しつつあった目元を赤く染め、それでも鬼神は魔神の冷たい熱を心ゆくまで舌先で味わった。



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