■ 猪はともだち−メガロポリス−

歴史の流れは首都"東京"を"メガロポリス"という名前だけではなく、形さえSF映画に出てくる機械に支配され無人となった都市を連想させる姿へと変化させていた。
文明の発達という言葉で片付けてしまうにはあまりに急激な差であり、ナオキたち人間はカレンに説明を受けても、目の前の現実を受け入れることが困難な様子だ。
地面には石の代わりに機械の一部と思われる部品が散乱し、コードに足をとられて転倒している仲魔もいる。
「気味の悪い場所だ」
行く手を遮るように放置された機械を蹴ってどかし、眉をしかめて幻魔ディルムッドは周囲を見渡す。
彼ら悪魔が地上に姿を現しているということは、戦うべき敵悪魔が存在しているということを意味する。
オギワラとの決着をつけたばかりの落ち着かない気分のまま、場所は同じ東京とはいえ全く異なる時代にきて早々戦わなければならないナオキを幻魔は不憫に思った。
しかしその気持ちも直後に背後から聞こえてくる声に掻き乱され、別の感情にすりかわってしまう。
「良かったグリンブルスティ、お前も召喚して貰えたのだね」
弾むようなその声は魔神フレイのものだ。
自分の所持獣である猪のグリンブルスティと共に戦えると分かって嬉しいのだろう。
フレイがそこまで喜ぶには理由があった。
オギワラとの決着を付けるため乗り込んだ品川においての戦いで、圧倒的に有利な状況であったにも関わらずグリンブルスティはユルングに止めをさすことができず、線路を越えることに集中していたナオキはユルングの広範囲攻撃を受けて大きなダメージを負った。
そのため、レベルは十分であっても肝心なところで攻撃を外してしまう頼りにならない仲魔というイメージが自分に付いてしまったのではないかと、グリンブルスティは密かに心配し、フレイにもナオキの信頼を回復するためにはどうしたら良いかと相談をしていた。
オギワラとの交渉が決裂し、敵の本拠地内部に乗り込んだ際の戦いで、フレイはグリンブルスティの姿を見つけることはできなかった。
戦力にするには心もとないと判断されてトモハルのストックに送られてしまったのか。
その時のフレイの顔は青ざめていた。
北欧の魔神と同じ戦場にいた猪にあまり良い感情を持っていないディルムッドは、現世で自分の死のきっかけとなった因縁の動物が消えたと内心ほっとしていたのだが。
「なにが良いものか」
小声で悪態をつき、グリンブルスティを再び戦力として使役することに決めたナオキに対して幻魔は腹を立てる。
「フレイ様、共に頑張りましょう」
張り切っている猪の声が、ディルムッドの胃をキリキリ痛ませた。

「カレンが守っている拠点に敵を近付けさせないよう急いでくれ」
自軍の本拠地はカレンひとりが守り、対する敵の本拠地はもぬけの殻という状況を見たナオキが仲魔たちに指示を与えていく。
移動の素早い仲魔は敵の本拠地へ向かわせて空を飛ぶ悪魔たちの注意を引き付けさせ、同時に地上の敵悪魔たちの足止めをする役目を何体かの仲魔に与える。
フレイもディルムッドも足止めをするように命令を受けたが、敵と味方が入り混じって混雑する細い通路の上でフレイと共に行動する猪と接触することを嫌い、ディルムッドは独断で敵の本拠地へ向かった。
「勝手にどこに行くんだ!」
フレイの声が追ってきても、振り返りもせずに
「そこで固まっていては身動きが取れない、私は先に行く」
と返事をして、自軍の本拠地を守ることは諦めてカレンが守る味方の本拠地へ向かおうとする鳥悪魔を魔法で打ち落とす。
電撃に打たれて黒焦げになった悪魔は、慌てて身体を癒すことができる回復の泉へ方向転換して逃げようとする。
「逃がすものか」
よろよろと、しかし確実に地上を走る自分より早い速度で飛んでいく鳥悪魔を、目で確認しながらディルムッドが追う。
泉にたどり着いても、追いついた幻魔の槍に串刺しにされてしまうと判断した敵の鳥悪魔は目的地へ向かうコースを諦め、どうにか逃げ切ろうとどんどん戦場から遠ざかっていく。
敵と味方の喚声も次第に遠くなり、足場も廃品コードで覆われてでこぼこしたものへと変化していく。
深追いをして敵に止めを刺すより、戦場に戻って仲魔に加勢したほうが良いのではないか。
追いかけるディルムッドの速度をそんな考えが鈍くした瞬間、非常に素早い動きで何か管のようなものが蠢き、甲高い鳥悪魔の悲鳴が響き渡る。
「なっ……!」
驚き足を止めて身構えた幻魔の四方からザワザワと不気味な物音が聞こえ、鳥悪魔が地面に叩きつけられる。
その姿は奇妙にひしゃげていて、羽を体に結わえ付けて動きを封じるように細いコードが何本も巻きついていた。
「いったい」
何が起きたのか冷静に判断しようと幻魔が敵悪魔に近づいたそのとき、蛇が獲物に飛びかかるような動きで"なにか"がディルムッドの足に纏わり付く。
すぐにディルムッドは後方に飛び退ろうとしたが、それより早く"なにか"は足首に絡み付いて動きの邪魔をする。
足首に巻き付いたそれは無数のコードだった。
切り離そうと幻魔は槍で不気味に蠢くコードを切断したが、すぐに新しいコードが通路脇に積まれた廃品の山から伸びてきて、今度は太ももに巻きつく。
地面を覆うコードは波打ち、足の動きを封じた線がディルムッドを通路脇へ引きずり込もうと引っ張る。
バランスを崩しかけながらも幻魔はなんとかコードから自由になろうと槍を動かし続けたが、切断したコードの断面から強力な電撃が発生し、槍を握る手を鋭い痛みと痺れが襲う。
「ッ! なんだこれは……!」
痛みに顔を歪め、額に薄っすらと汗を浮かべながら必死に踏ん張るものの、引っ張られる力に抵抗しきれずにディルムッドの体はどんどん引きずり込まれていく。
廃品の山から際限なく湧いてくるコードは足だけでなく腕や首にまで絡み、悪魔鳥のように絞め殺されないよう、仕方なく幻魔は槍を手放してコードと首の隙間に手を入れて喉を潰されないよう守りに転じた。
「何故襲う、お前たちは何者だ?」
厳しく訊ねる声に対する返事はない。
その代わりに廃品にチカチカと明かりが点滅し、機械の感情のない音声が
「タイショウ ノ ネツ ノ ジョウショウ ヲ カクニン タイショ セヨ」
と雑音の入り混じったアナウンスをする。
それに呼応するように点滅が激しくなり、
「ショウメツ ネツ ショウメツ ネツ ショウメツ……」
と周囲の廃品がいっせいに機械音をあげて騒がしくなる。
その合唱に合わせて廃品から一本のアームが伸びて、ディルムッドの手首へ接近してくる。
アームの先が握っている注射器が自分にどんな影響を与えるのか分からないが、雰囲気からとてつもなく悪いことが起こりそうだと判断し、幻魔は力の限り身をよじる。
しかし何重にも巻き付いたコードはビクともせず、廃品たちの合唱がより大音量になりディルムッドの不安を煽る。
「だめだっ、やめ……っ!」
願いも空しくアームはディルムッドの手首に注射針を突き刺し、中に入っている液体を注入する。
濁った液体が完全に体内に入るまで、幻魔は身動きひとつできなかった。
自分の外見上に変化がおきていないか可能な範囲で確認し、これから起こるかもしれない何らかの異変を予測して身を強張らせる。
アームは役目を終えると近づいてきたときと同じ軌道を通って引っ込み、廃品の合唱がぴたりと収まった。
廃品に取り囲まれ、その感情のない視線に観察されるディルムッドの喉が緊張のためか小さく上下する。
殺意も意思も何もない、ただマニュアルに従って最も適切な行動を対象の反応などお構いなしに行う冷たい目。
力を見せ付ければ怯え、大声を上げれば驚く。
そんな生き物が持つ隙を一切持たない機械という存在は不気味であり、不本意ながらも不安が恐怖に変化し、それが立ち向かう気力を奪い取っていることを幻魔は苦い感情と共に自覚していた。
しかしこのまま危険地帯で足止めされているわけにはいかない。
乱戦状態のうちなら仲魔が1体くらい消えても誰も気にもしないが、戦況が落ち着けば仲間の安否を確認した主人が気づいて騒ぎになる。
自分の猪と一緒にいられるかどうかという下らないことに一喜一憂しているどこかの魔神ならともかく、重要な決断を迫られて重い責任を背負っているナオキに迷惑をかけることを、ディルムッドは避けたかった。
「こんな情けない姿を誰かに見られるのはごめんだ」
液体を注入してから全く動きのない廃品を嫌悪に満ちた目で睨み、表情そのままの言葉を吐き捨てる。
コードを切りつけたときに電流が流れたことを考慮すれば素手で引き千切ることは危険と思えたが、それ以上に得体の知れない物体に束縛されていたくないという思いの方が勝った。
気力を奮い立たせて首に巻かれたコードを掴み、力を込めて引っ張る。
喉を締め付けていた線は幻魔の予測よりずっと簡単にちぎれ、青い火花が散ったものの、その電流が与えた痛みは勢いを怯ませるほどのものではなかった。
それにも関わらずディルムッドはちぎったコードを握ったまま動きを止める。
「……うっ……」
かろうじて声になったのはそれだけで、後の言葉は忙しない呼吸に消えた。
消えていた廃品の明かりがいっせいに点き、感情のない捕食者たちは薬の効果に支配された幻魔に改めてコードを伸ばす。
ディルムッドは全身の熱が急速に失われていることを感じていた。
それにも関わらず身震いすることも、両腕で体を抱くこともできないのは、寒気と同時に痺れが全身を襲っているためだ。
金属の外部を白いビニールで覆った形状のコードはくねりながら接近を続け、苦しそうに眉間にしわを寄せている幻魔の口元でいったん停止する。
わずかに開かれた唇の合間から吐き出される息は白く、コードは痺れにより侵入を拒むことのできない口内へともぐりこんだ。
異物感にディルムッドの瞼がぴくりと強張ったが、それ以上の反応を示すことはできない。
コードは中で形を変えて動き回り、くちゅくちゅと湿った音が幻魔の耳に届いて吐き気を伴うような嫌悪感を与える。
それとは別に、細いコードが数本絡み合うようにして首にまとわりつき、鎧の中へ下っていく。
中には先端部分のビニールが剥がれたものもあり、鋭い金属部分が擦れてできた小さな引っ掻き傷が白い肌に目立つ。
外からでは内部に潜り込んだコードがどんな動きをしているか分からなくとも、その効果は朦朧とした幻魔が意識を失うことを許さない。
体温を奪われ虚ろな目は潤み、乱れた呼吸を繰り返す口の端から唾液が零れて顎へ伝う。
立っていることが不可能な獲物の身体全体をコードが包んで支え、痺れは少しずつ薄まっているのか、指先が時折跳ねるように痙攣する。
全体に散っていたコードは、廃品同士が光の点滅で指令を出し合ううちに数ヶ所に集まっていく。
悪魔鳥の身体を捻りつぶしたように、各関節を強く締め付けているコードは何かの合図を元に互い違いに回転して自分の生命を奪うのだろうと、ぼんやりとした意識でディルムッドは感じた。
しかしそれが分かったところで最早自分にはどうすることもできない。
無力感が幻魔を支配し、重い瞼が閉じて視界を暗く閉ざす。
ギシギシと締め付けられる自分の身体を放棄し、全てを運命に委ねたディルムッドの聴覚に、蹄が勢い良く地面を蹴る音が木霊する。
"猪の足音に似た音を聞きながらあの世に行けというのか、残酷なことだ"
消え行く意識の中で毒づき、次の瞬間はっとして目を見開く。
衝突によって起こるような激しい音と地響き。
将棋倒しで倒れた廃品の一部が爆発を起こし、幻魔に巻き付いていたコードが離れて本体に戻っていく。
地面に投げ出された体を廃品に体当たりした"何か"がフゴフゴ鼻を鳴らしながら引きずり、連鎖して起こる爆風に巻き込まれない位置まで移動させる。
「あ、生きていた」
目の前の湿った鼻が言葉と共に動き、獣独特の臭いに呆然としていたディルムッドはすぐに顔をしかめる。
「あーあ、よだれなんて垂らして、みっともない」
そんなからかいの言葉のお陰で羞恥に震える体も、次の瞬間凍りついた。
動物にしては柔らかい舌が唾液が流れたすじを舐めたため、喰われるのかという危機感に幻魔はぎゅっと目を瞑る。
"ははは、怖がりだなぁ"と笑い混じりの感想を残し、猪のグリンブルスティは背中ならぬ尻を向ける。
「……っ!」
その後姿に必死でディルムッドは声をかけようとしたが、薬の効果が薄らいできても寒気はまだ残り、歯が噛み合わずにガチガチ鳴る。
四本足を使って幻魔の窮地を救った猪は堂々とした歩きで立ち去ろうとしたが、その音を聞いて振り返り、フンっと鼻を鳴らす。
「別にキミのことフレイ様は心配していなかったから」
怪訝そうに動く範囲で首をかしげるディルムッドに向けて、フンっフンっと今度は二連続の鼻息を見舞う。
「キミはフレイ様をひとり占めしているボクに嫉妬して憎んでいるみたいだけど、ボクはなんとも思っていないよ」
"それは実に大きな勘違いだ!"と心の中でディルムッドは叫んだが、想いは届かずグリンブルスティはそのまま去ってしまった。
残された幻魔は重苦しいため息を吐いてやれやれと首を振り上半身を起こそうとしたが、薬のせいだけではない頭痛と胃痛に襲われ、体調が回復するまで憂鬱な気分で猪が去って行った方角を見つめていた。
その後、仲魔たちと合流を果たしたディルムッドは、命令違反をして自分勝手な行動を取ったことについてナオキだけではなくアヤからも散々叱られたが、
発見者のグリンブルスティが沈黙を守ったお陰で、廃品に襲われたという屈辱的な諸事情が他の仲魔に伝わることは無かった。



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