■ メモログ
※ 真3ミフナシロ。
アマテラスが人修羅に、"フトミミを救った方が良い"と助言し、それに人修羅が従ったという前提。
Lamplight
マネカタたちの聖地ミフナシロは赤く染まった。
どこまでも青白かった空間に流れ出す赤は、見る者の立場によって違う印象を与える。
敗者には無力感を、勝者には満足感を。
しかし、勝者も敗者もすでに去ったミフナシロに留まり続ける者は、マガタマによって悪魔になった
少年とその仲魔たちのみであり、彼らがどんな印象を受けていようとも、ミフナシロはただ静かだった。
「千晶を裏切ってしまった。フトミミを助けることもできなかった」
選択は間違いだったと呟く人修羅に、傍に控えていた魔神アマテラスが首をふる。
「貴方は間違ってはいない、どちらを選ぼうと、マネカタの指導者が消え去ることは決まっていた」
"消える"という表現に嫌悪を感じたのか、少年悪魔はアマテラスに向けた顔を顰める。
「主よ……」
言いかけた言葉を途中で呑んで、眩い光の中で魔神は申し訳ないという気持ちを表すように、悲し気に目を伏せた。
その顔を見上げ気まずそうにしたものの、やはり自分の選択に対する後悔に苛まれて人修羅は下を向いて歯を強くかみ締める。
「主よ」
もういちど、ゆっくりとアマテラスの唇が動き、主人へ呼びかける。
その声に、落ち込む少年を叱咤する強さはなく、悲しみに同情するための優しさも無い。
それでも人修羅は落ち着いた声に応えるようにもう一度顔を上げた。
「フトミミの予見の能力は恐るべきものでした。仮に生き残ったとしても、
ミフナシロのマガツヒを含め、彼の存在が貴方を幸福に導くとは限らないでしょう?」
その言葉を否定するだけの強さを、今の人修羅は持っていない。
アマラ神殿で聖や勇に明かされた真実は、それだけの痛みを少年の心に与えていた。
頷くことも首を振ることもできない主人を諭すように、地上に降りて身を屈めた魔神は、
少年の手を取り慈しむように模様の浮く甲を指先で撫でる。
「辛いでしょう、逃げ出したいと思っているかもしれませんね、貴方は迷うことに疲れ果てている」
誘導されまいと否定の意思を浮かべた目も、柔らかい雰囲気で首をかしげるアマテラスを前に抵抗力を失う。
撫でていた主人の手を両手で包み込み、魔神はじっと力を無くした金色の目を見つめる。
「私は貴方のお力になりたい、それが不可能でも、せめて貴方の道を照らす灯火になりたい」
普段のアマテラスからは想像もできない台詞に驚き、人修羅は目をぱちくりさせた。
どう反応しようかと困り、魔神の真剣な眼差しに言葉を詰まらせ、戸惑い気味にどもりながら
「あ、ありが、とう」
と礼を言って、照れたように顔を赤らめる。
正直な反応に、アマテラスは優しく笑った。
「マスター、手に入れたアイテムの処理について相談したいことがあるとオオクニヌシが呼んでいます」
和んだ空気を破ったのは、背後から聞こえた幻魔クー・フーリンの声だった。
幻魔の視線はアマテラスを捉えたものの、すぐに離れて主人へ向く。
「分かった」
短い返事と共に人修羅が頷くと、アマテラスはすぐに包んでいた手を開放して姿勢を元に戻す。
2体の主人はクー・フーリンからオオクニヌシの居場所を聞くと、走り去り見えなくなった。
少年の姿が視界から消えると、すぐにクー・フーリンはきつい目をアマテラスに向ける。
怖い怖いとわざとらしく震え上がる魔神へ
「マスターはお前の思い通りにはならない」
と強い口調で言い切る。
アマテラスは薄く笑った。
「なるよ。あの童が迷いを感じているうちは、私の掌から逃れることはできない」
空中に浮遊し、悔しさに表情をゆがめるクー・フーリンを上から見下ろす形で腕組みをして、
「お前はなにか勘違いをしているようだが、この領土は私の物であり、あの童も私のものだ。
自分の所有物を正しい方向へ導くことは私の義務であり、お前たち他国の悪魔が口を出すことではない」
と、当然のように主張する。
ギリッと噛み締められた幻魔の歯が音を立て、握る槍に殺気がこもる。
「思い通りにはさせない、マスターはマスターの意思で世界を変える」
魔神は目を細め、馬鹿にするように肩をすくめる。
「中立のお前にはなんの力も無い、諦めろ」
「諦めるものか!」
勢いで片足を一歩前に踏み出し、攻撃の姿勢をとったクー・フーリンは半ば吼えるように反論する。
「ヨスガやシジマに加勢する小うるさい羽虫どもにこの国を好きなようにはさせぬ、当然、人修羅とやらにもな」
冷めた目で激高する白い幻魔を見下ろしていたアマテラスが、低く忌々し気に吐き捨てた。
※ 真1カテドラル。
仲魔ではないタム・リンと、クーフー・リンが共に行動しているという前提。
すれ違い
次にこの通路をあの奇妙な人間たちが通ったら、自分を仲間にしてくれるよう頼んでみようと思う。
前に1度、仲間になるように頼まれたが、そのとき私はひとりだったため、すぐに断ってその場を立ち去った。
自由な行動を誓約で縛られるのが嫌だったからだ。
しかし今度は事情が違う。私はひとりではなく、それ故に彼らに仲間に加えて欲しいと頼む理由ができた。
いま、私にあの人間たちが遭遇したとしたら、彼らは私と共にいる何者かにも警戒することになるだろう。
私と行動を共にする者の姿形は良く似ているが、能力には差がある。
勘違いしてもらいたくないのではっきり断っておくが、差といっても所持する魔法が違うといった程度の差であり、
俊敏さや体力で私が劣るということはあり得ないはずだ。恐らく。いや、確実に。
「暇だな、なにか面白い話でもしてくれないか?」
胡坐をかいて通路の先に目を向けていた"その"連れが、あくび混じりの声で要求する。
確かに暇だ。
狂信者や無法者どもは己の信念や理想といったものを守るために必死だが、人間の未来がどこに行き着くかということなど、
悪魔である私や連れには全く興味のないことだ。
私はこの連れと出会うことで変化を得た。通路を歩くとき、そこにできる影はふたつになった。
隣にある物が堅く無口な壁ではなく、私の行動に対し反応する機能を備えた者であること。
始めのうちは、その変化を耐えることが困難なほど強烈な刺激として受け止め、夢中になることができた。
しかし、その効果は時間の経過と共に薄れ、私の精神を物足りなさで蝕み始めている。
贅沢なことに、変化に慣れた身体は新しい変化を得るための方法を思考し、ひとつの答えを導き出してしまった。
「残念ながら面白い話は無い」
きっぱり言い切ると、連れはつまらなそうに冷えた床に寝転がる。
面白い話は無いが、面白いことは起こせるかもしれない。
人間たちの足音を待ちわびて耳を澄ますと、薄く目を開いて天井を見ていた連れがふいに口を開く。
「遠くに見えた赤い塔や海に沈みかけている建造物を2人で探索しに行かないか?」
「海を渡る手段が見つかればな」
少し呆れてそう応えると、"あぁ、そうだったな"と小さく笑い、連れの悪魔は目を閉じた。
戦闘に関しては激しい気性の持ち主だが、それ以外に感情を乱すことも無く、決して悪い者ではない。
共に行動しようと誘ったのは私だが、そのこと自体は後悔していない。
この悪魔も後悔していないから私と行動を共にしているのだろう。
気の良い悪魔だ、こちらの勝手な事情で振り回してはいけない。
それでも私は、次にこの通路をあの奇妙な人間たちが通ったら、自分を仲間にしてくれるよう頼んでみようと思う。
1度誘って断られた悪魔が自ら仲間になると申し出るのだ、人間たちは喜んで私を仲間に迎え入れるだろう。
そのとき、ひとり残された連れはいったいどんな反応をするだろうか?
白い鎧を着た黒髪の妖精は、罵るだろうか、悲しむだろうか、別れられてせいせいしたと言って笑うだろうか。
どれでもいい、どんな結果になろうと変化は確実に訪れるのだから。
ただ、願うことならば、我ながら勝手なことだと自分を嘲笑いたくなるが、私はただひとつの結果を望んでいる。
「寝てしまったのか、クーフー・リン?」
声をかけると、連れは億劫そうに目を開けて首を振る。
「いや、海を渡る方法を考えていた」
たとえ嘘だとしてもそう言える相手と比べた自分の身勝手さに、心の奥が鈍く痛んだ。
※ 真3。セタンタから変異したクー・フーリンが人修羅のストックにいるうえで、
新しいセタンタが人修羅の仲魔に加わるという前提。
拒否
過去の自分と向き合っているはずが、全く親近感を持つことができない。
恐らく、目の前の子供も、私に親近感を持つことはないだろう。
マスターはこの子供妖精を連れて来ることで私がどんな反応を示すのか楽しみにしていたのだろうか?
今はあまり面白くなさそうに口をへの字に曲げて私を睨んでいる。
「セタンタといいます、これからよろしくお願いします」
差し出された手を握ってやると、強い自信に満ちた少年の目が私の顔を見上げた。
これからの旅はそんなに希望に満ち溢れたものではない。
主人を持った以上は気に入らない命令であっても従わなければならず、自分の理想と主人の現実の間で
なんども苦しむことになるというのに。
その"現実"を知らない目を、代々木公園で仲魔にならないかと求められたときに私も人修羅に向けていたのか。
私の反応がよそよそしく見えたのか、人修羅の仲魔になったばかりの妖精は意外そうに首をかしげる。
人修羅は、同じ種類の悪魔を仲魔として留めておくことはできない。
クー・フーリンとしての私が人修羅の仲魔として存在している限り、この妖精はいつまで経っても妖精セタンタであり、
成長することは不可能。
その事実を知ったとき、いま私に対して向けられているセタンタの表情がどのように変化するのか。
自分のものより小さめの手を握りながら、私はそういったことばかりを考えていた。
私にはマスターの旅の結末を見届けたいという目的がある。
それを達成するまでは、クー・フーリンとしての存在権を誰にも譲るわけにはいかない。
セタンタは成長したいと願うだろうか。 私を抹消してまで強くなりたいと願うだろうか。
私には分かる、私なら心の底から願う、なによりも自分の成長を優先して力を手に入れたいと私なら願う。
恐らく、目の前の子供も、私が予想するものと同じ結論に至るだろう。
今の私にとってセタンタは自分の存在を脅かすモノでしかない。
"よろしくお願いします"などと言われたところで、穏やかな気持ちで接することができるとは到底思えない。
それでも私はセタンタに"よろしく"と告げた。最後の方はため息混じりになっていた。
自分が受け入れられたと認識したのか、緊張気味だった妖精の表情が和らぐ。
微笑むことはできない。しかし、過去の自分に向けて素直に憎しみをぶつけることもできない。
結局どんな感情を形にすれば良いのか分からないまま戸惑う私を前に、
セタンタの表情は変わらず、手を握る力のみが私の良心に縋るように強くなった。
※ 拒否(↑)のその後。セタンタとクー・フーリンが人修羅のストックにいる。
セタンタは変異できるレベルまで上がっているという前提。
真似
あるとき目を覚ますと、私は自分の身体に違和感を覚えた。
指から足先まで自分の思い通りに動かすことができるのだが、
それら全てが他者に合わせて作られた物のようで、私の体には馴染まない。
立ち上がってすぐ奇妙な感覚に襲われる。
記憶に残っている眠りに入る前に見た風景と、今私が見ている風景は何かが違う。
しかし何が違うのか私には分からない。
マスターがクー・フーリンを呼んでいる。
呼べばすぐに返ってくる返事がなかなかないためか、その声は若干苛立っているように感じられる。
クー・フーリンにしては珍しい、いつも私より早く目を覚まして槍の手入れをしているのだが。
あちこち見回して白い鎧姿を探すが、他の大柄な仲魔たちが邪魔でなかなか見つからない。
マスターが再度クー・フーリンの名前を呼ぶ。
何体かの仲魔の視線が私に向く。
その瞬間、私はようやくクー・フーリンがどこにいるのか、何故いつになっても返事をしないのかということを理解する。
理解したと同時に、無意識のうちに視界が揺れた。
頬を冷たい水がぬらさないうちに私は目を擦り、マスターに向けてクー・フーリンの居場所を教える。
マスターは安心したような笑顔を見せ、他の仲魔のもとへ向かう。
あの幻魔がよく私に見せていた表情を思い浮かべながら、近くの水溜り向けて同じ表情を形作ってみた。
試行錯誤しながら、様々な感情を顔に出して記憶の中の表情に近付けていく。
"これだ"という表情を発見した瞬間、私の胸はどうしようもなく熱くなり、次いで激しい痛みを訴える。
他の誰よりも尊敬していた。構って欲しくて、いつも気のないふりをしていた。気付いたときには、好きになっていた。
そんな自分の気持ちを、相手は分かっていないだろうとあの表情をみるたびに諦めにも似た想いを抱えて苦しんでいた。
それは私の思い違いだった。あの人は私に対してこんなにも暖かな想いを向けていてくれたのだ。
しかし、それが分かったからといって、私が自分の想いを伝えるべき相手は、もう、どこにもいない。