■ 発火・冷却

ミルクホール新世界から出てきたタエは、目の前の光景に驚いて持っていた書きかけの記事を落としそうになった。
「どうしたの?」
新聞記者を驚かせた張本人は黒い帽子に黒いマント姿の学生だった。
人気のない寂しい路地をぐるぐる走り回ったあとようやくタエに気付いたのか顔を上げ、しまったという顔で発光する管のような物を隠す。
学生の名は、鳴海探偵社で探偵見習いとして働く葛葉ライドウという。
一応、弓月の君高等師範学校の生徒であるはずだが、毎日のように調査だ何だと帝都中を走り回っている姿を見かける度に、タエでなくとも学業の面を心配してしまう。
「大丈夫? なにか追いかけていたみたいだけど?」
タエは注意深くライドウの周囲を観察してみたが、どこを見ても追いかけるような対象の姿はない。
常に付き添っている黒猫と目が合うと、にゃあとも鳴かずに退屈そうに伸びをする。
愛嬌のない猫の態度に"放っておけ"と忠告を受けたような気がして、タエはため息をつきながら腰に手をやった。
「手がかりを見つけたと思ったのですがゴウトに否定され……じゃなくて邪魔されて、怒って追いかけていました」
途中、言いかけた言葉を慌てて訂正しながら説明をするライドウにタエは胡散臭そうな目を向ける。
タエと共にゴウトと呼ばれた黒猫も不満そうに鋭い緑色の目を学生に向けた。
「なんだか嘘っぽいわね」
普段の大人びた行動と比べてあまりに不自然な理由を取材する者の鋭い勘で嗅ぎ取ったのか、タエが怪しむ。
タエの追求は長引きそうに思えたが、
「記事を新聞社に持ち帰って仕上げると言っていましたが、締め切りに間に合いそうですか?」
というライドウの発言に急に顔色が青ざめる。
その瞬間、頭の中がライドウへの疑惑から締め切りへの焦りでいっぱいになったのか、別れの挨拶もろくにしないまま、タエは銀座の新聞社へと向かったようだ。
走り去っていく足音を聞きながら、ライドウはほっとしたように緊張を緩めた。
「次からはもっとマシな言い訳を考えるんだな」
黒猫ゴウトが待ってましたとばかりに呆れ気味に人語を発し、ライドウをムッとさせる。
「この状況をどうやって説明しろと言うんだ、普通の人間に悪魔は見えないんだぞ」
ライドウが言うとおり、常人にはライドウが連れている悪魔の姿を見ることはできない。
その悪魔が悪戯心を出して細工をした時に、影響を受けて多弁になったり、目の前から消えた物体に驚いて腰を抜かすくらいだ。
しかし、14代目葛葉ライドウを継いだばかりの未熟者をサポートする役目の猫は冷たい。
「とにかく、この状況をどうにかすることだな」
ゴウトに鼻を使うまでもなく髭であしらわれ、落胆した様子でライドウは目の前に広がる惨事へ目を向けた。
すごい勢いでヒーホーヒーホー喚きながら走り回る2体の丸まっちい物体。
片方は雪が降った日に子供たちが好んで作る達磨のような形をした物体に巨大な口をくっ付けたような悪魔。
もう片方は"粗末にされた野菜の怨念か!? 怪異・宙に浮くおばけ南瓜"とでも見出しに上りそうな悪魔。
南瓜の方が、
「溶かしてやるホー!」
と陽気に叫び、近隣の建物の屋根くらいの高さまで浮き上がり、火の玉を降らせる。
地上で逃げ回る雪だるまは、青い帽子の乗った頭を短い手で防御しながら、
「ライドウ助けてホー!」
と悲鳴をあげ、主人であるライドウに助けを求めている。
ジャックフロストとジャックランタン、どちらともライドウの管に入っている仲魔である。
2体の悪魔はどうやら喧嘩の真っ最中らしいが、ことの発端がいつなのか、そもそも理由が何であるかということ自体がライドウにとって謎だった。
冷却のスキルを使わせようとしてジャックフロストを管から呼び出したところ、何故か隣の管からジャックランタンまで飛び出してきて大騒動となった。
すぐにランタンを管に呼び戻せばよいのだが、悪魔とサマナーの信頼の証である忠制度が低いせいか、なかなか上手くいかない。
フロストを戻そうとしても、ランタンからちょこまかと逃げ回っているため、主人の命令に従う余裕が無いらしい。
そのためライドウが2体の間に入って暴れるジャックランタンの捕獲に乗り出し、その現場をタエは目撃してしまったという事態に至る。
「氷結弾を使って動きを止めるのも手だぞ」
走り回るフロストと飛び回るランタンの上下に忙しなく目を移動させて困り果てている14代目に、やれやれといったふうにゴウトが的確なアドバイスをする。
新世界に集まっているのはサマナーばかり。銃撃音が響いたとしてもわざわざ野次馬根性を出して見学に来る輩はいないだろう。
しかしマントの中に入ったライドウの手は銃を取り出す前に動きを止める。
ムッ?と目を細めるゴウト。
「どうした?」
ライドウは真一文字に口を結び、厳しい顔つきで黒猫を見下ろした。
14代目葛葉ライドウを襲名してそれなりの経験をつんだ。月日もある程度は流れた。下っ端と思われる悪魔は管に吸い込めるだけ吸い込んだ。
そろそろ新米ではなく、一人前までは望まないとしてもそれなりの経験を積んだサマナーとしてゴウトに実力を認めてもらいたい。
そんな切実な意思が14代目の王子様だの美男子だの狭い巷で老若男女問わず大人気の顔に現れ、黒猫は尻尾をピンと立てた。
「ジャックフロスト、ジャックランタンを冷却するんだ」
管に戻れという命令は"無理ホ無理ホ"と拒否していたフロストが、捜査スキルを発動させろという命令を受けたとたん目を輝かせて相手に立ち向かう姿勢を見せる。
"我ながら素晴らしい判断"声には出さないもののグッと握り拳を作り、ライドウは心の中で自分を褒め称えようとしていた。
フロストがランタンの発火を受けるまでは。
「そうはいかないホー」
先手を取ったジャックランタンが上空からフロスト目がけて発火スキルを発動させる。
「熱いホー! 溶けるホー! ライドウダメだホー、オイラ溶けちゃうヒホホ……!」
真っ白い体が熱で溶かされているわけでもないのにフロストは絶望的な台詞を言うだけ言ってペタリと地面にお尻をつける。
勝ったと喜び浮かれるランタンをキッと睨み、
「ジャックフロストの純白な心を邪悪極まりない熱で溶かすとはなんと鬼畜なまねを」
とライドウが歯噛みする。
「だがこれで騒動に決着がついたようだ。管に悪魔たちを戻すことができる……な?」
やっと収拾がついたと一安心するゴウトの言葉は最後の最後で驚愕に変わった。
ジャックフロストの全身から狂気にも似た冷たい炎が立ち上り、ヒィホォヒィホォと闘志を燃やす息遣いがゴウトの猫耳まで届く。
「オイラの狂気が目覚めたホー!」
ライドウが止める間もなく、というよりむしろ主人が動けなくなるほどの気迫を発して、ジャックフロストは腕をぶんぶん振り回す。
動作自体は可愛い極みだが、フロストを中心とした一帯が急激に冷え込み、
「う、こりゃいかん」
と見物を決め込んでいたゴウトが冷えてグルグル鳴るお腹を冷気から守ろうとライドウのマントの中へ飛び込む。
ライドウは全身がガタガタ震えているが、足が動かず新世界に避難することもできない。
「ゴートゥーヘル!」
フロストの声を最後に、ライドウの視界は真っ白になった。
冷たい空気を吸い込んでしまったのか、咳き込む帽子が揺れる。
視界はすぐに晴れ、地面に転がりながら揉み合うフロストとランタンの姿が確認できた。
ジャックランタンは冷却の直撃は避けたものの心が冷え込み戦う力の源をだいぶ失い、ジャックフロストは今の魔法で魔力を使いきったようだ。
どちらもお互いを殴ろうと仲睦まじく絡み合っているが、フロストの短い腕はランタンのマントをすかすか貫通し、ランタンは反撃するにも為す術がない。
「おやおや、急に寒くなったと思えば……」
ドアを開けて外に出てきた新世界のマスターが、2体の取っ組み合いを見て和んだ笑顔をライドウたちへ向ける。
避難先のマントからひょいっと顔を出したゴウトが状況を説明しようとして口を開けた途端にくしゃみをし、すぐに続いて14代目がくしゃみをして憮然たる面持ちをする。
マスターはいつも通りの優しい雰囲気で、
「酒で温まってくれとは勧め難いが、中に入ってサイダーを飲んでいくかい?」
と訊ねる。
「そうさせてもらった方が良いだろう」
とゴウトに言われるまでもなく、鼻をすすったライドウが胸元から空の管を2本取り出しながらうなずく。
猫らしい身軽さでマントの中から地面に飛び降りたゴウトが疲れた声で、
「万が一ということもある。銃弾を使って捕獲した方が良いぞ」
と嫌味を含んだ念を押し、今度ばかりはライドウも素直に従う。
銃声と共に、
「やれやれ、これでは先が思いやられる」
とゴウトが小声で愚痴をこぼし、仲魔たちをやっと管に封じ込めたライドウは自分の未熟さに対する恥ずかしい感情を黒猫に覚られないように、帽子を下げて表情を隠した。
14代目葛葉ライドウがゴウトに一人前として認めてもらうには、まだまだ時間がかかりそうだ。



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