■ 読心術
「リーチ来い!」
所長がリーチ、所長だけがリーチ、ということは捨てる牌は慎重に選ばなければ。
それまで役を揃えることだけに集中していた14代目葛葉ライドウの脳が警報を発し、役の完成に無関係な牌を捨てようとしていた手の動きが止まる。
「あ、ポンね!」
麻雀のルールを知っているのかすら怪しいポルターガイストが得意気に宣言する。単純に同じ牌が揃ったことが嬉しいのだろう。
こんな小さな男の子悪魔まで参加させて真昼間から学生といい年をした大人が何をしているのかといえば、麻雀、それもお金を賭けた、である。
不健全極まりないが、仲魔の息抜きになるからという理由で鳴海に麻雀をしようと話を持ちかけたのはライドウから。
最初は、ろくに給金をくれないケチ所長から金をふんだくってやろうという意欲に14代目の瞳は燃えていた。
その炎は、進行するにつれ所長の笑みに吹き消され、今では弱い振動を与えればすぐにでも落ちてしまいそうな線香花火ほど頼りない。
反対側に目を移せば、こちらも所長のリーチに警戒しているのか、アルプが"うぇー"と舌を出して嫌悪感をあらわにする。
牌を読むしか所長の一方的な勝利を回避する手段はないが、どうも先ほどからいくらライドウが慎重に牌を読んでも効果が無い流れが続いている。
イカサマでもしているんじゃないかと疑いたいところだが、今の状況では何を言っても負け惜しみに取られてしまうだろう。
正面の鳴海の顔をじっと見つめてみるが、麻雀中は常にニヤニヤしていて動揺を見せる気配も無い。
"せめて所長の心を読むことができれば"という願望がライドウの頭に浮かび、"そんなの無理だ"とすぐに却下される。
「んんっ?」
が、そんな困り果てた14代目の耳に悪魔が囁いた。
"アルプに読心術を使ってもらえばいいんじゃないか"
一瞬それをゴウトが言ったのかと疑い、膝に乗って観戦中の黒猫に顔を近づけ、
「何か言ったか?」
と訊ねる。耳の中に暖かい空気を送り込まれびっくりしたのか、背中の毛が逆立っている。
「何だ? 何も言っていないぞ!」
頬毛の辺りを不快そうに猫の手で擦りながらゴウトははっきりと否定した。
それなら誰がと辺りを見回し、ライドウははっと気付いて目を見開く。
"まさか今の悪い考えは自分が生み出したものなのか、ヤタガラスの使者から「大正妖都の純情」なんて称号を貰ったばかりだというのに"
純情と純真は必ずしも結びつくものではないが、鳴海を疑いつつ自分の方こそイカサマを思いついてしまったことに、ライドウはだいぶショックを受けた様子だ。
だが、ショックを受けたからといって、清い方法に切り替えられるほど悪の誘惑に耐性があるような人物ではないようだ。
「ゴウト……っ、ゴウト……っ!」
再び生暖かい息が耳にかかり体をビクッとさせる黒猫へ、ライドウは小声で囁く。
「アルプに読心術で所長の待っている牌を読むように伝えてくれ」
囁かれている間ずっとゴウトはくすぐったそうにしていたが、ライドウが用件を伝え終わると何とも言えない哀れみの目で見上げる。
「早く」
自分の番が回ってきたというのに、手が止まったままのライドウを怪しむように鳴海が眉を寄せる。
急かすように尻尾をきゅっと握られ、顔をバリバリ引っ掻いてやりたい衝動を覚えつつも、ゴウトは14代目の膝から飛び降りてアルプの傍へ寄った。
ライドウはこれ以上怪しまれないように手に汗を握りながら牌を捨てる。
鳴海に動きは見られないが、自分の牌をよく見直したライドウは慌てた様子で手を上げた。
「リ、リーチ!」
"チェっ"とポルターガイストが詰まらなそうに急降下して牌を捨て、鳴海が何を思ったのか目を細めて腕組みをする。
ゴウトが伝言を伝えたのか、ライドウがちらっとアルプへ視線を向けると悪戯っぽい顔つきで見つめ返す。
鳴海が自信満々に牌を捨て、自分の番になったアルプは口の端っこを指で引っ張り、ライドウに向けて"イーっ"と可愛らしい舌を出した。
「めいれい ちょーウザいんだけど……」
悪意に満ちた少女悪魔の言葉に真っ先に反応したのは鳴海だった。
"なになに?"と疑いの目を向けられ、膝の上に戻ってきたゴウト共々曖昧に笑ってその場をやり過ごそうとする。
「イカサマ? ねぇねぇボクにも分かるようにセツメーしてよ!」
ポルターガイストの無邪気な言葉が更にライドウを追い詰め、立場を悪くしていく。
額に伝う冷や汗を拭い、平常を保とうとする14代目。
突き刺すような疑いの目を向ける所長と仲魔たち。
その気まずい沈黙の中、アルプが牌を捨てる。
「こ、これは……!」
ゴウトとライドウの表情が同時に動く。勝ったという事実に口元が綻ぶ。次の瞬間、
「人間がアタシに読心術使えってめいれいしたの、サイアクじゃない?」
アルプの爆弾発言にその場の空気が一瞬にして冷え込んだ。
"へぇー!"と鳴海がここぞとばかりに軽蔑したような素振りを見せ、ポルターガイストは"反則だ"と怒って空中で一回転する。
結局その回の勝負は無効になり、ライドウは最終結果で最下位という散々な成績に終わった。
「悪いなライドウ!」
オヤジくさい勝ち誇った笑い声に悔し涙を滲ませ、14代目葛葉ライドウは麻雀はもう2度とするものかと心に誓ったのだった。