■ ヨスガ-1

渋谷までの道のりはピクシーと別れたばかりの葛城にとって恐怖の連続だった。
ただ友人に誘われたからという理由で、先生の容態が特別気になっていたから見舞いに行ったわけではなかった。
病院の地下に残された血痕や不気味な静けさから、なにか危険な場所に足を踏み入れてしまったということは感じていたが
それでも想定していた危険はあくまで逃げればどうにかなる程度の物で、屋上で先生と共に受胎の様子を見てもそれがこれから先の自分にどんな困難をもたらす物であるのかなど予想する必要さえ感じていなかった。
東京が自分とは何の繋がりもない大いなる意思のような物によって壊されていく非現実的光景を他人事の様に見物していた。
「なんで僕がこんなめに遭わなきゃならないんだよ、先生どこ行ったんだよ…」
もう何度つぶやいたか分からない言葉を焦りとともに吐き出し、葛城は上空から自分を狙っている悪魔がいないか忙しなく視線を巡らせる。
病院を脱出するためには仲間が必要だとピクシーに何度も言われたが、いくら小さくても火の気のない場所から自分に向けて火を放ってきたり、かまいたちのようなものを発生させて理由もなく自分を襲ってくる"もの"に話しかける気にはならなかった。
隣にいるピクシーさえも最初のうちは怖くて仕方なかったくらいだ。
結局フォルネウスというエイの化け物を倒すためにピクシーが数体の悪魔を仲間に引き入れたが、その悪魔ともピクシーと別れた直後に大した礼もせずに逃げ出すように別れた。
自分がピクシー達と同じ悪魔になってしまったという事実さえおぞましく感じられ、異常に増した力はもちろんのこと、できれば発達した嗅覚や聴覚など全て閉ざしてしまいたく思う。
自分が人間ではない何かに変えられてしまい、自分の周囲を人ではなく悪魔と言う気味の悪いものが我がもの顔で闊歩しているという、
どう足掻こうと今の自分では変えられそうにない現実から人修羅となった葛城は逃げたくて仕方がなかった。
「疲れた、もう歩くのは嫌だ」
悪魔の力をえたせいでかなり疲労を感じにくい体質になったようだが、代々木公園を出てから悪魔に追われたり出会わない様に常に警戒したりと緊張の連続で、体より先に神経の方が疲労感を訴えている。
再度上空を確認し、前方と後方に悪魔の気配が無いことを確かめると受胎でできた岩壁の窪みに身を隠してじっと息を潜める。
「なんで僕がこんなめに」
強く握り締めた拳を乾いた地面に思いっきり叩きつければ、亀裂が走り規模はそれ程でもないが陥没ができる。
学校から帰れば買い物に出かけるかテレビゲームをするかのどちらかで、バイトの内容が力仕事だと分かると面接を受ける気力を失うような頼りなかった子供が
こんな力を手に入れた事を知ったら母や父はどう思うだろうかと考えると、自然と口の端に笑みが浮かぶ。
「きっと驚くだろうな、怖がるよりきっと喜ぶんだろうな…生きていれば」
小さくなっていく語尾にわずかに嗚咽が混じる、人間の心を持った悪魔から流れ落ちた涙は陥没した地面をわずかに湿らせた。

何分くらいそうしていただろうか、窪みで縮こまっていた葛城は小さな物音にびくっと肩を震わせて視線を自分の足元から少しずつ正面に移動させる。
足が視界に入らなくなった頃から正面にいる何者かの濃い影が伸びている事に気付き、心拍数が高くなる。
「クワ…セロ…」
影の両端が伸び縮みし、葛城の目の前で踊っているかのように激しく揺れる。
声は聞き覚えがあった、というより代々木公園を出て1人になってから上空の化け物鳥と同じくらいこの声に怯え逃げていた。
もう少し視線を上げれば濁った紫色の鋭い爪を持った足が見えるだろう、さらに上に向ければ不自然に突き出た丸みのある腹が見え、
その先の欲望に満ちた不気味な顔を想像する前に地を足で蹴り体を横にスライディングさせる。
葛城が思ったより移動できた範囲は小さかったがそれでも飛び掛ってきたガキを避けるには充分な距離だ。
「ググッ…」
カタカタと体を揺らし口からだらしなくこぼれ落ちるよだれを拭ったガキは、次ぎの攻撃に備えて身構える葛城を指差してけたけた笑う。
「ちくしょう、あいつなにがおかしいっていうんだ!」
馬鹿にしたようなガキの笑い方に怒りをあらわにしたものの、逃げるなら今がチャンスだと思ったのか葛城は前方のガキから目を放さずに慎重に後退りする。
このまま距離が開けばガキはもう自分に追いつけないだろうという地点に着いて、そこから一気に逃げ出そうと後ろを振り向いた葛城の目は大きく見開かれたまま停止した。
「そんな、バカな」
抑揚のない声が乾いた口からもれる。
素早く背後を確認して前方の光景に目を向けた葛城の膝は震えて今にも地面に座り込んでしまいそうだった。
葛城の視線の先には数十匹くらいのガキの群れが、最初に飛び掛ってきたガキの笑い声に同調するかのように体を揺らして笑っていた。
最初のガキが仲間を呼んだのか最初から葛城を包囲していたのかは不明だったが、全てのガキの目的はただひとつのようだった。
「クイテー」
群れの中の一体がそう言い放ったのを合図に、ガキ達はばね仕掛けの玩具の様に次々に葛城の方へ飛びかかる。
「ひぃあぁぁぁぁ!」
甲高い悲鳴を発して無我夢中で逃げ出すが上空から降ってきたガキの手が肩を捕らえ、振り払おうと振り上げた腕にほかのガキの鋭い爪が食い込む
その痛みに動きが鈍った葛城の足めがけて地面を走ってきたガキが爪でふくらはぎを深くえぐる
「あッ」
瞬時に訪れた強烈な痛みに脳が痺れ、ガキの重みのせいもあって葛城は大きくよろめいてその場に倒れこむ。
砂ぼこりを上げて倒れこんだ葛城の背にガキ達は一気に集結し、勝ち誇った様に跳ねたり笑い出したりした。
ガキが背中の上で跳ねるたびに悪魔の力を手に入れた時に浮かび上がった青と黒の模様の上にみみず腫れが出来上がった。
「いてぇ、いてぇよ!」
ふくらはぎの痛みは焼け付く熱にすりかわり、背中はバーナーの火で焼かれているようだった。
なんとか振り落とそうと精一杯の力で体をねじるが、その抵抗を奪う様にガキの黄ばんだ歯が右わき腹に食い込み、
痛みで燃えていた背中が冷水を流された様に冷えて硬直する。
「オ、オデモ…クイテェ」
止める時間も痛みに身構える時間も無く、葛城の体を占領していたガキは思い思いの部位に汚れたキバを突き立てた。
「ア、ァ、誰か…ァ」
苦痛に涙する余裕さえなく、葛城は震える声で助けを求めながら手を伸ばし空を掻く。
喘ぐような自分の呼吸音を聞きながら、霞む意識と目で周囲に自分の声を聞いて誰か助けに来てくれていないかと確認するが、すぐにその顔は諦めの表情を作った。
「だれか…なんて…もういない」
ガキが自分の肉を咀嚼するクチャクチャという音がやけに頭に響き、ビクッと葛城の体が痙攣を起こす
自分の体がガキに貪られ食いちぎられていく様を葛城は音だけで感じた、最早痛みは感じられなくなって齧りとられた瞬間のみ火がついた様に傷口がボッと熱く痺れた。
ここでガキの糧になって自分は死ぬのかと葛城は思った、同時に無性に悔しくてたまらなくなり感覚の無くなった頬に2度めの涙が静かに伝う。
悔しさは薄れ掛けていた意識に火を灯し、小さいその火は瞬く間に大きな炎に膨れ上がる。
望んでも永遠に来ない助け、醜い悪魔に喰われる惨めな自分、孤独と無力さは葛城の中心で次第に姿を変えていく。
目を何度か瞬かせ葛城は新たにわき上がった炎につき動かされるままに震える手をズボンに伸ばす。
病院内で手に入れたアイテムは傷薬以外用途が分からないものだらけだったが、ただ1つピクシーがこれは役に立つねと言っていた物があった。
ガリッと足の骨まで噛みつかれ低いうめき声を上げながら、その"役に立つ石"を手の中に握り締めた。

マハラギの石の効果は魔法に弱いガキに効果抜群だった。
葛城の体を喰らうのに夢中になっていたガキは、なにが起こったのか理解するより早く広範囲で巻き起こった火の中で焼き殺されていく。
葛城の体も火に巻き込まれたが、ガキに噛みつかれて感覚を無くした体は痛みを伝えてこなかった。
全てのガキが狂った様に悲鳴を上げて焼かれていくのを見届けながら、魔石で限界に近い体の傷を癒す。
ガキの体が焼けた後のひどい臭いが立ち込める中、人修羅はしばらく立ち上がろうとはせず呆然としていたが、その口だけはある言葉を何度も発し続けていた。
「力が欲しい、何者にも劣る事の無い完璧な力が欲しい」
ガキの死臭を嗅ぎつけたのか上空にチンが集まり出した頃ようやく葛城は立ち上がり、しっかりとした足取りで渋谷の街へ歩き出した。



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