■ ヨスガ‐2.5

オベリスクからアサクサに戻った葛城がまずとった行動は邪教の館へ行く事だった。
この時を待っていたとばかりに紫色の印が光る扉を勢い良く開いて館の主を驚かせ、開口いちばんこう告げる。
「やっとあいつを作れるレベルになったんだ、おっさん今度こそ合体よろしく頼む」
何のことか分からず首をかしげる館の主の前に葛城の背後に控えていた悪魔2体が穏やかな表情で進み出る。
「我もこの外道も覚悟はとうに決めている、我らの決意が揺るがぬうちに頼むぞ」
ミズチがつぶらな瞳で館の主を見上げれば、外道ファントムはざわざわと体を震わせて同意する。
その2体を交互に見ていた邪教の主人は何かを思い出したのか、はっとした表情で葛城に視線を向ける。
「そうさ、あいつを作るのさ」

合体を行う機械の中に吸い込まれていく仲魔の姿を葛城は腕組をして見詰めていた。
他の仲魔は今まで共に戦ってきた戦友との別れを悲しんでいるようだったが、吸収される寸前まで2体の悪魔は穏やかな表情を崩さなかった。
パチッパチッと機械の中で融合された悪魔2体が姿形の違う新しい1体の悪魔に形作られる瞬間がやってきて、電気エネルギーが行き場を求めて擦れ合うような音が響く。
やがてその音は青白い筋となって天井を彷徨い、その場に居合わせた全員が無言で見守る中、勢い良く台座に落下する
失敗するなとその瞬間だけ葛城が小声で念じ、白煙たなびく台座にその悪魔は姿を現した。
「どうやら失敗はしなかったようだな、この悪魔がお前の求めていた堕天使だ」
館の主がそう言い終わるより先に葛城は獣のような、それでいて人間の様に2本足ですらりと立つ悪魔の元へかけ寄る。
悪魔の羽織るマントが揺れ、手に持っている2本の剣は氷の様に刃先を輝かせる。
「マスター、その悪魔は確かにオセですが今はあなたに忠誠を誓う仲魔である事をお忘れなく!」
堕天使の顔を鋭い目つきでにらんだきりぴくりとも動かない主人に後方の仲魔が声を張り上げて忠告する。
「そんなことは僕がいちばん分かっている」
感情を出来るだけ抑えた声で応じ、葛城は状況が理解できずに新しい主人の顔を困惑した表情で見るオセに向かって乱暴に手をつき出す。
「お前と僕はいろいろあった、僕は今でもお前への恨みを忘れていないがお前はあのオセではない」
つき出された人修羅の手になにをして良い物か分からずますます困惑の色を強めるオセに、
「忠誠の口付けをしろ、手にした後は跪いて足にしろ、それが仲魔入りの儀式だ」
と強い口調で命じる。
オセは命令されたことに抵抗があるのか、眉間にしわを寄せてしばらく考え込んでいるようだったが、
葛城の態度がまったく変化しないのを見て、仕方ないという風に身を屈めて牙で主人の手の甲が傷つかないよう注意しながら軽く口を付ける。
次いでまだ白煙が薄く漂う台座に両膝を付け両手の剣をわきに置くと、マントでしっぽ以外は隠れてしまうほど深く顔を落として葛城の足先に口を寄せる。
オセの口が足先に触れたとき柔かい毛が足首を掠ったのか、葛城の指先がぴくりと強張る。
「これで、いいのか?」
不安げに立ち上がったオセの顔から視線を外さずに、葛城の顔がゆっくりとオセの首筋に迫る。
沈黙してことの成り行きを見守る仲魔たちの中にはゴクリと唾を飲み込む者もいて、オセの不安はピークに達している。
近づく葛城の呼吸が生む生暖かい息が首筋の毛をそよがせ、緊張のためか強張った腕に手がかかる。
爪先立った人修羅と硬直しているオセがその姿勢を取り続けて数分の沈黙が流れ、葛城は無言のままオセから離れる。
緊張がとけてほっと胸をなでおろしたのも束の間、
「あちゃー、やっぱだめじゃんか」
というオンコットの落胆の叫びにしっぽがピンと立つ。
「な、なにがだめなんだよ?」
地団駄を踏んで悔しがっているオンコットの元に駆け寄ってピンク色のしっぽを掴んで持ち上げるが、キーキーと悔しがるばかりで理由を聞けない。
「なんだって言うんだよ」
他の仲魔を見まわすが、皆いちように顔を伏せて悔しがるばかりで真相を話してくれそうな悪魔は見つからない。
「オンコットを放すんだオセ、さぁお前たちも次ぎの戦いに備えて準備しろ」
葛城の命令が辺りに漂う気まずい空気を強制的に払いのけた。

仲魔たちの寝息のみが聞こえる坑道の薄暗い闇の中で、オセは奇妙な光を見たような気がして目を何度かこすった。
連戦による疲れのためか睡魔の訪れはどの仲魔より早く、閉じていく視線の先に最後にうつったものは、葛城が仲魔たちにお休みと手をふっている場面だった。
幸いこの辺りは敵が出現しないようで、久しぶりに見張り無しでも休めるとオンコットが喜んでいたのを思い出してオセは体の緊張を解く。
眠りから覚めたばかりのぼやけた視線の先で青白い光がゆらゆらと揺れている。
意識がはっきりと目覚めるまではその光がなんなのか分からなかったが、目が慣れてくるにつれ輪郭を捉えられる様になるとすぐにそれが何の光であるかオセには理解できた。
青白い光を闇の中に浮かび上がらせている主はオセが起きていることに気が付いていないようだった。
仲魔たちの睡眠の邪魔にならないよう音も無く立ち上がると現地点よりもさらに深い闇の中に吸い込まれる様にして消えていく。
何をしに行くのだろうという興味に駆られて立ち上がろうとするが、寸前まで眠りの状態にあった体は気だるく、起き上がるときに音を立ててしまいそうでオセは寝転がったままの状態で悩む。
邪教の館で呼び出され、主戦力として力を振るうようになってからほとんどの疑問の答えは仲魔の口から知る事になった。
かつて氷川という人間の手下として人修羅の前に立ちはだかったオセの話、氷川が作り上げたナイトメアシステムによって力を失ったマントラ軍の惨状、
そして人修羅の目の前で崩れ落ちたゴズテンノウのこと。
しかし邪教の館を出てから今まで葛城がオセにその事に関して愚痴る事も八つ当たりする事もなく、本当に恨まれているのだろうかとオセ自身疑問に思うほど扱いは普通だった。
そうなればオセの中に残る疑問はただひとつだった。
「オンコットの野郎、うやむやにしやがって!」
呑気な顔でいびきをかくオンコットをにらみ付け、また人修羅が去っていった方へ視線を移すとひたひたと闇の奥からかすかな足音が聞こえてくる。
もう戻って来たのかと思い、結局たった一人で人修羅がなにをしていたのかという謎は解決されないまま、オセはやはり後をつけて行くべきだったかと後悔しながらも、また襲ってきた眠気に身を任せて目を閉じた。

ふわりと柔かめのなにかが鼻先を通り過ぎる感覚がした。
肩の辺りの毛を冷たい手のようなものが撫でている。
全ての感覚は現実で起こっている事なのか夢で起こっている事なのか見当も付かないが、どちらにしても悪くは無い気分だとオセは軽く喉を鳴らす。
「…のか?」
小さくたずねる声の後、毛を弄んでいた手が痺れるような余韻をオセの体に残して離れていく。
止めないで欲しいとオセは意識の中で必死に自分を撫でていた者に呼びかける。
そのオセの願いが通じたのかどうかは定かでないが、冷えた指先のようなものがくすぐるように耳を撫で、少し湿った暖かな感触がしっかりと閉じられたオセの口の上を一瞬だけ掠っていった。
暖かい感触が口から離れていく一瞬、かすかに"ごめん"と呟く声が聞こえたような気がしたが、夢の中に引きずり込まれていたオセは誰が誰になんの落ち度があって謝っているのかなど、億劫でなにも考えられなかった。

「置いて行くぞ」
聞き覚えのある声に夢の中を彷徨っていた意識が一気に現実に引き戻される。
「あ、あぁ」
急な目覚めに対応しきれない頭が痛み、オセはぼんやりとした表情で仁王立ちしている主人を見上げる。
人修羅の側にはすでに支度を整えた仲魔たちが控えていて、苛立ちの表情でオセを見下ろしている。
「オセが寝坊するなんて珍しいですわね、良い夢でも見られまして?」
ただひとり笑顔でオセの寝起き姿を観察していたサラスヴァティが上品に笑いながら問いかけ、その言葉に寝ている間に起こった不思議な感覚の数々を思い出して首をかしげながら、
「そうだな、良い夢をみたかもしれない」
と返事をする。
「くぅー、どんな夢だったんだよ!」
オセの答えに手足をばたつかせて羨ましがるオンコットの横で、厳しい表情でオセを見下ろしていた人修羅がにやっと笑ったような気がして、オセは欠伸をしながら眠たい目を何度かこすった。



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