■ ヨスガ-3.5
葛城は目の前のマネカタが憎くて仕方がなかった。
凛とした立ち姿は彼の強い信念の象徴のようで、同じ力に蹂躙された立場でありながらその苦しみを自分とは逆の方向へ昇華しようとしているのが羨ましかったのかもしれない。
フトミミを見ているとただ己のためだけに力を手に入れようとしている自分が卑小な存在に思え、たまらなく焦りを感じる。
彼には彼だけの、自分には自分だけのボルテクス界で学んだ生き残るための方向性があるのだと納得させようとしても、どこか割り切れない思いに憎しみばかりが募る。
「あんなマネカタ、助けるんじゃなかった」
勇の情報しか先に進む手がかりがなかったとはいえ、自分にマイナス感情を抱かせる存在を助けてしまった事を葛城は悔いていた。
「いいじゃないか、あいつのお陰でアサクサが復興してこいつの調査もできる、お前がフトミミを助けることはこう言っちゃ何だが運命だったんだよ」
転送装置を弄り回しながら聖が呆れた様に笑う。
「気持ち悪いこと言わないで下さいよ、僕はこの街が嫌いだな、ここにいると息苦しくなる」
すぐ側まで寄ってきて調査の様子を窺う葛城の言葉に聖の手の動きが一瞬止まる。
「お前…そういう所まで悪魔になっちまうつもりか?」
手の動きは再開したが、聖が彼には珍しく険しい顔つきをしていることに葛城は気付いていない、あくび交じりの声で
「そういう所ってどういう所さ、変なこと言うなよ」
と文句を言って大きく伸びをする。
装置から漏れる赤い光に照らされる人修羅のしなやかな動きを横目で追いながら
「大あくび出来るうちはまだ大丈夫だな」
と険しい表情を崩し、葛城は分けが分からないといった表情で慣れた手つきで装置を回す聖の指先を見つめた。
ミフナシロは葛城にとって聖地でも何でも無いが、それでもやはりマネカタにとっては大切な場所であるようで、
この日はいつもにも増して体を震わせるマネカタの大群が立ち入り禁止に指定されている扉の前に群がっていた。
「なんの騒ぎ?」
群れるマネカタをかき分けて前に進む事さえ面倒なことに感じられ、葛城は最後列で震えるマネカタに訊いた。
「あ、あなたラッキーですよ、今フトミミさんがお告げを下されている真っ最中なんですよ」
フトミミという名前を聞いた葛城は、わき上がってくる嫌悪感をマネカタに悟られないよう表情に出さないよう押し殺して軽く相槌を打つと、
背伸びをして熱狂的なマネカタたちの視線が集う先を見ようと試みる。
扉のすぐ前にフトミミは立っていた、涼しげな表情だが集まったマネカタたちを見渡す目は強い意思に満ちていて、彼がマネカタの中でも特別な存在である事を際立たせている。
よく通る声だから離れた場所にいる葛城の耳までフトミミの言葉は届いていたが、途中から聞き始めたせいかいまいち内容がつかみきれず、話しが全て終わるまで待つ事にした。
かといって集中して聞いているマネカタと戯れて時間をつぶすわけにもいかず、早く終わらせろと睨みつける視線と熱心に話し続けるフトミミの視線がぶつかり、あわてて葛城は視線をそらした。
お告げ自体はもう終盤にさしかかっているのかフトミミはその後ひと言ふた言口にすると、解散するように手で合図をする。
「今回のお告げってなんだったの?」
解散の合図を受けて散り散りになったマネカタを捕まえて声をかけた葛城は背後に気配を感じて振り向いた。
「あ、久しぶり」
切れ長の目をしたマネカタは間の抜けた人修羅の挨拶を聞いて薄く笑う。
「予言の内容に興味があるなら直接君に教えてあげても良いが?」
至近距離で見るマネカタはやはり憎しみの対象としてしか捉えることができなく、視線が合ったときに睨みつけていたことがバレてしまったのだからもう隠さなくても良いだろうと思い、葛城はフトミミの言葉に対し素直な気持ちを述べる。
「いらない、予言以外の余計なことまで吹き込まれそうだし」
嫌悪感丸出しの言い方にフトミミは心外だという風に眉間に皺を寄せ、ため息と共に小さな声で思いを吐き出す。
「君は私のことをそんな風に思っているのか…」
「僕は単純なマネカタじゃ無いからな、あんたの予言を全て信用するなんて無用心な真似は出来ないさ」
落ち込んだ表情を見せるフトミミに追い討ちをかける様な言葉を述べながら葛城はフトミミがこんな表情を見せるとは意外なことだと思った。
葛城が憎しみを感じていたマネカタの預言者は他人の言葉ひとつに影響を受けて表情を変えるような人物ではないはずだった。
それは嫌いだと思うあまりに人間性に欠けた完璧な人物像を自分の頭の中で勝手に作り上げていただけだったのかと、少しだけ葛城はフトミミに対する認識を改めた。
「我が同胞を単純などと…君は我らマネカタが嫌いなのか?」
マネカタを単純呼ばわりした途端にフトミミの表情が険しくなり、表情をくるくる変える預言者を困らせてやりたいという嗜虐心にも似た心が生まれてくるのを葛城は感じていた。
嫌いなのかという問いもその気持ちを強めていた、自分に劣等感を感じさせる存在を徹底的に叩きつぶしたくて葛城は心の赴くままに吐き捨てた。
「嫌いだな、そう思っていた方が今後あんたを殺す必要が出てきたときに楽だし」
余計なことまで言い過ぎたかと葛城は少しだけ後悔したが、黙ってうなだれたフトミミを見るとその後悔もすぐに消えてしまった。
「君は我らを殺すのか…」
かなり動揺しているのか上ずった問いかけに対し葛城は嗜虐心が満たされていくことへの小さな悦びを感じていた。
「未来のことが分かるんだろ、そういう結果はまだ出ていないのか?」
フトミミの両手が葛城の言葉に耐えるかのようにきつく握りしめられ、表情が見えなくても全身から悲しみと怒りの混ざった複雑な感情が伝わってくる。
葛城は自分の心の奥に黒いモヤモヤとしたものがたまっていくような感覚を覚えた、目の前に存在する全てが綺麗に出来すぎている泥人形への反感が止まらない。
「どうなんだよ、今のままなら僕は躊躇わずにあんたを殺せるよ、その程度の存在なんだよ今のあんた達は!」
これ以上ミフナシロに止まると本当にフトミミを焼き殺してしまいそうで、感情を沈めるために軽く頭を振った葛城はうなだれたままのフトミミに背を向けて転送装置の方へ向かう。
激しい怒りをぶつけられてフトミミは葛城が装置のある部屋の扉に手をかけるまで沈黙を守っていたが、部屋の中に足を踏み入れる直前に閉ざしていた口を開いた。
「その結果を招かないよう君の気持ちを自分に惹きつけておくことまで、私がやるべき仕事だと言うのか?」
うつむいたままのフトミミから発せられた言葉は静かで、先程までの感情による乱れを一切感じさせなかった。
「それを判断するのがあんたの役目だろ」
振り返らずにフトミミを突き放すような答えを返し、人修羅は転送装置のある部屋に入って行った。
ミフナシロに1人残されたフトミミはしばらく人修羅が入って行った扉を苦しそうな表情で見詰めていたが、
「馬鹿馬鹿しい…」
と呟くと、全ての感情を削ぎ落としてくれるような水音の聞こえるマネカタの聖地へと続く丸い扉の方へゆっくりと歩き出した。