■ ヨスガ−4.5
ガラクタ集めのマネカタは膨大な数のガラクタとアイテム群のなかから手探りで何かを探していた。
地下道の隠れ家からお気に入りのものだけ厳選してここに持ってきたはずなのだが、
カグツチの輝きが1段階増すにしたがい新しい掘り出し物が次々と狭い店内の床に積まれていき、現在のガラクタ壁を形作っている。
人修羅が4度目くらいにガラクタマネカタの店を訪れて開口一番
「すごい圧迫感だ、お前苦しくないの?」
と心配そうに見上げたガラクタの山は素人が手を触れればすぐに崩れてきそうなものだが、
この店の主人があちこちのガラクタを引き抜いたり埋め込んだりしても、揺れはする物の不思議な安定感を保っていて、
ガラクタ集めのマネカタを押しつぶすことは無いようだ。
「おかしいなぁ、確かここら辺に置いておいたはずなんだけど…」
揺れるたびに上空から降ってくる埃に咳き込みながら首をかしげていると、店の外からなにやら騒がしい声が聞こえてくる。
この店を訪れる客は多々いるけれど、毎度入る直前まで騒ぎを繰り広げている客となると彼らご一行しかいない
「マスター、もうダメかもしれない」
という情け無い声を
「ふざけるな、それくらいの傷で昇天したら生き返らせずに放置するぞ!」
と一蹴する叫び声にガラクタの奥を探る手を止めマネカタは
「あはっ、またやってるや」
と笑いながら頭や肩に積もった埃を払いのけた。
人修羅がフトミミを殺してからもうカグツチが50回巡った。
残りのマネカタたちは銀座の地下道に戻ったり、前はサカハギがよく出没していた一角にひっそりと隠れ住んだりしてどうにか生き延びているようだ。
人修羅に対する恨み言を毎日のように呟いていたマネカタはたくさんいたが、カグツチが満ち欠けするうちに現状を嘆いていてもなにも変わらないことに気付いたのか、今は我慢してそれなりの暮らしを続けている。
自分たちの努力と根性で復興させたアサクサの街をヨスガの勢力から取り返そうという動きは最初の内はあったものの、結局フトミミに代わる指導者が現れる事はなく、無謀な計画は立ち消えになった。
フトミミに夢を託していた老人マネカタは、今でも指導者の死を受け入れられずにミフナシロまで出かけてはがっかりした表情で帰って来るという危険な行動を繰り返しているが、大方のマネカタの生活はフトミミが人修羅に救い出される前の状態に戻ったようだ。
「別に誰に恨まれようと構わないさ、サカハギだってシジマの奴らだって僕の取った行動に計画をぶち壊しにされているわけだし、
もし僕がこれからも千晶のコトワリを支持し続けるなら勇や先生だって呪うだろうさ」
今更マネカタから恨みを買ったところで大した変わりは無いと、ミフナシロから帰還したばかりの人修羅は厳しい目を向ける仲魔たちに対しそう言い切った。
今回の事件で今まで主人の行動方針に我慢して従ってきた仲魔の多くは人修羅のもとを去りたいと申し出、人修羅もそれを止める事はなかった。
去って行った仲魔たちへの彼なりの礼儀なのか、悪魔全書から別れた主力悪魔を呼び出す事はせず人修羅は残ったデカラビアと2人っきりで新しい仲魔を集め始めたようだ。
歌舞伎町などから連れて来た新しい仲魔を鍛えるためターミナルであちこちに移動し、そういえば最近人修羅の姿を見ないなとガラクタマネカタが思う頃にひょっこり店に現れたりする。
「お帰りーただいまー、マネカタの兄さんチャクラドロップ10個くれ!」
扉を開けるなりおどけた口調で一人芝居を始めた人修羅は、自分の出現を喜んで出迎えるガラクタ集めのマネカタを見て安心したように笑う。
人修羅に続いてやって来たデカラビアが星型の体を器用に使ってカウンターの上によじ登り、ヤクシニーが入ったところですでに満員状態の店に入りきらなかったナーガが尻尾の鈴を鳴らして抗議を続けている。
「楽しそうだね、はいチャクラドロップ10個」
足元からチャクラドロップの詰まった箱を引っ張り出し、しあわせチケットを1枚取り出して渡す。
「ヨスガの守護を見たらなんだか気が抜けちゃってさ、シジマに大きな動きがあったみたいなんだけど確かめに行く気も起きないや」
購入したばかりのチャクラドロップを頬張りながら返事をする人修羅にヤクシニーが
「こっちは常に戦闘体勢なんだが」
と不満げに愚痴をこぼす。
「行ってもいいけど根性無しのナーガ辺りがすぐに音を上げそうだしなぁ、ケルベロスが吐く炎に焼かれても耐えてくれるならいいけど」
憂鬱そうな人修羅の言葉にナーガが即座に反応し、鈴の音がいっそう喧しくなる。
成り行きを面白そうに見守っていたガラクタ集めのマネカタもさすがにナーガを気の毒に思ったのか
「銀座の地下道で初めて会った時はノズチの毒で死にかけていた君がよく言うよ」
と皮肉たっぷりに言い、その言葉にデカラビアとヤクシニーが可笑しくてたまらないといった風に必死に笑い声を抑える。
「あーあ全くお前には敵わないよ、これ以上恥ずかしい過去を暴露される前に出て行くとするか」
ナーガを笑い者にするつもりがすっかり自分が笑い者になってしまいばつが悪くなったのか、残りのチャクラドロップを仲魔たちに適当に分配し
人修羅はガラクタ集めのマネカタに背を向ける。
「出発だな」
カウンターから飛び降りたデカラビアとヤクシニーを先に外に行かせ、人修羅はまたしばらく会えなくなる気さくな店主に別れを言うため
最後に一度だけガラクタマネカタの方に振り返って手を振る。
「うん、また君が来るのを楽しみに待っているよ」
マネカタも手を振っていたが不意にあることを思い出して扉に手をかけた人修羅を呼び止める。
「この前クーフーリンさんが来て、"マスターに渡してくれ"って魔力の香を預かったんだけど僕のコレクションとごっちゃになっちゃって、
君が来る直前まで探していたんだけどまだ見つからないんだ」
ごめんねと頭を下げて謝るマネカタに別にいいよとだけ言葉を返し、人修羅はそのまま店から姿を消した。
ひとり残されたガラクタ集めのマネカタはあまりにも呆気ない人修羅の反応に
「本当にいいのかなぁ、クーフーリンさんは"マスターは受け取らないでしょう"って言っていたけど、なんだか申しわけないな」
と困ったような表情を浮かべ、カウンターに頬杖を付いてため息を吐いた。
荒廃したアサクサの街を歩きながら人修羅はクーフーリンのことを想いだしていた。
戦闘を重ねるうちにレベルが上がって、
「これでマスターのお役に立てますね」
と嬉しそうにはしゃぐクーフーリンから、日頃の感謝の品として魔力の香を渡されたものの、
頼りなかったセタンタがクーフーリンになった途端、目に見えて強くなっていくのが面白くなくて
「魔力の香なんて要るわけないだろ、自分の貧弱な魔法を少しでも強くするために使えよバーカ!」
とキツイ言葉といっしょに投げて返したことがあった。
その瞬間のクーフーリンの悲しげな顔が忘れられなくて、その事について謝らなければと思いつつも機会を逃し、結局ミフナシロの事件が終わったあとクーフーリンは人修羅の元を去って行った。
「あのときの魔力の香をずっと持っていたのか?」
聞いてみたかったが、ミフナシロ事件が終わる前まで隣で勇ましく槍技を繰り出していた白い鎧の悪魔はもういなかった。
代わりにチャクラドロップをなめていたナーガがひとり言に気付いて
「魔力の香がなんだって?」
と人修羅の顔を覗きこむ
「ん、何でもない、幸せチケットで魔力の香が手に入ればいいなと思っただけだよ」
適当に誤魔化した人修羅は想い出を振り切るかのように歩く速度を上げた。