■ 人修羅と仲魔ほのぼの風
ロキが葛城とオーディンによる厳重な包囲網を突破し、いわゆる家出を成功させたのはこれで5度目になる。
家出の理由はロキの話を聞く限り面白い物を見つけたので寄り道したくなったからという自己中心的なものであったが、
その家出が5度目ともなるとさすがに別の理由があるのではないか、つまり自分自身に非があるのではないかと葛城が不安に思うのも仕方ない事だ。
「オーディン、それに他のみんなも怒らないから正直に僕に対する不満を言ってくれ」
いつもならすぐに血相を変えてロキを捜しに行く葛城だが、今回はそうせずに仲魔を自分の周囲に呼び集めると心労の色の濃い表情で問いかける。
会話で仲魔にしたり邪教の館で合体を行ったりと、葛城が今まで戦力として従えてきた悪魔は本人も全書で確認をしないと分からないほど多い。
なかには意見の対立などの理由で自らの意思で去っていく者もいるが、それでも大多数の仲魔は主人に忠誠を誓い、命令や方針を無視するものはいない。
そんな仲魔たちのなかで特に対立するわけでも無しに肝心な所で命令を無視して団体行動を乱すロキは異質で扱い難い存在とも言える。
問いかけに長い沈黙で答える仲魔たちを前に、葛城の表情がますます曇る。
「信用されて…ないのか?」
主人の寂しげな呟きに答える仲魔はなく、気まずい雰囲気のなか人修羅と仲魔たちはロキの帰りを待った。
どのくらい時間が経っただろうか、いつまで待っても帰ってこないロキの身を案じて葛城はオーディンに目配せする。
「捜しに行くのか」
壁に立てかけていたグングニルを手に取り準備を始めた長身の魔神は、主人が問いに対して頷くのを確認すると複雑な表情を作る。
いつもは何もいわずにロキ捜しを手伝ってくれるオーディンが槍を持ったままじっと動かないのを不思議に思った葛城は首をかしげる。
「どうした?」
何か言いたげな目でじっと自分を見詰める魔神にできるだけ優しい声で訊ねる、どんな調子で話しかけようと今加わっている仲魔たちの中で
1、2位を争うくらい従順で無口なこの魔神が自分の意見を言うことはないだろうと葛城は思って苦笑いを浮かべたが、予想に反してオーディンは重い口を開いた。
「行く必要は無い」
感情を抑えた声であるだけに、そのひと言は葛城の心に重く響いたようだ。
心臓が急に体積を増したように胸を圧迫し、じんわりと全身が熱を帯びてくるなか頭の中だけは冷水を浴びたように冷えていく。
葛城の視線がオーディンから外れて空中を彷徨い、しばらくしてから躊躇いがちにぴくりとも動かない鋭い視線の元へ戻る。
「出て行かれるたびに不安なのだろう、ロキはお前が不安な顔をして捜しに来るのが楽しくてやっているというのに」
再び開いた口から出た言葉は先程とは違ってだいぶ感情が含まれていた。
腹立たしげな言葉に葛城は驚いて何度も首を振る。
「何でそうなるんだ、ロキは僕に嫌気がさして…」
ダンッと槍で地面を叩き、オーディンが言葉の先を遮る。
「お前こそなぜそうなる、そんなに自分に自信が無いのかっ!」
主人の言葉に苛立ちを剥き出しにした強い口調でオーディンは叱咤する。
ビクッと肩を震わせそらした葛城の顔を両手で包み込むと強制的に自分の方に向けさせて呆れた様にため息を吐く。
「ならばしっかりと聞くがよい、お前に対して我々が不満に感じることは山ほどある、何故お前のような者に従っているのか自分でも分からん」
オーディンの手を離れた槍が地面に倒れる音は聞こえなかった、頬に触れられた手から熱や震えと一緒に直接伝わってくる想いに耐え切れないといった風に葛城は瞬きを繰り返す。
「分からないが…」
突然の行動にすっかり固まってしまった主人を真っ直ぐに見ていた険しい表情が、次ぎの言葉と共にふっと緩む。
「お前には我々が従わずにはいられない奇妙な力があるのだよ」
柔かい言葉に葛城が少し不機嫌そうにオーディンを睨み付け、頬を包み込んでいる魔神の手に自分の手を重ねる。
「主人をお前と呼ぶな、僕が必要としているのは相棒とか友達とか、そういう対等な存在じゃなくて忠実なしもべだ」
重ねた手でオーディンの手を握り、力任せに引き離す。
都合の良い言葉だと葛城は頬から引き離される時につかまれたままの手を振りほどけずに浮かせている魔神に心の中で舌打ちをした。
不満は山ほどあると断言しておきながら、それでも従っているのは奇妙な力とやらで、そんな得体のしれない力を長所に挙げられた所で喜べるはずもないのだが、
それでもオーディンの言葉ひとつで心が急に楽になったように感じている自分はお手軽な奴だと葛城は反省する。
「手を離してくれないか、我が主人よ」
困ったような言葉に
「どうか手を離してくださいませ偉大なるご主人様、が正しいだろう?」
とやけに偉そうな返事をされてオーディンはやれやれといった感じに肩をすくめて彼にしては珍しい笑顔を見せる。
「奇妙な力は僕の神がかり的なカリスマだな、そのカリスマ性の前にみんなひれ伏して敬うべきだろう」
演技なのか本気なのか判断のつかない声でそう力説すると
「おいおい誰だよこいつをこんなに調子付かせた奴は、つまらねーじゃん」
いつ戻ってきたのか、葛城もオーディンも気付かないうちに他の仲魔たちに紛れ込んで2人の様子をうかがっていたロキが、がっかりした様子で文句を垂れる。
「ロキ!」
反応はオーディンより葛城の方が早かった。
力強い呼びかけに面倒くさそうに返事をするロキに冷たい視線を向けて、葛城はしばらく考え込んだあと
「次ぎ出て行ったら合体材料」
と言い放ち、さすがに焦って弁解しようと口をぱくぱくさせるロキとは対照的にオーディンは豪快に笑った。