■ 闇の中の友人
「暗い所好きだから棺桶に入っていたいんだよきっと、そっとしておいてやれよ」
新しい仲魔に挨拶をしようと頑丈なふたに手をかけると、葛城がすかさず止めに入った。
「変わり者ですね、彼はムスビを支持しているのですか?」
主人がそっとしておけと言うのなら仕方がない、ふたから手を離して葛城に問う。
「ムスビ?ちがうちがう、モトは立派なシジマ狂だよ」
どの辺りが立派なのかは気にしないことにしても、この棺桶がシジマ派とは悪魔は見かけによらないものだ。
「役に立つのですか、この棺桶が?」
何体かの仲魔たちは1度戦った経験があるらしく、口々に頼りになるだの言っているがその経験を持たない自分としてはどうもこの新しい仲魔は頼りない。
だいたいこの棺桶でどうやって移動するというのか、奇妙な模様が彫られている黄土色の表面をそのような思いで眺めていると、
ガチャリと重々しい音を立てて棺桶のふたが開き、獣のような唸り声と共にあらわれた濁った紫色の腕が閃光を放った。
「あ」
とだけ葛城が反応を見せ、凄まじい熱風に吹き飛ばされていく。
私は火炎に対する耐性を持っているおかげで熱こそ感じないものの、火玉が破裂したときの衝撃は相当のもので、踏ん張っていたが耐え切れずに尻餅をついた。
「なるほど、魔法に優れていると言いたいわけですか」
ひとり納得してまた何ごともなかったかのように棺桶のみの姿になったモトに視線を向けてうなずいてみせると、
「ばかやろう、お前らそういうことは他人の僕を巻き込まない場所でやれ!」
と体から煙を立ちのぼらせた葛城が、仲魔に対してどことなく弱気な態度を見せる彼にしては珍しく大声で怒鳴り散らした。
「仲魔と主人は他人同士らしい、ああいう問題発言から友好的な関係が崩れていくのだろうな」
回復の泉に行くと言い残して去って行った主人の言動をモトに愚痴ってみたが、どうやら反対意見だったらしくうんともすんとも言わない。
「無口だな、新人君にひとつだけ教えてやるが、くせもの揃いのこの集団ではどんどん自分の意見を言わないとみんなから存在を忘れられてしまうぞ」
目立つ外見をしていれば集団からはぐれても誰かが気づいてくれるが、滅多に発言せず目立つ外見をしていないフラロウスが寝過ごしたとき、
ひとり仲魔が欠けているまま出発してしまったことに誰も気付かず、かなり進んだ先で休憩している最中にあわてて後を追いかけてきたフラロウスと合流したなどという実話もある。
アルビオンやアバドンといった目立つ悪魔たちの中で、いくら特徴的な形をしているとはいえただの無口な棺桶がフラロウスと同じめに遭うのではないかと今から心配してしまう。
相変わらずモトはなんの反応も示さなかったが、気のせいか全体から放出されていた威圧感が少し弱まったように感じられる。
「自己紹介が遅れたな、私はアマテラスだ、短いか長いかは分からないが仲魔どうし仲良くやっていこうな」
棺桶に近づき、葛城に阻止された挨拶の続きをしようとモトに手を伸ばすと、一瞬だけ棺桶のふたが開いて差し伸べた私の手を警戒するようにすぐに閉まった。
「握手は嫌いなのか?」
問いに対する明確な答えは返ってこなかったが、棺桶がガタガタと振動して弱まっていた威圧感がまた元に戻ってしまったように感じられた。
ひょっとしたらモトは私から発せられる眩しい光が嫌いなのかもしれない。
アバドンから言われて初めて気がついたが、私自身はそんなに気にならない程度の光でも他の者にとってはかなり強烈な光に感じられるらしい。
合体に使われていなくなってしまったが、つい最近までいちばんの仲良しだったホルスはなにも言わなかったし、
人修羅やオオクニヌシは、目を細めて遠ざかるだけで嫌な顔ひとつしなかったから全く気がつかなかった。
わざわざ暗くて狭い棺桶に好きこのんで閉じこもる程の悪魔だ、普通の悪魔より光を嫌うのも当然のことだろう。
「すまなかった、光が届かない位置まで下がろう」
落ち着いたのか揺れが止まった棺桶に謝ってから、距離を置こうとモトに背を向けた。
後ろを向いた瞬間、鉄扉が開くような鈍い音が聞こえて、かたく骨ばった何かが肩に触れる。
驚いて振り返ると、紫色の指が感触を確かめるように頬を1度だけ撫で、すぐに離れて棺桶の中に戻っていく。
腕が棺桶の中に戻りきる寸前、とがった長い角のようなものがあらわれ、その下の顔にあたる部分が素早くこちらをうかがうとすぐに棺桶の中に引っ込み、ふたを閉ざした。
モトの指が触れたとき鋭い爪がこすれたのか、ひりひりと痛む頬に手をあてて確認するとわずかに血が滲んでいるようだった。
「モト?」
真意を確かめるため近づきたかったが思い止まり、今度はじっと棺桶の方をうかがいながら1歩2歩と慎重に後退する。
棺桶は私が移動している間わずかな動きもみせなかったが、もう光が直接当たらないだろうという位置まで下がって足を止めると警戒心を解いたようだった。
「何だか分からないがとにかく怒らせてしまって悪かった」
謝ってみたものの、なぜ先程から自分ばかりが謝っているのか不満に思って棺桶をにらみつけると、どこからか地を這うような低い声が響いてきた。
「お前、なかなか面白いな」
一瞬誰が発言したのか分からず周囲を見回してみるが、仲魔の姿も葛城の姿も見当たらずに首をかしげる。
「ここだここ、お前の目の前だ」
再度聞こえてきた声にあわてて前方を見ると、棺桶がこちらをからかうようにガタガタと揺れた。
「なんだか君のことをとても好きになれそうだよ」
なにも言わずに棺桶の動きだけで感情を表現していたモトが実は喋れると分かって気の抜けた表情を浮かべていると、棺桶のふたが開いて今までと比べてだいぶ大な隙間を作った。
棺桶の主が紫色の顔を隙間から出して眩しそうに目を細めている、慎重に距離を縮めていくが今度は棺桶の中に戻ろうとはしなかった。
こちらに向かって差し出されたモトの手の平に少しためらいながらも自分の手を重ねると、きつくつかまれてすぐそばまで引き寄せられる。
もう血は渇いているが傷の残る頬を執拗に撫でられてむず痒さに眉をしかめると、気にしたのかすぐに手を引っ込めて閉じこもってしまった。
「私も君に触れて良いだろうか?」
美しい細工が施された表面を見ながら許可を求めると、だいぶ間を置いてから少しずつ棺桶が開き、中に棲む者がじれったくなるほどゆっくりとした速度で顔を出した。
相当眩しいのか目はしっかりと閉じられていたが、顔を両手で包み込むように触れると驚いたように一瞬だけ開いてすぐに閉じた。
「その光、消せないのか?」
モトが目を閉じたまま不満そうにたずね、
「どうにもできない、君が棺桶から完全に出てこられないのと同じように」
とこちらもいくらか不満そうな声で応じる。
「眩しくてかなわんな」
なぜだかそう言ってモトが呆れたようにため息を吐くと、この光をどうにもできないことがとても残念なことのように思えてくる。
「すまない」
モトの顔から手を離して落ち込んでうつむくと、慰めるようにモトの手が頭をなでてくれた。
そうやって慰められていると、嬉しいのか気恥ずかしいのか判断のつかない微妙な気分になる。
顔を上げるタイミングを失ってうつむいたまま黙っているとモトの手が頭から離れ、肩をつかんでさらに自分の方に引き寄せて私の頬の傷をざらっとした舌で舐めた。
「…言っておくが私は君の食べ物ではないからな、腹が減ったから味見してみたとか言うなよ」
薄く開いたモトの妖しく光る目をにらんで忠告すると、棺桶の悪魔は軽く笑ったようだった。
「腹が減ったときは棺の中に引きずり込んで頭からバリバリと喰らってやろう、そうされたいか?」
「そのときは私の光で逆に撃退してやろう」
強い口調で言い返すと、モトの笑みはもっと意味ありげに深くなった。
棺桶の中の住人は少なくとも棺桶の中の深い闇よりはずっと親しみやすく、気の合いそうな友人に見えた。