■ 人修羅とオベロンで日記に書いていたもの

その小さな変化はいつもの他愛もない会話から始まった。
「妖精王を務めるより、僕と一緒にいた方が幸せだろう?」
主人の問いかけにオベロンは嫌そうに何度も首を横に振る。
人修羅がこのような質問をオベロンにするのはこれが初めてではない。
仲魔になると契約をかわしてから今まで、妖精王がよく飽きずに同じ質問ばかり繰り返せるなと感心するほど頻繁にたずねてくるのだ。
そのせいで他の仲魔たちからは忠誠心に欠けているからだなどと非難され、居心地の悪い思いをさせられている。
「何度も言いますが私にとって貴方は主人以外の何者でもありません、それ以上にも以下にもなり得ません」
だから変な期待をしないで下さい。と続けるオベロンにきつい視線を向けて、人修羅は強い口調で訴えかける。
「主人とか、役割じゃないんだ!僕と君の間に忠誠以外で芽生えつつある感情をだね、求めているのだよ僕は!」
「いえ、相変わらず何も芽生えてはいないのでご安心下さい」
すました笑顔で即答する妖精の眉間に人指し指をつきつけて、人修羅は高ぶる気分と平行してだんだんと荒くなる呼吸を落ち着けようともせずに、あまりの勢いに身を引く妖精に思いをぶつけた。
「君は自分で芽を摘んでしまっているんだ、僕に変な遠慮をして!」
主人の言葉を苦笑いを浮かべて聞き流していたオベロンも、一方的な決めつけにムッとして言い返す。
「摘む前に芽生えていないと言っているでしょう!思い込みの激しい方だ」
はっきりと否定されて、人修羅は一瞬うっと額を押さえてよろけたが、すぐに立ち直ったのか不快そうにつきつけられた指を払い除ける妖精に再びアタックを開始する。
「そんなのおかしいよ、だってほら、僕は君のことが気になって仕方なくて君に関するあらゆる情報を仕入れているというのに!」
あらゆるという部分に薄ら寒いものを感じたオベロンの眉がぴくりと動き、不吉な予感に怯えたような声で確認する。
「それは…例えばどんな?」
訊かれて人修羅は腰に手を当てて、得意気に話始めた。
「例えば新宿時代のご活躍だとか、伝説の千鳥足のこととか…」
「ちょっ!ちょっと待ってください、誰が貴方にそんな情報を?」
慌てて問う妖精に、主人はしばらく考え込んでから無邪気な笑顔で答える。
「いや、この間クーフーリンと賭けをしたらさ、あいつマッカを持ってなくてさ、代わりに面白い話をしろって命令したらオベロンに関することを色々教えてくれたよ」
最近みょうに幻魔が自分を避けていた理由が判明して、オベロンは心の中でクーフーリンに呪いの言葉を唱えながら、まだ何か言いたそうな主人を困った目で見た。
「何ですか?」
尊敬できない主人でも一度は忠誠を誓った相手、怒鳴らないよう感情を抑えてたずねると、人修羅はわざとらしく首をかしげて物欲しそうな目でオベロンを見つめ返す。
「嬉しいですとか言ってくれないのか?」
戦いの間は敵を真っ直ぐ捕えて爛々と輝く狂暴な金色の目はすっかり自信を失い、そんな主人の目に嫌悪感を覚えたオベロンはやれやれと肩をすくめてため息を吐く。
「しっかりして下さい、貴方は私の主人でしょう?」
自分の言葉一つで感情を左右されるような主人を見たくないという思いをなるべく優しく伝えたつもりのオベロンの言葉は、今の人修羅にとって遠回り過ぎて肝心な所を理解してもらえなかったようだ。
「全くその通り僕は君の主人だ、首輪をつけて飼い慣らして、嫌だといっても離さない、そういうことをしても許される立場にある偉大なるご主人様だ!」
話が余計危険な方向に向かい、埒があかないと感じたオベロンは、主人のあまりに馬鹿げた返答のせいでぽかんと開いたままになっていた口を閉じ、それ以上何も言わずに逃げるように羽ばたいて浮上する。
「まだ話は終わっていないって!」
飛び去ろうとするオベロンの足を、ジャンプして捕まえようとする人修羅の手を軽やかに避け、妖精王は空中でほっと胸をなでおろす。
「好きなんだよっ」
地上で叫ぶ人修羅を見下ろす目に同情の色は一切無く、気持ち悪い告白を聞いてしまったと言わんばかりに嫌悪感に顔を歪めて鳥肌の立つ腕を擦る。
「好きだと言って欲しいのか?好きですと言って欲しいのか?それとも好きでしたと言って全てを終わらせて欲しいのか?」
もはやそう叫ぶ本人でさえ何を言っているのか理解できていなさそうな台詞を人修羅は必死になって上空にぶつける。
「その言葉が私への侮辱となる事を貴方は理解しているのですか?好きという感情がどんなものなのか貴方は本当に分かって口にしているのか?」
オベロンの問いに人修羅は上空にまっすぐな目を向けたままよどみのない口調で答える。
「好きが曖昧な言葉なら僕はこう表現する、妖精王、君を愛している!」
著しくオベロンの飛行が乱れ、上空で体勢を整えようと黒羽の妖精はじたばたともがく。
仲魔のアマテラスやモトが聞いたら吹きだして笑い転げそうな告白を、人修羅は冗談ではなく真顔で言い切った。
その顔は代々木公園で自分に仲魔にならないかと誘ったときの表情そっくりで、驚いたものの、ムカムカとしたどす黒い雲に覆われていた胸中に、爽やかな風が吹き込んできたような感覚をオベロンは味わっていた。
「本気なのですか?」
嘘偽りの無い言葉だということは目を見れば明らかだったが、態度だけではなく直接肯定して欲しいと望む自分の心に従ってオベロンは聞き返す。
本気だろうとなかろうと、主人を従うべき契約の主以外の存在として認められそうにないというのに、それにもかかわらず人修羅の本心を確認しようとしている自分は何なのだろうかと不思議に思いながら妖精王は答えを待つ。
「君が仲魔になるときに僕が言った言葉をまだ覚えているか?」
少し間を空けてから、先ほどよりはだいぶ落ち着いた声で人修羅が訊ねる。
毒におかされ体力も少なく、次に攻撃すれば相討ちになるような状況で同じく体力が残り少ない自分に話しかけて来た半魔の少年の姿を思い出しながらオベロンはうなずく。
「仲魔になってもきっと自分は何も与えることは出来ない、その分君が仕えて良かったと思えるような尊敬できる主人になると…確か」
覚えていてくれていたことが嬉しいのか、胸の前で小さくガッツポーズを取りながら人修羅は喜びに身を震わせる。
「君に尊敬されるような主人になりたいと願う僕が、冗談でこんなことを言うと思うか?嫌われると分かってて、呆れられると分かっててこんなことを言うのは本気で君のことが好きだからだ!」
あふれ出す想いをなんとか伝えようと両手を広げながらの訴えを、何度も瞬きしながらオベロンは聞いた。
聞き終えてから息をのみ、心を落ち着けさせるように静かに息を吐き出す。
「貴方にとってこの世界はあまりにも特殊な環境でしょう、ほんらいの世界を取り戻した時、果たして貴方は羽の生えた妖精の私に同じことを言えますか?」
人修羅の沈黙は妖精王が予想していたよりずっと長く、逆にその迷いがしっかり自分の言いたい事が伝わっているのだという安心感を与える。
自分とは生きてきた年数の単位も世界も全く違う人間の心をもった悪魔を、オベロンはようやく落ち着いた気持ちで観察することができた。
「それは分からない、でもこの世界で出会って一緒に行動してその間に感じるようになったこの思いは本物で、君に否定されても僕は諦めない!」
悩んだわりには明確な答えも無くあまり言っている内容は変わっていないが、オベロンはまるでその答えを待っていたように満足そうにうなずく。
王という割には普段威厳など微塵も感じさせないオベロンが、上空でうなずいたその瞬間だけ自分よりずっと偉い存在に見えて人修羅は目を擦った。
妖精王は地上に降りてなにやら難しそうな表情で人修羅の顔を見ていたがしばらくして悲しそうに首を振る。
「だめですね、どんなに意識を変えてみてもやはり私にとって貴方は主人以外の何者にもなることができないようです」
人修羅はがっかりして肩を落としたが、今までのやり取りで予想がついていたのか申し訳なさそうな表情のオベロンにさっぱりしたような笑顔を向ける。
「それでも僕は君のことが好きだよ、これはいつか君が僕のことを好きになってくれるようにという意味を込めて」
息がかかりそうなほど近くに顔を寄せられて身構えるオベロンの首筋に人修羅は軽く歯を立ててキスをする。
緊張して羽一つ動かす事の出来ない妖精王は呪縛を振り切るようにきつく目を閉じ、可哀想なほど怯えたその顔に人修羅はふっと息を吹きかけた。
「いつまでも君の心を待つよ」
「…はい」
自分の態度に対する笑い声が混じっていてもどこか寂しそうに聞こえる主人の言葉に、オベロンは迷いながらも返事をした。



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