■ 天国

仲魔うちでの争いごとは禁止と命令する割りに、人修羅は仲魔から因縁があるので加えて欲しくない悪魔の話を聞いても無視を決め込んでいた。
「自分たちの世界に帰ってから決着付ければいいじゃないか」
うっかり敵同士の悪魔を仲魔に加えて不穏な空気が漂うたびに、対応を面倒くさがりその言葉ひとつで決着をつけようとする主人に危機感を持つ仲魔は多い。
鬼神オオクニヌシも人修羅のレベルがひとつ上がるたびにある不安を募らせていたが、タケミカヅチを仲魔に加えた時点で言ってもどうにもならないと理解したので何も告げずにいた。
「優しく回復してくれる和服が似合いそうな大人しいお姉さんタイプがいいなー、ねぇ邪教のおっさんそういう神様今いる仲魔使って合体できないの?」
ずいぶん前から館に訪れるたびにしつこくまとわり付いて贅沢な質問を繰り返す人修羅に、館の主はため息混じりに連れてきた悪魔たちを観察する。
オベロン、スパルナ、レギオン、横文字悪魔に混じってタケミカヅチやヤタガラスといった日本の神も何体か姿を見せている。
統一性のない仲魔たちを険しい顔でにらんでいた館の主の視線が日本の神々の間を何度か往復し、期待に目を輝かせる人修羅に戻った。
「アメノウズメがいるではないか?」
これ以上何を望むのかと問う館の主に人修羅は分かってないなぁという風に肩をすくめて舌打ちをする。
手招きされて館の主が身を屈めると、人修羅は耳元に顔を寄せてボソボソと小声で理由を述べた。
「旦那がいるから悪戯できないんだよ、しかも気が強くて"守ってもらう"より"守ってあげる"タイプなんだ、僕の趣味じゃない」
予想はしていたもののバカ正直な告白に、館の主は生気を奪われたかのようにガクッと体の力を抜いた。
自分の趣味を告白したことが恥ずかしくなったのか、おっさんもそう思うだろと腕をぐいぐい引っ張って同意を求める少年悪魔を咳払いで黙らせ、
「仕方ない、ならば次の煌天に再び訪れるが良い」
と邪教の館の主はもう関わり合いたくないというふうに早口で言い放つ。
とたんに人修羅の表情が輝き、スキップで仲魔たちの元に戻る少年の後姿をやれやれとため息を吐いて眺めながら館の主人は呟いた。
「だが少年よ、あの神はアメノウズメより扱いにくい存在かもしれんぞ」

カグツチは完全に満ち、煌天の影響を受けて興奮気味の仲魔を引きつれ人修羅は再び邪教の館を訪れた。
「年上で守ってあげたくなるような和服美人だからな」
嬉しくてたまらないのか震える声で確認する少年へ、おぞましい物を見てしまったという表情で館の主がうなずく。
「では最初にタケミカヅチとヤタガラスを合体させ、次にアメノウズメを生贄に奉げるのだ」
アメノウズメを生贄にすると聞いて人修羅は一瞬悲しそうに顔を歪めたが、その結果と天秤にかけると結果の方が勝るのかすぐに気を取り直して指定された仲魔を呼び寄せた。
息子の腕を切った忌まわしい神が合体に使用されていなくなると知り、オオクニヌシは複雑な思いでタケミカズチを見送った。
恨みがあるとはいえ別れの時くらい声をかけようかと目を合わせた2体の鬼神はお互い悩み、結局一言も別れを告げないままタケミカズチは背を向けた。
「ウズメちゃんごめんね、和服美人と暮らすようになってもずっと君のこと忘れないから」
白々しい台詞をはく少年の頬に一発強烈な平手打ちを見舞い、アメノウズメはその一発で全てを清算したのか笑顔で仲魔たちに別れを告げる。
ヤタガラスが去るとオオクニヌシはただ1体の日本国産悪魔になり、他の仲魔たちとの距離が急に遠くなったような孤独を感じた。
「では合体するぞ」
いつもは先に合体結果を見せてくれる館の主も、一連のドタバタ劇を見て早く合体を済ませてしまおうと思ったのか手順を飛ばして人修羅に告げる。
平手打ちをされ真っ赤になった頬を擦りながら、少年は合体の許可を出した。
機械が不気味な唸りを上げて3体の悪魔を次々に取り込んでいく。
何かが爆ぜるような音が連続し、直後稲妻のような光の筋が一直線に台座へ落下する。
台座を中心に薄く煙が立ち昇り、その煙から金色の光が一筋漏れて人修羅の顔を照らし出した。
新しい仲魔が主人に対して忠誠の言葉を述べる前に、目を大きく見開いた人修羅が甲高い悲鳴を上げて館の主を驚かせた。
「話が違うじゃないかおっさんっ!こいつ男だよ、お・と・こ!」
台座の上に浮かぶ眩しい光を放つ魔神は悲痛な叫びを上げる少年に眉をひそめ、誰が自分の主人なのか館の主に訊ねた。
「その少年が主だ」
「僕の和服美人はー?こんな奴いらないから和服美人を!」
などと騒ぎ立てる少年へ視線を戻し、それでも儀式の一環なのか冷えた声で忠誠の台詞を述べながら魔神アマテラスは主人の背後に控える悪魔を眺める。
赤い球形の悪魔、極彩色の鳥、羽の生えた男と1体ずつ確認し、最後の悪魔で魔神の目の動きは停止した。
"オオクニヌシ"と声には出さず口だけ動かし、アマテラスはつまらない状況の中で遊び道具を見つけた子供のように楽しそうに目を細める。
またやっかいな神を仲魔に加えたものだと反射的に魔神の視線から逃れた鬼神は顔を伏せ、厄介ごとを招いた本人は相変わらず館の主に文句を言い続けている。
アマテラスが近付いてきたのか眩しい光が目に飛び込み、オオクニヌシの体は自身の意思とは関係なく強張っていく。
「変わりないか、スサノオの子よ?」
遥か上から見下すような威厳に満ちた声は国譲りの交渉をした神と少しも変わらず、生まれながらにして高天原の支配を任された日の神は薄く笑う。
「何も」
短く答え、オオクニヌシは心を落ち着けるために深いところに溜まっていた息を少しずつ吐き出した。
「お前その鬼神の知り合いか何か?」
ようやく和服美人に諦めがついたのか、人修羅が気まずそうな空気を漂わせる2体の仲魔に気付いて声をかける。
お前と呼ばれ、アマテラスは不快そうな表情を見せたがすぐにその感情を隠して"そのようなものです"と澄ました声で答えた。
「じゃあ最初に言っておくけどそいつとお前の間にどんな因縁があっても争いごとは起こすなよ、これ主人からの命令」
「争いなど…」
主人からの命令にアマテラスは軽く笑い、オオクニヌシはきつく唇を噛む。
「ならいいけど」
伏せられたままの鬼神の顔を覗き込むと、タケミカズチを仲魔に加えた時以上の背筋が凍るような感情をぶつけられ、人修羅は嫌な予感をひしひしと感じながら心の中でオオクニヌシに謝った。

自分自身の息遣いに疲れが見え始め、人修羅は休憩にすると後方の仲魔に伝えてくれとオベロンに指示を出す。
生き物全てが持つ根本的な恐怖を刺激する闇の中、薄っすらと光るオベロンの目さえ不気味に思えて人修羅は息をのんだ。
所持している光玉はひとつのみ。
常に光玉の輝きで辺りを照らしたい誘惑が押し寄せてくるが、特に危険もなさそうなこの場所で使用して、
本当の危険が迫ったときに効果が失われてしまったらという不安があるためか、人修羅の手の中で暗闇を照らす道具は大人しく出番を待っている。
そう遠くない所に敵がいるのか、オベロンの物とは違う荒々しい羽ばたきが木霊し、休憩すると告げたものの精神的に休まる状況ではないなと人修羅は口元に苦い笑いを浮かべた。
「マスター任務は完了しました、それとレギオンからの伝言であまり自分の一族を傷つけないでくれ…なそうです」
オベロンが戻ってくるまでそう時間がかからなかったことから、他の仲魔たちと自分の距離がそう離れていないことを知って人修羅は安心する。
同時にレギオンからのお願いに腕組みをして何やら真剣に考え込んだあと、
「意外と繊細だよな、レギオンって」
と理解できないといったふうに呟いた。
「あの、それとこれは私が個人的に思ったことなのですが…」
主人の呟きに同意することも無く何か言おうか言わないか迷っていたオベロンは、その迷いを振り切って人修羅の肩に手を添える。
興味を示して闇の中でも金色に光る目を向ける人修羅に後方から近付いてくる仲魔たちにちらっと視線を向け囁く。
「アマテラスの体から発せられる輝き、あの光で周囲を照らしてもらえば光玉を使わなくともこの先大丈夫かと」
我ながら名案だと誇らしげな表情のオベロンの提案に、人修羅は嫌そうに顔を歪めてみせる。
「あいつに頼るのは嫌だな、色々と嫌味言われそうだ」
邪教の館での第一印象が余りにも悪かったためか、アマテラスに対する人修羅の感情は良いものではない、
トラブルを起こさないよう接触を避けるのが精一杯で、邪教の館を出てからまともな会話ひとつ交わしていない。
「仕方ないでしょう、元々貴方が光玉の用意を忘れたのがいけないのですから」
ためらう自分に対しオベロンがやれやれとため息を吐く様子を感じ取り、人修羅は無性に情けなくなって頭を抱えた。
仲魔たちの足音はどんどん近くなり、アマテラスの光なのか後方にぼんやりとした明かりが灯る。
「それではアマテラスと親しいオオクニヌシに頼んで貰ってはどうでしょう?」
「…それなら僕が交渉した方が安全だよ」
少し苛立った声でオベロンが提案するが、人修羅はとんでもないというふうに激しく首を振って否定した。

「アマテラス、お前に我らの光玉になっていただきたい」
休憩場所を確保してさっさと自分ひとり休憩に入ったアマテラスに、闇に浮かぶ光を頼りに近付いた人修羅は単刀直入に告げる。
様子を見守っていたオベロンは脱力し、たまたまそのやり取りを見ていたオオクニヌシは咽た。
アマテラスは涼しい表情を崩さずたった一言で人修羅の頼みを切り捨てる。
「嫌です」
やっぱりそうくるかと人修羅の顔が強張り、柔らかいが震えの混じった声でもう1度頼みを繰り返す。
「光玉がひとつしかないんだ、先頭を歩いて罠が無いか調べてくれるだけでいい、お願いだ」
アマテラスはしばらく無言で気に入らない少年半魔を睨み付けていたが、ふっと小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「何故私が貴方の尻拭いをさせられなければならないのです、ご自分の失敗はご自分でどうにかしなさい」
その態度にさすがに黙って見ていられなくなったのかオベロンが声を荒げる。
「マスターの命令だ、従うのが道理だろう」
ますたー…、とオベロンの言葉を反芻してからアマテラスは可笑しくてたまらないというふうに急に笑い出す。
「マスターとは主人か、この未熟な子供がお前たち妖精の主人か、笑わせてくれる」
笑い声を切り裂く剣を振り上げる鋭い音が闇の中に響く。
剣を振り上げた主を音から察知したアマテラスの笑い声が止み、人修羅は嫌な予感に背筋が氷りつくような感覚に襲われて息をのむ。
「面白い、私と戦うつもりか?」
アマテラスの真っ直ぐ自分に向けられる好戦的な視線に捉えられ、勢いで剣を振り上げてしまったものの失敗したなとオオクニヌシは剣を下ろす。
「待てって、仲魔どうしの争いごとは禁止だって言っただろう、それにお前とオオクニヌシでは力の差がありすぎ…っ!」
はっと手で口を押さえた時には遅く、オオクニヌシの表情は人修羅の言葉に急に険しさを増した。
「確かにアマテラスは三貴神の1人、だからといって私の方が劣ると限らないではありませんか!」
その訴えに人修羅も何と返せば良いか分からず、かろうじて"ごめん"と謝罪して黙ってしまった。
オオクニヌシは気を静めようとしたが、
「お前は私には勝てないよオオクニヌシ、お前の子供たちが我らの使者に負けたように国津神は天津神の足元にも及ばない」
とアマテラスが小さな火種に油を注ぐような挑発をしたため、逆に一気に感情を昂ぶらせる結果となった。
無言のままオオクニヌシの金色の目がすっと細まり、一度は下ろした剣をもう1度構えなおす。
その構えから乱入剣を放つまでの速さは今まで何度もその技を目にしてきた人修羅が驚くほど素早く、物理以外の魔力も込められた衝撃がアマテラスめがけて襲いかかる。
アマテラスの行動を見張っていたレギオンが何かオオクニヌシに伝えようと奇声を発したが、その意味を鬼神は自分の身をもって理解した。
乱入剣はアマテラスに命中した、しかし見えない壁によってその全威力は技を放った鬼神本人に跳ね返り、オオクニヌシは自らの攻撃を受けて大きく体勢を崩す。
オオクニヌシが技を放つ直前にテトラカーンを張って身を守ったアマテラスは余裕の表情で呪文を唱え、その呪文から生まれた青白い炎の塊が体勢を立て直したばかりのオオクニヌシの前で破裂する。
「オオクニヌシ!」
と叫び声を上げて人修羅はとっさにオオクニヌシを庇おうと手を伸ばしたが、間に合わずに鬼神の体は大きく後方に跳ね飛ばされ、握られていた剣が空に舞った。
「邪魔しないで下さい…っ」
近寄って宝玉を取り出す人修羅を残った力で押し退け、鬼神はよろよろと立ち上がり近くに落ちてきた剣を拾い上げずに額に指を当てて意識を集中させる。
「なかなかしぶとい…」
アマテラスはオオクニヌシに止めを刺すため、再び先程と同じ呪文を唱えようとしたが、鬼神の呪文の方が先に完成して魔神の行動を制限した。
始めアマテラスは自分の身に何が起こったのか理解できず何度も呪文を完成させようと挑戦したが、オオクニヌシのマカジャマオンはそれを許さず、アマテラスは口元を歪めて呪文の完成を諦めた。
「魔法を封じようが最早剣技を出す体力も無いだろうに」
魔神は呆れたように鬼神がとった作戦への感想を述べ、やっとのことで立っているオオクニヌシとそれを庇おうとする人修羅の元へ浮遊しながら近付く。
「もう決着はついた、これ以上この鬼神と戦おうというのならお前の数十倍も数百倍も強い人修羅様が黙っていないからな!」
自分のことを人修羅様と呼んですっかりその気になっている小柄な少年の前で魔神の動きは停止し、身構えた人修羅にアマテラスはため息1つ吐いて手を差し出す。
その手に訝しげな視線を向けて警戒を強める一応の主人にあまり楽しくなさそうな声で
「もう戦う意欲はありませんよ、それより早くディスクローズを」
と要求する。
「もうオオクニヌシを攻撃しないか?」
1度だけアマテラスがうなずく。
「…もう僕の命令に逆らわないか?」
アマテラスはだいぶ迷ってから首をかしげる。
人修羅はその反応に納得がいかないようだったが、アマテラスの表情が苛立ちの色を浮かべ始めたのを見てあわててアイテム袋からディスクローズを取り出す。
しかし、手渡す直前になって急に人修羅はアイテムを持つ手を引っ込めた。
「最後にもう1つ訊き忘れた、回復しても僕のこと攻撃しないか?」
アマテラスは呆れを通り越して全身の力が抜けていくような感覚を味わった。
「攻撃する気があればすでに貴方を平手打ちしているでしょう、ご安心なさい」
邪教の館で出会った時から弱そうで自分の主人として認めたくないと思った目の前の悪魔が、本当はどんな悪魔や神より偉大な存在のような気がしてアマテラスは寒気を感じて身震いした。

魔法の封印を解かれたアマテラスの常世の祈りによってオオクニヌシは一瞬で全快し、光玉の件も魔神が急に素直になったことによって解決した。
「結局私は貴方に勝てない運命だったのか」
顔色の優れないオオクニヌシの肩をアマテラスの手が元気付けるように軽く叩く。
「勝負はまだついていない、いずれまた決着を付ける機会がくるだろう、その時までに腕を上げるが良い」
それは気休めだとオオクニヌシは魔神の言葉を素直に喜ぶことができなかったが、不思議とアマテラスに対するわだかまりが消えていく。
険しい顔にわずかな笑みを浮かべた鬼神オオクニヌシに、魔神アマテラスも他意の無い笑みで応えた。



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