■ 大人の事情、子どもの感情

オオクニヌシは6杯目で、クー・フーリンは4杯目、仲魔じゃないけれど2人の顔が真っ赤になる原因を作った金髪悪魔は追加で3杯。
テーブルの上だけではスペースが足りず、床に置かれていく空のグラスをセタンタがチェックする。
「ねぇ坊や、数えるだけじゃなくこっちに持ってきてくれると嬉しいんだけど」
カウンターに頬杖をついて悪魔たちの宴会を眺めていたニュクスが1人だけしらふの妖精に気付いて声をかけるが、
坊やという呼び方が気に入らないのか、数えるだけで精一杯でそこまで気が回らないのか、セタンタは無視し続けている。
酒が入った仲魔たちは、いつもと悪い意味でだいぶ違う印象を小柄な妖精に植え付けた。
いつもの3倍くらい陽気なオオクニヌシはまだましな方で、クー・フーリンはロキに絡むだけでは飽き足らず、思念体まで巻き込んで愚痴っている。
愚痴の内容を聞き取れる部分だけまとめると、「師匠に逆らうと恐ろしい目に遭う」や「最近ピクシーが生意気なのは妖精王の教育が行き届いていないからだ」など、爽やかで快活な青少年が酒場でこんな話をしていると知ったら、スカアハやオベロンは腰を抜かすだろう。
「マスターが戻ってきたら絶対に報告してやる、修行もせずに酒場で騒いでいましたって」
見習いたくない大人たちの醜態を目の当たりにし、セタンタは気付かれないように小声で呟いたつもりだった。
「おいおい坊や、そういう発言は感心できないなぁ」
妖精が驚いて発言主を探すより早く、ロキがマフラーを掴んで小さな体を引き寄せる。
至近距離で酒臭い息をふきかけられ、セタンタは遠慮なく嫌悪感に満ちた眼差しで金髪魔王をにらみ付けて鼻をつまんだ。
セタンタの正直な態度が気に入ったのか、ロキは酒場中に響く大声で笑い出す。
鼻もつまみたいが耳も塞ぎたい妖精はどちらを優先しようか迷い、仕方なく魔王の足を力いっぱい踏みつけた。
悲鳴こそ上げなかったものの痛みに我に返ったロキは少年のおでこに反撃のでこピンを食らわせ、セタンタは軽くよろめいて2、3歩後退した。
「ピピーッロキ君、セタンタを虐めた罰として一気飲みの刑に処す!」
セタンタがロキにからかわれる様子を愉しげに見物していたオオクニヌシが、すかさず魔王を羽交い絞めにする。
「なっ何しやがるこのおお……ムグッゲホッ」
鬼神の腕から逃れようと暴れる魔王の口に、悪ふざけに加わったクー・フーリンが、並々と酒が注がれたグラスを押し付けた。
いきなり酒を注がれたロキは対応できずに咳き込み、酒飛沫が幻魔の赤く染まった綺麗な顔を汚す。
口の端から飲みきれない分がこぼれて顎を伝い、濡れた顎から頬にかけてのラインにオオクニヌシが背後から蛇のように舌をチロチロと這わせる。
「うっ、うわっ、わぁぁー」
セタンタは早くその場から逃れたいと願ったが、脳がいくら卑猥な光景から目を逸らすように命令しても体が言うことをきかない。
拒否反応を示す悲鳴は出るものの、全ての酒がロキの口に注ぎ込まれるまでの数十秒、セタンタの目は大人の遊戯に釘付けになった。
酒が全て注がれたのを確認すると、正面に回った鬼神は仕上げとばかりに魔王の唇を塞ぐ。
幸いなことに、セタンタの位置からはオオクニヌシの後姿しか見えず、2人が何をしているのか目撃せずに済んだ。
しかし、クー・フーリンが酒でべとべとになった顔も拭かずにぼんやりとした視線を向けたので、妖精は得体の知れない恐怖に駆られてついに酒場から逃げ出した。

酒場から出たとたんに冷たい外気が熱を帯びた頬を撫で、酒に毒されていない清潔な空気をセタンタは胸いっぱいに吸い込んだ。
嫌悪を感じさせる光景を全て忘れてしまいたいのか、妖精は喘ぐように呼吸を繰り返した。
体の中にたまった悪い空気を吐き出し、冷たい空気を吸い込み、何度繰り返しても1度記憶に焼きついた光景をすぐに消去することはできず、セタンタは疲れた表情で廊下を歩き出した。
時々立ち止まってはショーウィンドーに映る自分の姿を見つめ、背後にシジマの悪魔が映り込むとため息を吐いて視線を床に落としてまた歩き出す。
それを繰り返すうちに次第に歩みは遅くなり、ついに妖精は足を止めて壁に背中を預けたまま力なくしゃがみ込んだ。
「吐きそうだ……」
相当気分が悪いのか手の平で口を押さえて目を閉じる。
じっとうずくまっている少年悪魔を気にする通行悪魔は1体もいない。
漂う思念体カップルがセタンタを指差して囁き合ったが、結局なにもせずに通り過ぎていく。
たくさんの足音と思念体たちの声、その中でただ1人浮いている妖精を見つけ出して肩を叩いたのは妖精の主人だった。
「どーした、セタンタ?」
はっとして顔を上げた妖精に毒にも薬にもならない笑顔を向け、人修羅は首をかしげる。
数分前に酒場で乱れる大人たちに向かって宣言したとおり、セタンタは早速オオクニヌシたちの行動を主人に報告しようと口を開く。
しかし、次から次へと伝えたいことは頭に浮かぶにも関わらず、口はまったく別のことを主人に伝えていた。
「休んでいただけです、心配しないで下さい」
セタンタの言うことを単純に信じたのか、それとも言及しないことで彼なりに気を使ったのか、人修羅は軽く頷いただけで話題を変えた。
「チャクラドロップ余分に買ってきたんだ、MP減ってないけど腹が減ってるなら舐めるか?」
そう言って主人が差し出した飴をセタンタは礼も言わずに受け取って口に入れる。
飴は熱ですぐに溶け始め、もうさんざん舐めて飽きた味が口いっぱいに広がっていく。
「美味いか?」
と訊かれて頷けるような味ではなかったが、それでも大人たちを狂わせた酒よりはずっとマシな物に違いないと奇妙な対抗心が生まれ、人修羅に訊かれたセタンタはすぐに頷いた。



PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル