■ いちゃいちゃ

千晶との戦いを終え、いったんカグツチの塔第三ターミナル付近へ戻ってきた人修羅は、仲魔たちに休憩するようにと指示を出した。
ヴィシュヌやシヴァといったレベルの神々に休憩は必要ないと、彼らの実力を知る少年は理解していた。
そうであるにも関わらず、すぐに先へ進むことができず休息の時間を求めてしまう自分の弱さに、人修羅の表情は憂鬱の感情で曇る。
自分と比べて何もかもが桁違いの神々に主人として認識してもらえるよう常に気を張ることで、人修羅は精神的な疲労を感じやすくなっていた。
友人たちとの戦いに対しても心は悲鳴を上げていたが、仲魔たちに主人として認めてもらえているかという不安による胃の痛みの方が深刻だった。
「友の理想を砕くことは、貴方にとって辛いことなのですね」
休憩の指示を与えたにも関わらず、胃の辺りを押さえたままうずくまってしまった主人を心配してそばから離れないオベロンの声にも、少年は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「ぜんぶ、もうすぐ終わるから心配するな」
オベロンへというより自分を励ますように呟いて"アハハ"と無理に声に出して笑い、妖精王はそんな主人の態度に眉をひそめる。
「貴方は救いようのない馬鹿です」
責めるような声に嘘っぽい笑いはすぐに止んだ。
酷いことを言われたにも関わらず、少年は怒ることもせず曖昧な笑顔で口もとを歪めた。
「外へ出ないか?」
痛ましげな面持ちの妖精王を誘い、人修羅は返事も待たずに立ち上がって下へ降りるリフトへ向かう。
オベロンは迷っていたが、人修羅の姿が扉の外へ消えると、急いでその後を追った。

階段をくだり、小さなリフトに乗って降りると322階の外へと続く大きな扉の前で人修羅はオベロンの到着を待っていた。
その表情にオベロンが付いて来ないのではないかという不安の色は微塵もない。
2体揃って扉を開くと、白い靄の奥をぼんやりとグルルの影のような物が横切った。
「風が気持ちいいねぇ?」
腕を伸ばして大きく伸びをした人修羅が本当に気持ちよさそうな声で同意を求める。
「はぁ……そうですか」
先程とはうって変わって呑気な主人の態度に対し、オベロンは気の抜けた返事をして人修羅をがっかりさせた。
人修羅が言うほどオベリスク上階の風は特別気持ちよいものではない。
イケブクロの最上階と同じ血の匂いの混じった不吉な風が纏わりつき、妖精王は不快そうに羽を小刻みに動かす。
人修羅はそれきりなにも言わずに遠くを見つめ、オベロンは所在無さ気に主人の横顔から地面へ視線を落とした。
沈黙が続き、何度か話しかけようと口を開いては言い出し難いのかすぐに閉じてしまう妖精と比べ、少年は瞬き以外は何の動きも見せない。
そのうち話しかけることを諦めたオベロンは主人と同じように視線を遠くへ向け、反対に人修羅が妖精王の横顔を窺った。
「チューとか、していい感じかなぁ」
「……え?」
なにを言われたのかすぐに理解できず、戸惑いの表情を向けるオベロンの肩を両手で押さえつける。
「あっ」
目を合わせたまま、唇を少し尖らせた人修羅が口をぽかんと開けたままの妖精王へ迫る。
肩を掴む少年の手の平に緊張のためか力が加わったが、オベロンにその痛みを感じる余裕は無かったようだ。
どちらの物かは分からない息をのむ音が両者の耳に大きく響き、2体の悪魔は全く同じタイミングで目を閉じた。

「失礼ですが、慣れないことは控えた方がよろしいかと」
鼻の頭を手の甲でごしごし拭くオベロンに、頬を大きく膨らませて人修羅は反論する。
「うわー僕のせいにする気かよ、君が動かなければ成功間違い無しだったよ絶対」
絶対という部分に特に力を込めて力説する少年に必要以上に重苦しいため息を吐き、妖精王はやれやれといったふうに両腕を広げて肩をすくめる。
そんなオベロンを恨めしそうににらみ付ける少年の顔は、キスする位置を間違えた恥ずかしさからか真っ赤になっている。
「全ての悪魔が創世に夢中になっているというときに、貴方はいったい何を考えているのですか?」
チクチクと主人を言葉で虐めつつも、妖精王の顔には隠しようの無い笑みが浮かんでいる。
煩いと耳を両手で塞いでオベロンをにらむ少年の顔も、頬は熱を持っているように真っ赤だが笑っている。
「それに、私に肩入れしすぎると自分の望む世界を創世できなくなりますよ」
オベロンは冗談のつもりで言ったが、人修羅はあからさまに不快な感情を表に出した。
「随分な自信じゃないか、僕がそれくらいのことで創世の行方を見失うと本気で思っているのか?」
険しい目つきから主人が本気で怒っていることを察したオベロンは一瞬言葉を詰まらせたが、
「貴方なら、万が一にもそんなことは無いと確信していますよ」
とひどく嬉しそうに頷いた。
そう保証されても少年はすぐに機嫌を直そうとしなかったが、妖精王が謝り疲れて相手をしなくなると、しぶしぶ機嫌を直したようだ。
"そんなに私を信用してくれないのか"と逆に怒ってしまった妖精王の表情をちらっと盗み見ては、つまらなそうに床を爪先でつつく。
「もういちど、いいかな」
わずかな物音で掻き消されてしまいそうなくらい小さな声で遠慮がちに呟き、気付かれないようにオベロンの反応を窺う。
妖精王は何も返事をしなかったが、こそこそ機嫌を窺う主人には気付いたのか、くくっと軽く喉を鳴らして笑う。
「仕方ありませんね、もういちどチャンスを与えましょうか?」
意地悪く笑うオベロンに人修羅は挑戦的な眼差しを向ける。
「怖がって逃げるなよ?」
「アドバイスを差し上げた方がよろしいですか?」
険悪な視線を絡ませ、今度は失敗しないよう慎重にお互いの距離を狭めていった。



テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル