■ Surely
カグツチが煌天を迎えているせいか苛々する。
こんな時の対策は、1人で黙々と訓練に励んで時間を消費する方法が最も健全で望ましい。
だから自分に近付いてくる足音を邪魔だと感じていた。声をかけられたらどうやり過ごそうかと頭の隅で考える。
「セタンタ」
呼ばれて半分だけ声の主に顔を向ける。誰の声であるかは顔を確認しなくても分かるのだが。
自分が成長すればああなるのだと、訊きもしないのにマスターが教えてくれた。
嬉しいなどと少しも感じない。自分の将来を知ってがっかりした部分の方が大きかった。
「セタンタ……」
返事をせずに顔を正面に戻して槍を振っていると、また声が自分を呼ぶ。
さっきよりも、もっと優しい声。返事をしなくても苛立たないところは、唯一マスターよりも尊敬できる点だ。
もう少し経験を積んだら、自分もこんな声で相手を呼ぶようになるのだろうか。
声がキツイと他の仲魔に文句を言わせてしまう今の自分を思えば、まるで現実味のない話だ。
足音が止んだ。
気配から察するに、邪魔にならないよう数歩離れた位置で訓練の様子を見ているらしい。
腕組みをして、顔は……きっと、声から連想される表情そのままだろう。
そんな下らないことを考えていたせいか、集中力が鈍ってきてしまったようだ。
刃先が裂く空気の音に鋭さが欠けている。今の攻撃では敵を一撃で仕留めることは無理だろう。
こちらの集中が切れたことを感じ取ったのか、見物人が遠慮がちに3度めとなる名前を呼んだ。
仕方なく手を止めて、疲れた様子を見せないよう細心の注意を払って相手の方へ体を向ける。
額から流れる汗が目に入り、未来の自分の姿がぼやけて映った。
「今は1人でいたいのです、話し相手が欲しいなら他をあたって下さい」
できるだけ丁寧な口調でお引取り願うと、白い鎧を身に纏った幻魔は気の弱そうな笑みを浮かべた。
その笑い方は、特別嫌いなわけでは無いが、好きではない。
言いたいことがあるなら言葉で伝えれば良いのに、適当にごまかされた様で気分が悪くなる。
ただでさえ苛々するこんな時は余計に。
相手の態度に対する嫌悪感が表情に出たのか、幻魔が困ったように視線を逸らして首筋を掻く。
そういう態度が曖昧で嫌だと感じているのに、これが未来の自分かと思うとお先真っ暗だ。
「そんな顔をしてもだめです、早く立ち去ってください」
追い払うふりをしたら、降参というふうに両手を上げて後ろに下がる。
下がってもきっとこの幻魔は立ち去ろうとしないだろう。引き続き黙って訓練が終わるまで待つに決まっている。
だから、完全に立ち去るまで相手の行動を見張ることにした。
「そんなに怖い顔で睨まなくてもいいじゃないか」
やっと本音が出たと思ったら、なんて小さな声で悪意を微塵も感じさせないくらい穏やかに愚痴るんだろうこの人は。
「貴方がそうさせるんだ」
対して自分の冷たい口調。この人が相手だと調子が狂う。自然と視線が下に向いてしまう。
ひんやりとした空気が火照った体を冷やしてくれる。苛立ちも目の前の幻魔が沈めてくれる。
再び足音が近付いてきて、地面を薄い影が覆った。
「ごめん」
手が、顔を包むように両頬に触れる。手袋独特の匂いが鼻をくすぐる。
目線だけ動かして表情を盗み見ようとしたら、視線が合って何故か触れられた頬が熱を帯びた。
きっと、自分はこの幻魔を嫌いなのだろう。
嫌いだと思うのは、自分の可能性を限定されてしまうような気がするからだ。
この人の限界が自分の限界であり、どんなに努力しても目の前の相手を乗り越えることはできないと感じてしまうからだ。
それでも……
「クー・フーリン」
近いうちに自分の物になるであろうその名を口にする。変な名前だけど、結構気に入っている。
名前だけでなく、姿も、人柄も、優しい声も、全てが自分の物になるとするならば、
「ん、どうした?」
困惑気味に訊き返す声にさえ、こんなにも心地よい痛みを感じるのだから、
「子供の扱いだけは上手ですね」
子供じみた精一杯の皮肉に眉を顰めるクー・フーリンにしがみ付く。
いつかこの幻魔に姿を変えることを、自分は嬉しいとは思えなくても生涯後悔することはないだろう。
確実に、自分はこの幻魔を、嫌いと思う以上に大好きなのだから。