■ 05.得手不得手
人修羅の隣にジコクテンがいる、その隣にロキが、いちばん端にオオクニヌシがいて今まさに剣技で敵を殲滅しようとしている。
セタンタは少し離れた位置で襲いかかってくる敵を、冴え渡る技の数々で圧倒していく主人たちの動きを、つまらなそうな表情で見ていた。
「よーし、マッカもだいぶ貯まってきたし、みんな休憩だ」
ぱんぱんにふくらんだマッカ入りの袋を嬉しそうに掲げてみせる人修羅を見ても、セタンタの表情はいっこうに晴れない。
ぽつんと立ったまま何も行動を起こさないセタンタに気付いたロキが、まるで玩具を発見したときのように楽しげに笑って人修羅に声をかける。
「またなにか機嫌を損ねるようなことしたんだろう、かわいそうになぁセタンタ」
たいして可哀想とは思っていないくせにわざとらしく非難めいた声を出すロキに
「お前が虐めたんだろ、あれぇー?いじめっ子の魔王を仲魔にした覚えはないんだけどなぁ」
と責任を押しつけてみるが、セタンタを落ち込ませている原因が誰にあるのかさっぱり見当がつかないせいか、魔王をやり込める声にはどこかキレが無い。
セタンタの表情はそんな子供じみたやり取りをする2人の姿を見てますますひどくなっていく。
「主人もロキも仲良くふざけあってないでアイテムの分類を手伝って下さい!」
マッカと共に敵から大量に入手した宝石類とアイテムを分けていたオオクニヌシが苛立った声を張り上げ、人修羅はロキに恨みの眼差しを向けてから呼ばれた方に駆けていく。
「俺は手伝わないからな、セタンタだって嫌だよなぁ…あれ…?」
同意を求めようとしてセタンタが立っていた方へ再び視線を向けたロキは不思議そうに首をかしげる。
「どうしたロキ?」
アイテムで魔力を回復し終えたジコクテンがあれ、あれ、と繰り返し視線を彷徨わせるロキに気付いてたずねる。
ロキはジコクテンに問われてもしばらく周囲をきょろきょろ見回していたが、諦めたのかまた首をかしげてから答える。
「いや、さっきまでそこにいたはずのセタンタが消えてしまったんだ」
「消えた?」
ジコクテンは訝しげにロキの言葉を反芻してロキが指をさした方を確認するが、白い小柄な妖精の姿はどこにも見当たらない。
「休息の合間に行きたい所でもあったのではないか?」
ジコクテンの推測をロキが信じられないといったふうに肩をすくめてすぐに否定する。
「クソ真面目なあいつが俺たちに許可も求めず行くかぁ?」
ロキの疑問にまた考え込んでしまったジコクテンの代わりに、2人の会話を聞いていたオオクニヌシがアイテムを整理する手を止めて人修羅に小声でたずねる。
「まさか貴方ロキが言うように本当にセタンタが仲魔で居られなくなるような酷いことしたんじゃないでしょうね?」
人修羅はオオクニヌシの言葉に力強く首を横に振り、それでも心配そうな表情をセタンタがいなくなった方に向ける。
代々木公園からアサクサに戻ったあとすぐに合体で仲魔にした悪魔とは気が合わずに別れてしまったばかりで、自分を含めてメンバーは5人しかいない。
そのためどうしても戦いの間は4体の仲魔のうちの1体が戦闘の行方を見守る形になってしまう。
自分たちがマッカ集めのために必死になって戦っている間、1人蚊帳の外で戦いの様子を見つめていたであろうセタンタのことを考えて、人修羅は後悔したようにため息を吐く。
「やっぱり僕が悪かったのかもしれない…」
途端に厳しくなるオオクニヌシの視線を受けて、
「いや、その可能性もあるってことです、ははは」
と曖昧な表現でごまかしながら、まさに鬼のような形相で主人の問題発言を追求するオオクニヌシから逃れる。
「はははじゃないでしょうが、とにかくセタンタが心配ですね」
整理を終えた分のアイテムだけを手早く袋に詰め込んで主人に手渡すと、オオクニヌシは立ち上がって不安そうに呟く。
「探しに行きましょう、もちろん貴方も行きますよね?」
行くことが当然のように同意を求められて人修羅は複雑そうな表情を作って軽く唇を噛む。
「僕が行ったらセタンタは嫌がるかもしれない」
情けない言葉にオオクニヌシは眉を吊り上げて理解できないといったふうに両腕を広げる。
「なに馬鹿なことを言っているのですか、貴方のように図太い神経の方は放っておいても平気かもしれませんがセタンタは違うんですよ?」
「うわー」
ロキが怯えるふりをしてみせ、ジコクテンはこの場合は仕方ないとオオクニヌシに同意してうなずく。
しばらく険しい表情の鬼神とその主人の視線がぶつかり合って無言のまま時が流れたが、オオクニヌシは諦めたように視線を外した。
「ならいいです、セタンタは私が探しましょう、貴方はそこで戦利品の分類作業でもやっているといい」
失望したと言わんばかりの態度に人修羅は一瞬はっとしたような顔をしたが、自分に背を向けてセタンタを探しに走り去っていく後姿を見て自信なさげに視線を地面に落とす。
「悪いが主よ、セタンタの行方が気になるのでな」
だんだん小さくなっていくオオクニヌシの後ろ姿を追って、ジコクテンも去っていった。
「さて、俺たちはどうするんだ?」
ロキの問いに人修羅は上目遣いになにを考えているのか分からない魔王を見上げる。
「くくっ、俺はなにも言わないからな、お前が自分で決めろ」
喉の奥で低く笑い、ロキは風でなびく金髪を煩そうにかき上げる。
「でも仕方ないじゃないか、セタンタじゃなくても結局誰かがあの位置に居なくちゃいけないんだ、僕は…僕は…!」
別に悪くないんだと迷いを振り切るように無表情で見下ろすロキに向かって叫ぶ。
ロキからの反応は無く、人修羅は何度も悪くないと自分を納得させようと呟いていたが、その声は次第に小さくなっていく。
「それで、追うのか追わないのか?」
沈黙したままの主人にロキは腕組をしてたずね、まだだいぶ悩みの残る顔を上げた人修羅は戦闘中にセタンタがつまらなそうな表情で戦いの行方を見ていた位置を無言で見つめた。
見晴台の上で受ける代々木公園の風は強く、セタンタはマフラーが飛ばされないように片手で押さえながら地上を見下ろした。
仲魔になると覚悟を決める前も、セタンタはこの場所にいてティターニアに追い回される情けない人修羅の姿を複雑な思いで見ていた。
今は人修羅の姿はないが、代わりに狭い通路を浮遊するジャックランタンやピクシーの光が所々に灯って見えた。
「やぁ、人修羅のところから逃げ出してきたのですかセタンタ」
聞き覚えのある声にセタンタが上空に顔を向けると、オベロンが懐かしそうに笑顔を浮かべて手を振っている。
「逃げたわけじゃないけれど、色々と今の自分に嫌気がさして1人になりたかったんだ」
隣に着地したオベロンと再会の握手を交わすと、セタンタは少し恥ずかしそうに打ち明けた。
「なるほど」
うなずいたきりオベロンはそれ以上なにも言わず、暖かい沈黙の中でセタンタは再び視線を地上に戻す。
「彼を前にするとだめなんだ」
ぽつりと呟かれた言葉に、オベロンはセタンタのまだ少し幼さの残る横顔を見る。
少し前に人修羅の仲魔になって代々木公園から姿を消していた気丈な友は、今のオベロンの目にはとても気弱そうに映った。
「最初のうちは大丈夫だったんだ、マスターの目が全く自分に向いていなくても気にしなかった」
オベロンに寂しげに微笑んでからセタンタは心を落ち着けるように深呼吸をした。
「それなのに今は嫌なんだ、マスターがロキやオオクニヌシと楽しげに会話しているだけで落ち着かなくなる、戦闘に加えてもらえないと心が沈むんだ」
胸の辺りを押さえてセタンタは苦しげに想いを吐き出す。
オベロンはその様子をじっと見守っていたが、やがて静かな口調でセタンタに問いかけた。
「それは苦しいものですか?」
「…分からない、とても変な気分だよオベロン、でもこの気持ちはあのときの気分と似ているんだ」
「あのときとは?」
セタンタは必死に記憶を探っているようだった、真剣な表情で目を閉じたセタンタからの答えをオベロンは辛抱強く待ち続ける。
「仲魔になることを断ったのに、マスターが私に止めをささずに宝玉を渡したときだ」
記憶の中から答えを導き出して余計納得いかないと首をかしげるセタンタに、オベロンはすました顔で答えを与える。
「それはねセタンタ、ただ単に君に辛抱強さが欠けているだけですよ、空いた時間に何もすることがないから苛々するのだと思うよ」
「そうなのか?」
素直に信じ込んで驚いた表情をみせるセタンタにオベロンは少し罪悪感を覚えつつも、大切な友人にそんな感情を抱かせた人修羅に敵対心に近いものを感じて否定せずに続ける
「そうとも、君は待つことが得意じゃないんだ、だから主人が指示を与えてくれない時間を苦痛に感じているだけなのだよ」
「そうか…うん、でも確かにそう言われればそんな気もしてきたよ、ありがとう」
ぱっと明るくなったセタンタの顔を見て、オベロンはやはりこれで良かったのだと満足げにうなずいた。
「おいおい聞いたかよあの妖精王の言葉」
セタンタたちからは死角になる鉄塔の真下で、ロキが呆れ果てたように感想を呟く。
人修羅はターミナルを使って様々な場所を巡って疲れたせいか返事をする気力さえ湧かないようだったが、セタンタが見つかって安心したのかほっと息を吐いた。
「ずいぶんと遅かったですね」
鉄塔の下に隠れていた2人の背後から平然とした顔のオオクニヌシとジコクテンが声をかける。
「少しは見直しましたよ、我らが主はセタンタと違って待つことが相当お得意なようだと思っていましたが」
人修羅はオオクニヌシの皮肉めいた言葉にむっとした表情を浮かべたが、その表情も頭上から降ってくる妖精どうしの呑気な会話を聞くうちに薄れていく。
「それにしても少し見ないうちにだいぶ成長しましたね、見違えましたよ」
妖精王からの褒め言葉に、セタンタはカグツチの輝く空へ意思の強そうなまなざしを向ける
「強くならなければいけない理由ができたから」
「はぁ…全く君って悪魔は…」
決意を聞いてなぜか不機嫌そうにぼやくオベロンに首をかしげながらも、黙って出てきてしまったことを主人たちにどう説明しようかと、
自分の真下に人修羅たちが待機していることなど露ほども知らないセタンタは困って思わず頭を抱えた。