■ 06.逆転現象

ジコクテンの真横に立ってむきになって背伸びしているセタンタの姿を、人修羅はチャクラドロップを舐めながら見守っていた。
白の神殿に巣を構えていたアルビオンを倒して残すは赤の神殿のみ。
聖のことが気になるとはいえ、今すぐに赤の神殿に乗り込むほどの体力がない人修羅たちはいったんアサクサに戻り休憩をとっている。
マネカタたちの話し声や、嬉しそうに迎えてくれたガラクタ集めのマネカタの笑顔など、全てが変化なく穏やかに流れているように人修羅には感じられた。
ただひとつ、セタンタに関することを除けば。
「あまり期待しない方がいいぞ、下手すればピクシー並みに小さくなるかも知れないからな」
意地の悪いロキの忠告に耳を貸す気などさらさら無いのか、セタンタは今度はオオクニヌシの側に寄って行って背比べを始める。
アルビオンを撃破した頃から変異の兆しが現れるようになり、恐らくあと1段階成長すると全く違う姿に変化するのではないかとこれまでの経験から人修羅は感じている。
「ジコクテンは無理でもマスターやオオクニヌシの背を抜かしたら気持ちいいでしょうね、もう誰にも子供扱いさせませんよ」
仲魔うちでいちばん小柄な妖精の発言に他の仲魔たちがいっせいに笑いだす。
変異後の姿を想像して期待を膨らませるセタンタの姿を、溶けて小さくなったチャクラドロップを噛み砕きながら人修羅は少し寂しそうな目で見つめていた。

「髪、長くなったね」
新たな気持ちで忠誠を誓った白い幻魔に柔かい表情を向けながら人修羅が艶のある黒い髪に触れる。
「そうですか…?」
戸惑いの色の濃い返事が、主人の声に付き添うように静かに返される。
「背、ついに追い越されてしまったかな?」
「…そうですね」
口元がわずかに微笑みの形をつくり出し、クー・フーリンへと変化したセタンタに向けられていた視線だけが真っ赤な床に落ちた。
跪いていた幻魔の手を取って立たせ、人修羅は改めてかつてセタンタだった大切な仲魔の全身を視界に収める。
視線のやり場に困って照れたように額を掻くクー・フーリンを一通り観察し終えると、人修羅は幻魔への興味を失ったかのように背を向けた。
以前の面影を全く残していない悪魔をロキたちが取り囲み、鎧を叩いてみたり他に変わった所はないかと調べてみたりしている。
物珍しげな視線や興味からくる質問に曖昧な答えを返しながら、クー・フーリンは自分に背を向けて歩き出した主人に声をかける。
「これまで以上にしっかりとマスターをお守りいたします」
「間に合っているよ」
拒絶を感じさせるそっけない返事に幻魔は少しムッとした表情を浮かべてなにか言い返そうとしたが、その言葉はロキに遮られた。
「自分がいちばんチビになったことが気に入らないんだろ、放っておけばすぐに元に戻る」
止めるために手首をつかんだロキの手をやり場のない怒りと共に振り払って、クー・フーリンは納得がいかないというふうに首をふる。
「だがあれでは私の忠誠心など不要と言われているも同然、そう言われてお前は黙っていろと言うのか!」
怒りの矛先を向けられてロキは面倒みきれないといったふうに肩をすくめ、代わりにオオクニヌシが仕方ないとため息を吐きまじりの声で説得を試みる。
「主は急に変わった君を見て大変混乱しているだけだ、気にするだけ損をするぞ」
興奮するクー・フーリンの肩をなだめるようにさすり、先を行く人修羅にも聞こえるようにわざとはっきりとした大きな声で告げる。
「仕方ないでしょう、我らの主はたかが仲魔の外見が変わったくらいで動揺するような主人なのだから」
ロキもジコクテンも、クー・フーリンでさえ遠慮のない物言いにギョッとしてすぐに主人の反応をうかがったが、
人修羅は立ち止まったものの特になにか言い返す様子も見せず、また1人だけで先に進み始めた。

結局仲魔と主人の関係がぎくしゃくしたまま赤の神殿で予想以上の苦戦を強いられた人修羅たちは、影の国の女王から逃れるように再びアサクサに戻ってきた。
ジャンクショップの扉に背を預けて休みをとっていたクー・フーリンは、変異した直後の自分に向けられた主人の表情を思い出して苦しげに顔を歪める。
自分のどの態度があの表情を拒絶の言葉に変えてしまったのかという疑問が、戦いの最中ずっとクー・フーリン頭の中を占めていた。
集中力の欠ける槍技にジコクテンが何度渋い顔をしたことか、数えようと折った指の本数が片手だけでは足りなくなったとき、向かいにある邪教の館から人修羅が出てきた。
ジャンクショップ前の仲魔に気付いたのか、人修羅は気まずそうな表情を浮かべて足早に立ち去ろうとする。
主人を呼び止めようとクー・フーリンは口を開きかけたが、その前に気が変わったのか人修羅の方が足を止めて振り返った。
「悪かったよ」
思いも寄らない主人からのひと言に幻魔の目が一瞬だけ大きく見開かれてすぐに伏せられた。
「その…、別にお前が変わったからだとか、背の高さだとか、そういう理由でふて腐れているわけじゃないから」
言い難そうに所々間を開けながらのいい訳にクー・フーリンは反応を示さない。
人修羅は自業自得かと少し落ち込んでいたが、気を取り直したのか幻魔のすぐ側まで寄って行ってから再び声をかける。
「さっきまで悪魔全書でセタンタを見ていたんだ」
相変わらずクー・フーリンは黙っていたが、人修羅は気にせずに続ける。
「見ているうちに懐かしくなってさ、つい…」
それっきりなにも言わない主人に不安そうな目を向けたクー・フーリンが沈黙を破って問いただす。
「まさか喚び出したのですか!」
後に続く言葉を勝手に予測して食ってかかる勢いで確認する幻魔を両手で押しとどめて、人修羅は何度も首を横に振る。
「違う、そうしようと思ったけれどその後に新しく登録されたお前の姿を見て止めたんだ」
「……えっ?」
荒い呼吸を整えながらクー・フーリンは怪訝そうな顔で人修羅に聞き返す。
「セタンタは少し早く成長してしまっただけなんだと、そう思えたから」
「マスター」
ほっとしたような笑顔を浮かべるクー・フーリンに照れくさそうに笑い返し、人修羅は手を伸ばして幻魔の肩に手をかける。
「背、高くなったね」
身を屈めて穏やかな表情で目を閉じた悪魔の額あてに唇を寄せてそっと軽くキスをする。
「姿は変わろうとも、マスターへの忠誠心は変わりません」
囁きながらクー・フーリンは近づく気配を感じて思わず目をつむった人修羅の額にキスを返す。
「そういう所だけは変わったみたいだけど」
儀式のようなやりとりのあと人修羅が軽く声を立てて笑いながら白い幻魔に告げ、クー・フーリンは少し恥ずかしそうに主人から目を逸らした。



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