■ 03.かなしみにかわる

カグツチの状態が煌天間近なせいか、受胎前の面影を濃く残す渋谷地下街を行き来する悪魔たちの気性は荒い。
マガツヒを求めて飛びかかってくる悪魔を避けながら、人修羅とロキは寄り道もせずに目的地を目指す。
魔王と2人きりのスタートになり、人修羅がまずやらなければと感じたことは仲魔を増やすことだった。
交渉して仲魔を増やそうと2体の悪魔はあちこちで勧誘を行ったが、何かに呪われているのかことごとく交渉は失敗に終わった。
結局マッカやアイテムのみを悪魔たちに持ち逃げされ、人修羅は仕方なくやり方を変えることにした。
「で、どの程度の悪魔を呼び出せそうなんだ?」
ターミナルを出てから、真っ直ぐ邪教の館を目指していたロキが急に立ち止まって訊ね、少年は腰に下げたマッカ入り袋を手に取る。
頼りない大きさと重みを目と手で確かめ、そこから感じた思いをそのままロキに伝えた。
「全てのマッカを使って1体を呼び出したらレベルは20そこそこ、2体を呼び出して合体させてもきっと……」
計算する声は次第に小さくなり、ロキの長々としたため息が少年の言葉尻をかき消した。
「つまり全財産を使っても、元の人数で戦うことは不可能ってわけか」
「そうです」
問題を起こして職員室に呼び出される高校生そのものの顔で、少年悪魔はうなずいた。

悪魔全書とにらめっこしながら「あーでもない、こーでもない」と議論を続ける2体を、館の主が辛抱強く見守る。
限られたマッカから呼び出す悪魔を選ぶ人修羅たちは真剣そのもので、近寄り難い空気が周囲を取り巻いている。
合体の秘術を長年研究してきた者の目から見ても人修羅が所持する金額はあまりに少なく、即戦力になりそうな悪魔を確保することは不可能に思えた。
「2体を呼んで合体した方が良いということは分かった、問題はどの2体でなにを作るかだが……」
難しい顔でロキが1番の問題を取り上げると、すかさず人修羅が、
「鬼女を精霊でランクアップさせるに一票」
と鬼女のラインナップを眺めながら答える。
「ヨモツシコメを呼んでヤクシニーにする気か、それも悪くは無いが女神の方が魅力あると思わないか?」
議論は1つの方向にまとまりつつあるが、今度は好みの問題で2体の悪魔は頭を悩ませているようだ。
会話の断片から問題が別の方向へ逸れて行くのを感じ取った館の主がわざとらしく咳払いし、
「そろそろ仕事に取りかかりたいのだが?」
と決断を急がせた。
急かされてからも主人とたった1体の仲魔は喧嘩口調であれこれ言い合っていたが、結局立場に物を言わせた人修羅が最終的な決定権を得た。
"鬼女ヤクシニーに決定"と少年が嬉しさを全身で表現し、魔王は納得がいかないと渋い顔で腕組みをする。
議論が長引いたせいでカグツチは見事な煌天を迎えていたが、喜びのあまり人修羅はそれらの要素を気にすることも無かった。
「それでは合体するぞ」
"イケニエにロキを奉げちゃおうかなぁ"などと軽口を叩く主人の頭を魔王が力いっぱいひっぱたく。
全書から呼び出された悪魔を飲み込みごぅんごぅんと音を立てる装置を、それぞれ別の感情を浮かべたみっつの視線が見守る。
青い稲光が降り注ぎ、問題なく2本の剣を構えたセクシーな鬼女は台の上に姿を現すはずだった。
しかし、いつもより多めの煙が漂う中、悪魔を合体する機械はとつぜん大音量の警報を鳴らし始める。
「えぇーっ?」
なにが起きたのかすぐに判断できず少年が館の主に困惑した表情を向けると、サングラスをかけた老人は静かに首を横に振る。
ロキは主人より冷静だったのかすぐに合体事故が起きたと判断し、
「よっしゃー、女神こい女神こい!」
などと子供のようにはしゃぎ出す。
魔王の期待を一身に背負った警報はうるさく鳴り続け、悲痛な叫びを上げた人修羅は頭を抱えて床に膝を落とした。
濃い煙はしばらく晴れなかったが、音が鳴り止むと同時に次第に薄れて出来上がった悪魔の輪郭を明らかにしていく。
機械に近付くことが可能な範囲ぎりぎりの地点にロキが駆け寄り、目を細めて様子を窺う。
もやっとした煙が完全に晴れてもはっきりしない輪郭、出来上がった悪魔は緑色の希薄な体を膨張させたり収縮させたりしながらざわざわと震えた。
我に返った館の主がすっかり落ち込んでしまった少年の肩をポンと叩き、
「どうやらお主のことを主人と認めたようだな」
とどこかほっとした声で告げる。
石のように固まってしまったロキが、呻くように呟く。
「呪いだ、ピシャーチャの、呪いだぁぁぁ」
外道ファントムは何をして良いか分からないという風に台の上に乗ったまま動けないでいたが、館の主に手招きされてようやく新しい主人の側へ移動した。
床を見つめたままの人修羅の顔が少しずつ上へ向けられ、ぼんやりと光を発する悪魔を見つめたまま動きを止めた。
「ウィィィ……?」
ファントムは気持ちを伝えようと言葉を出したが、主人の顔が嫌悪感で歪むのを見ると寂しげに体を縮めた。
「どうして?」
少年の唇がわずかに震え、どこへ向けて良いのか分からない不条理さに対する苛立ちがこぼれる。
自分が歓迎されていないということを主人の態度から素早く察したファントムは、ますます体を縮こめて人修羅から遠ざかった。
模様の浮かぶ手を強く床に叩きつけ、少年はうぁぁと奇妙な声を発した。
「どうしてだよ、僕はお前みたいな悪魔が嫌いなのに、なんでお前らはそうやって僕の前にいつも…いつも…いつも……」
"いつも"と繰り返すうちに、言葉は嗚咽へ変わっていく。
「これっ、しっかりしないか」
館の主が泣き出す少年を叱り付けるが効果は無い。
そのとき、駄々っ子のように泣き出そうとしていた主人の背中を、音が館内に響くほど強くロキが平手打ちする。
「……いってぇぇー!」
息が詰まるほど強烈な力をぶつけられ、叩かれてから少し遅れて少年は反応を返す。
背中にはすぐに赤い手形が浮かび上がり、体中が痙攣を起こしそうなほどの痛みに耐えながら、人修羅は涙目でロキを睨み付けた。
その視線をしっかり受け止め、魔王は彼にしては珍しく威厳に満ちた表情で主人を見下ろす。
「ピーピー泣き喚くんじゃねぇよガキが、ファントムだって望んでお前に呼び出されたわけじゃない、勘違いするんじゃねぇ」
怒りを含んだ厳しい言葉に呆然とする人修羅をじっと睨み返してから、魔王は何かに気付いてふっと表情を緩めた。
「それに、これを見ろよ」
ロキが指差す方に少年が目を向けると、いつの間に近付いたのか、ファントムがロキの横で体を限界まで膨張させている。
何をしているのかと人修羅が悩む前に、魔王が呆れの混じった声で、
「威嚇だ、こいつ主人に危害を加えた俺を威嚇しているつもりなんだ」
と説明する。
「威嚇……僕のために?」
信じられないと言いたげな主人に、
「勿体無いくらいの忠誠心だ」
とロキが感心したように呟く。
ファントムを見る少年の目に、じわじわと涙が浮かんで何粒かが頬を伝う。
ロキは眉を寄せて主人の反応を見守っていたが、その口は堅く結ばれ、主人に思ったことを伝えはしなかった。



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