■ 08.ほんのり浮上
山のように積まれたガラクタの隙間から這い出してきたガラクタ集めのマネカタは、顎に付いた汚れを袖で拭いながら客を歓迎した。
「やぁ久しぶりだね、調子はどうだい?」
訊かれて難しそうな表情を作ったまま何も言わない人修羅を見て、マネカタは不思議そうに首をかしげて後方に控える悪魔たちへ視線を送る。
ファントムは慌てたように後ろを向き、ロキは腕組みをして主人と同じ表情をマネカタへ向ける。
「なんだか……、いろいろあったのかな」
気まずい雰囲気を彼なりに感じ取ったのか、適当な言葉で質問を流そうとするガラクタ集めのマネカタへ、一呼吸してようやく人修羅は笑顔を見せた。
「あぁ、たくさん反省しなければならないことがあって、少し疲れ気味なんだ」
そう説明しながら肩を揉む少年へそれ以上は何も訊ねず、マネカタは道具の詰まった箱を並べる。
色とりどりの道具類と所持マッカとを睨めっこをしながら、銀座地下道で失ったぶんのアイテムを人修羅は慎重に選び出す。
ファントムのお腹から吐き出された分のアイテムは回収したものの、一部は消化されてしまったのか未回収のまま消えてしまった。
拾った分のアイテムには買った覚えもなくこれから使うことのない道具もいくつか紛れていて、人修羅はそれを売っていくらかのマッカを手に入れていた。
差し出されたアイテムの数を数え、金額を確認し終えたガラクタ集めのマネカタは、購入したアイテムと共に幸せチケットを手渡す。
幸せチケットを見た人修羅はあっと声を上げ、マッカの入った袋を開いて何枚かの紙切れを取り出した。
「じゃじゃーん、苦節カグツチ50周分、ついに10枚ためたんだ」
自慢げに9枚分のチケットを扇のように広げて見せびらかす少年を見て、マネカタも興奮気味に3種類のつづらを取り出す。
「おめでとう、それじゃあこの中から1つだけ選んでいいよ」
いつもと違う買い物の風景に惹かれて、ロキが物珍しげに3色のつづらを物色する。
ファントムは遠巻きに様子を見ていたが、人修羅に手招きされて嬉しそうにつづらが並べられているカウンターの上に乗った。
「すっごいもの引き当てるぞ」
身を屈めてつづらを観察する主人の手助けをしようとしているのか、ファントムは箱の中の匂いを吸い取って体を膨らませる。
「あ、あぁ! だめだよ匂いを嗅ぐのは反則だよ!」
慌てて止めに入るガラクタ集めのマネカタにロキが意地悪そうな顔つきで、
「いつからそういう決まりになったんだ?」
と訊ねる。
魔王の問いにマネカタがすぐに答えられず頭を悩ませている間に、ファントムは体を器用に動かしてひとつのつづらを主人の前へ押し出す。
つづらの中身はカタカタと軽めの音を立てていたが、人修羅に迷いはないようだった。
「じゃあこれに決まりだな」
ガラクタ集めのマネカタは困ったと言いたげに頭を抱えたが、人修羅がつづらを指差して嬉しそうに笑うと、諦めて仕方ないとうなだれた。
マネカタが開いたつづらの中を見た瞬間、少年はファントムを抱き上げて喚声を上げた。
「これソーマだよソーマ、高値で売れるよ!」
空中に放り投げられそうになりながら、ファントムも嬉しそうに目を細める。
ガラクタ集めのマネカタは少年と外道の幸運を祝福するような微笑を口もとに浮かべてソーマを手渡した。
「はいこれ、でも売るなら他の店で売ってね、なんとなく悔しいから」
大きく頷いてソーマを受け取り、人修羅は購入したアイテムとは別の場所に貴重なアイテムをしまう。
ロキはその様子を見ていたが、大金に化けるアイテムを間違えて使うことを避けるために分けたのだと思い、特に文句は言わなかった。
人修羅が大きな幸せに包まれて全体の雰囲気がほんのり浮上した丁度そのとき、店の扉がやや乱暴気味に開かれ、新しい悪魔が姿を現した。
「あ、いらっしゃい」
出迎えたガラクタ集めのマネカタはいつもと変わりない調子だったが、人修羅の目は入ってきた悪魔の姿を見た瞬間に驚きで大きく見開かれた。
古代の日本武士そのものの逞しい体で店の扉をくぐり、地霊サルタヒコは険しい表情をかつての主人に向ける。
地霊サルタヒコという名の悪魔はアサクサや坑道に何体も存在するが、そのサルタヒコがかつて行動を共にしたサルタヒコであることを人修羅は懐かしい気配と共に覚った。
驚きによる強張りは徐々に人修羅の体から消えていったが、口から出た再会の言葉は緊張の色を隠せない。
「やあ、元気だった? みたいだね」
「あんたもな、相変わらず目立つせいでアサクサに来たって情報がすぐに伝わってきた」
ぶっきらぼうに応え、サルタヒコは眉根を寄せて、ロキとカウンターに乗ったままの外道ファントムを睨むように観察した。
ロキは不快そうに小さく悪態をついたが、サルタヒコの真の関心はロキではなく緑色の薄い気体にあったようだ。
「こいつは……、またピシャーチャのように身代わりにする気で仲魔にしたのか?」
ファントムを指差して懲りずにダーク悪魔を仲魔にした人修羅の行動を非難するサルタヒコへ、少年は固い表情で否定の意志を示す。
「違うっ、もうピシャーチャの時のような過ちは繰り返さないって決心したから……」
胸に手を当てて自分の覚悟を自分自身で確認するように口にするかつての主人に対し、青筋を浮かべたサルタヒコは険しい表情を崩さない。
「どうだか、そんなに簡単に決着がつくほどお前の行為は軽いものではないぞ」
自分が改心したということを理解して欲しいという感情に突き動かされるまま、人修羅は弁解しようと真剣な眼差しでサルタヒコを見上げる。
地下道で気付いた悲しみを、自分に対する怒りを、もうどうにもならないという虚しさと、それまで全ての異形悪魔に感じていた偏見に対する謝罪の心を。
その感情は人修羅の胸から喉へ熱く駆け上り、今にもあふれ出そうとしていた。
しかし、ロキと共に成り行きを見守るファントムの声が人修羅の感情に冷水を流し込み、沈めた。
「そうだよな、信じてもらえなくても仕方のないことを今まで散々やってきたからな」
今にも飛びかかりそうな勢いで何かを訴えようとしていた少年が急に落ち着きを取り戻し、サルタヒコはわずかに動揺して怒りの姿勢を緩める。
自分の主人は今までこんな態度を見せたことがあっただろうか。
どんな言葉に対しても自分の意見を押し通さなければ気がすまない性格だったはず。
地霊の心の中に小さな混乱が生じる。
いつもと違う人修羅の態度は、彼の決心が本物であることの表れであるのではないかと、サルタヒコは揺るぎない自分の判断に対してわずかな疑念を感じ始めていた。
「悪いと思っている、お前にもオオクニヌシにも僕は悪いことばかりした」
情けない顔に精一杯の反省の言葉をのせて、人修羅は深々と頭を下げて謝罪の姿勢を見せる。
少年の首筋から背中の模様を目にしながら、サルタヒコは感じた疑念を振り払うように声を荒げて手でその場をなぎ払った。
「信じられるはずがないだろう、お前も聞いているなら何か言うがよいオオクニヌシっ!」
頭を下げたまま地霊の呼びかけに"えっ"と人修羅は呟き、ロキは呼びかけに応じて開く店の扉を凝視する。
サルタヒコには荒々しさの面で劣るものの、凛とした強さを感じさせる鬼神は地霊へ迷惑そうな視線を送った。
「私はお前に付き合うとは言ったが人修羅殿に話があるわけではない、そのように大声を出されても困るのだが」
冷静な声に期待を裏切られ、サルタヒコはばつが悪くなったのかムムッと唸り頭を掻く。
悪魔たちのやり取りにすっかり気圧されて縮こまってしまったガラクタ集めのマネカタに申し訳ないと詫び、息苦しい空気を嫌うように鬼神は目を伏せた。
「何を言ったって分かってもらえそうな雰囲気じゃないな、もう頭上げろよ」
オオクニヌシがその場に加わったことにより、張り詰めていた店内の空気は緩み始めていた。
ため息混じりにこれ以上の話し合いは無駄だと結論付けたロキは、頭を下げたままの主人の肩を軽く叩く。
「許して欲しいとは思わない、ただ、ごめん……」
黙ったままの地霊と鬼神にそれだけ告げて、人修羅はようやく頭を上げる。
共に戦い今は別々の道を歩む仲間たちへ向けられた少年の表情は穏やかさを取り戻していた。
「あーあつまらねぇ、早く次の場所へ移動するぞ」
その場にいる誰よりも苛々した様子のロキが人修羅の腕を掴んで引っ張り、ファントムはカウンターから降りてサルタヒコのそばへ寄る。
浮遊してきた物体を怪訝そうに見つめるうちに、地霊の顔に一瞬だけある感情がわいて消えた。
その変化を確認したからか、ファントムはただ顔を見合わせただけで何も訴えようとせず、ロキの後を追う。
「ロキ」
外に出ようとしたところを微かな声に呼び止められて魔王は横目で鬼神を窺う。
呼び止めた声が余りに小さな声だったため、最初ロキは気のせいかと思った。
しかし、魔王の姿を見つめるオオクニヌシの目は声よりも強い意志を感じさせるもので、やはり自分は呼び止められたのだとロキは確信した。
「人修羅殿をよろしく頼む」
それがどのような感情から出た言葉なのか、店を出てしばらく考えてもロキには分からなかった。
ただ、そう告げたオオクニヌシの目は、最初の別れのときと同じ"なぜそんな目を"と訊ねたくなる種類のものだった。
今回も理由を訊くことのできなかったロキは、あのときと同じもやもやとした物を胸に感じながら、主人の手をひいた。
