残暑お見舞い申し上げますです。 『ここまで来ると遅刻も甚だしいギリギリ残暑お見舞い創作』してみました。 雰囲気的には『Jump ! ? はばたきコース。』の番外編っぽいですが、 基本的なお相手はマスタになります。 甘いものをお好みの方、『Jump ! ? はばたきコース。』を未読の方にはゴメンなさいです。 もうひとつの方なら、もしかして大丈夫かもです(ちょっと不安) ゲスト(?)は、『Jump ! ? はばたきコース。』に出てくる誰かです(笑) ではでは、大丈夫な方はスクロールしちゃってくださいませ。 03.08.28 柴咲凱亜。 |
暑いってだけで色んなことがメンドクサイけど。
この際だから暑苦しいほどに暑さを満喫するのも、悪くない。
だってさ。
真っ只中の時は、暑い、暑いって文句言いがちだけど。
夏の終わりって、なんだか少し、寂しくて、切なくならない?
暑苦しくいきましょう。
「ふうん。自宅待機、ねえ…」
はばたき学園(いや、それ以外のほとんどの学校も)が夏休みの始まりを明日に控えた日の夜。
いつもの何気ない会話の最中に、『学校の先生って夏休みが長くていいよね…』などと、
暢気な不平を言う男に、は教師の夏休みの名目を説明する。
夏休みと言っても、教師であるは、生徒と同じように純粋に休みなのではなく、
たまにある義務的な出勤を除いては、自宅待機という名称になっているらしい。
短い呟きは、それに対する男の返事。
こんな場所(胡散臭いジャズバー)で私が何をしているかなどということに、
興味がある人間などいるとも思えないが。
とりあえず念のために断っておくと、この、どこにでもいそうな恋人達を観察することも業務の一環だ。
べつに趣味で覗いているわけではない。
私が無類のワイドショー好きであることも、この場合まったくの無関係だ。
いつものことではあるが、私のこの愛らしいピンクの姿は無論、彼らには見えない。
誰に断っているのか、未だわからないが、そんなことはどうでもいい。
から少し離れた場所に座っている女性のための、淡いエメラルド色のカクテルを、
男はゆったりと、グラスに注ぐ。
「それって要するに、何かあった時にすぐに駆けつけられる状況にあればいいって意味?」
「うん、たぶんね。でも、はば学だし。表向きだけだと思うよ」
は、琥珀色の液体が少しだけ入ったグラスを揺らして、氷の音に耳を傾ける。
カラカラと鳴るその音が、涼しいといつだったか言っていた。
最近その仕草をよく見かける。
店の中は外と違ってかなり涼しい。これ以上涼しくなる必要もなさそうだ。
…ということは、何か他にも意図があるのかもしれない。いや、何もなさそうでもあるが…。
「だろうね。律儀に守り倒しそうなカタブツ野郎でさえ、春休みに俺と旅行してるぐらいだし?」
「自由恋愛推奨だから」
「いや、そのカップリングは頼まれてもお断りしたいね」
男は、チラリと視線を店内のグランドピアノの方に動かして、この場所に頻繁に顔を出す、
生真面目で無駄に背の高いロボな友人を思い出したのか、屈託の無い表情で笑う。
も、職場で毎日会う、本人がまったく無自覚なところが更に笑いを誘う不思議生命体を思い浮かべたのか、
目尻に涙を溜めるほど笑う。
カウンターの内側を、数歩横に動いて、『お待たせいたしました』といかにも(しかしなぜか意外と騙せる)な
営業スマイルをその顔に貼り付けた男は、淡いエメラルド色のカクテルを待つ女性のすぐ前に、それを置く。
その様子をぼんやり眺めているの視線を意識つつ、戻って来た男は、
つい今しがた見せたのとはまったく別の笑顔をに向ける。
どちらかと言えば、多少、意地の悪い笑みかもしれない。
何か、楽しいこと思いついた時の顔だ。
「ねえ、ちゃん。俺の家に引っ越して来ない?今夜店が終わったらすぐにでも」
「……は?」
男の唐突な申し出に動揺したのか、は持っていたグラスを取り落としそうになって、
『うおっ!?危ねーな、危ねーよ』『脈略ねーな、脈略ねーよ』などとボソボソ呟いている。
はたまに、妙な言葉遣いをするが、この男は、そんなものも余裕で無視だ。
「脈略ありまくりだよ。だって、俺たちって元々あんまり時間が合わないからさ。
店にキミが来ることがなかったら平気で何週間も会わなかったりする可能性もあるよね?
いっそのこと俺のところに来ちゃった方が多少すれ違いでも今よりは時間が取れるでしょ?
結構名案だと思うんだけど、どう?」
「いや、でもほら、明日から自宅待機だし(しかも何?その長い早口。息つぎしようよ、マジで)」
「自宅だよ。俺のだけど(この辺が脈略ありなんだけど、あるよね?)」
畳み掛けるような男の言い方に、は『屁理屈言いやがって…』とでも言いたげな顔をする。
けれど、そんな顔も、男は余裕で全部無視だ。
「実際、元々家も近いんだし、学校に関しては影響少ないんじゃない?」
「ま…それは、ええとして。一緒には住まれへんのですよ」
「なんで?(ていうか、その胡散臭い関西弁、何?)」
「う〜ん。えっと、アレなの。色々事情があるの。乙女には(こ、困ったな…)」
歯切れが悪い上に、微妙な笑顔をするの真意はわからないが。
そんな曖昧な説明で簡単に引き下がる男でもない。
「ん〜。じゃ、お試し同棲とかしてみる?」
「何それ」
「だから、ちゃんの夏休みの間だけ、旅行気分で。それならいいよね?」
「ううむ……」
まだ何かは悩んでいる様子だったが、なんだかんだと結局男が強引に押し切って、
『はばたきコース夏休みお試し同棲プラン(仮)』はスタートすることになった。
■ ■ ■
すっかり朝になってから眠って、昼過ぎに起きる。
夜、店を開けているこの男にとって、変えようのない生活スタイル。
完全にズレた生活を今まで送ってきたこのふたりが一緒に生活というのも、どんなものか…と思っていたが。
かなりとんでもない時間に男が帰ってくるわりに、毎日元気には出迎える。
男が家に帰ると、少し飲みながら軽めの食事(用意をするのは)をして。
食後には、特に何をするでもなく、ソファでまったりしながら、
『トイレにエアコン入れなかったら、暑くて吐きそうだ』とか、
『窓開けたらセミが顔面目がけて飛んできて、腰抜かしそうになった。でもゴキちゃんよりはマシかも』とか。
がひとりの時に、どうしていたかなどを、男が聞き出す。
会話の内容は色気も何もあったもんじゃないのだが、そんな一見無駄とも思える何気ない時間が、
どうしようもなく楽しいと、男の顔には書いてある。
まったく、苛つくほどのバカップルだ。
この時期にこの話を持ち出した自分のタイミングの良さに、男は小さくガッツポーズしていることだろう。
普通に学校があれば、こうもいかない。
時間に余裕のある日は、一緒に買い物に行ったり、意味もなく散歩してみたり。
店が休みの日には、少しだけ遠くまでドライブしたり。
特別なことは何もないように見える、ふたりのただの日常。
でも、俺の日常に、キミが当たり前のようにいることが、たぶん、本当は特別なんだろう。
…などと、脳が沸いたようなことを男が考えているのは、想像したくもないが顔を見ただけでわかる。
「ねえ…。前からずっと思ってたんだけど、朝起きて、夜寝るのが普通って誰が決めたのかな?
昼に起きた方がなんか体調いいような気がするんだよね…。
もし、わたしがはば学の理事長だったら、学校午後からにしちゃうのにな〜。
ていうかね?いっそのこと日本全部が、午後から動くようになっちゃえばいいのにとか思うんだけど」
当たり前のように昼過ぎに朝食(ちなみに今日作ったのは男の方)をとりながら、
はあり得ない理想論をブツブツと語り始める。
座っている位置は、麻雀で言うと、が男の下家【シモチャ】。
4人掛けのテーブルの一箇所に自分がいるのを想像してもらいたい。
自分から見て右隣の位置が下家だ。つまり、から見た男の位置は上家【カミチャ】ということになる。
誰に対して説明しているのかもわからないし、そもそもこの説明が必要なのかもわからないが、
どちらも本気でどうでもいい。
向かい合って(ちなみに麻雀では対面【トイメン】という)座るとか、横に並んで座るより、
斜め前に顔が見える方がなんとなく落ち着くと、が言っていた。
そもそもがどちらかと言うと、夜型体質らしく、『はばたきコース夏休みお試し同棲プラン(仮)』が始まってわりとすぐに、
の生活は完全に男と同じペースになって、あれから1ヶ月になる今はもう、すっかりそれが普通だ。
「でも、しょうがないよね。もう、朝からなのが当たり前になっちゃってるんだし」
男の言葉に一瞬眉間に皺を寄せ、は箸を握った右手の拳をテーブルの上に突き立てた。
ちょっと、その格好はどうかと思う。
膨れた頬はそれなりに可愛いので、まあ悪くはないが、その手はわりと下品だ。
「でも、午後からになったら、もっと一緒にいられるよ?」
唇を少し尖らせて、は無自覚に妙なことを言う。
まさか、そういう方向とは予想してなかったのだろう。
不意打ちに、男の表情が微妙に変わる。
ドキドキさせられるのは、たぶんこの男の趣味ではない。
振り回されるのも、好きではないだろう。
常に、逆の立場でいたいと思っているに違いない。
けれど、その嫌だと思ってるようなことですら、今はなぜか心地いいと思っているのがその表情からわかる。
男はすぐ隣にあるの腕を軽く引き寄せて、そっとその身体を抱きしめる。
お箸…刺さっちゃうよ?などと小さく呟いているの顔は、少し赤く染まっていて、なんだか可愛らしい。
いや、私がを可愛いなどと思ったところで、なんの意味もないことではあるが。
「俺が早く店を閉めるって手もあるよね」
「それは無理でしょ?夜開けてナンボのお店なんだから、頑張ってくださいよ」
は男の腕からスルリと抜けて、また自分の場所に戻る。
一瞬訪れた甘そうな雰囲気は、あっさり消し飛んだが。
男はそれはそれで、なぜか楽しいらしい。
そんな表情だ。
毎日、一緒に眠って。
毎日、一緒に起きる。
くっついて眠るには、相当無理がある季節だけど。
暑苦しいのも、汗だくになるのも、俺はむしろ歓迎なんだよね。
外でセミがうるさいくらいに鳴いてても、隣にキミがいないだけで、俺、寒くて死にそうだよ?
なんて…なんか、恥ずかしい病気みたいだね、俺。
今一瞬、男の意識の中に入り込んでみたが、気持ちが悪かったのですぐに退散させてもらった。
恥ずかしい病気だ。間違いない。
専門の病院があれば、すぐにでもぶち込みたいところだ。
「…もうすぐ終わっちゃうね」
食事の手を止めて、壁にあるカレンダーを見ながらが小さく呟く。
あと、数日で、の夏休みも、終わる。
それは同時に、この『はばたきコース夏休みお試し同棲プラン(仮)』の終わりも意味してるわけだが。
男はこのまま終わるつもりなど、そもそも初めからないらしい。
「ねえ。ちゃん。俺と一緒に住めないって言ったのは、なんで?」
以前うやむやになっていた質問を、男は蒸し返す。
この夏休みの間、見てきたものが間違いでなければ、住めない理由はなさそうだ。
それはこの私が、保証しても構わない。
誰がなんと言おうと、ふたりは正真正銘のバカップルだ。
「それは…内緒です」
「俺と一緒にいるの、嫌?(なわけないよね。知ってるけど)」
この会話自体聞いているだけでむず痒い。
ならば聞くななどと、できれば言ってくれるなと私は言いたい。
誤解のないように言っておくが、これも業務だ。
断じて趣味で覗いているわけではない。
「…っ!!なわけないでしょ!?(わざとだ、わざとだよ、この人…)」
「じゃあ、理由教えてよ」
口の端を少し上げた男の意地悪い笑みに、は相当弱いらしい。
困ったように、キョロキョロと上を見たり下を見たり。
もう1度男と目が合うと、観念したかのように、オズオズと口を開く。
「…だってね?帰ってくるの、待っていたくなっちゃうから、ダメなんだよ。……寝不足で死にます」
くぅぅぅぅぅぅぅ。か、可愛いじゃねえかぁぁぁぁぁあああああああああ。
コ//////コホン。私が取り乱してどうする。
それにしても、『待っていなければ』ではなく、『待っていたくなっちゃう』などと言われてみたいものだ。
見れば、男は、を腕の中にがっちり閉じ込めて。
自分の顔がには見えないようにして、ニヤニヤと締まりのない顔をしている。
いや、気持ちはわからなくもない。
代ってもらいたいぐらいだ。
「眠りながら待っててくれればいいからさ。いてよ。このまま」
男が少し掠れた声で言うと、『でも…』とが顔を上げる。
「夏休みが終わったら、今度は毎日寝顔見せてよ。それはそれで、楽しみだよ?俺」
はそれ以上反論することはなく。
どうやら、『はばたきコース夏休みお試し同棲プラン(仮)』は、
今日から『はばたきコース終身同棲プラン』に名称が変更されることになりそうだ。
それにしても、この男。
『夏休みが終わったら、今度は毎日寝顔見せてよ。』などと言っていたが。
が眠った後、散々その寝顔を眺め、昼は嫌々起こされてるふりをしつつ、
1時間以上前から起きての寝顔を眺めていたのを、私は知っている。
まったく、本気で暑苦しい。
バカップルと言うよりは、この男が正真正銘のバカだ。
でも、まあ、わからなくもない…が。
end
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遅刻も甚だしい残暑お見舞い(しかもウサギさんの無駄話塗れ)大変失礼致しました。
ちっとも残暑お見舞いな雰囲気ではありませんが、一応なんとなくそういうことにしていただけるとありがたいです(笑)
タイトルの『暑苦しくいきましょう。』は、『行きましょう』とか『生きましょう』とか『逝きましょう』とか全部です(いってよし)
気が向いたら、もうひとつの方も読んでいただけると嬉しいです。