残暑お見舞い申し上げますです。

こちらは『甘いつもりで書いてみましたバージョン』になります。

話のスジが同じな上、だいぶ緩々なカンジですが、登場するのは、主人公とマスタのみです。

ではでは、大丈夫な方はスクロールしちゃってくださいませ。

03.08.30 柴咲凱亜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暑いってだけで色んなことがメンドクサイけど。

この際だから暑苦しいほどに暑さを満喫するのも、悪くない。


だってさ。

真っ只中の時は、暑い、暑いって文句言いがちだけど。

夏の終わりって、なんだか少し、寂しくて、切なくならない?


















暑苦しくいきましょう。





















「ふうん。自宅待機、ねえ…」





はばたき学園(いや、それ以外のほとんどの学校も)が夏休みの始まりを明日に控えた日の夜。

いつもの何気ない会話の最中に、『学校の先生って夏休みが長くていいよね…』などと、

暢気な不平を言う俺に、ちゃんは教師の夏休みの名目を説明する。

夏休みと言っても、教師であるちゃんは、生徒と同じように純粋に休みなのではなく、

たまにある義務的な出勤を除いては、自宅待機という名称になっているらしい。

短い呟きは、それに対する俺の返事。




ちゃんから少し離れた場所に座っている女性のための、淡いエメラルド色のカクテルを、

俺はゆったりと、グラスに注ぐ。

こうやって酒を作る俺の目の前にちゃんが座っているのは、友人関係を保っていた少し前までと、

他人が見たらまったく変わりない普通の風景だろうけど。

満たされない想いを抱えていた頃と、少し形が変わった今とでは、すべてが違って見える辺り、俺も案外単純だ。

思えば俺は、高校の頃からずっとちゃん一筋で(いや、心と身体は別物なんでそこら辺は深く追及しないでいただきたい)

昔からちゃんのことが可愛くて仕方なかったわけだけど、最近それが更に重症になってるような気さえする。



「それって要するに、何かあった時にすぐに駆けつけられる状況にあればいいって意味?」


「うん、たぶんね。でも、はば学だし。表向きだけだと思うよ」




ちゃんは、琥珀色の液体が少しだけ入ったグラスを揺らして、氷の音に耳を傾ける。

カラカラと鳴るその音が、涼しいといつだったか言っていた。

店の中は、不快指数も甚だしい外とは違って、かなり涼しいのに、ね。

何気ない仕草と、その表情が妙に幸せそうで、見てるこっちがなんだか和む。




「だろうね。律儀に守り倒しそうな堅物野郎でさえ、春休みに俺と旅行してるぐらいだし?」


「自由恋愛推奨だから」


「いや、そのカップリングは頼まれてもお断りしたいね」




俺は、チラリと視線を店内のグランドピアノの方に動かして、この場所に頻繁に顔を出す、

腐れ縁のような生真面目な友人を思い出しながら笑う。

ちゃんも、毎日学校で会う、その不器用で誠実な人物を思い浮かべたのか、笑う。



こうやって笑い合うことは昔から普通にあったはずなのに、それさえも以前とは違う気がする。

これが俗に言う『幸せ』とかいうヤツなのかもしれない。

なんて言うか、今ひとつ、俺には似合わないような、慣れない感じだ。

まあ、その妙な違和感ですら、楽しかったりもするんだけど…。



カウンターの内側を数歩横に動いて、『お待たせいたしました』といかにも(でも意外と騙せる)な

営業スマイルを貼り付けた俺は、淡いエメラルド色のカクテルを待つ女性のすぐ前に、それを置く。

その様子をぼんやり眺めているちゃんの視線を感じつつ、

戻って来た俺は、つい今しがた見せたのとはまったく別の笑顔を彼女に向ける。

どっちかって言ったら、ちょっと意地の悪い笑みかもしれない。

なんだか、楽しいこと思いついちゃったし、ね。




「ねえ、ちゃん。俺の家に引っ越して来ない?今夜店が終わったらすぐにでも」


「……は?」



俺の唐突な申し出に動揺したのか、彼女は持っていたグラスを取り落としそうになって、

『うおっ!?危ねーな、危ねーよ』とか『脈略ねーな、脈略ねーよ』とかボソボソ呟いている。

この人たまに、言葉遣い変だよね。

まあ、そんなのは、余裕で無視だけど。






「脈略ありまくりだよ。だって、俺たちって元々あんまり時間が合わないからさ。

 店にキミが来ることがなかったら平気で何週間も会わなかったりする可能性もあるよね?

 いっそのこと俺のところに来ちゃった方が多少すれ違いでも今よりは時間が取れるでしょ?

 結構名案だと思うんだけど、どう?」



俺は早口で一気に捲し立てる。



「いや、でもほら、明日から自宅待機だし…」



あ。なんかちょっと動揺してる?今突っ込むとこってそこじゃないよね。



「自宅だよ。俺のだけど」




畳み掛けるような俺の言い方に、ちゃんは『屁理屈言いやがって…』とでも言いたげな顔をする。

けど、そんな顔も、余裕で全部無視。




「実際、元々家も近いんだし、学校に関しては影響少ないんじゃない?」


「ま…それは、ええとして。一緒には住まれへんのですよ」


「なんで?(ていうか、その胡散臭い関西弁、何?)」


「う〜ん。えっと、アレなの。色々事情があるの。乙女には」



何か歯切れは悪いし、困ったような微妙な笑顔をする彼女の真意はわからないけど。

そんな曖昧な説明で簡単に引き下がる俺でもない。

仕方ない。とりあえず、妥協案(に見せかけたもの)でも出すとするか…。




「ん〜。じゃ、お試し同棲とかしてみる?」


「何それ」


「だから、ちゃんの夏休みの間だけ、旅行気分で。それならいいよね?」


「ううむ……」





まだ何か悩んでるみたいだったけど、なんだかんだと結局俺が強引に押し切って、

ちゃんと俺の、夏休みお試し同棲がスタートすることになった。

















■ ■ ■


















すっかり朝になってから眠って、昼過ぎに起きる。

夜、店を開けている俺としては、変えようのない生活スタイルだ。

どんなもんかな?なんて、初めは心配してたんだけど。

俺が店から戻る時間がかなりとんでもない時間なわりに、ちゃんは毎日元気に出迎えてくれる。

なんか、結構、いいよね。こういうの。

単純に、嬉しい。



家に帰ると、少し飲みながら軽めの食事(ちゃんが用意してくれる)をして。

食後には、特に何をするでもなく、ソファでまったりしながら、

『トイレにエアコン入れなかったら、暑くて吐きそうだ』とか、

『窓開けたらセミが顔面目がけて飛んできて、腰抜かしそうになった。でもゴキちゃんよりはマシかも』とか。

俺がいない間、彼女がひとりでどうしてたかを聞く。

会話の内容は色気も何もあったもんじゃないけど、そんな一見無駄とも思える何気ない時間が、

どうしようもなく楽しい。

この時期にこの話を持ち出した自分のタイミングの良さに、思わず小さくガッツポーズだよね。

普通に学校があったら、そうもいかないだろう。



時間に余裕のある日は、一緒に買い物に行ったり、意味もなく散歩してみたり。

店が休みの日には、少しだけ遠くまでドライブしたり。

特別なことは何もないように見える、ふたりのただの日常。



でも、俺の日常に、キミが当たり前のようにいることが、たぶん、本当は特別なんだろう。













「ねえ…。前からずっと思ってたんだけど、朝起きて、夜寝るのが普通って誰が決めたのかな?

 昼に起きた方がなんか体調いいような気がするんだよね…。

 もし、わたしがはば学の理事長だったら、学校午後からにしちゃうのにな〜。

 ていうかね?いっそのこと日本全部が、午後から動くようになっちゃえばいいのにとか思うんだけど」





当たり前のように昼過ぎに朝食(ちなみに今日作ったのは俺)をとりながら、

ちゃんはあり得ない理想論をブツブツと語り始める。

そもそもがどちらかと言うと、夜型体質らしく、このお試し同棲が始まってわりとすぐに、

ちゃんの生活は完全に俺と同じペースになって、あれから1ヶ月になる今はもう、すっかりそれが普通だ。




「でも、しょうがないよね。もう、朝からなのが当たり前になっちゃってるんだし」



俺の言葉に一瞬眉間に皺を寄せ、ちゃんは箸を握った右手の拳をテーブルの上に突き立てた。

ちょっと、その格好はどうかと思う。

たまに、下品だよね。





「でも、午後からになったら、もっと一緒にいられるよ?」




唇を少し尖らせて、無自覚に妙なことを言う。

まさか、そういう方向とは予想してなかったから、ちょっと不意打ちな感じだ。


ドキドキさせられるのは、趣味じゃない。

振り回されるのも、好きじゃない。

ホントは常にどっちも、逆の立場でいたい。

でも、その嫌だと思ってるようなことですら、今はなぜか心地いい。


大概俺らしくなくても。

ペースなんて乱されまくってても。

多少悔しかったりはするけれど、それ以上に、どこか嬉しい。



すぐ隣にある腕を軽く引き寄せて、そっとその身体を抱きしめる。

お箸…刺さっちゃうよ?なんて小さく呟いてる彼女の頬は、少し赤く染まってて、なんだか可愛い。






「俺が早く店を閉めるって手もあるよね」


「それは無理でしょ?夜開けてナンボのお店なんだから、頑張ってくださいよ」



ちゃんは俺の腕からスルリと抜けて、また自分の場所に戻る。

一瞬訪れた甘そうな雰囲気は、あっさり消し飛んだりするけど。

それはそれで、なぜか楽しい。








毎日、一緒に眠って。

毎日、一緒に起きる。


くっついて眠るには、相当無理がある季節だけど。

暑苦しいのも、汗だくになるのも、俺はむしろ歓迎なんだよね。

外でセミがうるさいくらいに鳴いてても、隣にキミがいないだけで、俺、寒くて死にそうだよ?

眠ってるちゃんは、腕に閉じ込めてると『暑い…』なんて寝言言いながら時々煩そうに身動ぎするけど、

俺が死んだらちゃん寂しいでしょ?

だから、暑苦しくても我慢してよ。

なんて、なんか俺、本気でやられちゃってるよね…。














「…もうすぐ終わっちゃうね」



食事の手を止めて、壁にあるカレンダーを見ながらちゃんが小さく呟く。

あと、数日で、彼女の夏休みも、終わる。

それは同時に、このお試し同棲の終わりも意味してるわけだけど。

俺はこのまま終わるつもりなんて、そもそも初めから、ない。




「ねえ。ちゃん。俺と一緒に住めないって言ったのは、なんで?」



うやむやになっていた質問を、あえて蒸し返す。

この夏休みの間、見てきたものが間違いでなければ、住めない理由なんてなさそうだ。






「それは…内緒です」


「俺と一緒にいるの、嫌?」


……なわけないよね。知ってるけど。

わかってるけど、とりあえず上目遣いなんかしてみたりして、ちゃんを追い詰めてみる。

結構簡単に引っかかってくれるんだよね。



「…っ!!なわけないでしょ!?」


「じゃあ、理由教えてよ」



俺、今どんな顔してるんだろう。

たぶん、相当意地悪い笑い方なんだろうね。

ちゃんは困ったように、キョロキョロと上を見たり下を見たり、動揺しちゃって可愛い。


もう1度俺と目が合うと、ちゃんは、観念したかのように、オズオズと口を開く。




「…だってね?帰ってくるの、待っていたくなっちゃうから、ダメなんだよ。……寝不足で死にます」



俺は言葉なんか出なくて。

自分の顔がちゃんには見えないようにして、ただ、腕の中にがっちり閉じ込める。

たぶん今俺は、ニヤニヤともの凄く締まりのない顔をしているだろう。

だってさ。そんな理由、反則だよ?ちゃん。



正直な話、俺の帰りを起きて待っててくれるってのは、本気で嬉しい。

それは、この1ヶ月ほどの間に、嫌ってほどわかった。

けど、今がキミの夏休みで、そんなものは特別だってのもわかってる。

もうすぐそれも終わりで、そう考えたらちょっと寂しいってのは本音だ。

そうは言っても、通常のすれ違いの日常にまで、俺は今と同じ状況を望んだりはしない。

……て言うよりもさ。

すぐ傍の、手が届くところにいてくれるだけでいいんだよね。

眠ってたって、そこにいるってだけで、俺がどんなに嬉しいかなんて、

ちゃんは想像もしないんだろうね。





「眠りながら待っててくれればいいからさ。いてよ。このまま」



抱きしめたまま耳元で小さく呟くと、『でも…』とちゃんは顔を上げる。

悪いけど、譲らないよ?

最初にお試しなんて言ったけど、あれ、妥協案(に見せかけたもの)だし。

そもそも帰すつもりなんてなかったし。

なし崩しに一緒に住むようになるなんてキミの趣味じゃないかもしれないけど、

帰したくないんだから、諦めてよ。




「夏休みが終わったら、今度は毎日寝顔見せてよ。それはそれで、楽しみだよ?俺」



俺の言葉に、ちゃんはちょっと困ったような顔で笑う。

それって、OKってことだよね。


俺は、抱きしめる腕に少しだけ力を込める。


『今度は』なんて言ったけど、ホントは今だって内緒で毎日寝顔見てる。

けど、それ言ったら怒られそうだから、言うつもりもないけど。

夏休みが終わるのがちょっと寂しいからとか、俺があまりにもしつこいから仕方なくとか、

俺がちょっと泣きそうだから(いや、全然そんなんじゃないけど)とか、理由なんてなんでもいいからさ。

このままずっと、ここにいてよ。

いいよね?









end

top


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再び残暑お見舞い申し上げまするでございます(笑)

この人誰ですかとか聞いたらダメです。それをいちばん聞きたいのは管理人です。

そんなわけで、『暑苦しくいきましょう。』ですが、少しでも暑苦しくなってればいいな…と。

なんて言うか、『暑苦しい』というのが似あわなそうなマスタをここに持ってくる辺り、

そもそもが人選ミスなのでしょうが、一応、こっそり燃える男マスタ…のつもりっぽいです。





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