今でも時々、京でのあの日々は長い夢だったのかと思ってしまうことがあるけれど。

わたしの目の前にいる、物憂げな表情で窓の外を眺める彼本人が、

あれは現実に起きたことだと証明している。

そして、同時に、わたしは彼に間違った選択をさせてしまったのではないかと、胸が苦しくなる。

けれど、そのことを口にする勇気も無くて。

少し前から彼の様子がおかしいことが気になっていたのに

ただ、気づかない振りをしているしか、できなかった。




窓の外を眺める貴方の背中が、寂しげに見えるのは、わたしの気のせいですか。

本当は、今、この場所にいることを、後悔していたりしませんか。

















Born to make you happy


















「ねえ、友雅さん。これからお花見に行かない?」




いつもより少しだけ遅い朝食の後、窓辺に立っている彼の後ろ姿に

コーヒーの入ったマグを手渡そうと声を掛けた。






「ああ────ありがとう。花見かい?そうだね。そろそろいい時期かもしれないね」



コーヒーを受け取って微笑む彼には、さっきまでの寂しそうな表情はもう、ない。

けれど、寂しげな背中を見ていたのは、今日が初めてではなくて。





いつからだろう……。

彼を連れて現代に戻ってから、もうすぐ1年になるけれど……。








「行きたい場所があるの。少し遠いけど、いい?」



わたしの表情は少し強張っていたかもしれない。

彼は一瞬訝しげにわたしを見て。



それでもすぐに微笑んで、








……?おかしな姫君だね。この私が、誘いを断るとでも?」



わたしの髪に触れる彼は、やっぱりいつも通りで。

さっき見た背中の方が、勘違いだったのかと思ってしまう。

でも……。











■ ■ ■










車を少し走らせて辿り着いたのは。

川沿いに桜の木がどこまでも続いている、現代にしては風情のある場所で。

ここを選んだのは、単純に桜が綺麗だという理由だけではなかった。

1年経ったと言っても、現代での生活は、彼にとって慣れないことが多いだろうし、

少しでも、その心を癒せたら…そんな思いからだった。

そして。

怖かったけれど、彼の本音を引き出すことが、

この場所ならできるかもしれないというのもあった。

どことなく京を思わせる、この場所なら……。







「それにしても、凄い荷物だね。どうしたんだい?」



彼に内緒で車に積んでおいた荷物を降ろそうとしていたら、

不意に後ろから、声を掛けられた。

少し驚いたような表情の彼は、軽々とそれらをすべてわたしの手から受け取って。






「これで全部かい?何が入っているのか、楽しみだね」



いつもより早起きして、用意しておいたお弁当は、

とてもふたりで食べきれる量ではないような気もしたけれど。

彼の最近の様子が気になって仕方がなかったわたしは、

量を考えるという至って単純なことですら、上手くできないでいた。

そんなダメな自分に胸の奥の辺りが、少し痛んだ。




桜の木がどこまでも並ぶ川沿いの道を、とりたてて目的地があるわけでもなく

時々吹かれる風に飛ばされる花びらを、意味もなく視線で追ったりしながら、ゆっくり進んで。

その間、彼は、なぜか桜をほとんど見ないで、わたしのことばかり見ていた。



土手を少し下ったところで、適当な場所に荷物を置いてから。







「友雅さん?お花見に来たのに、全然桜見てないでしょ」



思わず問い掛けると。







「そうだったかい?確かに花は、目の前にいる姫君で間に合っているからね」



いかにも彼らしい調子で微笑んで、恥ずかしくなるようなことを平気で言う。



いつもなら。

こんなことを言われたら、思わず赤くなりながらも抵抗するわたしだけど。

今日は少し違っていた。

彼の言葉が、何かを隠すための誤魔化しのようにしか思えなくて、悲しかった。







「そういう言い方、やめて」



思わず口を付いて出た言葉が、あまりにも抑揚の無い声で。

自分で自分に驚いて、涙で視界が揺らぐ。







……?」



驚いた彼のしなやかで長い指が、拭おうと頬に触れたけれど、

わたしはほとんど無自覚に、彼の手を振り払っていた。

胸の辺りが締め付けられるように苦しくなって、溢れ出る涙を、どうすることもできなかった。

ただただ、涙を零しながらも、頭の片隅には少しだけ冷静な自分がいて。

こんな風に泣いてしまって、今、彼は困っているかもしれない……。

そんなことを心配していた。




不意に小さく風が起きて。

気づいた時には、わたしは、大好きな香りに包まれていた。

暖かくてやわらかい、彼の香り。

大好きなはずなのに、今は居心地が悪くて。

わたしは、逃れようと身を捩る。







「逃げないで。



彼の抱きしめる腕が強くなる。






「すまない。せっかく君が花見に誘ってくれたのに、さっきの発言は、無神経だったね」



彼は自分の言葉のせいで、わたしが怒っているのかと思っているようだったけれど、

正直そんなことはどうでも良かった。

そんな表面的な内容よりも、真意を読み取らせないような言い方をする彼が、嫌だった。



思えば。

そもそも彼という人は。

常に余裕のある素振りで、本音など出さずに、周りの人間を煙に巻くようなところがあった。

その姿はどこか諦めにも似ていて。

彼を知れば知るほど、見ているのが切なくなることがあったけれど、

それは京で過ごしたあの日々で、少しは変わったはずだった。



なのに最近の彼は……。

まるで、出逢った頃の彼に戻ったようで。

わたしが傍にいることに、何か意味があるのかわからなくて。

わたしだけが彼を求めているみたいで、それが無性に寂しかった。

そう……。

ただ、わたしは。

寂しかったのかもしれない。










「今の謝罪は、的外れだったかな?近頃のの様子は普通ではなかったからね」




何も応えずにいるわたしに、彼は、思いがけないことを言う。

驚いて顔を上げると。







「……本当のことを、言おうか」




彼はわたしの手を取って歩き始めて、ひと際綺麗に咲いた桜の木の下で足を止めた。

大樹の根元に凭れかかって腰を下ろして。







「おいで、



そう言って、自分が座っている前にわたしを後ろ向きに座らせた。







「そのままで聞いてくれるね?」



まるで、座り心地のいい座椅子かなにかのようにわたしを包み込んで、彼は静かに話し始めた。






「こちらの世界に来てから、見るものすべてが新鮮で、初めは驚くことばかりだったよ。

そして、目まぐるしく変わる世界と一緒に、前に進んで行く君は、本当に眩しくて、

私を魅了し続けたけれど、同時に不安になったのだろうね」





「不安に……?」





「私らしくないと思うかい?ふふっ。自分でもそう思うよ。

君の隣にあるべき相手が、自分でも良いのかと不安になるなんてね。

けれど、君の隣を失ってしまったら、私がこの世界にいる意味などないだろう?

そんな、ひとりでは結論など出ないようなことを時々、ね」



想像もしていなかった突然の告白に、わたしは言葉がみつからなかった。

彼がそんなことを考えていたなんて、思ってもみなかった。






「君を失いたくなかった。できるのであれば、この腕に閉じ込めたまま、どこにも行かせたくないとさえ

思った。けれど、前を向いて輝き続ける君に、そんなことを強いるわけにはいかないだろう?

どこまでも走っていく君に焦がれて、追いかけて来たはずなのに。そして、これからも

追いかけていければそれでいいと思っていたはずなのに。 

溢れ出しそうな想いを、自分自身持て余していたからね。

私のそんな雰囲気が、君を嫌な気分にさせてしまったのかもしれないね。違うかい?」




あの寂しそうに見えた背中の意味が、まさかこんなことだとは思いもしなくて。

本当に驚いたけれど。

隣にいるのが自分でいいものかと悩んでいたのは、わたしも同じだった。





「違うと…思う」



彼のほうには振り返らないまま、応えた。





「友雅さんが、あんまり寂しそうに見えて。わたしと一緒にいるのが嫌になったのかと思ってたの。

でも、その想いを口にしてしまって、現実になったらと思うと怖くて……」



わたしを抱きしめる彼の腕が、僅かに震えた。






「友雅さんは、京に帰りたいと思ったことはない?」



いちばん怖くて、聞けなかったことを口にした。

彼はゆっくりと深呼吸するように、ひとつ大きな息を吐いて、抱きしめる腕に甘く力を込めた。





「ない……とは、言わないでおこうか。けれど、誤解はしないでほしい。

その思いは、こちらの世界で言う、ホームシックのようなものとも違うのだよ。

私が京に帰りたいとたとえば思ったとしても、そこにがいないのであれば、

なんの意味も無いからね。がいる京なら、帰ってみたいと思う。ただそれだけだよ」




以前から、わたしが恥ずかしくなって本当に困ってしまうようなことを言うのが得意な、

たまに本気で腹が立つほど憎らしい彼ではあったけれど。

今彼が言っていることは、そういう、からかったり、楽しんだりしている時と同じではないのはわかった。




わたしを抱きしめる彼の腕は、少し震えていて。



背中に伝わる彼の鼓動も、少し騒がしくて。



こんな時に不謹慎だけれど。

彼を不安にさせる相手が、自分で良かったなんて、おかしなことをわたしは考えてしまっていた。




わたしはゆっくり彼の方に振り返って。

彼の、今はもう何もなくなった、鎖骨の間の辺りに、服の上から手を添えた。




そしてでき得る限りの精一杯の笑顔で。





「勝手に不安になったりして、ごめんね?友雅さんが閉じ込めてみたいなら、いいよ?」



そう言うと、彼はこれ以上無いほどの苦笑いを浮かべた。




「どうやら私は、には勝てそうにないらしいね」



彼はわたしの手を取って立ち上がって。

少し離れた場所に置きっ放しにしてきてしまった荷物の方に視線を向けた。





「君の力作も待っていることだし。行こう、




不意に強く吹いた風に飛ばされてきた花びらが、彼の艶やかで長い髪に落ちて。

風になびく彼の髪は、本当に美しくて。

わたしにとっては彼の方こそ、華そのものなのに……。

そんなことを考えながら、繋いだ手に少しだけ力を込めた。

握り返してくれる彼の手の優しさに、さっきまでとは違う、幸せな胸の痛みを覚えて。






─────これからは、不安になったら、ちゃんと言うね?




心の中で呟いただけなのに、まるでその言葉が聞こえたように、

蕩けるような極上の微笑みを彼は返してきた。






─────わたしが……友雅さんに勝てるわけないのに、ね?




end




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キリ番(3333)創作です。

ちょっと弱ってる友雅さんを書いてみたたかったっぽです(初書きのくせに)

そして、お互いがお互いにとっての花であって、その存在そのものが、幸せを運んでくるような、

そんな隠しテーマがあったような気もします。

special thanks : メンソール様。

友雅さんの台詞を一箇所考えていただきました。そこだけ素敵すぎで申し訳もっ!!

 

 

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