控えめに鳴ったドアベルの乾いた音に振り返ると。 コートの襟を立てて、寒そうに震えながらそこに立っていたのは、 俺が高校生の頃から密かに想いを寄せていた彼女本人だった。 想いを打ち明けないまま卒業するなんていう、あまりに俺らしくもない行為に 当時自分で呆れたりもしたけれど。 数年の空白の後に、不必要に仲良くなってしまった今となっては、尚更タイミングが掴めなくて。 なんとなく想いを隠したまま、彼女にとってのいい先輩の振りを、俺は今も演じ続けている。 ─────勇気がないのは相変わらずだな…… 10年目の卒業式。 「よう、ちゃん。いらっしゃい。珍しいな、ひとりで店に来るなんて」 相手が彼女じゃなかったら、もっと気の利いた言い方もできるだろうに。 昔からそうだった。 他のオンナに投げかけるような調子のいい台詞なんて、 彼女を前にしたら、ひとつも出てこない。 たった今吐き出した言葉に後悔しつつ、彼女をカウンター前のいつもの席に促すと。 「わたしって…氷室先輩のオマケみたいなもの?」 少し拗ねたような表情で、核心を突いてくる。 現実問題として。今更俺が彼女のことをずっと好きだったなんて言ったとしても、 信じてもらえるはずがない行動を取ってきたのは、俺自身の責任で。 想いを告げられない寂しさを、紛らわしてきただけなのは事実だけれど、 そんな俺の事情なんて、彼女には全く関係ないことだ。 彼女に想いを伝えないまま、安全な位置を確保し続けるには、 零一のオマケだとか、そういった風に俺が思っているように見せるより他に、思いつかなかった。 ─────好きだとも言えない、嫌われるのも怖いなんて、本当に俺かよ……。 彼女が普段好んで飲んでいる、モレッティをグラスに注ぎ、目の前に差し出して。 「はは。オマケみたいなもんだろ?いつもくっついて来てるし。で?今日は本体の方は?」 またも無意味に、想いとは別のことを口走る。 「今日ね。はば学、卒業式だったの。謝恩会の後、本体さんはどこかに拉致されたよ」 「あの大きさを拉致するのも大変だろうな」 「うん。その騒ぎに紛れて、日向先輩の所に逃げてきちゃった」 彼女は少し笑ってから、グラスの泡に口を付けた。 その仕草を、無意識のうちに俺は目で追っていたらしく。 「……何?」 視線に気づいた彼女が上目遣いに問い掛けてきて、やけに胸の辺りがざわめく。 ─────零一がいないと、調子狂うな……。 「いや。懐かしいな、と思ってさ。卒業式。そう言えば、あの時ちゃん冷たかったよな」 誤魔化そうと思って適当に話題を振ったつもりだった。 その先の展開なんて、考えていなかった。 「わたしが?日向先輩に?」 少し驚いたように目を見開く彼女に。 「卒業してからも遊びに来てくださいね?なんて妙に他人行儀で言ってさ。覚えてないなんて 相変わらず冷たいよな」 こんな、10年も前の話を今更持ち出して、どうするつもりなんだと思いつつも、 気持ちとは関係ないところで、言葉だけが先走っていた。 ────大事なことは何ひとつ言えてないのに……。 「覚えて……るよ?考えて、選んで……言った台詞だったから」 寂しげに呟かれた彼女の言葉に、思考が停止しそうになる。 ─────何のために……? 辿り着いた先には、2種類の答えしかなかった。 ひとつは、本当の社交辞令。 もうひとつは。 彼女もあの頃俺のことを……? ふたつ目はあまりにも楽観的すぎるような気もしたけれど。 『選んで言った台詞』という言葉に意味があるのなら。 今の寂しげな表情に意味があるのなら。 それほど的外れでもないかもしれない。 少しだけ気分が浮上した俺は調子に乗って。 「ちゃん。俺、10年前、言い忘れたことがあるんだけど」 「言い忘れたこと……?」 首を傾げる彼女に。 「店が終わるまで待っててよ。10年前のことと、今言いたいこと。後で全部話すからさ」 笑って言うと。 「嬉しい話だったら……いいな」 そう言って微笑んだ彼女の瞳は、あの頃と少しも変わらずに輝いていて。 やっぱり俺を捕らえたまま離さなかった。 今夜。 どうやら俺は。 情けない自分から、10年振りに卒業することができそうだ。 end ───────────────────── な、何が書きたかったんだ、管理人よ!! ええと、たぶん、あんまり不憫じゃないマスタ?かな……? 大事な部分、省きすぎでしょうか。主人公の気持ちとか……(笑) いや、でも主人公はマスタが好きなんだよ、ずっと。だって俺だもん(馬鹿) ごめんなさい!!
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