楽しかったこと。悲しかったこと。

嬉しかったこと。悔しかったこと。

少し泣いてしまったこと。


10年近く前、ほんの少し憧れていて。

他のみんなより、ほんの少しだけ仲良くしていただけの、高校で2つ上の先輩という存在だった彼は。

今ではどんなことでも話せる、わたしの大切な友達。

でも。

たったひとつだけ、どうしても言えないことがある。



本当はいちばん、伝えたいことなのに、ね…。












Can I tell the truth ?












─────カチっ。



濡れた髪を乾かし終わって。

久しぶりに昔好きだった映画のビデオでも見ようかと思った瞬間。

静かすぎる部屋に、時計の針が2本とも12の位置で重なる音が響いて。

ただの普通の日から、自分だけの特別な日へ変わる瞬間をうっかり確認してしまった自分に、思わずため息。



─────いつ以来だろう…なんか、ひとりでこの瞬間って、結構切ないかも…。



本当は、今夜。

何人かの友人に誘われたりもしてた。

高校生の頃の先輩で、不本意にも今ではわたしの大切な友人になってしまった、

日向千尋という奇妙な男が経営する店で、みんなでわたしの誕生日を祝おうという話だった。

とてもそんな気分にはなれなかったから、適当な理由をつけて断ってしまったけれど…。



─────奇妙な男って…。


奇妙なのはむしろ、わたしのほう…かな。


男と別れて泣いてみたり、喚いてみたり。

学校の仕事で苛々して、飲みすぎて潰れてみたり。

はっきり言って、醜態としか言えないような状況を見せすぎていたけれど。

何かあるたびに彼はわたしを救ってくれた。



時には。

今、わたしの同僚でもあり、彼とは対照的に不器用で生真面目な友人とともに、

それぞれのやり方でわたしを助けてくれた。

彼のお店が終わった後に、3人でわたしの部屋で飲み直して、

約1名を除いて潰れてしまうなんてことも、結構あったりして。

いい加減、後戻りもできないほど、何もかも曝け出してしまった今頃になって。

彼に対する自分の気持ちにようやく気づいたなんて。


本当に、笑えない。


本当に今更だけど。


彼のことを友人とは思っていない自分に、つい最近気づいた。


見え隠れする女性の影に、穏やかではいられない自分を知った。



でも。


日向千尋という男は。

優しいようにも見えるけれど、結構意地が悪くて。

そういうところが自分と少し似ている気がして。

友人にしておくには全く問題はないのだけれど。

もしもわたしが今の想いを伝えたとしても。

気まずくなったりもしないかわりに、笑われて終わりな気がして。

似ているからこそ、そうなった時の状況が容易に想像できてしまって、とても行動を起こす気分にはなれなかった。


わたしには、その後も友人を続けていくほどの、自虐的な趣味なんて、ない。




でも…このまま友人でいることも、存分に自虐的ではある、かな…。




不意に携帯が鳴って。

思わずビクリと身構えた。


今まさに頭に浮かんでいる人物から電話なんて、タイミングが悪すぎで、思わず苦笑いしつつも。



─────日付けが変わってすぐなんて、ただの友達相手に結構律儀なヤツだな…。


そんなことを思いながら。

いつもの友達モードに頭を切り替えて、通話ボタンを押した。





「もしもーし。こんな夜中に何の用ですかーー」





「いや。主役がいないから、どうしたかと思ってね」



どうやら、友人達は、結局わたし抜きで彼の店に行ったらしい。

要するに。まあ、誕生日とかは関係なく、とりあえず飲みたいんだよね…。





「そっか。別にどうもしないんだけどね。飲む気分じゃなかったから、行かなかっただけだよ。

 ゴメンね?忙しいのに気を遣わせちゃって」



気持ちを見透かされたくなくて適当に応えると、受話器越しに小さく笑う声が聞こえた気がした。





「忙しくもないし、気も遣ってないけど?それよりさ。ちょっと外に出てみない?」



「……なんで?」



「今、キミんちの、下」



─────は!?



窓を開けてベランダに出ると、Vespaに寄り掛かって、携帯を片手にくわえ煙草の彼が、

わたしを見上げてヒラヒラと手を振っていた。





「な、何やってんの?お店は?」



電話がなくても聞こえそうな声で思わず叫んでしまったわたしに。





「まあ、いいから、いいから。とにかく下りてきてよ」



それだけ言うと、彼はこれ見よがしに携帯を切ってからポケットにしまって。

にやりと笑った。


なんだか納得がいかなかったけれど。

まだ営業しているはずの自分の店を抜けてまでも逢いに来てくれたことが結局嬉しくて。

わたしってやっぱりバカだな…なんて思いながら。

いそいそとパジャマを脱ぎ捨てて、着替えている自分に、またため息。



─────ちょっと…喜びすぎじゃありませんか?さん…。



ひとりツッコミしつつ、着替えを済ませて。

本当はお化粧もしたいところだったけれど。

張り切りすぎな自分を見られたくなくて、そのまま外に出た。

この歳で人前でスッピンは犯罪だろ…とも思うけれど。

彼は残念ながら、見慣れてるんだよね…わたしのスッピン。

それもどうかと思うけど…。






■ ■ ■






「お店は?いいの?」


パタパタと彼のもとに駆け寄って、聞くと。

ゆったりとした動作で彼は煙草を消した。





「零一が行けって言うから、スタッフに任せてきたよ」



「は?零ちゃんが?なんで!?」



ますます意味がわからなくてキョトンとしていると。





「それ。前から気になってたんだけど。ちゃんさ。なんで零一のことは零ちゃんって呼ぶのに、俺のことは日向先輩なわけ?」



「はい?…あのわたしの質問に先に答えて欲しかったんだけど…」


何か唐突に妙なことを言い出す彼をついわたしは、訝しげに見てしまって。

けれど、ちっとも怯む様子なんてなくて、一瞬薄く笑うと。





「それはあとで話すよ。で、なんで?」



ジッとわたしの目を見据えて聞いてくる。



─────酔ってる…?まさか、ね。仕事中ほとんど飲まないし、それはないか…でも…。





「なんでって…。氷室先輩ってわたしが零ちゃんって呼ぶと、すっごく嫌な顔するのよ。

 その顔が見たくてつい…特に学校で呼んだ時なんて最高なのよね」



これは、ホントのこと。

でも、理由としては半分だけだけど。





「悪趣味だな…。でも、それは俺のことを日向先輩って呼ぶ理由にはなってないよね?」



─────うっ。鋭い…。けど、なんで急に…?





「ええと、あの。それは、名まえで呼んで欲しいと?しかも今更?」



「うん。…ダメ?」



「ぷっ…」



彼の上目遣いに思わず、噴き出してしまった。



─────かわいい!!かわいすぎるっっ!!



大きな身体といい歳して変なことを言い出す彼が、なんだか妙におかしくて、笑いが止まらなかった。





ちゃん、笑いすぎ。まあ、いいや。今日はさ。いくつかの質問と、お願いがあって来たんだよ。さっきのもその中のひとつだけどね」



「なに…?質問とお願いって…」



笑いすぎで乱れた呼吸を整えつつ、彼の方を見ると。

いつものちょっと軽すぎる雰囲気とは違って、少し瞳に影があるように見えた。




「質問だけど。明日…いや、もう今日かな。ヒマ?」



─────実は暇です。でも…誕生日なんだよ?知ってて聞くのってどうなの…?



どう答えていいものかと逡巡していると。




「そこでお願いなんだけど。予定があってもキャンセルしようよ」



─────はいっ!?なんなんですか、いったい…。





「俺にキミの時間、くれるよね?」



─────あの、それって…女の子誘ってる時みたいなんですけど…。





「そんな妙な言い方しなくても、どこか一緒に行って欲しいところがあるならつき合うけど?」



うっかり変な期待をしそうになって、後で笑われたくなかったし、できるだけ平静を装った。

彼もわたしと同じで、人をからかって面白がる悪い癖があるってわかってるから。





「妙な言い方、か…。まあ、そう思われても仕方ないのかな」



彼は自嘲気味に笑うと、ポケットから煙草を取り出して。

火を付けてから深呼吸するように深く煙を吐いた。

そして、空いている方の手で、わたしの髪を掠めるように一瞬だけ触れた。





「実はさ。キミに秘密にしてたことがあるんだけど。聞いてくれる?」



「……っくしゅんっっ。あ、ゴメ…」



「寒い?」



「…少し。さっきお風呂入ったところだったから…。ねえ。話するなら、家でしない?」



「いいの?」



「いいの?って…よく零ちゃんと来てるじゃん。今更何言ってるの?今日、変だよ?」



どこか躊躇っている様子の彼を促して、わたしたちは部屋に入った。






■ ■ ■




「これ。プレゼント、その1」



ソファに座ると、どこに隠し持っていたのか、不意に彼は赤ワインのボトルをわたしに握らせた。



「キミはお祝いでも、ドンペリより、こっちだよね?」



手の中にあるのは、以前、わたしが好きだと言ったことがある銘柄のワインで。

彼の場合は仕事柄ということももちろんあるけれど、こういう小さなことを覚えてくれているのが妙に嬉しかったりする。





「うわ。バローロだ…ありがとう…えっと、飲む?」



「いや、今はやめとく。酒なしで話したいから」



いつになく真面目な表情で。

そう言えばさっき、秘密がどうとか言ってたけど…。

わたしは、もらったワインをスタンドに置いてから、彼の正面に座ってなんとなく居住まいを正した。





「そんな風に改まって聞くほどのことなのか微妙なんだけどさ…」



苦笑いを浮かべた彼は、自分の座っているソファの隣をポンポンと叩く。





「こっち、座ってよ。その方が落ち着くし」



促されるままに、わたしは彼の隣に座った。

少し前屈みになって、長い脚の膝の辺りで手を組んだ彼は、わたしの方は見ないまま、ポツリ、ポツリと話し始めた。





「実はさ。このまま言わないでいようかとも思ったんだけど、それもどうよ?って思ってね。

 ちゃん、もし俺が、ずっとキミのこと好きだったって言ったら、驚く?」



─────な、なに!?今、好きって言った!?は!?普通驚くでしょ、マジで…。





「あ。驚いてるし。いや、好きだったって言うか、今も好きなんだけどさ。キミ…思い切って次、俺にしてみない?」



─────はあ!?なんなんですか、それ。



そんな、昨日は中華だったから今日は和食にしましょうみたいなノリで、

そういうこと言わないで欲しいんですけど…。





「何、言ってるの?おかしいよ、急にそんなの。だって、日向先輩、つき合ってる人いるでしょ?」



「いや?特にいないよ?」



─────特にいないって何よ、特にって!!



だいたい、いつだって女の人の影が絶えなくて、こっちはそれがきっかけでようやく最近

自分の気持ちに気づいたっていうのに、いったいなんなわけ?





「……疑ってる?まあ、信用ないかもね。キミには変なところ結構見られてるし。

 でもさ。俺は俺で、いろいろあるんだよね。本気で好きな相手が全く自分に興味がなかったらさ。

 誰だって寂しくなったりするだろ?いや、別にそういう行動を正当化するつもりはないよ。

 ただ、そろそろいい加減にしないと本気でヤバイかな、って思ってさ」





「ヤバイって何が…?」



質問する場所はそこじゃないような気もしたけど…。



─────本気で好きな相手って、この場合、わたしのこと…?マジですか…?



いや、そんなはずは…。


混乱するわたしを他所に彼は先を続ける。





「今日、ちゃん、来なかっただろ?また、誰かに持ってかれるのかと思ったら、流石にね。

 いつまでもいい友達のフリしてるのもどうかと思ったってわけ。

 ここは何を差し置いても今日って日を、俺のために空けてもらうべきだろうな、なんてね。

 零一からとんでもないことも言われちゃったしね」



「…何?とんでもないことって」



「本物の王子になった高校生に持ってかれるようなことになっても、俺は慰めてやらないってさ」



「はあっ!?何、それ」



本物の王子って、珪くんのこと、だよね…。そっか。そう言えばふたりとも、チビだった珪くん、知ってるんだっけ。

でも、そんなことあるわけないのに…。まったくあのクソロボ。意味不明なことを…。

自分の色恋に関しては不思議生命体レベルのくせして、こんな時ばっかりなんなのよ。





「それに、本当にそんなことになったら、何人の女の子傷つけたら気が済むか、ちょっとわからないしね。

 そんなわけで、自分に不実でいるのも、自虐的なのもやめることにしたんだよ。

 簡単に言うと方針変更ってわけ。キミ、今日誕生日だよね?」



「そうだけど…」



不意に彼はわたしの方を向いて。


ふわりと伸ばした腕で、緩くわたしをその胸に抱き込むと、耳元で。





ちゃんもさ。生まれ変わったと思って、今日から俺のこと好きになってよ」



少し掠れた、やけに色っぽい声で囁いた。



─────あの…これは素直に喜んでもいい、展開なんでしょうか…?



自分の身に起きていることが今ひとつ信じられないし、

だいたい彼の理屈も良くわからないし。

それに…嘘かもしれないし。…ってなんのために…?



彼は、身体を少し離すと、わたしの両手の指を包み込むように優しく握って。





「無理、かな?」



覗き込むように聞いてくる表情は、少し不安げで。



─────ふーん、こんな顔もするんだ、初めて見たかも…。



そんなことを考えながら。




「なんだか、今日の日向先輩って。いつもと違う人みたいね」



つい、はぐらかすような返事をすると。



「そりゃ、ね。秘密バラしたんだし?で。どうなの?」



有無を言わせない雰囲気で。

ジッと目を見つめられて。

どんな言葉を選べばいいのかもわからなくて。

どうしたら、想いを伝えられるのかもわからなくて。





「頼まれなくても、普通に好きだけど?」


これ以上どう言えばいいのかわからなくて、精一杯言ったつもりだった。

でも。





「いや、そういう好きじゃなくてさ。友人として嫌われてないことぐらい知ってるから。そうじゃなくて…って、そこまで言わせるなよ」



なぜか彼は苦笑いで。

上手く伝わらなかったことに気づいて。

また、考えたけれど。結局思いつかなくて。





「だから、そういう好きじゃなくて、ちゃんと普通に好きなの!!」



思わず叫ぶように言ってしまって、恥ずかしすぎて思い切り凹んでしまった。


そんなわたしの頭に彼はポンポンと手を置いて。





「よく、できました」



ひと言だけ言ってにやりと笑うと、本当に軽く一瞬だけ。



掠めるようにその唇でわたしの唇に、触れた。



知り合って10年。

初めてのキスは。

照れくさすぎて、本気で顔から火が出そうだった。



彼はわたしをまた腕の中に閉じ込めて。





「もうひとつ、秘密、教えてあげるよ」



笑みを含んだ声で、耳元で囁いた。





「本当はさ。キミが俺のこと好きだって、知ってたんだよね」



─────はいっっ!?



思わず彼の胸に腕を突っ張って押しのけようとすると。

いつもの意地悪い笑みを浮かべていて。



─────じゃあ、なんで好きになってとか言うわけ?



抗議しようと口を開きかけたわたしを簡単に阻止して。




「回りくどいことしやがってって、もしかして思ってる?

 プレゼント、その2ってとこかな。ちょっとドキドキして、楽しくなかった?

 だって、キミさ。いつも自信満々なヤツがちょっと不安げだったりすると、グッときちゃったりするだろ?」



変だ…。この人、絶対変だ…。





「それとね?俺としてはこのままコツンって押し倒しちゃっても全然構わないんだけどさ。

 別の場所にプレゼントその3があるから、今から移動しない?」



なんだかわけがわからなくて、わたしはただ、呆然とするしかなかった。

好きって言えなくて、悩んでたわたしって…もしかしてただのバカ…?


だって、バレてたんだよね?そうなんだよね?


はぁ…。


最早ため息しか出なくて。

返事をする気力さえ失っていた。





「今日のの時間、俺、もらっていいんだよね?」



いつもと違う呼び方をされて、ふと彼を見ると。

この上なく優しく目を細めていて。

その笑顔はちっとも意地悪じゃなくて。



─────ああ、やっぱり勝てないや…。


そんなふうに思っていると、彼の唇がまた、わたしのそれに重なった。

今度は。

触れるだけじゃなくて、確かめるように深く─────。





■ ■ ■





「ところで、はさ。俺のどこが好きなの?」



「はぁ?何、頭悪そうなこと聞いちゃってるの?」



「ちょっと知りたいな、って思って。どこ?」



「…………………歯並び…?」



「……………歯並びって。しかも疑問形だし」



ホントはね。意地悪な笑った顔も優しい笑顔も。

全部好きなんだけど。

ムカツクから絶対教えてあげないんだからね。

名まえだって、絶対呼んであげないんだから!!









end






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自己満足、誕生日創作第1弾は、日向千尋から(笑)

なぜそこから行くと、どなたかこの馬鹿を止めてくださいませ(笑)

ええと、今回は主人公がマスタを好きで、思いを伝えられなくて悶々としているという、

世間ではとってもありがちなのに、今まで1度も書いたことのないパターンにしてみました。

基本的にキャラ→主人公または、すでにラブいカンジかどちらかしか書かないので、

少々戸惑いましたです。誕生日ですし、悲恋にする気は毛頭なかったものですから(笑)

先が予想できる展開を、いかにして誤魔化すか…それが全てでございましたですよ(笑)

いやはや、ホントに申し訳ない。つーか、益田義人という名まえを使わない時点で、すでに

ヤツはオリキャラだから、どんなヤツでもいいだろうと、少々開き直ってしまいました。

なので、ヤツにおかしな台詞を吐かせることに、特に重点を置いてみました。だから長いのか(笑)

他所様のマスタは。ホントにもう、カッコよくて、マジ惚れしますが。

ウチの千尋は軽薄で、ちょっとアホですね…(泣)

読んでくれたお嬢ちゃん。マジ、お疲れでした。

ちなみに背景のVespaは、マスタのっていうより、ローマの街中を駆け抜ける

オードリーとグレゴリーのイメージです(嘘)

 

 

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