「そんなこと聞いても、もう驚いてあげないんだからね」




ちょっとムッとした表情をわざと作って彼を睨むと。

一瞬驚いたようにその不思議な色の瞳を大きく見開いたけれど、

すぐに彼はいつもみたいに、「クッ…」と小さく笑った。







「…学習機能、ついてたんだな」






─────相変わらず失礼な人ね…。





べつに、誕生日だからといって。

どこへ行くわけでもなく、部屋で過ごしても良かったんだけれど、

彼の提案で、今は、とても印象的で大きな木の下にふたり並んでまったり。



この場所に来ると、落ち着くのに少し切ないような、不思議な気持ちになる。

たぶんそれは、ここがこれまでの彼との色々なことを思い出してしまう場所だから。



でも。

その、色々なことは今日のところはまた別の話─────













約束の地へ続く道。

I was born to love you














たった今、バレンタインやホワイトデーの時と同じような質問を彼にされたんだけど。

ちょっとは予想していたものの、実は結構驚いていた。

ホワイトデーの時。

過去を気にしすぎても意味がないって彼は言ってたから。

もしかして、もう聞かれないかもって、思ってた。





「過去は気にしないんじゃなかった?」


仕返しってほどでもないけれど、少しだけ笑みを含んで言うと。





「ああ、あれ、訂正な?ちゃんと理由あるから、今日は聞かせろよ」



わたしの意地悪い問い掛けになんて、全然動じることもなくて。

あっさり方針変更を認めちゃって、なんだか調子が狂う。




「理由って?」




「それは、の誕生日の思い出を聞いてから、だな。知りたいだろ?理由」



はあ……。

やっぱりそう来るんだ。

べつに彼に勝とうと思ってるわけじゃないけど、いつも負けっぱなしはやっぱり悔しい。






「理由聞かせてくれないんだったら、話したくない」



ちょっと子どもっぽいかと思いつつ、言いながら彼に背中を向けると。

後ろで小さく風が起きて。

ふわりとわたしを包み込んだ彼は、小さな飾りがついたわたしの耳朶を甘く噛んだ。




─────!!!!!//////////



動揺するわたしのことなんてまるで無視で。

後ろから緩く抱きしめたまま、ぷちっぷちっとわたしのブラウスのボタンを外していって、

ゆっくり手を差し入れる。





「あ///////あの…何してるの?ここ、外だよ?」





「ああ。いい天気だな」




─────いい天気だなって!!!それは貴方の脳ミソでは……?



そう思ってる間にも彼の手はさわさわと蠢いていて。




「わ、わかった!!言うから。お願いですからやめてください…」


結局わたしの負け。



誕生日の思い出と言えばまあ、そうなんだけど。

もう何年も前に、本当に不思議な体験をしたことがあって。

そのことを彼に話したことがなかったことを思い出して、外されたボタンを留めつつ、

当時の記憶を辿った。








■ ■ ■










バレンタインの時に話したこと、覚えてる?

うん。そう。先輩の話。

その約2週間後かな。先輩たちの卒業式だったんだけどね。

式も終わった帰り道、誰かの呼ぶ声が聞こえた気がして、学校に戻ったの。

敷地内に古い教会があって、そこから聞こえるような気がして。

それでね?その教会っていつもは扉が閉まったままなのに、なんとなく手を掛けたら、

簡単に開いたの。



ずっと入ってみたいって思ってたから、そのまま入ったのね。

けど、その瞬間に辺り一帯がなんだか不思議な空気に包まれてて。

教会の中のはずなのに、明らかに外でしかも夜って雰囲気だったの。

それも、見たこともない森っていうか、山っていうか。



それでね?目の前に、ちょっとその着物、前がはだけすぎてやしませんか?

鎖骨見えちゃってますけど…みたいな、もう、男の人にしては綺麗過ぎるほど綺麗なんだけど、

不思議なほどに「男!!!」ってカンジの大人な雰囲気の人がいてね?

その人の周りだけぼわ〜って光ってて…



あ。何?そのふ〜〜んって顔は。

この話、興味ない?だったらやめるけど……。



ああああっっ。もうっっ。せっかく留めたのにまたボタン外さないでよっっ!!

ちゃんと話すからっっ!!



でね?その人、しばらく不思議そうにわたしのこと眺めてたんだけど。

ふわりってカンジに微笑んで。




「君の助けになるかもしれない人物がいる場所を知っているのだけれど。

 私についてきてはくれまいか」



とか言って。「くれまいか」ってなによ!!「まいか」って!!

そんな言葉使う人初めて見たし、そもそも着ているものも時代劇か?って雰囲気だったし。

怪しさ満載だったんだけどね?

ここ、どこ…?貴方、誰…?って思った瞬間急に眩暈がしてそこで記憶が途切れちゃったの。

あ。時代劇ってわかる?って言うか、わかんないって言われても説明できないけど。




それで、次に気づいた時は、今度はもっととんでもないことになってて。

確かわたし、先輩達の卒業式の帰りで制服を着ていたはずなのに、

なんだか奇妙な着物みたいなものを着せられてて。

誰かのお屋敷…そう。家って言うより屋敷なのよ。そういう所にいて。

しかも周りにたくさんの人がいて、みんなテレビの時代劇とかでしか見たことないような、

不思議な格好でね?どこかの撮影所みたいな雰囲気だったの。





で、なんだかわけがわからなくてボーっとしてたら。

そこにいた数人の人たちが代わる代わる説明してくれたんだけど、

どうやらわたし、時空を越えちゃったらしくて。

わたしが高校に通ってた時代よりも遥か昔の京って場所に、いるらしいってことがわかったの。

全然信じられなくて、この人たちおかしいんじゃないの?とか思ってたんだけど。

説明してくれた中の天真くんっていう、わたしと年の近い男の子がね?

やっぱりわたしと同じように時空を越えてわたしより少し前にここに来たって話してくれて。

信じられないなら、自分の目で確かめろって、外に連れ出されたの。


天真くんと一緒にいろんな所を見て回ったんだけど。

何年か前に行った京都って場所で見た覚えのあるような地名とか、お寺とかがあったりして。

けど、街の雰囲気は、わたしが知ってる京都とは全然違ってて。

車も走ってないし、街を歩いてる人たちはわたしの時代の人たちの服装とは明らかに違ってて。

歩けば歩くほど、もう、みんなの話を信じるしかなくて。

どうしてそんなことになっちゃったのかわからなかったけど、仕方ないから認めることにしたのね?



わたしや天真くんの他に、あかねちゃんって女の子と詩紋くんって男の子がやっぱり

時空を越えてその場所にいたんだけど。

あかねちゃんは龍神の神子とかいうよくわからない役目に選ばれちゃったらしくて、

京を支配しようとしている鬼と戦わなければいけなくて。

八葉っていう人たちの助けを借りながら、怨霊と戦ったりしてたの。

みんなすっごく強いんだよ。

さっき言った天真くんと詩紋くんも、その八葉のメンバーなの。

あ。それと最初に出逢ったフェロモン出しまくりの人も、八葉のひとりで、友雅さんっていって、

少将とか呼ばれてたりして、ちょっと偉い人みたいだったよ。

八葉って言うだけに、8人いるんだけどね?


あ。なんか前置き長くなっちゃったよね。

ここからが本題なんだけど。……もう、飽きた?

大丈夫?




それでね?あかねちゃんは毎日怨霊退治とかが忙しいわけじゃない?

わたしも初めの何日かは、見るもの全部が目新しくて、時間が空いている八葉の誰かに

いろんなところに連れて行ってもらったりして、旅行気分でウキウキしてたんだけどね。

やっぱり怨霊のこととかもあって、ひとりで外には出してもらえなくって。

でもだからって、誰かに護衛を自分から頼むわけにもいかなくて。

あかねちゃんなら話は別だけど、わたしは龍神の神子でもないし、だいたいなんのために

そこに辿り着いたのかもさっぱりわからない状態だったし。


そのあかねちゃん達がお世話になってるお屋敷に、一緒に置いてもらってるだけでも

ありがたい状況だよね?なのにあかねちゃんはもちろん、特に八葉の人たちは

本当にわたしに良くしてくれて。いつも気に掛けてくれて。

時々退屈していないか、様子見に来てくれる人とかもいてね?

なんだか申し訳なくて、どこかに行きたいとかそういうワガママとか、益々言えない雰囲気で。

だから、女房さん達のお仕事を手伝ったり、暇な時は武家団の人たちの稽古を眺めたりして

過ごしてたの。

あ。女房さんとか武家団とかってわかる?

ええと、そうだな…。女房さんはメイドさんみたいな感じかなあ。で、武家団っていうのは…。

そうそう。昔、謎の美剣士?だった頃のあなたみたいに戦うのがお仕事の人たち、かな?

とか言ってわたしも良くわかんないんだ、実は。

だって、わたしがいた世界ではどっちも馴染みのない職業だったし。



それでね?時空を越えてから2ヶ月ぐらい経って、その日がわたしの誕生日だったんだけど。

みんなに迷惑掛けないようにって、そんなことばっかり考えて過ごしてたから、

その頃にはホームシックも絶好調になっちゃって。


元の時代に帰りたくて、寂しくて。

ひとりで外に出るのはダメだって言われてたんだけど、内緒でコッソリ出掛けちゃったのね。

神泉苑って場所に。



どうも、そのあかねちゃん達が戦ってる、鬼の首領を倒すと、そこから元に時代に

帰れるらしいって聞いたことがあったの。その時そこに行ったからって帰れるわけじゃないって

わかってはいたんだけど。



どの辺りに元の時代への扉が開かれるんだろうって、ぼんやり何時間もその場所にいて。


お父さんやお母さんのこととか、友達のこととか思い出したら、もう、涙が止まらなくて。

たぶん、それまでの十数年の人生で、あの時がいちばん泣いた時じゃないかな。


このままみんなに逢えないって思ったら、不安で仕方なかったの。



もう、これ以上涙なんて出ないってぐらい泣いて。


地面に座り込んだまま、身体中が痛くなるぐらいに泣いて…。



どのくらいそうしてたのか、覚えてないけど。

不意に背後で『くすっ』って笑うような声が聞こえた気がして振り返ったら、

友雅さんがいたのね?





「姫君は月に帰りたいのかい?」



なんてからかうように言われて。

なんだか子どもだからって馬鹿にされたような気がして、ちょっと悔しかったの。

だから、





「べつに全然平気ですっっ!!」



って、それだけ言って、もう、この人はいないものとしようって、無視を決め込んだの。

そしたら、また友雅さんは笑って。




「大丈夫。わかっているよ?今日は特別な日だからね」


そう言って、泣きすぎでクタクタで、立てなくなってるわたしを、ふわって抱き上げてね?

スタスタと歩き始めたの。

なんで?なんで?って言うか、どこ行くの?ってもう、頭の中「?」でいっぱいだったんだけど。





「誕生日というのは、その人が生まれたことに感謝をする日だからね。

 姫君が生まれたことに感謝している人間が、この京に、私の他にも大勢いるということを、

 君は少し知ったほうがいいかもしれないね」



友雅さんは歩きながらそんなことを言って。

その他にも何か言ってたみたいだったけど、わたし、泣き疲れてそのまま眠っちゃったの。


で、友雅さんに起こされて目を開けたら、いつの間にかお屋敷に着いてて。

しかも、大勢の人たちが集まってて、宴って雰囲気の用意がされててね?


、おせーよっ!!」


って、天真くんの声を合図みたいにして、たぶん、あかねちゃんや詩紋くんがみんなに

教えたんだと思うんだけど、ハッピーバースデイの歌をみんなが歌ってくれて。



ケーキなんてもちろんないんだけど、美味しいお料理と、お菓子作りが趣味だっていう

詩紋くんが作ってくれた和菓子とか、あとお酒とかもいっぱいあってね?

未成年だから飲んだらいけないはずなんだけど、そういうの、関係ない時代だしってことで、

みんなでいっぱいお酒飲んで、いっぱい酔っ払って。

すっごく賑やかな誕生日だったんだ。



本当はまだ生まれてないはずの時代で、自分の誕生日をみんなが祝ってくれてるって、

ものすごく不思議って言うか、妙な感じがしたけど。


その時ね。

この人たちは、どこから来たかもよくわからない、得体の知れないわたしのことを

こんな風に祝ってくれて。わたしを本当に幸せな気持ちにさせてくれて。

優しい人たちなんだな…って、また泣きそうになっちゃって。

しかもなんだか、みんながとっても嬉しそうに見えたのね?


なんだろうって思ったんだけど。



「気づいていないようだから、姫君にそろそろ教えてあげようか?」


とか友雅さんが言い始めて。

それでまたみんなが楽しげに笑ってて。

そしたらね?天真くんが。


「俺たち八葉はあかねを助ける存在だって知ってるだろ?は、その八葉を助ける存在なんだ。

 そのために、おまえは京に来たんだぜ?」

って。

なんだか意味がわからなくて…て言うか、実際何もできてないし、どう助ければ?

とか思ってたら。


「笑っててくれればいいんだ。その笑顔が、疲れを癒してくれて、また戦うための力になるんだぜ?

 理由はわかんねえけど。俺だけじゃない。みんながそうなんだ」


そんな風に続けて言われて。

それでも良くわからなかったし、そんなのアリ?って思ったけど。

ちゃんとここにいる意味があるってことなら、それまでのわたしじゃダメだなって。

みんなの気持ちに応えたいなって凄く思ったの。

わたしにできることなんて、なんにもないけど。

せめて、頑張ってるみんなを少しでも癒せるような

そんな人になりたいなって強く思ったの。


辛くても、寂しくても、とにかく笑っていようって。

笑顔でいられれば、この優しい人たちに心配掛けたりもしないですむって。



もしも長い間、元の世界に戻れなかったとしても、頑張れる。

きっと楽しくやっていけるって、思ったんだ。




あなたがひょっとして聞きたかったかもしれないような、色っぽい話じゃないけど、

素敵な人たちに囲まれて、涙が出るほど優しい気持ちになれるような、

ホントに、素敵な誕生日だったんだよ?







■ ■ ■






「で?その後、どうなったんだ?」



長い思い出話を終えて、ホッとひと息ついているわたしを彼はグイっと軽く引っ張って。

大きな木に凭れて座っている自分の、投げ出した脚の間にわたしを座らせる。





「どうなったって…。ええと、そこから更に1ヶ月と少しぐらい経って、戦いが終わって、

 ちゃんと元の世界に帰ったよ。……みんなと仲良くなりすぎちゃってたから、すごく寂しかったけど」



「……そうか」


彼はそれだけ言うと、軽くわたしの頭に手を添えて、自分の胸に押し付けた。




「ねえ。そんなことより。理由。理由あるって言うから話したんだよ?ちゃんと言ってよ」



ふと思い出して。

彼の胸に手を突っ張って抗議すると。



「クッ…。そういうことはきっちり覚えてんだな。普段、笑えるほどドンクサイくせに」



可笑しそうに笑った上にだいぶ失礼なことを言ってから、

彼はまた、わたしを腕の中に閉じ込める。




「考えたんだよ。、誕生日だろ?今日。

 人が生まれて。いろんなヤツと出逢って。そういうことを色々と、な?」



穏やかで規則的な彼の鼓動を聞きながら。



「ん…」


相槌としては微妙なほど小さな声で返事をすると。




「おい。自分で聞いといて、寝るなよ?」


乱暴な言葉なのに、優しい声が頭の上から降ってきて。

見えなくても彼が今、穏やかに微笑んでいるのがわかる。

起きてるよって意思表示に、わたしを抱きしめる彼の腕に、自分の手を重ねた。



「俺がおまえと出逢うまでの間にいた、闇としか言えないような場所も。そこで起きたことも全部。

 に……辿り着くための通るべき道だったんじゃないかとか、な?

 忘れたい過去とか、思い出したくもないような出来事なんてのも、どれかひとつが欠けただけで、

 もしかしたらおまえに逢えなかったかもしれないとか。

 なあ……笑うなよ?珍しく真面目に話してんだぜ?」



笑ったりしないけど。なんだか凄いことを言われてるような気がして。

どう応えていいかもわからなかったから、とりあえず重ねた手に少しだけ力を込めた。



「偶然起きたように思えることなんかも、全部繋がってるんじゃないかとか、そんなこと考えてな?

 過去を気にしすぎても意味がないなんて、言ったかもしれないけど。

 気にしてるってのとは違う。

 が通った道も、俺に辿り着くための道であってほしいとか、単純に、願望だな。

 それがどんな道だったのか知りたいって……変か?俺」



変か?とか聞かれても。

そう思う彼が変なんじゃなくて、そんなことを饒舌に語る今の彼は、

いつもと違ってて十分変だと思ったけど。


わたしが通った道も、彼に辿り着くために全て必要だった道なら、どんな辛い思い出も、

悲しい過去も、もう、忘れたいなんて思わずに、愛せるかもしれない…と思った。


でも。

過去のどれかひとつが欠けたとしても。

わたしは彼に逢えなかったかもしれないなんて、思わない。

別の道を通ってきたとしても、きっと逢えたって、そう思う。


ただ、それを言うのは照れくさかったから、彼の問い掛けには応えずにいたら。




「なんだよ…。やっぱり寝ちまったのか?まだ、話は終わりじゃないぜ?」


彼は小さく笑って、わたしの髪を優しく撫でて。

頭のてっぺんにチュッっと軽く口付けた。





「これからは同じ道を歩くんだ。……ちゃんと、ついて来いよ?」




その言葉と一緒にわたしの左手の薬指には、小さな石がついた約束の印が通された。





実は、起きてたって知ったら、彼、怒るかな……。



end




────────────────────────────────────

誕生日創作第4弾。アリ●スでございました(苦笑)

いやはや。伏せ字な上に文中に名まえを今まで出さずに本当に良かったです。

誰だかさっぱりわかりません(笑)オリキャラか?これは。日向千尋みたいな(笑)まあ、そういうことにしておきましょう。

ベタベタなタイトル及び、サブタイトルがくっついておりますが、一応それが今回のテーマのつもりでございます(汗)

更に言うと、愛してるとか好きだとか、そういった言葉を文中に出さないというのも、

裏テーマとして意味なく存在していたりします。

これは、アリ●ス3部作(だから、呼び方おかしいって)共通設定ですが、

ホントに何の意味があるのか、さっぱりわかりません。

そんなわけで(どんなわけでだよ)読んでくださったお嬢ちゃん。愛してますですよーーーーーーvv


 

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