子どもなわたし。 「ふぅ………」 さっきから、何度目のため息だろう。 来週の授業で使う教材を用意したり、小テストを作ったり。 教師って学校以外でもやることが意外と多い。 土曜日の夜なのに……。 少し休憩しようかな……。 煙草を口にくわえたまま窓を開けると、音も無く静かに雨が降っていた。 ─────あ。しまった、洗濯物、干したままだったんだ。 慌てて煙草を消して、ベランダに出て。 バサバサと干してあったものを抱えながら、何気なく道路に視線を落とした時、 目にした光景に、両手に抱えた洗濯物を落としそうになった。 「け……珪くん?」 いつからそこに立っていたのか、三階のこの部屋から見ても、雨に濡れているのがわかる。 わたしは持っていた服をソファに放り投げて、タオルと傘を掴んで、彼のいる場所へ急いだ。 近くまで行くと、もう、これでもかってくらい、全身ずぶ濡れで、 なんだか捨てられた仔猫みたいだった。 「ど、どう、ケホっ…し、たの?コホっ」 焦って走ってきた所為かうまく喋れないでいると。 「……大丈夫か、」 心配そうな顔、してる。 ─────はぁ……。 ため息をつきながら、押し付けるように傘を持たせて、 持ってきたタオルで彼の頭を乱暴に拭いた。 「もうっっ。それ、こっちの台詞でしょ?何してんのよ!あああ。こんなんじゃ全然足りないよ。家、入って」 苛々して彼の腕を引っ張ると。 「……いいのか?」 はい……?そんな場合じゃないでしょうが! この人って、のんびりって言うか、マイペースって言うか……。 返事なんかしないまま部屋まで連れて行って、強引にバスルームに押し込んだ。 「タオルと着替え、用意しておくから。とにかくシャワー!」 半ば怒鳴るような感じで言い捨てて、わたしはその場を離れた。 苛々しつつ、新しい煙草に火を付けると、バスルームからシャワーの音が聞こえてきた。 もうっっ。なんだって言うのよ。 こんな時間に傘も差さないであんな所で。 ──────ってわたしに、用事だよね。間違いなく。 煙草を灰皿に押し付けて。 バスタオルと適当な着替えをバスルームに置いて、雨でずぶ濡れになった服を 洗濯機に放り込んだ。 こんなに重量感が増すほど濡れるって、どうかしてるよ……。 キッチンに入って。 サイフォンでコポコポと音を立てるコーヒーを見つめながら、 また、考える。 ちょうど一週間位前。 彼の、わたしに対する気持ちをはっきりと、聞いた。 知ってたんだけど、ね。ずっと前から。 自分の気持ちにも、かなり前に気づいてた。でも、わたしは一応教師だし、 どう考えても不自然だから、彼のことは諦めよう。 そう思ってた。 だけど。 なんだかあんまり上手く断れなくて、気持ち、バレてた。 『おまえ……俺のこと、好き、だろ?……どうしたらいいのか、ちゃんと考えろ』 妙に余裕な顔で、そんなこと言われたけど。 二つに一つでしょ? 諦めるか、内緒でつき合うか。 でも。結論なんか出なくて、この数日結果的に彼との接触を、避けるような形になってた。 考えを巡らせていると。 髪をふきながら彼がバスルームから出てきた。 /////こんなに、色っぽい高校生って、あり? コーヒーの入ったマグカップを手渡してから、彼をソファに促して。 わたしは正面に座って。 「なんで?」 もうちょっと、違う言い方すればいいのに。言ってから後悔したけど。 彼は特に気にしてる様子もなく、 「……わかってる、だろ?」 ジッとわたしの目を見据えて、あまり抑揚の無い声で言われた。 やっぱり、ね。 二者択一を迫りに来た……と言うよりは、彼の中では選択肢は一つしか無さそうにも見えるけど。 「いつから、いたの?」 なんとなく、話を逸らしたくて、聞くと。 「……知らない」 ちょっと拗ねたような表情で言う。 「でも、雨の中あんな所に立ってることないんじゃない?」 少し責めるような口調で言うと。 「傘、持ってない」 不機嫌そうにプイっと横を向く。 持ってないって……。そう言えば、差してるトコ見たことないけど。 「部屋まで来れば良かったじゃない」 わたしの言葉に、一瞬だけ視線を合わせてから俯いて。 「避けてた、だろ」 小さく呟いた。 やっぱり、わたしのせいなんだよね。 優柔不断な自分に、ため息が出る。 「ごめん……」 他に言うべき言葉が見つからなかった。何について謝ってるのかも 曖昧だったけど。 避けていたこと……答えが出せないこと……。 でも。何を言えば、いい? わからなくて下を向いて、膝の上で両手の中にあるマグカップを、意味もなく強く握り締めた。 「俺は……おまえのこと、困らせてるのか?」 そうじゃない。べつに彼の所為じゃないけど。 自分の気持ちもわかってるし、彼の気持ちが本当は嬉しくてたまらないのに、 置かれている状況が気になって、どうにもできないだけ。 困っているのは、決められない自分に、だった。 「俺のこと、迷惑か?」 聞こえた言葉に思わず顔を上げると。 彼の瞳は、それまでに見たこともないほど、切なげに、寂しげに揺れていて。 一週間ほど前の彼とは、まるで別人だった。 あの時は。 わたしの気持ちなんて、見透かしていて。もっと自信に満ちた目をしてたのに。 彼のことが迷惑だなんて、あるはずがなくて。 迷惑なのは、この期に及んでも、迷うばかりでどうにもできない自分。 ─────もう、決めるしか、ない? 立場と気持ち。どちらを選ぶのか。 ─────もう……いいよね? だって、わたし。彼のこんな表情、耐えられそうにない。 「結論でなかったけど、今、決めたよ」 わたしの言葉に、一瞬彼の視線が泳いだ。 「もう、さっきみたいな珪くん、見たくないから」 そこまで言うと。 彼は目を見開いたまま、固まってしまった。 なんだか、かわいいな、とか、やっぱりわたし、この人のこと、好きだなとか。 そんなこと考えて、自然と笑顔になってしまう。 「……それって」 搾り出すように、漸く彼が言う。 わたしは、テーブルに、マグを置いて立ち上がり、彼の隣に座って 翡翠色の瞳を見つめた。 「立場より、珪くんが、大事」 言うと、コトって音がしてわたしの左肩に彼の頭が落ちてきた。 「おまえ……それ、俺、死ぬ」 耳元で囁かれた言葉に、わたしの方が死にそうだった。 その時。 バスルームから電子音が聞こえて、ソファから立ち上がろうとした瞬間、 腕を掴まれて体制を崩したわたしは、そのまま彼の腕に後ろから抱きこまれていた。 「け、珪くん?あの……離して?」 言葉に意味なんかなくて。しかも逆効果で。 余計に強く抱きしめられてしまった。 「嫌だ。離したら、、いなくなるから」 いなくなるって……。自分の家でいなくなれないと思うんだけど。 「珪くんの服を、ね?」 言ってみたけれど、やっぱり無駄で。彼はわたしの身体を、ゆっくり反転させて。 「俺に……我慢させるの、趣味か?」 なにか良くわからないことを言ったかと思うと。 瞬間、わたしの唇は、彼のそれに自由を奪われていた。 ─────わたし、大丈夫かな……。もしかして、とんでもない選択、しちゃった? +--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+ 王子にこれを言わせたい、という台詞のためだけに、 やっちまいました。 ああああ。でも、ここで使うべきじゃなかったかも……。 ま。いいか(笑)。たいした台詞でもないし。 描写苦手だし……(苦笑)。 まどかの、「境界と策略。」に酷似したシチュで、王子バージョンを、 主人公サイドでということで。 ちと、ひねったフリをしてみました。 相変わらず、鼻クソですが、ご容赦を。
|