「……ダメ?」





「アカン。ダメなもんはダメ、や」





「……どうしても?」





「うっ…上目遣い禁止っ!ぜーーーったいにダメや。」

 

 

 

 

 

 

 

Wherever you are

 

 

 

 

 

 

 

 





バイト帰りにわたしの部屋に時々遊びに来る彼は。

世間で言うところの、わたしの恋人ってことになるんだけど。


表の顔は同じ学校の、わたしは教師で彼は生徒。


だから。


ちょっと寂しいけど、あんまり一緒に出掛けたりとかはできなくて。

たとえば、近所のコンビニでさえも、ふたりで一緒に行くなんてことは、まず、ない。


まだつき合っていなかった頃は、結構一緒に遊んだりしてたのに、

人って、後ろめたいことがあると不必要に慎重になるから、ホントに不思議。





けれど。

1週間後にわたしの誕生日を控えたその日の夜。

『1回ぐらい大丈夫よ』とわがままを言って、ちょっとだけ変装してコンビニに出掛けた帰り道。

一緒に並んで歩けるのが嬉しくて、わたしは子どもみたいに、彼の周りを

グルグル回りながら1週間後のその日について、あれこれと話してた。





「もっと他んトコ、なんかあるやろ?」



「だってー。今度の『コナン』は平次が主役なんだよ?黒くて関西だよ?行かなきゃだよ!!」



「黒くて関西やったら目の前に極上のええ男が居るやん。な?オレで我慢しとき?」



「やですーー。行くんですーー」



「けど、『コナン』やったら、何もその日やな…っっ!!!っっ!!!」





くだらなすぎな言い合いの最中に、わたしは周囲を全く確認しないまま車道にはみ出してしまっていて。

力任せに彼に腕を引っ張られて、そのまま歩道にバタっと手をついて派手に転んでしまった。





「っ…いたたっ…まどか、ゴメンね?……っ!!えっ!?まどかっ!?」



わたしを引っ張ったはずの彼は、なぜか車道の端に横向きに倒れていて。

少し離れた所に1台の軽自動車が止まっていた。


転んだ瞬間、もの凄いブレーキ音の後に何かがぶつかるような鈍い音が聞こえた気がしたけど…。



嘘……事故……?





「まどか!!ねえ、まどか!?大丈夫?ゴメンね…わたしが飛び出したりしたから…」



焦って縺れる足を引き摺りながら彼の傍に駆け寄って。

涙目になって彼を呼ぶと。

むくりと上半身だけを起こして。





……怪我、してへんか?」



自分は車にぶつかられてるのに、とんでもないことを言う彼に驚いて、

涙腺が故障したみたいに大粒の涙がボロボロと零れた。





「どっか、痛いんか?」



小さな子どもに、よし、よし、ってするように、わたしの頭に手を置いて覗き込んでくる彼の表情は、本当に優しくて。

切れ長の目を細めた、わたしの大好きないつもの笑顔で。





「ごめ……ふぇっ…ごめん、なさいっっ……っっ」


わたしは涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになりながら、それだけ言うのが精一杯だった。







「オレは大丈夫やか…」



「あのっ…」



彼が何か言いかけたその時。

車を運転していたらしき男性が駆け寄ってきた。





「すみません!大丈夫ですか?今、救急車と警察、呼んでもらってますから」



その人の言葉に。





「あー。けど、血ぃもほとんど出てへんし…」



言いかけて立ち上がろうとした彼は、ふにゃりとその場にへたり込んだ。







「あれ…?アカン。足、折れとるかもしれん…」





─────ええええーーーーーーっっっ!?








■ ■ ■







結局。

救急車で病院に運ばれた彼は…って、もちろんわたしも付き添ったんだけど。

右足をキレイに骨折してて。お医者さんの話だと、最低でも2週間は入院することになる

ということだった。

今夜付き添いをしたいというわたしの申し出は、あっさり事務的に断られて。

彼はひとり暮らしで、わたしも翌日は学校があるから、昼休みに彼の身の回りの

ものを持ってくる約束をして、わたしは病院を追い出された。



それからの毎日は。

本当は学校が終わったらすぐにでも彼のところに行きたかったんだけど。

早い時間はお見舞いの生徒達…特に女の子がやけに多くて。

担任でもないのに何度も顔を出すのも気まずいし、行きたいのになかなか行けなくて。

面会時間終了のギリギリに、彼と仲のいい鈴鹿君と一緒にコッソリお見舞いにいったりした。

そんな時間でも、しつこく残ってる女の子がいたりして、おまけになんだか、

看護婦さんまで妙なフェロモン撒き散らしてるように見えて。

10人の大部屋で彼の周りだけ迷惑なほど賑わっていて、ああ、彼ってやっぱり

モテるんだな〜なんて思いながら、最近寂しいな…とかボーっと考えてた。



思えば。今までこんなにも思うように逢えなかったことって、なかったかもしれない。

病院は携帯も使えないし、面会は8時までで、消灯は9時で。

逢えないからってメールはもちろん、夜、公衆電話で長電話することもできないし。

同じ学校の教師と生徒なんてバレたら最悪で、今まで嫌だと思ってたはずなのに、

毎日たくさん会えて、実は結構幸せなのかな?

なんておかしなことを思い始めるほど、彼が足りなくなっていた。



ひとりの夜が寂しすぎて、高校時代の先輩が経営するバーに飲みに行ってみたりして、

だいぶ凹み気味になった頃には、翌日がわたしの誕生日という日になっていた。




入院してそろそろ1週間になるから、初めの数日に比べたら遅くまで残っている女の子も

少なくなって、7時半過ぎにわたしが病院に到着した時には、

彼はひとりで、上半身を起こして、バイク雑誌を読みふけっているところだった。





「まどか、少し痩せた?」


ベッドの横にあるパイプ椅子に座って、彼をジッと見つめると。

不意に彼はベッド周りのカーテンを全部閉め切って。





「こっち、座り?」



そう言って、ベッドの自分が座っているすぐ隣辺りをトントンと人差し指で指し示した。

彼の顔が見えるように、少し身を捩って腰掛けた瞬間、ふわりと包み込まれるように

わたしは彼の腕の中にいた。





「なあ、。お願いがあるんやけど…」



わたしにしか聞こえないような小さな声で。

でも、それは甘えるような声じゃなくて、どこか怒ってるようにも聞こえて。

少し身体をずらして彼を見上げると、瞳が、切なげに揺れていた。

何も言わないで、視線で先を促すと。





「今夜、どこにも行かへんて、約束して?」



ジッとわたしを見据えて。

今度は怒ってるって言うより、少し悲しそうに呟いた。





「…でも、どこにもって言っても、ここにいることはできないけど…」



できることならわたしもそうしたかったけど、完全看護だし、個室じゃないし、

断られるに決まってる。どうしていいのかわからなくて思わず眉間に皺を寄せたら。

彼はしなやかな長い指でわたしの眉間をきゅっと押さえて、小さく笑った。





「どこにも、いうんは、ずっと家に居って…いう意味なんやけど」




「……え?」




「あー。あんな?煩い思わんと聞いて欲しいんやけど。今、こんなんやろ?オレ。

 もしが、寂しいとか思てくれてたとしても、なんもしてやれへん。

 けどな?電話した時にが家に居らんかったりしたら、なんや心配…言うか、

 オレが寂しい言うか…。せやから、今日は家に居って?」



えっとこれは…もしかして、昨日の夜のこととかを言ってるのかな。

あんまり寂しくて、先輩のお店に飲みに行っちゃったんだけど…。

でもその間携帯にそれらしき着信なんてなかったし、

家の電話にだけ掛けたってことなのかな…。留守電、入ってなかったけど…。





「…昨日のこと?」



見上げると彼は微妙に表情を曇らせた。

どうやら、わたしの想像は当たったらしい。





「携帯、鳴らしてくれれば良かったのに」



言うと、彼は、ふぅ…と小さくため息をついた。





「ホンマはな?そういう縛り方、したないねん。ガキ臭いし鬱陶しいやろ?

 にはの時間があって。それを尊重してやれるようなそういう人間でいたい、思うから、

 正直心配でおかしなりそうやったとしても、堪えよう思うねん。

 けどな?言うてることが矛盾しとるってわかってるんやけど。今日だけは頼み、聞いて欲しいんや。

 夜、どうしてもの声聞いてから眠りたい、言うか…。アカン?」



そんな言い方されて、わたしが断れるはずないのに。

わかってて言ってるとしたら、結構な策士だな…なんて思った。



縛られるのは、嫌い。


放っとかれるのも、嫌。


そういうわがままなわたしを、簡単に捕まえてしまうんだから、

ズルイとしか言いようが無い。

でも。本当はもうちょっと縛ってくれても、結構大丈夫なんだけど、ね。





「アカン、言うたら?」



わたしを優しく抱きしめる彼の腕を解いて。

その両手をそっと包んで。

ジッと目を見つめ、彼の言葉を真似て言うと。






「……泣くかもしれん…」



彼は酷い苦笑いを浮かべた。








■ ■ ■








面会時間はあっという間に終わってしまって。

今夜はどこにも出掛けないと、結局約束をして、わたしはひとり、

部屋で彼からの電話を待っていた。



きっと、乙女の心鷲掴みが趣味のような彼のことだから、

消灯時間もとっくに過ぎた真夜中の、日付けが変わる瞬間に、

『誕生日、おめでと〜さん』とか、電話してくるんだろうな、なんて想像しながら、

さっきからずっと時計とにらめっこ。




あと、7分、か…。



そう思った瞬間。不意にインターホンが鳴った。




うわっ。こんな時間に、何?怖すぎ…。



小さなモニターを恐る恐る見ると、そこに映っていたのは松葉杖をついた、彼本人だった。


嘘…。想像以上に鷲掴みな人ね…。

思わず苦笑いしつつ、彼を出迎えると。

額にびっしり汗をかいて、ちょっと息を切らせてて。





「間に合うたみたいやな。けど、松葉杖って案外体力使うんやなあ…」



暢気に呟きながら、背後に隠し持っていた抱えきれないほど大きな花束をわたしに押し付けた。


たくさんのカスミソウの中に埋もれるような数本の紫色のチューリップが

わたしの方を向いて、微笑んでいるように見えた。



まさか、花言葉なんて…知らない、よね?



なんだかどうしようもなく嬉しくて。

言葉なんて出てこなくて。

大きな花束を潰さないように、ほんの少しだけ気をつけながら、

わたしよりもずっと大きな身体の彼を、ぎゅっと抱きしめた。



今日病院で、『家に居って?』とか言ってた時からきっと、来るつもりでいたんだろうけど。

そういうところ隠す辺り、ちょっと狙いすぎな気もしなくもなかったけど。


でも。


わたしのことを、いっぱい、いっぱい考えてくれてるってことが痛いほどわかって、

単純に嬉しかった。





「なあ。感激の抱擁もええねんけど、オレ、汗でベタベタやから、嫌やろ?」



玄関の端の方に松葉杖を置いて、抱きしめる腕を解きながら彼はわたしの髪に触れた。





「大丈夫だけど…じゃあ、後で、お風呂手伝ってあげるね?」



「ホンマ?そりゃ、楽しみやけど…『コナン』、行かれへんようになってもうて、ゴメンな?」



「行く気なかったくせに…。でも、目の前の黒くて関西の極上のええ男?それで我慢するから、いいよ」



そう言って笑った瞬間に、彼の携帯のアラームが鳴った。

取り出した携帯には、わたしの誕生日の日付けと、00時00分と表示されていて。






。ありがとうな?」



彼は、ひとことだけ言って、笑った。





「な、なんで?」



普通、おめでとうだと思うんだけど…。





「オレより先に生まれて。オレのこと、ずっと待っててくれた。今日はそれが始まった日やろ?

 せやから、ありがとう、言うたんや」



そう言って、彼はわたしの唇に、自分のそれで、触れた。


唇が重なっている間。



そう言えば。


先生って字も。先に生まれるって書くけど。

なんだか、因果な話だな…なんて、ちょっとムード台無しのことを考えていたのは

彼には内緒。







■ ■ ■






───── その1時間前、『CANTALOUPE』にて ─────




「この時間に開いてる花屋?教えてあげてもいいけど、条件があるな」



「…条件、ですか」



「ああ。彼女を絶対泣かせたりしないこと、かな」



「それやったら、任せてください。約束できますよ?」



「へえ。やけに自信ありげだね。でも、君には最低2人はかなり強力なライバルがいるってこと、

 覚えておいたほうがいいかもね」



「2人、ですか?」



「そう。ひとりは、今君の目の前にいる男。もうひとりは、君も良く知ってる、不器用で生真面目な

 俺の友人、かな?」



「受けて立ちますよ?手強い相手やなかったら、勝負にもならへんし」



「言ってくれるね。いいよ。今日のところは君に協力してあげるよ」





─────まだ、諦めたわけじゃないけど、ね。







end






─────────────────────────────

お誕生日創作第2弾は、アンケート4位のまどかっぽい人でした。

いや、関西弁というか、まどか弁?壊滅的なんで、ぽい人ってことで許してくださいませ。

今回の基本設定は、『トラブルに見舞われて予定が狂った誕生日』でした。

いやでも、予定狂ったもなにも、決まってなかったじゃん…アレ?(笑)

でもね?どこにいてもどんな状態でも大丈夫って言いたかっただけなのv(甘えてもダメです)

シチュエーションよりも一緒にいられることが大事とか、ね?(同意を求めるなよ…)

ところで。まどかと言えばやはり紫のイメージ(髪も眉毛も紫だし)なのですが。

花言葉の『永遠の愛情』はどちらかと言うと王子っぽいような…?(笑)

最初はカスミソウだけだったんですよ。個人的好みと、『切なる願い』的イメージで。

でも、チューリップで無駄に甘さを追加してみました。効果のほどは知りませんがね。

しかも、そこ。柴咲的に結構どうでもいい描写だったりするし(笑)

クドイようですが、個人的にはカスミソウだけのほうが断然好きです(笑)

そんなことよりも。

なぜ、そこにマスタを出すよ。誰か俺を止めてくれ。たぶん止まらないけど。

読んでくださったお嬢ちゃん。またまたお疲れ様ですよーーー。


 

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