いつもと少し違う朝。

 

 

 

 

 

 

─────やけに静かな朝だな……。



通勤に利用している道路が妙に空いていたのも少し気になったけれど、

学校に到着してみて、あまりの静けさに思わず首を傾げた。





「おはよ〜ございまあす」



とりたてて誰に向かってのものでもない、ありきたりな挨拶と一緒に職員室の扉を開けると。




…………誰もいなかった。




─────わたしが、1番乗り?んな、アホな。



どちらかと言えば、遅刻ギリギリの気まずいムードを味わうことに、すっかり慣れすぎな

社会人としてそれはどうなのという状況なわたしが1番なんてあり得ない、と思いつつ

室内の時計に目をやって。



─────あれ?



自分の腕時計と見比べた。



─────1時間ズレてるし。はぁ…気づけよ、自分!!



まあ、わたしが間違って早く到着したのはいいとして、日頃無意味に早く来ているらしい

彼の姿が見えないことが気になった。

高校の2つ先輩で。

この学校の職員としても先輩で。

そして少し前からはもう1つ、わたしにとってのその人を意味する表現が増えた相手。

つまり、世間で言うところの彼氏にあたる、氷室零一という人。



─────ふふっ。零一さんより早く学校に来たのって、初めてかも。



この後、彼が来てから驚く顔を想像したら、なんだかおかしくて。

誰もいない早朝の職員室でひとり笑う女教師の図も、相当怖いとは思いつつ、

つい忍び笑いを止められずにいると、不意に室内の電話が鳴った。





「はい。はばたき学……」



受話器を取って、言うべきことのすべてを終わらないうちに、





「な……ゴホっ……ぜ?」



明らかに男性のもので、恐ろしくハスキーな声が苦しげに問い掛けてきた。



─────朝っぱらから間違い電話か…?



などと思いつつ。





「あの……?」



オズオズと促すと。





「わ……私は…はばた、ゲホっ、き学園に電話した…はず、だが」



ハスキーな声の持ち主は尚も苦しげに、困惑したように言う。



─────間違いではないのね……。





「はい〜。こちらは確かにはばたき学園ですよ。どういったご用件でしょうか?」



至って暢気な返事をすると。






「君は……私がわからないのか?



不意に名まえを呼ばれ、ハッとした。

声は明らかに別人だったけれど、この口調は間違いなく……。





「れ、零一さん?」




「そう、だ」




「ど、どうしたの?その声。風邪!?」




「ああ……。どうやらそのようだ。事務室の方に電話しても誰も出なかったので掛け直してみたのだが……ゲホっ。

 まさか、君が受けるとは…くくっ」





「ちょっ……な、何よ。その、最後の『くくっ』ってのは!」





「いや、ゲホっ…こんな時間に君がいるとは、珍しいこともあるものだ、と。くくくっ」



─────ちょっと笑いすぎじゃないでしょうか?





「すみませんねぇ。1時間まちがえたんですよっっ」



ふて腐れ気味に返事をするわたしに。





「それはまた、如何にも君らしい初歩的なミスだな」




電話越しでも彼が少し嬉しそうにしているのがわかった。

口の端でニヤリと笑いつつ、眼鏡が光る姿が目に浮かぶ。



─────イヤミっぽい……。イヤミっぽすぎるっっ!!



と思いつつも、そんなところも意外と嫌いではないわたしは、すでに病気なのでしょうか?

ここはひとつ怒ったフリでも……と。




「ムカツクんですけど。で?今日はお休みね?声のわりに元気そうで何よりですねぇ」


殊更イヤミ臭い返し方をしてみたら。




「ああ。不思議なものだな。君と話していると先ほどまでの苦しさが嘘のように…ゲホっゴホっゲホっ」




「ちょ…ちょっと。大丈夫?」




「不本意ながら、大丈夫ではないから電話、ゲホっ、をしたのだが」



─────うわっ。かわいくない言い方。けどそんなところも……ってやっぱり病気だわ、わたし。





「薬は?飲んだの?」





「いや。あいにく切らしていたらしい。しかしこんな早朝では……」





「わかった。待ってて?すぐ行くから」





「あ。待ちなさい。そういう意味では……」




彼の抗議の声を最後まで聞き終わらないうちに、わたしは受話器を置いた。

職員の連絡用ボードに彼が今日休みであることを記入して、保健室へ向かう。

保健医は不在で、軽く不法侵入と言うか空き巣?のような気分を味わいつつ

風邪薬を拝借して、わたしは駐車場に急いだ。









■ ■ ■









─────まさか、こんな形でこれを使うことになるなんて……。




途中適当な食材を仕入れつつ、到着した彼のマンションの扉の前で、

先日貰ったばかりの合鍵を見つめてしばし逡巡するも。

仮にも(?)病人なわけだし、インターホンを鳴らして出てこさせるわけにもいかず。





「零一さん?入るよ?」



彼が休んでいるであろう寝室まで聞こえるはずもないけれど、とりあえず控えめに声を掛けて中に入った。

買ってきたものはひとまずキッチンに置いて、寝室のドアを静かに開けると。

額に汗を浮かべ、苦しげに眉間に皺を寄せた彼が、ベッドの上に横たわったまま

激しく咳き込んでいるのが見えた。






「零一さん?」



小さく呼びかけてみたけれど、返事はなかった。



─────苦しそうだけど、眠ってるのかな……。



わたしはそのまま寝室を出て、キッチンの冷凍庫を確認。首尾良く(?)アイスノンを発見して

それをタオルで包んで、氷水をはった洗面器とタオルを手に、また彼のもとへ戻った。

濡らしたタオルで額に浮かんだ汗を拭き取っていると、彼がうっすらと目を開けた。





……どうして……?」



相変わらず酷い声で、苦しげに問い掛けられて。

あまりにもかわいそうで、見ているわたしのほうが、少し泣きそうな気分になった。





「喋らなくていいよ?大丈夫だから」



笑いかけると、彼は熱の所為か潤んだ瞳でわたしをジッと見て。

ゆったりした動作で手を上げたかと思うと、不意にわたしの腕は掴まれていて。

一瞬のうちにわたしは、倒れこむように彼の腕の中に、ぽすっと身体ごと包まれていた。





「れ///////零一さん?」



彼の上に乗せられたまま身動きもできずに視線だけ上げると。

うっとりするような視線を彼は投げかけてきて。



─────うわっ//////も、もしかして、寝ぼけてる……?



そう思ったのも束の間、ぐいっっと身体ごと引っ張られて、いつの間にか頭の後ろに

添えられた手で引き寄せられたわたしの唇は零一さんのそれと重ねられていた。

抵抗しても離してくれる気配なんてなくて、さらに口付けが深くなって逆効果だった。





うっかり、うっとりしそうになりながらも。



─────病人の癖に何してんのよっ!!



思い直して、彼の両頬をわりと力を入れてにゅーーーっと引っ張ると。





は……俺にこうされるのは、嫌なのか?」



─────うわあああん。今、俺って言った、俺ってっっ!!怖っ!!けど、カッコイイ(←バカ)

       しかも何か、愛おしげにジッと見てるんですけど、どうしろって言うんですか。マジで。

       勝てないっ。勝てないよ、わたしは。ああ、降参だよ、ちきしょーーー。



自分がしおしおと萎んでいくような妙な感覚を味わいつつ。




「……そうじゃないけど、風邪の時は大人しくしていただきたいな、と……」



弱々な抗議をすると。






「適度に汗をかいた方が、早く直るとは思わないか?」




不敵な笑みを浮かべて、彼はとんでもないことを口走った。



「……はあ!?あ、あの、それ今、手伝えないです。わたし学校あるし……あの、だから

 とりあえず、薬持ってきたしあと何か食べるものとかも用意するし、あの、ええと……」



うろたえて良く意味のわからない言い訳をすると、彼はにっこり微笑んだ。





「そうか。では、君が学校から帰るまで大人しく待っているとしよう」




─────あの。具合悪いって、嘘でしょ。零一さん……。






end

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たまには不憫でも変態でもない零一さんを書いてみたい、というのもあったのですが。

昨夜とある(笑)CDを聞いておりまして。

モリモリ→エルエル→零一さん、という脳内変換が。

そんなわけで、サラサラ〜っと。どうでもいいようなお話を書いてみました。

前回書いたものが暗めのお話だったので、ちょっとアホっぽいカンジでいきたいと思いまして。

スルーで。スルーでお願いしますですよ(笑)

 

 

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