一緒に行ってみたい場所なら、たくさんある。


すぐに行ける場所。


ちょっと頑張らないと行けない場所。


数え上げたら本当にキリがないほどたくさんある。




だけど、今日は……。








 

 



S.O.S

Strawberry on the shortcake


 

 









「本当にどこへも行かなくていいのか」



数日前からこの質問をされるのはもう、何度目かわからないけれど、

酷く訝しげな表情でわたしを見ているのは。

学生の頃は先輩で、今は職場の同僚でもあり、そしてわたしにとってのいちばん大切な人。

来週に迫ったわたしの誕生日をどう過ごすかで、放課後の教科準備室で

わたしの雑務が終わるのを待ちながら、また同じ質問。


少し前だったら、こんなことあり得なかったな…なんて思うだけで、

つい笑ってしまう。

彼は本当に真面目な人だから。

公私の区別がつかないことを嫌うはずだけど。

最近すっかりペースが乱れていることに、自分では気づいてないみたい。






「うん。いいの。だって、行けないもん」



家に持ち帰るものを書類ケースに収めながら彼の方を見ると。





「そんなことは言ってみなければわからないだろう。言いなさい」



─────う…っ。眼鏡光ってるし。なんで先生モードなの…?



彼と学校で話していると、時々自分が生徒のような錯覚に陥ることがあるけど。

そういうのも、案外嫌いじゃなくて。

自分の中が彼でいっぱいなことに辟易しつつも結構楽しかったりして、なんだか複雑な気分。


本当は『行けない』ではなくて、『行きたくない』なんだけど

それを正直に言うのはちょっと恥ずかしい。

だって、展開が予想できちゃうし、『行けないから、行かない』にしておいた方が

どう考えても都合がいい。





「じゃあ……ローマ」




「『じゃあ』という部分は良くわからないが。確かに今から二人揃って休みを取ることは

 不可能以外の何ものでもないな。もっと別な場所はないのか?」



真面目に答えてるんだか、責められてるんだかこっちこそ良くわからないけれど。

察してほしいって思うほうが彼の場合無理な相談で。




「他は……えっと、そしたら、フィレンツェとかヴェネツィアとかミラノとか…?」



「その答えに何の意味があるのか理解し兼ねるが」



─────うっ…やばっ。なんか更に眼鏡、光った…?



だってね?簡単に行ける場所で行きたい所が無いわけじゃないけど。

そういうところは、その日じゃなくても行けるでしょ?

特別な日の過ごし方って、やっぱり自分が望んでる通りがいちばんって

思うんだけど、ワガママかな…?



でも。


なんだか怒ってるみたいだし…ホントのこと、言っちゃう?





「あのね?ホントはどこにも行きたくないの」



「なぜだ」



「だって、零一さんと2人きりを誰にも邪魔されたくないんだもん」



「な///////き、君は…」



あ。やっぱり照れてるし…。

いい歳した男がそんなに顔真っ赤にして。反則だよね?その照れ方は。

こっちが恥ずかしくなっちゃうから言わなかったのに。



まあ、仕方ないか…。そういう人だしって言うより、

そういうところも含めて好きなんだし?





「だからね?その日はどこにも行かないで、ずーっと2人きりで、いて?」



べつに面白がって言ってるわけじゃないけど…って、ちょっとは面白がってるかもだけど。

更に言うと案の定。これ以上無いほど彼は頬を真っ赤にして。




「わ//////わかったから。帰るぞ」


それだけ言って、プイっと背を向けたかと思うと、スタスタとひとりで出て行ってしまった。

そこまで照れるほどのことでもないのに、ね?






■ ■ ■






わたしが『じゃあ、ローマ』と言ったのを気にしていたのかなんなのかよくわからないけれど。

予定通り誕生日当日は、朝からふたりきりで、わたしの部屋でまったりしながら。

ビデオでも見ますか?ということになって、彼が選んだのは『ローマの休日』。

学生の頃、飽きるほど観た映画だけど。

気分だけでもローマを満喫、といったところなのかな…?





「零一さん、Vespa だよ、Vespa!!」



マルチェッロ劇場とサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の間にある緩い坂道を走る

オードリーとグレゴリーを乗せたVespaを見て、彼との共通の友人を思い出して

つい嬉しくなってしまったわたしに。




「君は……千尋のことが気になるのか?」


以前からなにか、誤解しているような雰囲気もなかったわけではないけれど。

少しだけ自信喪失な表情で問い掛ける彼は、なんだか妙に可愛らしくて。




「気になるって表現はよくわからないけど、好きだよ?」



わたしの言葉に目を丸くする彼は。

からかってるつもりなんてないけど、不憫すぎるほど、複雑な表情で。




「だって、零一さんの大切な人でしょ?好きなのは、当たり前」



そう言ってわたしが笑うと、一瞬赤くなったと思ったら、とんでもなく苦い顔をして。




「まったく……適わないな。君には」


ボソっと呟いて、またビデオの続きに視線を戻す。




「あああああ!!しまった!!明日だった!!」



今まで忘れたことがなかった大事なことを、大切な人という自分の台詞から思い出して。

わたしは焦って、パソコンの前に座った。

訝しげな表情で見ている彼に、手短に説明しつつ、ネットで注文できる

お花屋さんを探す。


実は。

わたしの誕生日の翌日は、両親の結婚記念日で。

両親と離れて暮らすようになってからは、毎年アレンジメントの花かごを送っていたのだけれど。

今年に限ってうっかりしていて、手続きをするのを忘れてしまっていた。

結婚記念日を夫婦だけで祝うのもいいけど、彼らが結婚したから、わたしが生まれたわけだし、

感謝の気持ち…と思って毎年送っていたのにわたしってば、ホントにもうっっ。




「間に合うかな…」



いつもは、ちゃんとお花屋さんに出向いて、全体の色とかメインの花とか選ぶんだけど。




─────お父さん、お母さん、ゴメンね?今日はどこにも出掛けたくないんだ…。






どうやら間に合うみたいで、ホッとしつつ注文を済ませて、




「急にゴメンね?なんかもう、定番ってカンジだから…」



と彼のほうを振り返ると。

少し考え込むような表情で。




「定番…なのか?」


眼鏡のまん中辺りを中指で押し上げつつ少し首を傾けて。

やっぱり何か考え込んでいて。




「うん。結婚記念日と言えば、お花。クリスマスと言えばサンタ。

 鈴鹿君と言えば絆創膏みたいなものよ」


そう言うと彼は。




「すまない、。ちょっと出掛けてくる。……すぐに戻るから待っていてくれないか」



「れ、零一さん!?」



わたしが止めるのも、一緒に行こうとするのも断固として振り切って、

どこかに出掛けていってしまった。




─────あの。絆創膏はスルーですか…?







■ ■ ■






戻ってきた彼は。

誰がどう見てもケーキの箱にしか見えない、しかも、どう考えてもふたりでは

食べ切れそうにない大きさの箱を持っていて。



─────無駄なことが嫌いなはずなのに…。



そう思ったら、なんだか妙におかしかった。きっとわたしが言った、定番という言葉のせいで

誕生日と言えばケーキで、それもホール…となったのだろうけど。



─────わかりやすいんだか、わかりにくいんだか、ホントに微妙な人だな…。


思わず苦笑いしつつ。

箱を開けてみると、クラシックな苺のケーキで。

色とりどりのロウソクが長い方は十の位の数、短いほうは1の位の数だけ入っていた。



─────流石に年の数だと、本数が多すぎ…?


とも思ったけれど。店先でわたしの年齢を彼が言ったであろうということの方が

ちょっと笑えた。



ロウソクを全部立てて、ちゃんと火もつけて。

ついでにケーキそのものと、火を消す瞬間をデジカメで撮影してみたりして。

切り分けたケーキを食べようと思った時に、ふと以前テレビで見たことのある、

心理テストのようなものを思い出した。




「ねえ、零一さん。ショートケーキの苺って好き?」



「いや、好きだとか嫌いだとかいうことを意識したことはないが」


─────やっぱり。




「じゃあ、好きってことにして。零一さんは、苺、最初に食べる?最後に食べる?」


苺をフォークで刺して。

彼の前になんとなく差し出してみた。





「好き嫌いは別として、苺は最後に食べるかもしれないな。甘くなった口の中が

 苺の酸味ですっきりするだろう?しかし、これは今の質問の答えとしては適していない

 だろうか。要するに、好きなものを先に食べるか、後に食べるか。そういう話だったな」



「うん。そういう話。零一さんと逆の人もよくいるよね。酸っぱい苺を食べた後に

 生クリームがより、甘くておいしく感じるっていうのも聞いたことあるよ。

 で。好きってことにしたら、どっち?」


わたしは、差し出していた苺を口の中に放り込む。

ちょっと酸っぱすぎるぐらいの苺の味が、口いっぱいに広がって、

思わず眉を顰めた。



「好きということにしても、後かもしれないな」


「そっか。わたしは最初かな?」


酸っぱさをどうにかしようと、生クリームがたくさんついた部分を意識して口に入れて。

甘さにホッとして無意味にニコニコしていたら。




「質問の意味が知りたいのだが」


─────あ。そっか。なんのために聞いたのか、言ってなかったっけ。



「あのね?先に食べる人は、たとえば、好きな人ができた時に、自分から

 手に入れようと、積極的に頑張るタイプの人。

 後に残しておく人は、何もできないでいるうちに、好きな人を誰かに持ってかれちゃったりしちゃう

 消極的なタイプの人っていう、心理テストみたいなものなんだけど…」



「つまり、この場合、苺というのは、のことなのだろうか?」


─────うっ///////。改まって言わなくても。




「そう、なのかな?そしたら、わたしにとっての苺は零一さんってことで」



笑って誤魔化そうとした瞬間だった。













「苺だけを食べ続けるという選択肢は、存在しないのだろうか」









─────は////////////はいっっ!?



あの。なんだかそれ、微妙にえっちっぽくないでしょうか…。



突然の突拍子もない彼の発言に、焦りまくるわたしを他所に、

彼はポケットから小さな箱を取り出した。



「これも、ケーキ以上に定番なのかもしれないが。。誕生日おめでとう」



そう言ってわたしの左手の薬指に、今月の石がついている指輪をスルっと通した。








どこにも行かなくても。



ただ、一緒にいられるだけで。




本当は。

ケーキも指輪もいらないんだけどね。




でも、それを言ったらきっと、がっかりされちゃうだろうから。

彼には内緒。






end




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誕生日創作第3弾は、アンケート3位の普通に零一さんっぽい人でした。

失速中なのでスルーの方向で(泣)

今回のテーマは『いろんな定番&負け気味の零一さん、一打逆転?』でした。

30を目前にして頬を染め、ドモりまくる男……謎すぎなキャラです(笑)

恋愛映画の定番『ローマの休日』をココに持ってきた理由は…。

最早説明などいらないでしょう(笑)へへ。わかんなかったら聞いてくれ。喜んで答えるし。

教会の名まえ…合ってたかな(汗)アレです、アレ。口に手突っ込んだら大変なことに

なっちゃうヤツが置いてある教会です。外観は全然そんなのありそうじゃないのにね(笑)

そして零一さんが一発逆転できているのかは全く持って謎です。

しかも、台詞がたまにやっすんっぽいような…(爆)

何かあらぬ方向に期待していたお嬢ちゃん。マジ、ごめんなさい(泣)


ふう……残す所アリ●スのみか(笑)





 

 

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