The day before St.V.D.












コトっ…

耳元で小さく聞こえた音に。

思考が覚醒しないまま、薄く目を開いて、

自分が置かれている状況を微かに自覚する。




─────わたし……眠ってたんだ……





目の前には山積された教材、職員室と並ぶ、この学校でのわたしの居場所、

つまり、教科準備室で、どうやら知らないうちに眠っていたらしい。




─────そう言えば、さっきの音……




自分が机に突っ伏していた時の、耳元に当たる場所に視線を移すと。

掌に乗るくらいの小さな箱が置いてあった。




─────Jean-Paul Hevin……?チョコレート……?



箱に印刷されたロゴは、見覚えのあるものだった。

けれど、なぜ自分の机の上にそれが置かれているのか、全くわからなくて、

首を傾げたその時、自分の右側に気配を感じて振り向くと。






「すまない。起こすつもりではなかった……」


申し訳ないとでも言いたげな表情で、わたしのすぐ傍に座っていたのは、

この場所にはあまり来ることの無い、意外な人物だった。





「いえ、もうこんな時間ですし、助かりました。あの、これ、氷室先輩が…?」


目の前にある小さな箱に視線を移しながら問い掛けると、

中指で眼鏡を押し上げながら、少し照れたような口調で、彼は言った。





「疲労を回復するために、適度な糖分を摂取することは効果的だと思うのだが」



「あの……」




本当に酷くわたしは疲れていて。

しかも、たった今、目を覚ましたばかりで、上手く事態を理解できずにいると。





「教師がこの時期忙しいのは、毎年のことだが、にとっては、初めてのことだ。

 ここ数日、辛そうにしているようだったから、どうにかならないものかと」



いつもより少し早口に、彼は付け加えるように言った。





「それで、チョコレート…ですか?」



「気にいらなかったか?千尋が、その店なら間違いないと言っていたのだが」



「いえ、ありがとうございます。あの…そこに行くようにって、日向先輩が?」



「ああ。しかし、女性というものは、本当に甘いものが好きなのだな。

 たかがチョコレートのためにあんなにも長蛇の列を作って、理解し難い生き物だ」



眉間に皺を寄せて、考え込む彼の表情を見ていて、この所の忙しさの所為で、

すっかり忘れていたことを思い出したのと、悪戯に成功した時の少年みたいな、日向先輩の

笑顔を想像して、思わず吹き出してしまった。





「何が、おかしい?」



訝しげにわたしを見る彼に。

必死で笑いを堪えながら。





「その長蛇の列に、加わったんですか?」



「並ばなければ買うことはできないだろう。なぜ、そんなことを聞く?」



「視線、痛くなかったですか?」



「言われてみれば…。確かにあの場には女性しかいなかったし、私のようなものが、

 こういったものを買うのがそれほど珍しいのか?と、あの時は思ったのだが…。

 それにしては不必要に見られているような、嫌な気分だったな」



相変わらず、どうしてわたしが笑ったのか、彼は気づいていない様子で。

疲れているわたしを気遣ってくれた彼に。

少し意地悪しているような気分になったけれど、教えてあげることにした。





「氷室先輩。明日、何の日か知ってますか?」






「明日は、2月14日だが?………!!!///////////」




赤くなったり、青くなったりしながら。

その店に長蛇の列を作っていた女性達が、何のためにそこに並んでいたのか

漸く彼は気づいたようで。

その表情を見ているだけで、今夜辺り日向先輩が、もの凄い勢いで彼に攻撃されるのを、

いつもの余裕の笑顔でかわす姿が想像できて、またわたしは笑ってしまった。





「大丈夫ですよ」


笑顔で言うわたしに、





「何が大丈夫だと言うのだ?




彼はこの上なく不機嫌そうで。





「氷室先輩が、見栄張って自分でチョコを買うような人じゃないって、ひと目見たらみんなわかりますよ」



「////////そんな心配など、していない」



からかうようなわたしの言葉に顔を真っ赤にして、プイっと横を向いてしまった。

バレンタインデー間近の、女性ばかりの売り場に男性がチョコレートを買いに行くなんて、

本当にかわいそうだけれど。

日頃威厳がありすぎる位なのに、拗ねたような彼があんまりかわいくて。

不謹慎かもしれないけれど、すっかり機嫌が良くなったわたしは。





「いただいても、いいですか?」


彼の返事を待たずに小さな箱を開けて、キレイに並べられた四角いチョコレートのひとつを

口に入れた。





「うん♪おいしい。疲れなんか吹き飛んじゃいますね。氷室先輩もひとつ、いかがですか?」



声を掛けて、箱を差し出すと。

彼はその箱ではなく、わたしの手首を掴んで。







「私は、こちらを貰おう」



何か仕返しでも思いついたような、不敵な笑みを浮かべた瞬間。


わたしの唇に、彼のそれが落ちてきた。




─────//////////////







「甘いな…」




その言葉に、今起きたことを改めて自覚してしまって

呆然としていると。






「もう、遅い。送っていく」


それだけ言って、彼は出て行ってしまった。






─────日向先輩…まさか、ここまで予想してない、ですよね?







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バレンタインの時に書いたものです。何かこう、複雑なように見えてわりと一直線な感じを
出したかったっぽいです。周りが見えなくなって、あとで現実を知ってあわあわするとか…。
そんな感じになってれば良いな、などと思いつつ書いたような気がします。




 

 

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