「バレンタインの思い出……?」



素っ頓狂な声で聞き返すわたしに。

たった今あげたばかりのチョコを口の中に放り込んだまま、

彼は、クッ……っと小さく笑った。




「ああ。あるだろ?今日みたいにこうやって、誰かのために作ったこと」



まるでなんでもないことみたいに、おかしなことを言う。




「そんなこと聞くなんて、悪趣味だよ。それに、聞いてもおもしろくないよ?」



妙な質問に困り果てて、眉間に皺を寄せるわたしを、彼は後ろからそっと抱きしめて。





「聞かせろよ。おもしろいかは俺が決めるから。それに、おまえは俺の過去を知ってるのに、

俺は何も知らないなんて、不公平だろ?」


彼の言葉は、意地悪な笑みを含んでいて。

わたしはこういう時の彼に、勝てたことなんてないくせに、抵抗を試みる。





「でも、ね?話して聞かせるほどの恋愛遍歴があるわけじゃないし…」




「クッ……。なんだよ、それ。いいから話せよ。……知りたいんだ、のこと」



耳元で囁かれた最後の一言で、結局あっさり陥落。





「ホントに大した話じゃないよ?」



前置きしてから、わたしは高校1年生の頃の思い出話を始めた。






■ ■ ■






ホントはね?頑張ったんだよ?

何度も練習して、お父さんにイヤミ言われながら食べてもらって。

でもね。お父さんってば、最後には。

「店で売ってるトリュフみたいだな」

なんて、照れながら言ってくれて。その後。

「ちょっと、妬けるな」

そんな風に、寂しそうに呟いてた。

もちろんそんなのは聞こえないフリしちゃったけどね。

すっごく幸せな気分で作ってたから、まさかあんなことになるなんて、思ってなかったんだ……。









St.V.D.1994









その日は朝からみんなどこか浮き足立ってて、いつもの月曜日とは全然違ってた。

そりゃ、そうだよね。バレンタインだし。

受験シーズンってこともあって、登校してない3年生も多かったんだけど。

わたしが大好きだった日向先輩が来てることは、知ってたの。

前の週に職員室で先生と話してるのを、偶然立ち聞きしちゃったから。



その先輩はね。入学以来なにかとわたしのことを可愛がってくれてて、いつの間にか、その先輩の

親友で氷室先輩って人とも仲良くなっちゃって、3人でよく一緒に遊んだりしてたの。

でもね、可愛がってもらってるって言っても、ホントに言葉通り、そのまんまで。

日向先輩は誰にでも優しい人だから、自分だけ特別だなんて、とても思えなくて。

そういう意味で言ったら、氷室先輩の方が、わたしのことを特別扱いしてくれてるかな?

なんて思ったりもしてた。



氷室先輩はね。ホントはすごく優しいのに、そういうところを女の子に見せないから、

冷たいって思われてたし、わたし以外の女の子と話してるところなんて、ほとんど見たことなかったし…

って、あれ?これって特別扱いって言うよりもしかして、女の子として見られてなかったってことかな…?

うーん。今頃気づくのも変だけど、凹むなあ……。



まあ、そんなわけで、わたしは日向先輩の特別になりたくて。

手作りチョコをあげるぞって、異様に張り切ってたってわけ。

あ、氷室先輩?あは。もちろん、義理チョコ用意してたよ。

まず、音楽室に行って、氷室先輩に渡して。

義理なのに、すっごい喜んでくれたの。あ。氷室先輩ってね。ピアノすっごく上手なんだよ。



その後ね?日向先輩がいつもいる屋上(寒いのにね)に向かってる途中で、

変なことに気づいちゃって。

ふたりに違うもの渡したら、自分の気持ちを両方に宣言することになるよね?

それまで3人で仲良くしてたんだから、バレないわけないし。

なんか、気まずいなってちょっと躊躇ったんだけど、片想いのまま終わりたくなかったし、

勇気出して玉砕覚悟で、屋上に続く扉を開けたんだ。



足元に溢れかえるほどの、チョコらしきものが入った紙袋を置いて、

日向先輩はフェンス越しのグラウンドを見下ろしてたんだけど。

根拠なんてないよ?でもね?背中が妙に寂しそうに見えて。

声掛けるような雰囲気じゃなかったんだ。

だから、そのまま戻ろうと思ったんだけど。



ズベチャッッ!!



って思いっきり転んじゃって。



ああ!!今、昔からドジだったんだなあって顔した!!

ヒドイよ、もう。たまたまだよ?たまたま!

それでね?続きだけど。



日向先輩が近づいてきて。




……ちゃん……?大丈夫?ずいぶんハデに転んだみたいだけど」



って、笑い堪えながら手を差し出してきたの。

なんか、恥ずかしいやら悔しいやらで、良くわかんなくて。


「ぜんっぜん大丈夫です!!」



なんて叫んで、ひとりで立ち上がったら、結局笑われちゃって。

これから告白しようって緊張感とかもう、全部、台無しでしょ?

それで凹んでたら、日向先輩はわたしの頭にぽん、ぽんって手を置いて。




「ゴメン、ゴメン、ケガはない?」



いつもの子ども扱い攻撃炸裂よ。

恋愛対象じゃないのが丸わかりで、益々凹んじゃったわけ。


人気あるのは知ってたけど、勇気なくなっちゃうよな…なんて思いながら、

その、山ほどチョコが入った紙袋をいつの間にか恨めしげに見つめちゃってたら。

わたしの視線に気づいた日向先輩は、苦笑しながら紙袋を指差して、





「本日の戦利品」



言葉は最悪だったんだけど、どこか悲しそうに聞こえて、不思議に思ったのを今でも覚えてるよ。

ただ、なんて言っていいかもわかんなくて。




「スゴイ数ですね」


なんて、言ってもしょうがないような返事してみたりして。

そしたらね?日向先輩はため息ついて。





「数に意味なんて、ないよ」




それだけ言って、黙っちゃったの。

一瞬言われたことが理解できなくて、すっごく必死で考えて考えて、

わたしの中で、ひとつの結論が出たんだ。


本当は、貰いたい人がいるんだけど、その人からは貰えないってことなのかな?って。


そう思ったらもう、傍にいるのも辛くなっちゃって、わたし、チョコ渡せないまま、逃げちゃったんだ。



ちゃんは、くれないの?」


先輩の声が後ろから追っかけてきたんだけど、



「ないですーーー!!」


泣きそうになりながら、思いっきり明るく叫んで、逃げちゃった。

だって、数に意味なんてないって言われて、渡せないよね。


それでね?その頃、いつも帰る時間になると、必ず迎えに来てくれる、珪くんっていう

翡翠色の瞳で金髪の小学生がいたんだけど。

その日もいつものように来てくれたから、その手作りチョコ、その子にあげちゃったの。

食べていいよって言ったんだけど。



「これはもらうけど、が悲しそうだから、食べない」



なんて、怖い顔して言われちゃって。

食べないならもらうなよー。意味わかんないなー。なんて思いながら、家に帰ったの。



結局、日向先輩にはチョコ渡せなかったし、その2週間後に先輩は卒業しちゃって、

それっきりになっちゃったんだ。






■ ■ ■






「以上、実らなかったバレンタインの思い出話、終わり。ね?つまらなかったでしょ?」



長い話を終えて、彼の方を見ると、いつもの意地悪い笑みを浮かべていて。





「おまえ、馬鹿だな」


そう言ったかと思うと、おかしそうに笑い始めた。



─────笑われるような話したつもりないんだけど。むしろ、切なくなかった?



首を傾げるわたしを他所に。




「まあ、が馬鹿なのと、その、日向?とかいうやつが不器用なおかげで今があるわけか。

 俺は盛大に感謝すべきなんだろうな」


ブツブツと独り言のように早口で言うと、抱きしめる腕に少し力を込めて。





「いいんだ。そのままで。おまえは、何も知らなくていい。下手に気づいたりすると、やっかいだし、

 俺にとっても都合が悪い」



なにか、とてつもなく失礼な言い方をされたような気もしたけど、

彼が嬉しそうに見えたから、言葉の意味する所なんてわからなくてもいいかもしれない。

そんな風に思った。



いつの間にか最後のひとつになったチョコレートを、

彼は口の中に放り込んで、緩く微笑んだ。





「ここに、いろよ。ずっと」



─────そんなの、言われなくても、ずっといるよ……





■ ■ ■






の知らない裏話』



1994年2月15日放課後。はばたき学園校門前。


千尋:「零一、おまえ、もしかして昨日、ちゃんから、チョコもらった?」

零一:「ああ。もらった…と言っても、残念ながら明らかに義理だな」

千尋:「なあ。俺、嫌われてんのか?あの子に。義理すらもらえなかったんだけど」

零一:「義理が欲しいわけじゃないだろ」

千尋:「はっきり言うなよ。切なくなるから」

零一:「俺は、昨日で充分切なかったが?」

千尋:「あ。チビ王子だ、あいつ今日も来てやがる」

零一:「そう言えば、昨日も見かけたな」

千尋:「マジかよ。……おい、チビ王子!!」

王子:「…………」

千尋:「おまえ、ちゃんからチョコ、もらったか?昨日」

王子:「………もらった」

千尋:「それ、どんなんだった…?」

王子:「おまえに、教える必要、ない。(にやり)」

千尋:「!!!(まさか……ちゃん、こいつが本命なんてことは……)」











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バレンタイン創作っぽいもの、でした。

企画用に書いたものです。

主人公の恋人は、管理人が人として失格レベルにまで心を奪われている、

アノ方のつもりです。「クッ…」って笑うなよ、「クッ…」って!と

ひとりツッコミしつつ、ちょっと幸せなアホがここにひとり。

こんな所に登場したのは、アンジェのコンテンツがないからです(爆)

 

 

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