「・・・雨ですか」
突然の雨だった。
取調べの帰り、歩きたい気分だったので
部下に走らせた車から降り一人で街を歩いていた。
だが、突如として雨が降り
私は屋根が付いた店の前で雨宿りをしていた。
「そういえば・・・あの時も」
私は雨降る空を見ながら、ボソリと呟いた。
それは8年前のある日のこと。
それも突然雨の降った日に起こった。
今日とはちょっと違うが
丁度帰宅をしているときに雨が降り、カバンの中に入れていた
紺色の折り畳み傘を広げ家路に向かっているときだった。
一人の少女が、今の私と同じように
店先の屋根を使って雨宿りをしていた。
赤いランドセルを背負った、少女が
雨足が早く止まないかと待つかのように空を見上げていた。
私はその姿を見つけ・・・―――。
「お嬢さん、雨宿りですか?」
「え?」
私は傘を畳んで、店先の彼女の隣に立つ。
少女は私が声を掛けると、驚いた表情を見せていた。
「傘を忘れたんですか?」
「は・・・はぃ」
「それは困りましたね。お父さんかお母さんのお迎えを待っているんですか?」
すると、少女は首を横に振って俯いた。
その表情はとても寂しそうな顔をしていた。
「お母さんは、私が小さい頃に亡くなって・・・お父さんもお仕事で忙しいの」
「そうでしたか。これは失礼なことを聞きましたね、ごめんなさい」
私が謝ると、少女は首を横に振る。
空を見上げると雨足は止まず、ただ降り続けていた。
このままこの子を一人にしておけば、危ないと感じた私は・・・―――。
「では、お嬢さんに私の傘をお貸しします」
「え?」
私は自分の持っていた折り畳み傘を開き、少し腰を落とし
少女の目の前に出した。
私の言葉に少女は驚いた表情を見せていた。
「でも・・・オジちゃんが」
「オジサンは大丈夫ですよ。さぁ、これをお使いなさい」
「・・・・・・」
差し出すと、少女はおそるおそる傘に手を触れ握る。
「暗くならないうちにお帰りなさい。きっとお父さんがお家で貴女の事を心配していると思いますから」
「オジちゃん・・・・・・ありがとう!」
そう言うと、少女は満面の笑みを浮かべて私にお礼を言った。
少女の微笑みはまさに天使そのもののように思えた。
お礼を言って、彼女は傘を差して
私に手を振りながら人ごみの中を消えて行った。
「アレから、8年か」
もうあの少女も、大きくなっているだろう。
私も大分歳を重ねた。
多分、もう彼女は覚えてはいない。
「あれ?・・・コウメイさん?」
「おや、さん」
すると、慌しく人が雨を逃れようと急ぐ中
幾分と歳の離れた恋人のさんが傘を差して目の前に現れた。
「雨宿りですか?」
「えぇ。取調べの帰りに、ちょっと歩きたくなって。それで突然雨に」
「あぁ、そうでしたか。あ、じゃあ私の傘使います?」
「それだったら貴女が濡れてしまうでしょ。手っ取り早い方法があります」
「ふえ?・・・えっ!?」
私はさんが広げている傘の中に入り
傘の柄の部分を自分で持った。
「貴女が貸してくれるよりも、こうやって一つの傘に入るほうがいいでしょ?」
「で、でもっ・・・誰かに見られたら」
「こんな雨の日ですよ。誰も見向きはしません、さぁ行きましょう」
そう言って、彼女の肩を抱いて雨降る街を進んだ。
しかし、なぜか違和感を感じた。
この柄の握り具合・・・どこかで・・・それに傘の色も何処かで見たことが。
「さん」
「はい?」
「この傘、何処で?」
「私もよく顔は覚えてないんですけど、小学生の頃・・・とっても優しい人が私に傘を貸してくれたんです」
「え?」
まさか、この傘・・・――――。
ということは、8年前のあのときの少女は。
「返そうと思っても、顔も覚えてないし、名前も聞かなかったから。その後何度か雨宿りした場所に足を運んだんですが
その人は結局見つからなかったんです」
「残念ですね」
「その人、すごく・・・コウメイさんみたいに優しかったんです。とっても優しくて、あったかい人でした」
さんはとても優しい表情で私に微笑んだ。
私はその微笑を見て。
「そう、ですか。いつか、逢えるといいですね」
「はい!」
もう、出逢っているよ。
あの時から、また出逢うことが神様には分かっていたんだろう。
傘が無くとも、必ず・・・また出逢い・・・そして・・・。
――恋に落ちることも――
柔らかな雨の日の記憶
幼い君との出逢い
(あの雨の日から、きっとすべてが始まっていたに違いない)