---------ピンポーン。
夜遅く。
突然、インターフォンが鳴り響いた。
お風呂から上がり、髪の毛を乾かしていた私はいそいそと玄関先へと向かう。
「はい?」
『さん。私です』
「コウメイさん」
外からは聞きなれた声・・・コウメイさんだった。
私はすぐさまチェーンをあげ、鍵を開けた。
扉を開けると、相変わらずの出で立ちが其処にあり
かの他人の顔を見た私は思わず顔が綻んだ。
「お仕事お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「立ち話もなんですから、コーヒー出します」
「すいません。では、お邪魔いたします」
私はコウメイさんを中へと入れて、鍵を閉めた。
すぐさまコーヒーの準備をして、テーブルの椅子に座るコウメイさんの前に
温かいコーヒーを出した。
「はい、おまちどうさまです」
「ありがとうございます。いただきます」
コウメイさんは出されたコーヒーを一口、含んですぐさまホッとしたため息を零した。
「お夕飯は食べましたか?まだでしたら、私軽く作りますけど?」
「いえ、此処に来る前食事は済ませてきました」
「ならよかったです。でも、また何でこんな時間に?」
時刻は夜の11時を回っていた。
いつもなら、それよりもっと早い時間に私のところを訪れるコウメイさん。
それだというのに今日に限ってやけに遅い。
「すいません。本当はもう少し早めに来る予定だったんですが・・・」
「はい」
「今日、県警本部の方々との食事会だったんです」
「あぁ、そうだったんですか」
「えぇ。私の本部復帰のお祝いをすると言って」
「へぇ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
コウメイさんの口から零れた言葉に私は目が点になった。
今、コウメイさん・・・『本部復帰』って言わなかった?
いや、うん・・・言ったよね確実に。
それって、つまり・・・・・・―――――。
「コ、コウメイさん!?長野県警本部に復帰したんですか!?」
「はい。さんには復帰したその日にお伝えする予定だったんですが、如何せん本部に復帰したその日に
軽井沢のほうに事件で向かってて。君に連絡するのが遅くなってしまったんです」
「じゃ、じゃあ・・・今度から勘助さんや由衣さんと一緒に」
「えぇ。勘助君は不服そうな顔をしていましたけどね」
「わぁ〜おめでとうございますコウメイさん!」
私はまるで自分の事のように喜んだ。
今まで近いようで、遠くに居た人が何だかさらに身近に感じれると思うと
それだけでも私としては嬉しかった。
「あ、でも・・・今日、そんなお祝いの席だったのに・・・よかったんですか、抜けたりして?」
「いいんですよ。それに君への報告を怠っていましたから、優先順位を考えたら必然とさんに伝えるのが一番なんです。
すいません・・・本当に報告が遅れてしまって」
「い、いえ。私はそれを聞けただけで嬉しいです」
「さん」
コウメイさんは勘助さんが左目を右足を失ってしまった事件の時に
本部の命令を無視して、勘助さんを助けに行ったと由衣さんから聞かされていた。
命令無視の処罰として、コウメイさんは本部から所轄である新野署にと異動。
勘助さん、不服そうな顔をしていたといっていたが本当は旧友が戻ってきて嬉しいのだと思う。
まぁあまりそういうの上手く出ない人だからね、勘助さんは。
「あ。じゃあ、今度の週末お祝いしましょうよ!私ご馳走作ります!」
「え?・・・いいですよ、さん。そんな」
「ダメですよ。それに、皆さんとお祝いして、私とお祝いしないの・・・何かズルいですから」
「・・・そうですね。では週末空けておきます」
「お願いしますね」
私は浮かれながら週末の事だけを考えた。
色々コウメイさんを驚かせる準備もしなきゃいけない、とか。
ご馳走もビックリするくらいのものを作る、とか。
アレやコレや考えたらキリがなく、むしろ心が浮かれていた。
すると突然、後ろからコウメイさんに抱きしめられた。
彼の体から香ってくる香水の香りが鼻を刺激する。
あまりに突然の事で心臓が凄い速さで鼓動している。
「コ、コウメイさん?」
「せっかく本部に戻ったというのに・・・こんなことが公にバレてしまえば、今度こそ異動どころの騒ぎじゃありませんよね?」
「え?」
一体何の事を言っているのだろう?
「君と、交際していることですよ。今まで遠かった距離が、グッと縮まったこと・・・気づきませんか?」
「え?あ・・・そ、そうですけど。コウメイさん・・・酔ってます?」
「まさか。車を運転するのに、お酒なんて飲みませんよ・・・まぁ、気分的に酔っているのかもしれません」
「気分的に・・・ですか?」
「えぇ」
そしてコウメイさんは私の髪を手で絡ませ、耳元に唇を近づけてくる。
生暖かい吐息が耳に吹きかかり、背筋に電撃が走る。
「髪・・・ちゃんと乾かさないとダメじゃないですかさん」
「コ、コウメイさんが突然来たから・・・その乾かす時間が」
「でも、ちゃんと乾かしてくださいね。濡れた髪の君は・・・私の奥底に眠る狼を目覚めさせてしまいますから」
そう言いながら私の髪を少し上げ、首筋に唇を落す。
思わず体が反応して小さく震えた。
柔らかい唇が首筋に落ちて、強く吸われた後・・・ザラリとした舌が這ってきた。
たったコレだけの事なのに・・・体が凄く、熱くて、痺れる。
数秒間、それを終えるとコウメイさんはまた私の耳元で囁く。
「今日はもう帰ります。このまま此処に居座ってしまえば、君をどうにかしてしまいそうですから。
また連絡します」
「は・・・はぃ」
「週末、楽しみにしてますね」
色っぽい声を残して、コウメイさんは部屋を後にした。
私はと言うとコウメイさんが去った後、立っているのもやっとだったのか
腰が砕けるように落ち、床に座り込んでしまった。
時々ああやって、色気を醸し出して骨抜きにしていくからコウメイさんはズルい。
ズルいからこそ・・・あの人に惹かれていってしまう自分が居る。
どうにかしてしまいそうなら・・・・・・いっそ―――――。
「お父さん、お母さん、勘助さん、由衣さん・・・親不孝な私を許してください」
私は駆け出して、扉を開けてあの人を追いかけた。
どうにかしてしまいそうなら・・・どうなってもいい、構わない。
せっかく縮まった距離・・・週末までなんて、待てない。
「コウメイさん!」
「さん?!」
エレベーターに乗ろうとしたコウメイさんを呼び止めて、私はすぐさま抱きついた。
抱きついて、私は彼を見上げた。
「い、行かないで・・・ください」
「さん」
「週末までなんて・・・・・ズルいこと、しないでください」
私がそう言うと、コウメイさんは驚いた表情を一旦はするも
優しい表情へと切り替わる。だけど、その優しさにはどこか色気を感じる。
コウメイさんは私の頬に触れてきた。
「引き止めて欲しくなかったのに・・・私の努力を無駄にしないでください」
「そうさせたのは、コウメイさんです」
「分かりました。とにかく、部屋に戻りましょうか」
「・・・・・・はぃ」
肩を抱いて、コウメイさんは私の部屋へと戻る。
その後、私とコウメイさんの間に何があったとか言うまでもない。
ズルイ大人とイケナイ少女
(ずるい大人の人に恋をした私はきっとイケナイ子)