6年前のある日、先輩刑事が亡くなった。
俺は葬儀に参列するために
その人の家へと黒のスーツを身に纏い向かった。
「敢ちゃん!」
「ん?」
すると、後ろから幼馴染の虎田由衣が
同じく喪服に身を包んでやってきた。
「お前、何で此処に?」
「此処の奥さんに昔お世話になって、旦那さんにも優しくしてもらったから」
「そうか」
「敢ちゃんは?」
「警視は俺の先輩にあたる人だった。葬儀に参列して当然だろ」
「なるほど」
そう言って二人で
葬儀会場である、警視の自宅へと向かった。
自宅は静かに、死者を偲んでいた。
警視は人望厚く、誰からも信頼されていた。
将来は本庁に向かうとされた人だった。
その中の訃報。
死因は殉職。
刑事にとってそれは当たり前のことだった。
犯人を追跡中の殉職と俺は聞いた。
刑事になった以上、死とは常に隣りあわせなのだ。
部屋に通され、香典を上げると俺の目に一人の少女が目に映った。
もうすぐ、中学生にもなるかもしれない年頃の娘。
そういえば、警視には随分前に亡くなった奥さんとの間に
一人娘が居たとは聞いている。
もしかして、この子が?と俺は思っていた。
食事の席、親族が酒を飲み
バカ騒ぎをしていた。
俺も少しビールを飲みながら、出されていた食事を食べていた。
「ねぇ、敢ちゃん」
「何だ?」
すると、虎田が俺の肩を叩き
小声で何か伝えてきた。
「さっきの、女の子知らない?」
「女の子?」
「ホーラ、香典の近くにいた女の子よ!多分、勲さんの娘さんだと思うんだけど」
虎田の声で俺は首を回し、辺りを見渡した。
だが、先ほどの少女の姿は無い。
俺は立ち上がり、食事の部屋から出る。
「ちょっ、敢ちゃん?!」
「探して来るんだよ。ガキが後追いとかされちゃたまったもんじゃねぇよ」
「そ、そうよね」
そう言って俺たち二人は
多分警視の娘と思われる少女の行方を捜すため
無礼ではあるが部屋中を探した。
そして、しばらくしていると
和室に置かれた小さな仏壇の前にさっきの少女が座っていた。
「敢ちゃん、そっちに居た?」
「あぁ、此処に居やがった」
すると俺たちの存在に気づいたのか、少女は振り向いた。
「誰ですか?」
「あっ・・・えーっと、お、お父さんの部下だ」
「私は、貴女のお母さんにお世話になった者よ」
「そう、ですか」
俺たちがそう言うと、少女は力なく答えた。
「わざわざ、父の葬儀のために来てくださってありがとうございます」
「あ、いや」
「い、いえいえ」
まだガキだって言うのに、しっかりした娘だ。
多分警視の教育が良かったんだろう。
雰囲気からして警視そっくりで、思わず腰が引ける。
「あ、貴女・・・いくつなの?」
「今年で13です」
俺が黙っていると虎田が娘に喋りかける。
「じゃあ、中学生?」
「はい」
「これから一人になるけど、親戚の方が引き取ってくれるのかしら?」
「・・・・・・・・」
突然、娘が黙り込み顔を伏せた。
手元を見ると服を強く握り締めていた。
「ど、どうしたの?」
「誰も、引き取ってくれないかもしれないんです」
「え?」
「どういうことだよ」
娘の発言で俺や虎田は驚きのあまり目が丸くなる。
親戚のあてくらいあるはず。
なのに、何故この子はそんなことを口にしてるんだ?
「・・・父と母は・・・駆け落ち同然で。それで私を産んだから」
「だ、だからって・・・まだ小さな貴女を見捨てるなんて」
「親族は施設にでも預ければいいと思っているみたいなんで・・・仕方ないかと」
「そんな・・・っ」
ようするに、面倒はゴメンという話か。
「仕方ないんですよ。施設のお金は支援するとは言ってるので・・・学校も変わっちゃうけど」
そう言いながら娘は俺たちに笑って見せた。
いや、笑っていない。
涙を、泣くのをコイツは必死でこらえている。
本当は・・・本当は・・・。
「施設に行くのが嫌ならそう言え」
「え?」
「か、敢ちゃん?」
「お前がちゃんと意思表示をしないと、思う壺だぞ」
「で、でもっ・・・そうしなきゃ」
「だからってお前が無理する必要は無いんだぜ。学校や、友達から離れたくないんだったらそう言え」
俺がそう言うと―――。
「本当は・・・本当は、離れたくない。友達とも・・・この、お家からも・・・」
「おいで」
虎田がそう言って両手を広げると
娘は彼女の胸に飛び込み大きな声で泣いた。
辛かったんだろう。
もう、父親も母親も・・・大切な家族すら居ない世界になってしまったのだから。
頼るものがなくなってしまい、小さな体で
何もかも耐えようとしていたんだ。
「敢ちゃん・・・この子、このままじゃ可哀想よ」
「だったら俺がウチで面倒見る」
「えぇ!?ちょっ、敢ちゃん正気!?」
「面度見るヤツがいねぇんだったら・・・俺が面倒見る」
俺の発言に、娘は目に涙を溜めながら俺のほうを見る。
俺はそっと頭を撫でた。
「警視には俺はすげぇ世話になったんだ。せめてもの恩返しに」
「敢ちゃん。・・・うん、じゃあ私も手伝う。敢ちゃん一人に任せておけないしね」
「んだと?!」
俺たち二人が掛け合いをしていると、虎田の胸に居る娘が笑った。
「貴女、名前は?」
「。・・・です」
「そう。よろしくね、ちゃん」
「はい」
6年前の悲しい夜。
涙に包まれた家に寂しく佇んだ少女を見つけた。
そっと手を差し伸べたら、少女は優しく微笑む。
大丈夫、俺が必ず守ってやる。
寂しいとき、悲しいとき、俺が必ず。
あの日の夜は
俺とお前が出逢った日
(悲しみが包んだ夜にふと咲いた小さな花)