「さん、大丈夫?」
「骨に異常はないみたいなので大丈夫です」
ある日、私は学校近くの新野病院に来ていた。
空手の練習に行く途中、アクシデントに見舞われ
先輩達に病院に連れてこられた。
検査の結果などを含め
骨に異常はなく、打撲程度で済んだ。
「あれ?ちゃん?」
「え?・・・あ、由衣さん」
学校に戻ろうと、廊下を歩いていると
突然声を掛けられて動きが止まる。
声のほうを見ると、其処には上原由衣さんが立っていた。
「どうしたの、ちゃん?こんなところに」
「え?・・・あぁ、ちょっと」
「さん、どうしたの?」
「あっ、ちょっと」
由衣さんと話していると先輩に声を掛けられた。
先輩は由衣さんを見ると一礼をし、彼女も一礼を返した。
「あぁ、親戚のお姉さん?・・・今日はもう練習いいから帰って休みなさい」
「で、でもっ」
「いいから、後はこっちで上手くやる。じゃあ、急で悪いんですがさんをお願いします」
「え?・・・あぁ、はい」
先輩はそう言って私を由衣さんに預け学校へと帰っていった。
「何があったの?」
「いえ、ちょっと・・・腕を怪我して」
「だ、大丈夫?!敢ちゃんも来てるけど言おうか?」
「え!?・・・いや、あの、それだけは。ていうか、何で敢助さん?」
由衣の言葉に私は疑問に思っていた。
この前まで敢助さんなら元気にしていたはず・・・それなのに、何故?
というか此処は新野だし・・・敢助さんがもし具合が悪くなるとしたら
此処じゃない別の病院に行くはず。
「敢ちゃんというか、正確には諸伏警部なんだけどね」
「え?コウメイさん?」
「実は・・・――――」
バァン!
「コウメイさん!大丈夫ですか!!」
「さん!?」
「!?」
「誰だ?」
「えっ?」
由衣さんに話を聞いた瞬間、私は病室へと向かった。
勢いよくドアを開けると
スーツを調えて立っているコウメイさんとその横に敢助さん。
さらには茶色のロングコートを着た知らないオジさんと
私と同い年くらいの女の子、そして眼鏡の男の子がいた。
「や、やだっ・・・私ったら・・・す、すいません」
病院だというのはわかっていた。
だが、病室にいるのはコウメイさんと敢助さんだけだと
思っていたのだが、蓋を開けたら知らない人たちまでいたから
私は恥ずかしさのあまり顔を赤らめてた。
「あら?貴女、もしかして」
「え?・・・あ、貴女・・・毛利蘭じゃない?」
「やっぱり。さんだ」
「蘭姉ちゃん、知り合い?」
すると、ロングコートを着たおじさんの後ろに立っていた
女の子が私の顔を見て明るい表情を見せて
眼鏡の男の子が彼女に私のことを尋ねる。
「うん。空手の凄く強い人。・・・長野の方じゃ有名な選手なんだって」
「へぇ〜」
「有名じゃないから。むしろ、貴女だって都大会では優勝者じゃない。私なんか負けます」
「でも、こっちじゃ有名なんですよ。私のほうがきっと負けちゃいます」
「そ、そんな」
彼女と他愛もない話をしていると
なにやら異様な視線を感じる。
視線の先には―――。
「(しまった)」
かなり、怒った顔をしたコウメイさんの顔があった。
そう、コウメイさんは私が空手の大会などに出るのを嫌がる。
理由はもちろん怪我をするからだという。
「自分だけの体じゃないんですから、大事にしてください」と
コウメイさんから言われているのだが
声がかかってしまうとは私も拒むことが出来ず
ついつい参加して、いい成績を残してしまう。
敢助さんはそういう私に何も言わないのだが
コウメイさんに言ってしまうと
その日は延々お説教をされてしまうのだ。
かなり怒った表情でこちらを見つめているので
私はコウメイさんの視線を避けるように
毛利さんに目を移した。
「諸伏警部とお知り合いなんですか?」
「えっ?!・・・あぁ・・・まぁ」
毛利さんにそう言われ、私は答えた。
知り合いというか・・・お付き合いしてる人なんて
こんなところで言ってしまえば、誰もが驚いてしまう。
「、お前何で此処に居るんだ?」
「え?」
すると私の突然の出現に
敢助さんに疑問の声を投げかけてきた。
「えー・・・っと・・・・たまたま」
「はぁ。・・・・・・敢助君、さんと二人で話がしたいんですが」
「あぁ!?」
「コウメイさん」
コウメイさんがため息を零すと
私と二人で話がしたいと敢助さんに尋ねた。
だが、敢助さんは嫌そうな声を上げる。
敢助さんは私とコウメイさんのお付き合いには猛反対。
(まぁ敢助さんが私の親代わりで、二人がライバル同士という理由もあるから)。
「か、敢ちゃん。諸伏警部がちゃんと話がしたいって言うんだから」
「ダメだ!絶対にダメだ!!」
出来ることなら私も今はコウメイさんとの話は避けたい。
絶対にお説教が待っているから。
延々3時間はコウメイさんは私にお説教をするのだ。
「敢助君。すぐに済みますから」
それ、嘘ですよね・・・・絶対。
コウメイさんの「すぐ済む」は多分1時間は説教するつもりだ。
もう、私こんなところに来るんじゃなかったと今更ながら後悔してます。
「ったく・・・・・・10分だけだぞ」
「ありがとうございます」
「えっ!?か、敢助さんっ」
「10分しかお前には貸さねぇぞ。それ以上になったら俺は許さないからな」
「10分あれば結構です」
やだぁぁあああ!!!
そう言って敢助さんは松葉杖を付きながら出入り口にやってくる。
「10分したら戻ってくる」
「か、敢助さん」
「何かされそうになったら叫べ、すぐに来る」
今にも私、叫びたいです。
「じゃ、じゃあ毛利探偵たちも出ましょうか」
「うぇ?お、おぅ」
そして由衣さんは毛利さんたちの背中を押して、病室を出る。
病室のドアが閉まり、部屋には私とコウメイさんの二人が残った。
出て行く人たちを見送ったまま私は、コウメイさんのほうに振り向けない。
振り向いたら最後・・・・・お説教確定。
「じゃ、じゃあ・・・私も、帰ります・・・ね」
そう言って、そそくさと部屋を去ろうとした瞬間。
「お待ちなさい」
「痛っ!?」
「えっ?」
「あっ!?」
部屋を去ろうとした私の左手をコウメイさんが
握り動きを止めたが
怪我をした手を握られてしまい
私は思わず痛みの声を上げてしまった。
口を塞いでも、時すでに遅し。
制服の左の袖をめくられ、包帯が見つかってしまった。
「さん」
「あの・・・これは」
「あれほど自分の体は大事にしてくださいと私は言って聞かせてるはずですよ。
どうして君は私の言うことを聞かないんですか」
「す、すいません」
始まったコウメイさんのお説教タイム。
コウメイさんにお説教されると私はもう何も言えなくなる。
やっぱり来るんじゃなかった。
「空手をするのは構いません。ですが、亡き先輩の奥様が産んでくださった体なんですよ。
そんな怪我ばっかりしてどうするんですか。天国に居る先輩や奥様が悲しみます」
「す、すいません」
「私だって・・・心配します。君は女の子なんですよ・・・怪我なんかして痣が残ったらどうするんですか」
「コウメイさん」
「君に怪我だけはしてほしくありません。さんが大切だから怒ってるんです・・・そうでなかったら怒ったりしません」
「は、はぃ」
分かってる。
コウメイさんが私のことを考えて
怒ったり、優しくしたり、色々してくれる。
だけど、だけど・・・――――。
「怒られといて、言わせてもらいますけど」
「はい?」
「後先考えず行動して、皆さんに迷惑をかけないでください。事件を解決するのは構いません。
それは刑事さんにとっては重要なお仕事ですから。・・・でも、コウメイさんが居なくなるのは・・・・・私はイヤです」
「さん」
今回の事件のこと、私はよく知らない。
ただ、由衣さんからも「諸伏警部が犯人に襲われて頭に怪我をした」とだけ聞いて
自分の怪我のことよりも、そっちのほうが心配した・・・怖かった。
「敢助さんだって、昔犯人を追っている最中に左目と左足を怪我して・・・今はあんな状態で。
刑事さんはいつも死と隣りあわせだって分かってます。敢助さんや由衣さんが居なくなるのもイヤです。
だけど・・・コウメイさんまで居なくなったら・・・私・・わたしっ」
いつの間にか私の目から涙が零れていた。
怖かった。
大好きな人が居なくなるのが。
大切な人を失うのが。
もう、そんなツラくて、悲しい思いだけは・・・したくない。
「さん。・・・すいません」
そう言って、コウメイさんは私を優しく抱きしめてくれた。
「怖かったんです。コウメイさんが頭を殴られて、意識が戻らなかったって聞いたとき・・・怖くて、怖くて」
「それは、昨日のことです。今日は一応と思って再検査をしに来たんです。もう異常はないので大丈夫ですよ」
「コウメイさんっ」
「怖い思いをさせてしまいましたね、すいませんでしたさん」
耳元で優しく囁かれ、頭を撫でてもらった。
気づいたら、涙がおさまっていた。
コウメイさんにいつもこうしてもらうと、すぐに涙がおさまった。
ホント、私単純に出来てるなぁ。
「おい、コウメイ。10分経った・・・って、お前何してんだ!!!」
「あっ、か、敢助さ」
「おや、もうそんな時間でしたか」
すると時間になったのか、敢助さんが部屋に入ってきた。
だが、私を抱きしめているコウメイさんの姿を見て
敢助さんは松葉杖を付きながら凄い勢いで部屋に入ってきて
私とコウメイさんを剥がした。
「お前は・・・油断も隙もねぇ」
「君はやはりムードというものを考えたほうがいいですよ、敢助君。此処はドアを閉めるのが筋だと思いますが」
「誰が閉めるかアホ!、帰るぞ」
「えっ・・・あっ、で、でもっコウメイさん怪我して」
「こんな馬鹿は一人で帰らせればいいんだよ、ホラ帰るぞ!」
右手を握られ、グイグイと敢助さんは私をコウメイさんから離していく。
あー・・・せっかく良い所だったのに。
「さん、また連絡しますね」
「は、はーい」
「返事すんな。行くぞ!」
「はーい」
コウメイさんはにっこりと微笑みながら小さく手を振り
敢助さんに連れられていく私を見送った。
「諸伏警部」
病室に出ようとした瞬間
敢助くんの部下である上原君に呼び止められた。
「上原君。早く行かないと、敢助君が怒りますよ」
「そうなんですけど。・・・ちゃんをあんまり、怒らないであげてくださいね」
彼女の発言に私は首を少しかしげた。
「実は、ちゃん・・・学校の人たちと別の場所で空手の練習する予定だったんですが
工事現場の近くで遊んでいた子供を助けるために、左手に打撲を」
「そうだったんですか」
「コンクリートじゃなくて木材だからよかったんですが、落ちてきたものはある程度避けきれたんですが
最後に落ちてきた1本は避ける時間もなくてそれで左手で受け止めたらしく。
だから、あんまり怒らないであげてください。それだけです・・・失礼します」
そう言い残し、彼女は私の前を去った。
あまり怒らないでといわれても・・・・・・。
「もう、かなりお説教してしまいましたよ・・・まったく」
時既に遅し。
かなり興奮した感じで彼女を怒ってしまった。
ちゃんと言ってくれれば、あんな風に怒りもしなかったのに。
まぁ、私も彼女から怒られたし―――。
「今日はおあいこってことですね、さん」
そう言って、私は病院を後にしたのだった。
事件後の刑事と少女
誰よりもアナタが
心配なんです
(怪我をしても何をしても、アナタが一番大事)