『逢いたくない』
その一言を放って、もう1週間が過ぎようとしていた。
本当にコウメイさんは
私の言葉どおり、電話もメールも・・・そして
目の前に現れることもなかった。
左手の打撲も、包帯が解け
傷も残らないほど癒えていた。
「〜」
「ん?」
すると、後ろから友達が私に声を掛けてきた。
私は振り返り彼女が私の元にやってくるのを待っていた。
「一緒に帰ろう!」
「うん」
帰ろうと誘われたので
私はすぐに返事を返し、二人で帰ることにした。
「最近さぁ〜」
「ん、何?」
「親戚のオジさん、迎えに来ないね」
「え?」
友達の言葉に
私は思わず目を見開かせた。
「オジさんとなんかあった?」
「べ、別に。オジさんも忙しいし、送り迎え大変だから断ったの。ただそれだけだよ」
「ふぅーん。なーんか、ここしばらく浮かない顔ばっかりしてるから
もしかしたらそのオジさんとケンカしたのかなぁ〜って思ったんだけど・・・私の見当違いか」
「お家じゃ仲良くしてるよ。気にし過ぎだって」
「そっか」
嘘をついた。
本当は、ケンカ・・・というか
私が一方的にコウメイさんを避けている。
『逢いたくない』という一言で状況が一変した。
仕方ないじゃない。
死んだ人に、嫉妬して・・・そんな私を見られたくないだけ。
しかも、その亡くなった人は・・・コウメイさんの初恋の人。
今でも大事に車のグローブボックスに
その本を入れているほど。
それくらい、コウメイさんは・・・その人、小橋葵さんが好きだったんだ。
もし、今でも
葵さんが生きていれば、コウメイさんと私は出逢わなかっただろう。
コウメイさんは葵さんを想い
葵さんはコウメイさんを想い
きっと、私とも出逢わなかった。
そう考えたら、もうツラくてツラくてたまらなかった。
「まぁ何が原因でしょげてるか知らないけどさ・・・元気だしなって」
「ぅ、うん。そ、そうだよね」
「よし!今日は私が何か奢ってあげる!!ホラ、行こう」
「うん」
友達に手を引かれ
私は少し小走りになった。
今は距離を置くべき。
こんな私を知られてしまったら
きっとコウメイさんに嫌われてしまう。
葵さんに嫉妬してる私と逢ったらきっと、コウメイさんは――――。
「ふぅ・・・遊びすぎちゃった」
その日、私は友達といろんなところを遊びまわり
家に帰り着いた頃にはもう夜の9時を回っていた。
部屋の電気をつけるのも面倒で
窓から注がれる月明かりで私はリビングまでたどり着いた。
あいにくと明日は学校が休みだから
それをラッキーと思いながら
私はカバンをソファーに置いて
胸に巻いたリボンを解く。
「いつもなら、こんな時間まで遊んでたら・・・コウメイさんに怒られるな」
そう、いつもなら
夜の9時まで遊びまわって
家に帰ってくると同時に
玄関先にコウメイさんが仁王立ちして―――。
『こんな時間まで何をしてたんですか?』
ってすごい険しい顔していたことがあった。
「友達と遊んでたんです」と答えると
其処から延々お説教が開始され、仕舞いには
ベッドに連れて行かれて、締めのお仕置き。
「ホント・・・ない分、ちょっと楽かも」
コウメイさんが居たら、自由な生活も不自由と感じてしまうことが時々あった。
でも、それが今ないと思うとすごく楽ではある。
だけど・・・・・・――――。
寂 し い。
「・・・っ・・・や、やだ・・・私」
<寂しい>という言葉が脳裏をよぎった瞬間
目尻が熱くなり、ジワリと涙が零れてきた。
必死でそれを拭うも、流れ出した涙は止まるところを知らない。
「やだっ・・・やだっ・・・・・止まって・・・止まってよ!」
寂しくない!寂しくなんかない!!
コウメイさんに会わなくても、私は大丈夫なんだよ。
それなのに、どうして止まってくれないの?
どうして、私――――
泣 い て る ん だ ろ ?
「っ・・・う、うぅ・・・コウメイさん・・・コウメイさんっ」
本当は寂しいんだ。
本当は辛いんだ。
本当は逢いたいんだ。
だけど、だけど・・・こんな醜い嫉妬にまみれた私なんか
コウメイさんの隣にいる資格ない。
私よりも、ずっと・・・ずっと、コウメイさんには似合う人が居る。
私みたいな子供・・・・・コウメイさんとじゃ無理なんだ。
でも、それでも―――。
「コウメイ、さっ」
私・・・・・・――コウメイさんが好き。
月明かりが降り注ぐ窓の近く。
私は蹲って泣いた。
逢いたくても、逢えないよ。
こんな、私・・・コウメイさんに嫌われちゃう。
それから何時間経っただろうか。
気づいたら私は眠っていた。
すると、突然体の上半分が軽くなった。
誰かに持ち上げられる?
そう思いながらも、遊びと泣いた後の疲労で
もう目も開ける気力がなかった。
ただ、意識がぼんやりとしていた。
優しく触れられる頬。
そっと掻き分けられる髪。
温かい腕のぬくもり。
ふと感じる瞼に唇の感触。
誰?
ようやく、頭が動き始め
目がゆっくりと開く。
「・・・んぅ」
「さん」
「・・・コウ、メイ・・・さん?どう、して?」
目を開けたら其処には
コウメイさんが私を抱きかかえていた。
しかもその表情からは
安堵と不安の二つの表情が伺える。
「どうしてですって?上原君からさんが帰ってこないからって連絡があったんです」
「そう、だったん・・・ですか」
「いつまで経っても帰ってこないし、連絡の一つも寄越さない。みんな心配するに決まってます。
それで君が行きそうなところ、居そうな所くまなく探したんですが見つからなくて
此処しかもう残ってないから来てみたら、鍵は開いてるわ、君は窓辺で倒れこんでるわ・・・怪我はしてないですか?」
私はコウメイさんの言葉に
軽く笑って答えた。
「何言ってるんですか。私はただ此処で寝てただけなんですよ・・・怪我なんかしてるわけないじゃないですか。
コウメイさんも由衣さんも皆大げさなん」
「心配して当然です!」
突然、コウメイさんが大声を上げた、
あまりに大きな声で私は一気に覚醒した。
「どれだけ心配したと思ってるんですか!連絡は寄越さない、制服のままどこかへ行ったから
何か事件に巻き込まれたんじゃないかと、皆心配したんですよ!!」
「コウメイ、さん」
「心配じゃなかったら探しに来ません。心配だから探しに来たんです。もう私はこれ以上、大切な人を失いたくありません」
瞬間、心臓が大きく高鳴った。
それと同時に、私はコウメイさんから離れた。
「・・・私は葵さんじゃありません」
「さん?」
「葵さんと一緒にしないでください!私は・・・私は葵さんじゃないです!!」
「さん、さん何を言ってるんですか?落ち着いてください」
もうヤダ。
こんな私・・・ヤダ。
私はもう嫉妬の獣を抑えることが出来ず
勢い任せにコウメイさんに当たる。
「私は葵さんじゃない!葵さんみたいになれない!コウメイさんの大好きな葵さんにはなれないんです!!
もうヤダッ!・・・もう、もう・・・コウメイさんなんか、コウメイさんなんか・・・嫌いっ。
嫌いです!・・・大嫌い!!・・・だぃきら」
「さん!」
コウメイさんの胸を強く叩く私をコウメイさんは
手を掴んでそのまま自分の元へと引き寄せ抱きしめた。
身動きが取れないほど、苦しく・・・そして強く。
「・・・もう・・もう充分、分かりましたから。落ち着いてください」
「きらぃ・・・コウメイさん、なんか・・・・・コウメイさんなんかっ」
「嫌いならそう思ってもらっても結構です。でも君が私のことを嫌いでも、私は君のこと・・・心の底から愛してます」
「嘘ッ・・・嘘、つかないでッ。嘘はいや・・・嘘つくコウメイさんも、きらぃ」
「こんなとき、嘘ついてどうするんですか。嘘つくくらいだったら探しに来たりしません。
怒ったりもしませんし、心配したりもしないです。ましてや、抱きしめて―――」
「愛してるなんて言いません。すべて君に対して本気だから・・・・・今までのことが出来るんです」
コウメイさんの言葉で、頭が真っ白になった。
体全体の力が抜けていく。
私の体の力が抜けたのが分かったのか
コウメイさんはゆっくりと私の体を
自分の体から離した。
「さん」
「私・・・怖かったんです」
「何がですか?」
「もし、もし・・・葵さんが生きてたら、コウメイさんとも逢わなかったって。
コウメイさんの側に居なかったって・・・ずっと、ずっと一人ぼっちだったって。
そう考えたら・・・怖くて、もう・・・何も考えたくなくて・・・・・。葵さんが居なくてよかったって
そんな酷いことまで考えたから・・・こんな私見られたら・・・きっと、きっと
コウメイさんに、嫌われちゃうって・・・」
愛されなくなると思った。
見放されると思った。
そう考えたら、もうどうすればいいのか分からなかった。
ただ、逢いたくない・・・その一言で
突き放してしまえば、少しでも楽だろうと思った。
「私は、葵さんにはなれない。コウメイさんが大好きだった葵さんにはなれません。
だけど・・・どうか、離れていかないでください。
コウメイさんまで離れて行ったら・・・私、わたし・・・っ」
「さん」
すると、頬にコウメイさんの手が触れ
顔を上げられた。
怒ってる、困ってる表情をしているのかと思ったが
月明かりで、見えたのは
とても優しくて、温かい表情をしていた。
「私は君を離したりしません。何があっても、君を絶対離したりしません。
葵さんになれなくて当然ですよ、さんはさんなんですから。葵さんになれなくて当たり前なんです」
「コウメイ、さん」
「私は、君が好きなんです。君を愛してるんです・・・それ以外の何者でもない、君自身を愛してるんですよ」
「コウメイさん」
「だから、どうか・・・もう逢いたくないと言わないでください。嫌いとも言わないでください。
私だって、君から避けられたり嫌われたりしたら・・・胸が苦しくて、死にそうです」
コウメイさんは本当に苦しそうな顔をしていた。
私だけじゃない・・・貴方も、苦しかったんだ。
逢えない辛さと、どうすれば良いのか分からないもどかしさに。
「コウメイさん・・・ごめんなさい!」
私は泣きながら、コウメイさんに抱きついた。
そんな私をコウメイさんは軽々と受け止め
優しく抱き返してくれた。
「もう、辛かったですよ。毎日影から君を見守るのがどれほど辛く、切なかったか」
「え?」
抱きつく体を離すと、コウメイさんは私の顔を見上げる。
「逢うなと言われ、電話もメールもダメと言われ・・・もうどうすればいいのか分からなくて。
ただ、君を車の中で見守ることしかできなかった。寂しそうに帰っていく君の横顔や後姿を見るたびに
どうしてあんなことを言ったのだろうと、もう毎日毎日・・・考えても答えが出なくて・・・辛かったです」
「コウメイさん」
「葵さんに嫉妬してたんですね、君は」
コウメイさんにそう言われ、私は素直に頷いた。
「確かに彼女は私の初恋でした。ですが、彼女には既に好きな人がいた・・・結婚もその人と考えていたんです」
「え?」
「小橋は旧姓で、本当は明石。明石周作という人の奥さんに彼女はなったんです。結婚すると聞いたとき
正直私もショックでした。ですが、影から見守ることは出来る・・・彼女が幸せであればそれでいい。
私は自ら引いて、彼女を祝福しました」
話を聞いていると
それも、それで辛い。
影から見守り、幸せを願うのは・・・きっと、ずっと辛かったんだろう。
「結婚して、心臓発作で亡くなって・・・ホント、ダブルパンチでした。でも、そんなときに・・・さん、私は君に出逢った」
「わ、たし」
突然コウメイさんが私の名前を
出すから驚いたが、コウメイさんは
優しい表情を崩さず私に語り掛ける。
「葵さんとはまったく異なった性格をしていた君に出逢って・・・私は今度こそ、この子だけは手離してはいけない。
この子だけは失ってはいけない・・・必ず愛してみせよう、そう思ったんです」
「コウメイ、さん」
「君だけは手離したくありません。たとえ、この世が終わろうとも・・・ね」
「お、大げさです」
「そうですね。大げさですが・・・それくらい、私は君にすごく夢中ってことですよ」
「・・・はぃ」
私がそう返事をすると、コウメイさんは優しく唇を重ねてくれた。
最初は軽く、でも2回目からは深く。
「愛してますよ・・・・・・」
「私もです・・・高明さん」
「、なんか元気になったね」
「え?」
「うんうん。この前より以前の抜け殻はなんだったのよぉ〜」
コウメイさんと仲直りをして
いつもみたいな生活が戻った。
あの後、いっぱいお説教されて・・・相変わらずベッドに強制連行。
でもあの時のコウメイさんは優しくて
私の体を第一に気遣ってくれた。
体はピンピンに動くのだが
でも残念ながら体育が出来るほどの激しさは持ち備えていない。
「やっぱり、オジさんと何かあったんでしょ?」
「ち、違うよ。ホント親戚のオジさんとは何にも」
「ていうかさ、思ったんだけど」
すると友達の一人が、声を出す。
「との親戚のオジさん。傍から見れば何ていうか恋人っぽいよね」
「え?」
「あ、それ思った。親族って言う感じのふれあいって言うか?そういう風に見えないのよねぇ」
そして、二人の視線が私に注がれる。
「付き合ってないから」
そう私はきっぱり答えるも
二人は疑惑の視線を私に向けてくる。
さすがに18歳も離れた・・・しかも刑事さんとお付き合いしてるとか
口が裂けても言えない。
「さん」
「あっ、コウメイさん」
すると、コウメイさんが
外国産の愛車を止め、私に声を掛けてきた。
「今帰りですか?」
「はい」
「じゃあ自宅まで送ります。乗ってください」
「あ、はぃ」
「ちょっとっ!」
「答えてないわよー!!」
「また今度ね!」
私はそそくさと、右側の助手席に座る。
シートベルトを締めるのを確認した
コウメイさんは車を発進させた。
「ところで彼女達と何の話を?」
コウメイさんは運転しながら私に問いかけてきた。
「え?・・・んー、しいて言うなら」
「言うなら?」
「私とコウメイさん、恋人っぽいねっていう話をしてたんです」
「おやおや。そろそろ親戚は苦しくなってきましたかね・・・少々人前でイチャつき過ぎましたか」
コウメイさんは苦笑しながら私にそう言った。
「で、でもぉ」
「はい?」
「恋人っぽいねって言われて・・・私、嬉しかったです」
「・・・・・そうですね。私も嬉しいです、君と恋人同士に見られて」
「はい」
相変わらずコウメイさんの
車のグローブボックスの中には
葵さんが書いた【2年A組の孔明君!】が入っている。
時々コウメイさんの車のお留守番をするときに
それを読むと、葵さんがすごく
コウメイさんを大切にしていたと感じれた。
でもね、葵さん。
コウメイさんは私のモノです。
それだけは絶対に譲れません。
「(って、相変わらず亡くなった人に嫉妬してる私って何なんだろ)」
「さん、どうかしましたか?」
「い、いえ。何でも」
「あまりボーっとしないでくださいね」
「え?」
「無防備にされると襲っちゃいそうですから」
「なっ!?コウメイさん!!」
きっと貴女は知らないでしょ?
コウメイさんのこんな姿。
私だけが知ってるんですよ。
だから、譲れませんよ・・・絶対に。
嫉妬の獣は放たれ
愛情の鳥が空を羽ばたいた
(獣が消え去り、私の中で卵が孵化した。生まれてきたのは愛情の雛、アナタと一緒に育てたい)