『殺して。穢らわしいあの子を必ず殺すのよ』
「ああ、分かってる。――――だが、一筋縄じゃ行かねぇ感じだな。
懐かしい気配を感じるぜ」
呼び出−召喚−された場所は意外と殺風景な場所だった。
足下には魔法陣と、1人の少女だけ。
彼女は不思議そうな表情を浮かべ私を見上げていた。
しかし、どうやら彼女が私の「マスター」らしい。
名は、という。
「しかし酷いな。皮膚が破けているぞ」
手を握り見ると、彼女の手は血まみれ。
皮膚が破けており、一歩間違えれば肉が見えてもおかしくはない。
これだけ酷いのに目の前の少女は痛みを堪える表情どころか
痛みを感じないのか全くの無表情だった。
「マスター、痛みは?」
「とりあえず痛い」
「うむ。痛みはあるんだな。無表情だと痛いのを感じてないのかと思った。
まずは手当が先だろう。ひとまず此処から」
「ちょっと、何か凄い電気が走ったの見えたんだけど。ちゃん、何して」
此処から出ようとした矢先。
この部屋に繋がっていた階段から民族衣装風なのを身に纏った女が降りてきた。
しかも至極女は驚いている。
無理もない。
見ず知らずの男がどこからともなく入り込んでいたのだから。
しかしマスターを名前で呼ぶ辺り、親族か何かか?と推測していると―――――。
「誰?」
「マスターと同じことを聞く辺り、母親か」
マスターと同じことを私に訊ねてきたから、すぐさまそれが彼女の『母親』だと分かった。
子は親に似る、と聞いたことがあるがまさしくそれが体言された図を目の当たりにする。
すると私の言葉が癪に障ったのか
彼女の母親は口端を何度も釣り上げ私を見ていた。
「そうだけど。ちょっと私の娘に馴れ馴れしいわよ白髪。いつまでちゃんの手を握ってるの」
「ますます親子らしい発言だな。マスターは怪我をしている。母親なら救急箱くらい持って」
「待って。今、マスターって」
「君の娘は私のマスターだ。私は彼女のサーヴァントで」
「サーヴァント?!もしかして騎士王!?ねぇ、貴方騎士王なの!?ねぇそうなの!?ねぇ、ねぇ!!」
自己紹介も兼ねて名前を名乗るはずだったが
「マスター」という言葉や「サーヴァント」という言葉を口にした瞬間
私の話を聞くどころか、肩を掴んで問い詰めてきた。しかも、鼻息荒く。
「残念だが、私はセイバーのサーヴァントではない」
「へ?」
期待をさせているようだが、私は正直に答えた。
私の言葉に母親は目を点にする。
「じゃ、じゃあ・・・貴方、何?」
「私はアーチャーだ」
「きゅ、弓兵!?媒介も無しに引っ張り出せたかと思えば、弓兵だったなんて」
私がアーチャー−弓兵−だと知り、母親は崩れるように床に手をつき
何やら落ち込み始めた。
落ち込ませたのは悪いと思っているが、はっきりはさせた方が良かっただろう。
しかし、彼女の言っている意味が不可解だ。
「媒介?マスター、君の母親は何を言ってるんだ?」
「魔術用語とか、そういうの私には分からないから・・・母さんが何を言ってるのかなんて私には理解できない」
「は?まさか、君は呪文も無しに私を呼び出したのか?」
「私はそういう訓練を受けてないから。ただ、陣に手を添えて念じてただけ。
何が出てくるなんて、私には分からないことだったから」
体に流れ込んでくる魔力量を比べたら、さぞ凄腕の魔術師かと思っていたが
どうやらそれは私の思い違いだったようだ。
目の前の、私のマスターとなった少女は「魔力量だけを膨大に持ち合わせた未熟者」と言う訳だ。
完全に宝の持ち腐れに近いが
何が出てくるかも分からない綱渡りに、私の興味は一気に湧いた。
「大した度胸だ。君はやはり私のマスターだな、」
「名前で呼んでくれた辺り、私を主と認めたの?」
「そうだ。君の度胸に敬意を表するよ。呪文も無しにサーヴァントを召喚するとは、君は大した度胸の持ち主だ。
なら、手の怪我も頷けるな。呪文も無しで呼び出した代償、という事だろうな。
手当をしなければならない、早く此処から」
出よう、と言葉を繋ぐつもりだったが気配を感じそれをやめた。
「アーチャー?」
「お客が来たようだが、呑気に茶など飲む相手じゃなさそうだ」
そう言って私は霊体化し、瞬間移動をして気配の元に出る。
この家の庭、とも言える場所に私は立った。
上を見上げると、近隣の家の屋根に座っている姿。
「久しぶりだな、弓兵」
「そのようだな、ランサー」
青い服に、一つに束ねられた長い髪。
加えて自らの背よりも高い赤く長い槍。
槍兵ランサーの姿だった。
「貴様も呼び出−召喚−されたのか」
「まぁな。そういうテメェも、だろ?」
「違いない。なら、目的はマスターの命か」
「テメェのマスターは知らねぇが、俺はこの家の娘に用がある。俺のマスターが殺してこい、って言うからな。
俺はその為に呼ばれたんだよ」
この家の娘、という辺りでランサーの狙いがであることがすぐに分かった。
ふと、背後に感じる魔力が2つ。
「ちょっとアレ、ランサーじゃ。まさか」
「アーチャー、これって一体」
「。母親を連れて、家の中に入れ。此処は危険だ」
「え?」
「はアンタか。弓兵の言うとおりだぜ、俺はアンタを串刺しにするつもりで来たんだからな!!」
そう言ってランサーは上空に高く飛び上がり、一気にこちらに突っ込んできた。
私はその突撃を避け、両手に干将・莫耶を構える。
土埃が辺りに舞い、視界が上手く見えないが一瞬で見えた赤い光。
ランサーの槍がこちら目掛けて突かれるも、咄嗟の判断で交わし
相手へと攻撃を仕掛ける。
しかし、私の剣筋も上手く躱され間合いがとられた。
「その腕は鈍ってねぇな、弓兵」
「貴様こそ、その槍さばき衰えていないようだな」
「なら、いい加減決着をつけようじゃねぇか」
「望むところだ」
その言葉を皮切りに、互いの武具をぶつけあう。
私の剣は何度壊れようとも、何度でも複製が利く。
壊れる度に、複製をし、ランサーの槍と互角にやりあっていく。
何度と武具を交えた所で、再び距離を置く。
「テメェのその剣、ホント嫌になる」
「壊れても何度でも複製する。貴様が朽ちるか、私の複製が朽ちるか・・・どちらが先だろうな」
「それはもちろん」
『貴様−テメェ−の方だ』
言葉が重なりあい、武具が交わろうとした瞬間―――――――。
「アンタ達!!人様の家の庭、何だと思ってんの!!」
其処に声が轟いた。
その声に私もランサーも動きを止め、声の先を見る。
声の先に視線をやると、の後ろに立つ彼女の母親が鬼のような形相でこちらを見ていた。
そう声を出したのは彼女だった。
「2人共、武器を収めなさい」
「おいおい、せっかく良いところだって―のに今更武器を」
「聞こえなかった?武器を収めなさいって言ったのよ。この私に二度も同じ事を言わせる気?」
「・・・っ!?」
ランサーが言おうとした言葉を遮り、逆に恐ろしい視線で黙らせた。
しかし、それだけではない。
あの母親からはの魔力量には及ばないが
今にも爆発しそうなほどの魔力を感じ取った。
「アーチャー」
「」
「母さんの言うこと聞いて。母さんが怒ったら怖いことになるから」
「・・・了解した」
マスターの言葉とあっては、仕方あるまい。
私は両手に持っていた剣を収め、ランサーを見る。
すると目の前のランサーは舌打ちをして、不服そうな表情を浮かべた。
「俺のマスターもやめろだと。其処のオバサンには逆らうなって。なら、今日のところは退散するとしますかね」
そう言ってランサーは軽い身のこなしで、此処を去って行った。
私はランサーは襲ってこないと悟り、振り返り
ただ無表情で私を見上げるの方へと歩みを進めた。
「怪我はないか、マスター」
「私は平気だけど。母さんの精神的ショックは重症ものね」
「もう!!アンタ達のせいでせっかく育ててた植物が台無しじゃない!!
実になるまで何年待ったと思ってるのよ!!育てるのに時間がかかるんだから!!」
「そ、それはすまないことをした」
の母親からは先ほどの魔力量がウソのように、今は感じ取れない。
戦闘の際で、私とランサーがどうやら彼女の育てていた植物を踏みにじっていたらしい。
其処から爆発的な怒りが生じ、膨大な魔力量が生まれていたことになる。
「母さん。もういいって、また育てればいいじゃん」
「ちゃん、で、でもぉ」
「今度は私が育てるから。母さんは心配しなくていいよ」
「・・・うん」
どちらが親、なんて見当がつかない。
が自分の母親を優しく宥めていた。娘の声に安心したのか、母親は納得の返事をした。
ふと、思い出す。
「そういえば。君は確か怪我をしていただろう。あまり放置すると危険だ。すぐにでも」
彼女の手を握り、怪我の具合を見ようとした。
だが、今彼女の手を握っている私は驚きが隠せない。
「何故、癒えている」
先ほどまでは皮膚が破けて血まみれだった両手のひらだった。
だけど今は、それすら見当たらないほど綺麗に癒えていた。
あれだけの短時間で治療なんて無理に等しい。
ましてや、この子は魔術というそれ自体を知らない。
「わ、私が治癒魔法を使ったのよ!この子と違って私はちゃんとした魔術師だからね!
ミコトさんの手に掛かれば、あれくらいの怪我治せないワケないわ」
突然、の母親が
から私の手を離し、しかも間に立ちはだかる。
あまりに突然の介入だったが、魔術が使える人間が身近に居れば傷ぐらいは簡単に癒えるだろう。
だったらこれ以上何も言うことは、私にはない。
「なら、いい。とにかく今は危険だ。家の中に入っていろ。私は少し周囲に危険がないか見てくる」
「うん」
そう告げて、霊体化して周囲に危険がないかを捜しに出たのだった。
新たな主(マスター)、新たな戦場
(そして、未だ気づかぬ『いつもの−聖杯−戦争』とは違うことに)