「あら、もういいの?」
レベッカの声にドアに向かう動きが止まる。
俺の動きを止めたいのか、彼女は近づいてきて体を密着させる。
「帰るの?」
「すまない」
「デザートもあるのよ」
「いや、今日はもう・・・遠慮するよ」
「・・・・・・そう」
そう言うと、彼女は密着させていた体を離し
俺は彼女の家を後にして、車の中へと乗り込んだ。
ハンドルを握り、ため息をこぼす。
拒むつもりはなかったけれど、何だか今日はそんな気分にもなれなければ
最近彼女との付き合いにも少しだけ違和感を感じ始めていた。
誘ったのは俺か、彼女か・・・もう、そんなことも思い出せない。
いや、思い出したくない・・・という表現のほうが正しいのかもしれない。
胸の中にスッキリとしない蟠(わだかま)りができている。
「・・・帰るか」
一人、車内でそう呟きポケットの中から車のキーを探り当てる。
手のひらに出した時、一緒に携帯電話も出てきた。
ふと、手が折りたたまれた携帯を開き
指が発信履歴のボタンを押して、数時間前に電話した人間のところでボタンの動きを止めた。
『』
書かれた名前。
表記された携帯番号。
ボタンを2度押す。
通信が接続され、電波が彼女の元へと知らせのベルを鳴らしに行く。
俺は携帯をそっと耳に当てた。
『・・・ガチャッ!・・・はい』
「やぁ」
『チーフ』
時間は夜中を過ぎていた。
だけど、俺の飛ばした電波にはすぐさま出てくれた。
彼女の声を聞いただけで、胸の中に生まれた蟠りが
嘘のように段々となくなっていった。
『どうかなさったんですか?こんなお時間に電話を掛けてくるなんて』
「その・・・・あの・・・君の」
『はい』
「君の声が、聞きたくなった」
満たされているはずだった。
しかし、何処か虚無感のようなモノを感じていた。
飢え。
渇き。
満たされることのない、心。
だけど、不思議な事に
の声一つを聞いただけで、それらが一気に無くなり・・・満たされてしまう。
ただ、少し声を聞くだけなのに。
『あと数時間もしたら、イヤでもラボで顔を合わせて話をします』
「待つのはあまり、得意じゃないんだ。何だか、今すぐ、君の声が聞きたかったんだ」
『チーフにそう言っていただけると、何だか嬉しいです』
目に浮かぶ、幼い彼女の笑う顔。
ラボでよく見ている・・・の仕草。
今すぐ会いに行こうか、いや、驚かせる目的で会いに行こうか。
今から会いに行っていいか、なんて言えば
きっとの母親から門前払いを食らうのは目に見えていることだろう。
しかし、それも一興か。
そうこう考えている中
ふと・・・満たされない理由が分かってきた気がする。
『チーフ、もうお休みになられたら如何ですか?』
「・・・そうだな。君もあまり勉強のし過ぎで寝坊はしないようにな」
『はい。では、おやすみなさい』
「ああ、おやすみ。また明日」
短い、声だけの逢瀬。
それだけでも心にあった蟠りは何処かへと消え失せ
胸に残ったのは温かな想いだけ。
開かれていた携帯を閉じて、ポケットに戻し
キーを鍵穴に差し込み、車を発進させる。
満たされない理由は、きっと―――――――。
『チーフ』
「・・・、おやすみ」
幼い彼女に、心の拠り所として求めているのかもしれない。
SIGNAL...
(これは君を求めているシグナルなのかもしれない)