こんな話を信じるだろうか?
もし、偶然にも大金を手にする環境に晒された時。
君はそれを真っ先に受け取りに行くだろうか?
安い条件で、高額の収入を得ることが出来る。
僕は生活が困窮しているわけだから、もしそんなうまい話があったら
飛びつくに違いない。
だが、大体そういう話にはこういう謂(いわ)れがある。
”うまい話には裏がある“
実際コレは、そういう話で
その事件の中で僕らが出会った、いや正確にはフラットメイトであり
自称世界で唯一のコンサルタント探偵と言い張る、シャーロック・ホームズと
1人の悲しい過去を背負った女性記者の出会いの話でもある。
「・・・つまらん」
「今日でその言葉、もう37回になるぞシャーロック」
「つまらんものはつまらん。あー・・・退屈だ」
そう言いながらシャーロックは立ち上がり、デスクの引き出しを開け
とあるモノを手にし、壁に向けて構え―――――。
「あーつまらん!」
銃声が一つ。
シャーロックが持っている拳銃『V.R(ヴィクトリア・レジャイア)』が火を吹いた。
銃弾はものの見事に壁に落書きされている
スマイルマークに命中。
しかし、一発撃った所で彼の機嫌が治まるわけがない。
「つまらん!つまらん!つまらん!!」
「お、おい!!撃ち過ぎだシャーロック!!お隣さんや近所迷惑になる!!
せっかく修理したのにまたハドソンさんから修理代を請求されるぞ!!」
「うるさい。僕の気が済むまで撃たせろ。あーつまらん、退屈だ」
そう言って彼は引き金を引き、銃弾を何発も壁にと撃ち込んでいた。
いつもこんな感じだ。
彼、シャーロック・ホームズが退屈し始めると
決まって壁に銃弾を何発も打ち込む。
お陰で壁はボロボロ、壁紙も剥がれ落ち、彼がとある事件で押収した黄色のスプレーで
落書きしたをスマイルマークも見るも無残な姿に早変わりになる。
「シャ、シャーロックッ!!もういい加減に」
「おいおい、いつから此処は射撃場になったって言うんだ?」
「え?」
すると、扉の所に1人の小太りな男が立っていた。
そしてその男の髪は・・・暖炉の炎のように、赤く根元まで染まっていた。
赤い髪の男の登場に、ピタリと銃声が止む。
「だ、誰だ?」
「ドドリーか・・・何しに来た」
見知った顔の登場に、シャーロックは不機嫌そうな顔をする。
そんなシャーロックの機嫌を他所にドドリーと呼ばれたその赤髪の男は笑う。
「最近めっきりうちの店に来ねぇから、生きてるか様子を見に来たんだ。
昔はあんなにうちの店に来ては大量に買い込んでいったからな。まぁ壁に銃弾撃ちこむ辺り元気そうだなシャーロック」
「そうだな。だが生憎と今は禁煙中で、ニコチンパッチと仲良しこよしだ。用がないなら帰れ」
「お、おい誰だ?」
状況がいまいち掴めない僕は彼に「ドドリーという人物は誰だ?」と
シャーロックに尋ねる。
彼はため息を零し、拳銃から弾を取り出し引き出しにしまった。
「ドドリー・ウェルズ。僕が贔屓にしていた煙草屋の亭主だ。
だが、煙草屋の亭主をする前はとあるマフィアの一員でな”赤毛のドドリー“って言ったら裏の世界じゃ有名だ」
「俺のこの髪は血で染まった髪って色んなやつから恐れられてたんだ。実際は地毛なんだがなコレ」
「昔、ファミリー間で起こった事件があってな、その容疑者にドドリーが浮上した。自らのファミリーのボスを撃ち殺した、っていう
ありきたりな事件だ。だが、銃弾や弾道解析を見ても一目瞭然で彼が所持していた拳銃から発砲されたものでもなければ
彼はボスが殺された時間、事件現場の近くでの抗争中に流れ弾に当たってな・・・」
「彼が怪我をして病院に運ばれたのか?」
「いや、違う。流れ弾に当たって怪我をしたのは猫だ。彼はその猫を拾って獣医に届け出ていたという証拠があった」
「は?」
「言えないだろ?マフィアの一員が、猫を助けるために抗争を投げ出したなんて」
「そのおかげで、マフィアから足を洗うことが出来ただろ?猫好きドドリー」
「感謝してるぜシャーロック。あの時助けた猫は今じゃウチで飼い慣らされている」
本当に、彼は僕と出会う以前から
色んな事件に携わっていたと思うと恐ろしいもので
警察だけではなく強盗からマフィアまで、幅広く彼の推理力や洞察力、観察眼を高く評価されていることが分かった。
「だから何をしに来た?煙草の押し売りはやめろ。せっかくの禁煙に水を差しに来たのか?」
「そうじゃないさ。ちょっとした依頼をしにきたんだ」
「依頼?マフィアが関わる事件はゴメンだぞ。今度こそ僕だって流れ弾で命を落としかねないからな、そういう話なら帰れ」
「シャーロック。とりあえず、話は聞くだけ聞こうじゃないか。せっかく来てくれたんだし」
シャーロックは邪険に扱い、ドドリーを帰そうとする。
しかし話も聞かずに帰すのは些(いささ)か申し訳ない気持ちになる(主に僕が)。
ドドリーは小太りだけれど、肥満体質のように見える体格に
額からは汗が出ており、服にもその流れ出た汗が滲んでいた。
そういう体格の人間は、歩くのだけでも正直な話、ツライに違いない。
こういうのは医者としての判断だから、シャーロックとは違う観点から観察している。
「良い恋人を持ったなシャーロック」
「恋人じゃない!」
ドドリーは笑いながら僕にそう言う。
一緒に住んでいる、と言って大抵僕とシャーロックの関係を怪しむ人達は多い。
だが断じて言ってもいい・・・僕は偏見は無いけれど、ゲイじゃない!
「分かった、分かった。話だけでも聞いてやる。引き受けるかどうかはその後だ」
「恩に着るぜシャーロック」
「君は二度も僕に助けを求めた。その借りはいずれ返してもらうし、デカイからな」
「分かってるさ。恋人もありがとうな」
「良かったなジョン。褒めてもらえて」
「嬉しくないし僕は恋人じゃない!!」
そう言って、ドドリーを椅子に腰掛けさせ
僕らは暖炉前のソファーに腰掛けた。
そして、ドドリーは自分のズボンのポケットから
くしゃくしゃになった、新聞の紙切れを僕らの前に出した。
「実は、2ヶ月前・・・こういう事があったんだ」
新聞の紙切れを差し出したドドリーは、饒舌に2ヶ月前
自分の身に何があったのかを、話し始めるのだった。
鎮魂歌の始まり-The Beginning of the Requiem-
(この事件は2ヶ月前から、既に始まっていた)