「あれ??・・・・?」
「え?」
「覚えてない?私よ、ミィ。ミィ・オルボワ」
2ヶ月前、私は大学時代の友人である
赤髪とベビーピンク色したリップが特徴的のミィ・オルボワと街で偶然出くわした。
偶然だったので驚きながら道端で話し込もうとしていた。
あまりに長くなりそうだったので、私は近くのカフェテリアに入り
彼女と久しぶりの会話を弾ませていた。
「、記者になったんでしょ?凄いじゃない」
「フリーだけどね」
記者になって数年。
以前はとある会社の記者をしていたけれど
会社の縛りが嫌だったのもあり、私は会社を辞めて今ではフリーで活動をしている。
「お金持ちなのに、働くこと無いのに」
「お金持ちでも一人立ちしたい人はするの。私はそういう人種」
お金持ち、というか私はとある資産家の娘と言うだけ。
しかし親の脛(すね)を齧って生きたくはなかった。
だから一人立ちを考えた。
帰る家は、豪勢な造りの高級住宅だけれど
働く代わりに家には居てほしいという、母親のたっての願いだった。
「そういえば、ミィ。貴女、今どうしてるの?大学卒業する前、お母さんの具合悪いからって
就職先の内定断ったそうじゃない。同じ学部の子から聞いたよ」
「うん。お母さんの具合は、確かにそんなに良くはないけど・・・今ね、割の良いバイトをやってるの!」
「割の良いバイト?」
「そうなの。コレ」
ミィはカバンの中から、新聞の紙切れを私の前に出した。
私はそれを受け取り声に出して読み始める。
「『赤毛の皆様へ。
アメリカ合衆国ペンシルベニア州レバノンの故アクゼア・ホーキングス氏の意思に基づく当団体に
この度欠員が二名生じました。当団体員はごく軽徴な任務と引き換えに、週650ポンド(日本円:約9万3千相当)の
報酬を受け取る権利を有します。応募資格は心身共に健康な赤毛の男性、もしくは女性。もちろん成人に限り。
希望者は月曜日の午前10時にフリート街ホープスコート七番地の当団体の事務所内、アリノア・マイクまで。
ご本人が直接お越しください』・・・ってなにこれ?」
「だから、割の良いバイトよ」
確かに、見るからに”割の良いバイト“には思える。
何せ1週間勤務で650ポンドもらえるのは、オイシイ話だ。
1ヶ月で換算しても2600ポンド(日本円:約37万相当)。
中小企業の月の収入と変わらない。
いや、大企業の収入に負けず劣らず・・・といった所だろう。
しかし、明らかに・・・胡散臭い。
「胡散臭いとか思わないの?」
「最初はそう思ったけど・・・」
「けど?」
すると、ミィは目を少し伏せ憂いを帯びた表情になった。
その表情からして先程まで明るくしていた彼女の背中に暗い影が
見え隠れし始めた。
「ミィ?」
「ママ・・・元気なんだけど、時々具合良くなかったりして。生活も正直一杯一杯なの」
「一杯一杯?だって貴女の家って、お祖父さんの代から続く工事の請負業者だったはず。
お金だって、大学の時は遊ぶ分も貴女困ってなかったはずじゃない・・・なのに何で?」
「パパが病気で亡くなった後、職人さん達としばらくは上手く経営して行けてたの。でもある日突然
ブロワーお父さんが」
「お父さん?」
彼女の言葉に違和感を覚えすぐさま拾った。
さっきまで自分の父親のことは「パパ」と言ってた彼女なのに
突然「お父さん」と言い始めたところから、何かあると私は感じた。
「ホセ・ブロワー。ママの再婚相手、私の新しいお父さん。確か歳は、35歳とか言ってた」
「ってことは義理の父親・・・って若っ!?いや、今はそんな事言ってる場合じゃないか。それでそのお父さんがどうしたの?」
大学を卒業して変わったのは、生活だけではなく
家族関係まで変わってしまうものか・・・などと、私は心の中で思っていた。
「お父さんが、お祖父ちゃんの代から続いたお店を売って、新しいワインの輸入とかするお店を始めたの。
ブロワーお父さんは長年中小企業に勤めてて結構気位が高いの。お店の何から何まで全部売り払って。
しかも売ったお金は本当に格安って言える代金だった。きっとパパが生きてたらそんな値段で売りもしなければ
お店だって手放しはしなかったはず。お父さんが来てから、もうお家の中はメチャクチャ」
「そうだったの。大変だったわね」
ようやく彼女の話を聞いて繋がった。
今までの話を聞いたら、胡散臭い何とか団体の割のいいバイトを受けるわけだ。
「少しでも生活の足しにって思って、この前面接に行ってきたの。
そしたら見事合格。私とちょっと太ったオジサンも受かってた。
今日もこれから仕事なの。それに週の終わりだから、お給料が貰える日なんだ」
「そう、良かったじゃない」
「うん。それに、今日は彼に逢う日なの」
「彼?」
喜びながらミィは私に告げる。
彼・・・というのは、もちろん彼氏(恋人)と言うわけだろう。
ミィは元々可愛いし、大学の時もモテていたが
本人が中々振り向くような相手が居なかったのは覚えている。
しかしようやく、彼女にも春らしい春が訪れた様子だった。
「以前ダンスパーティーで知り合った、相手なんだけど・・・名前がねグレゴリオって言うの。
彼も忙しかったりしてなかなか会えなくて・・・基本的にメールでのやりとりが多いんだ」
「まぁ仕事とかしてたら、なかなか会えないのは一般論ね」
「会えるのも夜からだし。彼ね、恥ずかしがり屋だから人目は避けて、夜に逢うの。変だけど、ちょっと可愛いの。
この間も一緒に食事しててね・・・」
ミィは照れたように笑いながら惚気話を始めた。
だけど私は呆れること無く、その話に耳を傾ける。
きっと、彼女にとってグレゴリオという男の存在は
苦しい生活に差し込んできた一途の光のように思えたのだろう。
だったらその話を途中で遮るのは野暮と言うものだ。
「あっ、いけない!私ったら仕事に遅れちゃう。ごめんね、足止めさせちゃって」
「いいよ。どうせ暇してる身だし。会計は私がしとくから、仕事行きな」
「うん、ありがとう。じゃあまたね」
「えぇ」
そう言ってミィはカフェテリアを出て、割のいいバイトへと足を走らせていったのだった。
其処に残った私は1人、目の前に置かれたコーヒーを覗く。
「嘘では、なかったな」
今までの話、嘘ではないようだ。
彼女の生活困窮は表情からして間違いないだろうし
大学時代でもそうだが、ミィから嘘をつかれたことは一度たりともない。
むしろあの子は素直すぎて騙されやすい傾向がある。
今回の何とか団体の話も、嘘ではないようだけど・・・変な違和感を感じる。
ミィの話が嘘、というわけではなく・・・何とか団体が本気で胡散臭い。
週給で650ポンド。
月収で2600ポンド。
いくら、アメリカの大富豪が残した意思やら遺産やらか知らないけれど
良い人にも程がある。しかも、仕事内容が軽徴って辺りが胡散臭い。
生活困窮者を狙っての新手の犯罪かもしれない。
お金をあげているという時点で、犯罪の匂いはしない。
むしろそれだけの大金を渡すのは善人のやることだ。
情報が足りなさすぎる。
ふと、目の前に新聞の紙切れ。
ミィが忘れていったもの・・・そう、あの何とか団体の募集要項の紙切れ。
「調べてみるか」
私は紙切れを持って、会計を済ませカフェテリアを後にする。
ミィは素直で良い子だ。
そんな子を嘘で陥れようとしている奴が居るというのであれば私は許さない。
嘘つきは、私の敵。
嘘をつく人間は、私の敵。
せめて、もうこれ以上軽薄な嘘で誰も苦しんでほしくない。
だから身に付いたのだ。
嘘を付いている人間が分かる、誰にも負けない能力が。
私はバッグの中からスマートフォンを取り出し電話をかける。
「あ、もしもし。私、だけど・・・ちょっと調べてほしいことがあるんだ。
急ぎじゃないけど、出来たら早急にお願い。え?・・・そうね、食事の件は考えておくわ。
貴方がそれなりの成果を見せたら・・・の話だけど。えぇ、よろしくお願いね」
振り下ろされた指揮棒-Baton has been downward swing-
(鎮魂歌を奏でる指揮棒は既に振り下ろされていた)