あれから2ヶ月後。

ミィに電話元で泣きつかれた。














、どうしよう!私・・・私、お仕事無くなっちゃった・・・ッ!!
もうこのままじゃ生活できない・・・グレゴリオにも逢えなくなっちゃう・・・!!』








そんな電話を貰い、私はすぐさまミィの仕事場だった・・・団体の事務所に足を運ばせた。

未だに彼女に返していない募集要項の紙切れを持っていたので
私は事務所があったとされる、フリート街ホープスコート七番地まで向かった。

ミィから事務所の場所を教えてもらい
建物の一階から目的の部屋をくまなく探して、ようやく辿り着いた先の扉に
張り紙がしてあった。











【赤き者の集いは本日を持ちまして解散します】









赤毛の団体は、どうやら『赤き者の集い』という名前もこの時にようやく知った。

突然職を失ったミィはショックのあまり寝込んでしまい
今までの状況を彼女から聞き出すのは困難だと悟る。

とにかく情報を得よう、と私はすぐさま同じ建物内に事務所を
構えている人達にこの事を尋ねてみることにした。





同じビル内だし、何か知っているはず・・・そう、思っていた自分が非常に浅はかだった。








「え?聞いたことがない?」


「そうですよ。そんな名前の団体、聞いたこともないですね。宗教か何かの集まりですか?」






建物内の事務所という事務所の人達に尋ねた。

そして、一番最後・・・此処の家主がやっている会計士事務所へと来た。
「赤き者の集いについて何か聞いたりしてませんか?」と尋ねたところ、かの人の口から
出てきた言葉は他の住人達と同じような答だった。






「では、アリノア・マイクという男性はご存知ですか?」


「アリノア・マイクですか?」


「この建物の四号室を借りていたと思われる、男性の名前なんですけれど」


「あぁ・・・あの赤毛の男性ですね」


「ご存知なんですね」






団体のことについても、アリノア・マイクという男についても
他の人達は「分からない」という言葉ばかりだったけれど
やはり貸していた家主と言うべきか、どうやら覚えていたようだ。

いや、名前ではなく・・・彼の風貌、と言ったところだろう。







「あの人なら、スチュワート・モリスという名前です。事務弁護士をやっているらしくてね。
新しい事務所ができるまで、四号室の部屋を貸して欲しいと頼んできたんです。昨日の、夕方くらいかな・・・出て行きましたよ」


「昨日の夕方」






勤務時間は、10時から2時の間だとミィから聞いていた。

つまり・・・ミィと、小太りの男が仕事を終えた後に出て行った・・・と言うわけか。








「あの、スチュワート・モリスさん・・・何処に行かれたか、分かりますか?」









本名が分かれば、こっちのもの。

後は何処に行ったかさえ分かれば・・・捕まえて警察に突き出すだけ。
別に犯罪らしい犯罪をしたわけではないけれど、何の知らせもなく
アレだけの張り紙で納得させようとしている時点で、いい迷惑だ。


世界景気最悪の真っ只中。

普通に働くのですら困難な世の中に、いい迷惑な話を持ちかけたのだからそれなりの罪くらいは償うべき。
大金を渡して雇っていたけれどこんなエンディングは雇われていた側からすれば
やめてほしい話だ。

むしろ自分勝手すぎる。







「多分新しい事務所でしょう。住所控えてますよ」


「教えていただけませんか?友人が困っているもので」


「いいですよ。ちょっと待っててくださいね」






そう言って家主は奥へと引っ込み
すぐさま新しい事務所があるであろう場所を書いたメモ用紙を渡してくれた。






「セント・ポール大聖堂近くの、キング・エドワード街十七番地です。其処が新しい事務所だと教えてくれました」


「そうですか、ありがとうございます」









家主にお礼を言って、部屋を後にした。

私はすぐさま携帯のGPS機能を使い、細かい場所を把握する。
GPSを使い、場所を把握したまでは良かった。だが、指し示していた地図上の場所に違和感を感じる。

其処付近を一度何かの雑誌の取材で訪れたことがあったからだ。

とにかく、行ってみるしかない・・・と思い、記された通りの場所へと赴く。




其処まで足を進ませて、止まる。









「あー・・・此処、来たことある」








GPSが示した場所は、私が度々訪れた場所だった。

「付近」ではなく、「場所」そのものだった。




其処は母親が贔屓にしている、骨董品の店。



店の作りは、現代に馴染む建物だけれど
中に入れば意外に年代物を扱っているから、私も大学時代は論文を書く参考に
此処の店の主人から色々と知恵を拝借したりもしていた。

もしかして、此処の店の主人も?と疑惑を抱きながら店の中に入る。






「いらっしゃ・・・おや、さん所の娘さんじゃないか」



「いつも母がお世話になってます」






店に入ると、あの頃と変わらない齢60すぎの店の主人がにこやかに出迎えてくれた。

しかし、店の主人は白髪で赤毛ではない。
関連があるとは到底思えないのだ。






「珍しいね、一人かい?」


「えぇ。ちょっと聞きたいことがあって。スチュワート・モリスっていう男がやってる
弁護士事務所知りませんか?此処らへんって聞いたんですけど」


「スチュワート・モリス?・・・いや、聞いたことないね。散歩で店の外に出たりしてるけど
此処界隈で新しく弁護士事務所をやっている所はなかったね」



「じゃあアリノア・マイクという男が越してきたっていうのもないですか?
赤い髪をしているから目立つと思うんですけど」



「さぁ・・・見てないね。赤い髪をしてたら、此処ら中の噂にもなってそうだけど
今のところそういう人も聞いたこともなければ、見たこともないね」



「そうですか。ありがとうございます」






聞きたいことを聞いて、私は店を後にする。
すると、カバンの中から携帯がバイブレーションで何かを知らせていた。
しかも長さからすると、メールではなく着信。

私はカバンからスマートフォンを取り出し、電話に出る。








「はい」


『あぁ。僕だ』


「ディモック」








電話の相手は、スコットランド・ヤードに勤務しているディモックからだった。






『調べたよ、君に言われたとおり』


「遅い。2ヶ月かかってる。何やってんの?」


『し、仕方ないだろ。僕だって他の仕事があるんだ』


「他の仕事?どうせ、レストレード警部の使いっ走りにされてたんじゃないの?
それとも新しく出来た彼女との縁切りが出来なかったのかしら?まぁ貴方の場合、大体が後者よね。
レストレード警部のような有能な警部が、貴方のような凡人に仕事なんて頼まないか」


『君・・・ホント、手厳しいよね』


「だったら頼んだ仕事を早くして。言われたくなかったら早くして」







電話元のディモックは落ち込んだようなため息を零す。
こんなやりとりをしているが、別に彼と恋仲という関係ではない。

一番の情報を得るには警察関係者が参加する、パーティに赴くしかなかった。

そこで知り合ったのが・・・ディモックだった。



資産家令嬢、というだけで近付いてくる男は山ほどいた。
だけど一番使いっパシリに出来そうだったのが、ディモックだった。


天下のロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)。
其処に勤務していて、しかも巡査や巡査部長ではなく・・・警部という良いご身分に位置していた。


この鴨を逃してはならない。
そう決めた私は、彼に近付き交流を重ね
彼にその気を持たせながら調べて欲しい仕事を頼んだりしている。



向こうは向こうで、私に幾度とアプローチやアタックをしてくるけれど
当の私というと・・・全くの無視を決め込んでいる。

興味が元々無い・・・ディモックは情報を得るだけの、悪く言えば都合のいい人間だ。









『じゃあ今から会えないか?お昼、まだだろ?いいランチの店を知ってるんだ』


「ランチはともかく、とりあえず会おうとは思ってた。むしろ付いて来て欲しいところがあるの」


『じゃ、じゃあ今からそっちに向かうよ!何処に居る?』


「セント・ポール大聖堂近くの、キング・エドワード街十七番地・・・5分で来て、じゃないと」


『3分で行く』











そう言って通話が切断された。

確実に彼は3分以内で来てくれる。
約束通りに来なければ、私から縁を切られてしまうと思っているのだ。


それにディモックが来てくれるのは好都合だ。
私一人では、多分どうしようもない事だろう。


警察関係者が居るだけで、多分・・・ミィも分かってくれるだろうから。
































「色々と情報を貰うのに時間が要したけど・・・アメリカのペンシルベニア州レバノンには
アクゼア・ホーキングスという男は居ないそうだ。もちろん『赤き者の集い』っていう集団も存在しない」


「そんな」





ディモックが3分以内で私の所にやってきて
すぐさま2人でミィの住んでいる家へと赴く。

そして、彼に調べたことを彼女の前で話させた。


話を聞いて、ミィの顔は青ざめていた。






「アリノア・マイクって男も、何度か偽名を使ってるみたいなの。尻尾が掴めなくてね」


「大金をもらって働いていたようだけど・・・もしかしたら新手の詐欺かもしれないから、一応被害届は出しておこうか?」


「よろしく、お願いします。も、ありがとう」


「ミィ」







顔が青ざめたミィは力なく私に笑ってみせた。
そんな彼女の表情を見ているのが、胸を締め付けられるほど辛くなり
私はミィの手を握る。






「ごめん。団体のこと・・・嘘だと気付かなくて」


「いいの。それに、グレゴリオにも話したら『大丈夫。俺がいるから心配しないで』って言ってくれたの。
それを聞いて安心した・・・別れようって言われたら、どうしようかと思ってたから」


「貴女のことを本気で想っているから、彼はそう言ってくれたのよ。貴女には彼がいて、私も居るから」


「ありがとう


「何かあったら、いつでも電話して。力になるわ」


「うん」






そう言って、私とディモックはミィの家を後にした。





2人で肩を並べ歩きながら、話す。







「架空の人物に、架空の団体なんか作ってどうするつもりだったんだ?」


「さぁね。責任者のアリノア・マイクって男も何度か偽名使ってるし・・・大金出してまで
2ヶ月間、何がしたかったのかしら?」


「とにかく、被害届を出しておくよ。もしかしたら、他にも居たかもしれないからそっちも調べ」


「あ、居た」


「え?」






ディモックの言葉で思い出す。


そう、ミィだけじゃない・・・被害者がもう一人、居た事を。






「ミィと、もう一人被害者が居る」


「え?2人居るのか?!」


「相変わらずの単細胞ね。紙切れ見てみなさいよ、欠員は2人って書いてあるでしょ!つまり、ミィの他に居たのよ。
2ヶ月間大金をもらい続けて、昨日の今日で職を失った赤毛の人が」


「名前とか、分かる?」


「小太りの、オジサンってしか聞いてない。とにかく探してディモック!貴方はもう一人の被害者を探すの!」


「え?え・・・、君は?というか、食事・・・っ」


「食事なんてしてる場合じゃないわよ凡人警部さん。食事はまた今度、私はまだ調べることがあるから。
次は早く貴方の口から報告が聞けるのを楽しみに待ってるわ。食事はまたそれから、あとその後の事もね」







そう言い残すと、ディモックは「次こそは必ず・・・!」と言って
何処かへと走り去っていった。多分、スコットランド・ヤードに戻ったに違いない。

ああやってやる気を出させて、落とすのが意外に楽しいのだ。



そして、私がまだ調べる事がもうひとつあった。






ミィの一筋の光、とも言えるグレゴリオという男の存在。




最初は、彼女を少しでも元気づけてくれる・・・そういう存在に思えていた。
だが先程のミィが言ったグレゴリオの言葉が私の嫌な部分を刺激させた。









『大丈夫。俺がいるから心配しないで』








大抵、この言葉を言うには何か理由がある。

金銭的に圧迫しているミィの家庭環境を知っての言葉なんだろうけど
何だかこの言葉が異様に、私の嫌な部分を刺激する。

体中を、まるで蛇が這うかのように・・・気持ちが悪い。



本来なら疑いたくはない。
友達の幸せを壊すことなんて出来ない。



だけど、一度覚えた嫌悪感は・・・事実を知りえるまで拭い去ることは出来ない。



嘘が分かる染み付いた体には、純白の真実だけが必要不可欠。









「ミィ・・・ごめんね」







悪いと思っていながらも、不快感に感じた言葉の真意を知りたくて
私は「グレゴリオ」という名前だけを頼りに、ロンドンの街を歩き、探すのだった。



真実を求め・・・-Seek the truth-
(彼女の為にも、真実を明らかにするしかない) inserted by FC2 system

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