床は寝にくいものだ。
カーペットがないから余計体に痛く伝わる。
同居人のジョンがコーヒーを零したのが全ての始まりだ。
ちなみに僕は床で寝ている。というか体を転ばせている。
ベッドは脱ぎ捨てたコートやマフラー、様々な洋服が占領しており
いつも使っている暖炉の椅子も、事件資料が鎮座。
デスクの椅子に至っては、ロッキングチェアの真似事をして
僕の体重が支えきれず崩壊してしまった。
僕は空いた部屋のスペースの床で体を寝転ばせていた。
いつも寝転んでいるソファーには客が居るからだ。
「あの、別に私ソファーを明け渡せとは言ってませんけど」
「仮にも、君は女性だ。板目の床じゃ体を悪くする」
数分前に、電話をかけてきた。
入ってきた途端、いつもと違う服装に僕自身心を乱しそうになったけれど
其処は咳払いをして平常心を保った。
むしろ、考えていた事が全部の艶やかな姿で掻き消された。
お陰で何を考えていたのかすら思い出せない。
そう考えたら、そこら辺に居る男と何ら変わりがないものだと僕自身思った。
煩悩と、欲望。
酷い欲を人間は生まれながらに持ったものだ。
「私を女性として気遣ってくれるのは有難い話ですし、そう思って床で寝てくれるのは普通の女だったら泣いて喜ぶ話です。
しかしそういう言葉が貴方から出てきたのが怖いですよ。拾い食いでもしたんですか?」
「厚意だ」
「貴方の口から厚意という言葉まで出てくるなんて。明日は血の雨が降るんでしょうか?」
「つくづく君は失礼な奴だな」
僕の(珍しすぎる)行動に、はただ驚きと毒のついた言葉を吐き出す。
独占したい女性を丁重に扱うのは当たり前なことで
艶やかなドレス姿で現れた彼女を見て、床で寝せる訳にはいかない。
ドレスも汚れてしまうし、何よりの体を心配する。
「やっぱりシャーロックさんがソファーで寝てくださいよ。私よりも肉付き良くないですし」
「本当に君は失礼だな。問題ない、いいから寝ろ」
「・・・でも」
「今日は、いつにもまして愚図るな。・・・何かあったか?」
床に寝転ばせていた体を起こし、ソファーで横になっていると目線を合わせる。
東洋独特の黒眼が僕をジッと見る。
「私が言わなくても、貴方お得意の観察眼でお見通しでしょうに」
「そうだな。さしずめ、君の母君が持ち込んできた縁談をすっぽかした、或いは途中で抜けてきた所だろう」
「どうして抜けてきた、すっぽかしてきたって分かるんです?」
観察眼で、数時間前
彼女に一体何があったのかを推測し始める。
そして目の前のは、目を輝かせながら僕の話に耳を傾けた。
「相手の男が気に食わなかった、または君の癪に障ったような振る舞いをした。
相手はどうせ若手青年実業家とか、証券会社のやり手とか・・・そんなものだろ。
君がその場を抜けてきた理由としては、相手の男に他に女が居ることが分かったから」
「職業がやたら当たりですね。どうして分かったんですか?」
「資産家でも、職業や家柄を選ぶ。僕のようなコンサルタント探偵ならぬ
得体の知れない人物とは関わり合いを持たせたくないだろうし。君の母君は僕に良い印象は持っていないからな。
君がちょくちょく僕の所に来ているのを、君の家の人間が調べに来ているのを何度か見かけことがある。
それでこの縁談話になったわけだが」
「えぇ、お察しの通り・・・抜けてきました。嘘つかれたし、シャツの裾に口紅付いてたし」
「成る程な」
の行動は僕が観察したとおり、どうやらほぼ正解らしい。
女は嘘を嫌い、嘘を好む生き物だと思っている。
しかしは「嘘を嫌う」女性だ。決して好んだりしない。
そして彼女の癪に障る嘘といえば・・・・・・。
「嘘の原因は、煙草か」
「・・・・・・えぇ、その通りです」
煙草しか無い。
は「煙草を嫌い、嘘を嫌う」人種だ。
彼女の生まれがそうさせている。
韓国人の父親が煙草を好み、日本人の母親が嘘を好んでいた。
その影響が酷く彼女の中に爪痕として残り
は「煙草を嫌い、嘘を嫌う」ようになったのだ。
「煙草を吸う人は、皆嘘つきです」
「そうか。ならば、僕も同じだな。探偵は嘘つきが多い。
犯人を欺くにも、嘘はつきものだ・・・もちろん、味方もな」
「そうですけど・・・シャーロックさんは、違います」
「え?」
僕の言葉にが”違う“と言う。
僕はそう、彼女の言う嫌いな人種そのものだ。
煙草も吸う時もあるし、嘘だって探偵をしているからには付き物。
それだというのに、何処が違うと・・・否定な言葉を表すことが出来るんだ?
「シャーロックさんは・・・違います」
「何が違う?」
「それは・・・」
「それは?」
「・・・・・・」
「おい。おい・・・・・・チッ、寝たか」
肝心な答えを聞く前に、彼女は眠ってしまった。
眠っても致し方ないだろう。
何せ高いヒールを履いたまま、2〜3qは歩いてきたに違いない。
普段履き慣れていないものを履くと神経を集中させなければいけないから
眠ってしまうのも頷ける。
僕は立ち上がり、寝室のベッドから毛布だけを抜き取り彼女の体に掛けた。
「肝心な答えはお預けか。一番消化に悪い事をしてくれたな」
寝ている彼女に言っても聞こえているわけない。
何だかいいように振り回されたようで悔しい。
「君の行動を言い当てたんだ。これくらい、大目に見ろよ」
そう言って僕は彼女の唇に自分のを重ねた。
すると口元を動かし、微かに開く。
「シャーロックさん・・・・・・・・・好き、です」
「・・・・・・・・・君という奴は」
言うならせめて、ちゃんと起きている時に言ってほしいものだ。
僕はため息を零し空いているスペースに体を転ばせる。
目を閉じて睡眠に入ろうとするも、やはり先程のの言葉の破壊力が
凄まじかったのか脳は覚醒し、目が冴えてしまった。
僕は目を腕で隠し―――――。
「あー・・・泊めるんじゃなかったよ、ホントに」
部屋に入れた後、あの言葉を言われた後で
彼女を部屋に招き入れたことを後悔するのだった。
名探偵の失敗
(招き入れた後で、後悔した。お陰で次の日は寝不足だ)