「ジョン、何処か出掛けるのか?」
友人のジョン・ワトソンが何やら嬉しそうに荷造りをしていた。
僕は暖炉前のソファーに座り、本を読んでいた。
嬉しそうに荷造りをしている同居人の姿に僕は読む目を止めて、彼に向けた。
「明日。ちょっと旅行にね」
「あー・・・この前連れてきたアパレル会社の女とか?それとも最近よく行ってるカフェの女か?
僕としてはどっちとも旅行に行くのはゴメンだがな」
「君も連れて行くわけじゃないんだから、僕の旅行にとやかく口出しするのはやめろよ。
誰と行こうが僕の勝手だろ」
「別に口出しはしていないし、確かにそれは君の勝手だ。
そして君と旅行に行くのは、僕が先ほど言った女達じゃないっていうのは当たりのようだな。
しかし、こんな時期に旅行とは珍しいな・・・何かあるのか?」
「え?君・・・知らないの?」
「は?何がだ?」
2月のこんな時期。
旅行に行くなんて珍しい。
普通なら、もう少し暖かくなってから行ったりするもの。
それだというのにどうして「こんな時期」と僕が言うくらいの時に
彼が旅行に行くのかが分からなかった。
「知らないの?」と言われて確かに僕は知らないし、理解し難い。
まだ外は寒いというのに。
「おいおい冗談だろ?君、本当に知らないのか?」
「知らんものは知らん。こんな時期に旅行に行く君が僕には理解できない」
「バレンタインだよ、バレンタインデー。名前くらい聞いたことあるだろ?」
「ああそれか」
ようやくジョンに「バレンタイン」という言葉を言われ理解できた。
「つまり、僕は14日のために旅行の準備。ちょっとドイツまで行ってくるよ。
ベルギー産のチョコは格別だって、本に書いてあったからね」
「お土産よろしく。ドイツと言えば、やっぱりビールだな・・・黒ビールが美味いって話を聞く。
よしジョン!・・・僕の土産はビールでいいぞ。黒ビールだ、黒ビールが良い」
「あのなぁシャーロック。僕に土産を頼むのはいいけど
君、もうすぐ14日なんだしに何かしてあげたらどうなんだ?」
「は?何でそうなる?」
同居人の口から、の名前が出てきて僕は目を点にした。
「14日は、ある意味恋人の日でもあるんだぞ?せめてに何かしてあげよう、とかないのか?」
「何をすればいい?」
「旅行に連れて行くとか、プレゼントあげるとか」
「恋人じゃあるまいし」
「君たち付き合ってるんじゃないのか?」
ジョンにそう聞かれ、ふと考える。
付き合ってる、とはつまり何なのだ?
街を腕を組んで歩く男女の事を言うのか?
僕と、そんな事一度もしたことない。
仲睦まじく愛を語り合うのか?
ああそういうのは、反吐が出るほど嫌なことだ。
「愛」だの「恋」だの・・・正直、僕らの間にそういうモノが存在しているのか?
「・・・僕とは付き合っているのか?」
「根本的な問題だな。傍から見たら付き合ってるように見えるよ。
でも、君との場合は一般論よりずーっと程遠いけどね」
「どういう意味だそれ?」
「君がと付き合ってるって思ってなくて、でも彼女を好きだっていう気持ちはあるって事。
普通だったら両方分かることなんだけど・・・シャーロック、本当に君こういうのに関心がないんだな」
「興味のない分野には手を出さない主義なもんでね。関心が無くて当然だ」
「威張って言うことじゃないだろ」
ジョンは呆れていた。僕の言葉に。
恋だの、愛だの・・・正直無関心だし、仕事の邪魔だ。
ああいうのは「一般的な感情」とはまた違うモノで、理解できない。
でも、に対しては・・・僕自身、よく分からない感情だらけだ。
側に居てくれるだけで、退屈は十分と凌げる。
名前を呼ばれるだけで、心をまるで縛られたみたいになる。
彼女が笑うと、安心する。
彼女が泣いていると、心がざわついて不安になる。
彼女が・・・・・・。
「あ、でも14日・・・もしかしたら、ディモック警部と旅行に行くんじゃない?」
「は?」
聞き捨てならない言葉がジョンの口から出てきた。
瞬間、胸を焼きつくすような苛立ちがこみ上げてきた。
「だってホラ・・・仲が良いだろ、2人とも」
「やめろ」
「僕らと会う前から、2人は知り合ってたわけだし」
「ジョン」
「の事だって、ディモック警部の方がシャーロックよりも知ってる事はたくさん」
「ジョン、やめろって言ってるだろ!の事はあんな無能より僕のほうがよく分かってるんだよ!
それにはあんな奴気に留めちゃいないんだ!!」
怒鳴り声を上げると、ジョンは驚いたような表情をしていた。
僕はというと我に返り「悪い、言い過ぎだな」と言葉を零し、ソファーに深く座り込む。
彼女の事で、他の男と何かあるって考えただけで腹が立つ。
イライラが治まらない。
「・」という女に関して
僕は訳の分からない感情によく振り回されている。
「ホント、君って素直じゃないよな」
アレだけ怒鳴り声を上げたのに、ジョンは驚いた表情を収め
何だかニヤついた表情を僕に見せていた。
「今、僕は虫の居所が悪いんだぞ。拍車をかけるつもりかジョン?」
「君は今当たり前の行動をしてるんだよ。好きな子を他の男に取られたくないっていう、ソレだな。
コレなんて言うか、知ってるか?・・・・・・嫉妬って言うんだよシャーロック。嫉妬、分かる?」
「調べれば分かる単語だな」
「じゃあ後で調べるなり辞書引くなりしろよ。僕は今から出掛けてくる。
明日の旅行の予定とか組まなきゃいけないからね」
そう言いながらジョンはジャケットを羽織り、そそくさと部屋を出る準備を整える。
「ディモック警部に先越されたくなかったら、何かすべきじゃないかシャーロック?」
「僕が行動を起こさなくても、の事だ。アイツから誘われても断る」
「だとしても、に何かしてあげたらどうだ?チョコレートあげるなり、他のプレゼントあげるなり。
たまには目に見える意思表示をしてあげるのもいいんじゃないか、君らしくはないけれど」
「うるさい。用事があるならさっさと行け」
「はいはい」
ジョンは笑いながら部屋を後にした。
僕は部屋で1人考える。
ディモックの奴に誘われても、は断るに違いないだろう。
じゃあ14日、僕が食事にでも誘えばいいのか?
しかし僕がと居るところをレストレードや他の奴らに見つかったりしたら
いい笑いものになる。ああ其処は僕のプライドが許さない。
だからといって、何もしないのは・・・嫌だ。
「目に見える、意思表示・・・・・・か」
プライドに反することはしたくはない。
しかし、何もしないのは嫌だ。
此処は一つ、知恵を借りるか。
僕はソファーから立ち上がり、部屋を出て階段を降りる。
「ハドソンさん・・・ハドソンさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
目に見える意思表示。
普段邪魔になる感情を、ほんの1日だけ君に分かるようにしてやろう。
ただし14日限定だ。
僕が滅多に出さないモノだからな・・・有り難く受け取れ。
いや、受け取って欲しい。
「君が好きだ」という、僕の気持ちを。
14日に心-キモチ-を込めて
(せめてその日くらいは、君に僕の気持ちを伝えたい)