泣いて、疲れて、眠って・・・目が覚めた。






「あー・・・目が痛い」






久々に泣いたのか目が痛い。

乾燥しきった部屋に泣いた目は酷くしみて
十分な潤いが欲しかった。


とにかく顔を洗おう。


私はベッドから起き上がり、部屋を出ようとする。







「うわっ!?・・・ジャミンさん」


「ああ良かった。ようやくお返事なされて」






ドアを開けると、目の前にジャミンさんが今からノックする仕草のまま立っていた。


しかし、私は目線を逸らす。

数時間前に私は執事やメイドさん達に酷いまでの怒鳴り声を上げたのだから
何だかそれを思い出すと申し訳なくなり、目線を逸らした。







「先程は、我々もお心遣いが出来ず申し訳ございませんでした」


「いえ。あの、私もすいません・・・怒鳴ったりして」


「私共は大丈夫ですよ。それよりもお嬢様の仰られた通り、頂いたプレゼントは全て燃やしました」


「え?・・・あ、ああ・・・ありがとうございます」






その場の勢いで言ったまでの事だったが
まさか、本当に燃やすとは。

「王の言うことは絶対」と、イギリスならではの絶対王政なのか
今度からは自分の言うことは気をつけようと思った。









「ただ・・・お1つだけ、ポストの中に入ってたプレゼントがありまして」


「え?ポスト?」


「はい。こちらのプレゼントだけ、珍しいことにポストに入っていたんです」







ジャミンさんの手に持たれていた、綺麗な袋を私は受け取った。

今までは宅急便で届くのが大半だった。
ポストに入っていた・・・というのは、珍しいケース。


いや、多分・・・初めての事。








「最初は言われた通り、燃やそうと思ったのですが・・・贈り主が分からないものですから
燃やすのが何だか不気味で」


「へ?」







贈り主が分からない?



私は袋の外に付いていたカードを見る。











『貴女を愛する人より』









カードにはたったそれだけが書いてあった。
しかも、この筆跡は見たことがある。



もしかして・・・?


いや、もしかしなくても・・・?








「コレは燃やさないでください。コレは、貰います」


「かしこまりました」







プレゼントを受け取り、私は再び部屋の中に。

部屋に入った途端、机に置いていた携帯が電話を知らせるベルを鳴らす。
私はすぐさまそれを取り、耳に当てる。








「もしもし!」


『何度電話をすれば君は出るんだ?僕は何度も君の携帯に電話をしたのに
ちっとも出ないじゃないか。何してたんだ?暇だからって、こんな時間まで寝てるなんていいご身分だな



「シャーロックさん」






電話の主は、シャーロック・ホームズ・・・彼だった。






『君からすぐ僕の名前が出るなんて珍しいな。いつもは僕が注意してから呼ぶのに』


「ビックリすると、そうなるんです。あの電話、何回も掛けてたんですか?」


『当たり前だ。1回目で出ない辺りおかしいと思った。君の場合、仕事中や移動中だったらすぐさま掛け直してくるし
どんなに掛けても大体は2回目くらいで電話に出る。だが今回は多すぎだ、10回掛けた。ようやく11回目で君は出たがな』


「大分掛けたんですね・・・すいません」


『謝るくらいならさっさと電話に出ろ』








相変わらず電話元のシャーロックさんは嫌味な言葉全開の通常運転だった。







「あの、シャーロックさん」



『何だ?』



「ウチのポストに・・・プレゼントを入れたの、貴方ですか?」







通常運転をするシャーロックさんに、私は思っている事を口から出した。
カードに書かれた筆跡は間違いなく、シャーロックさんの筆跡。
何度も彼の書いている文字は部屋に入り込んだりしているから分かっている。

私の問いかけに電話元の彼はため息を零した。








『仮にそうだとしたら・・・・君はどうする?』




「食べ物だったら、大事に食べます。使えるものだったら大事に使います。
貴方が私のためにくれたモノだと言うのなら、私は・・・大事にしたいし、嬉しいです」







私のために、用意したものなら・・・それだけで、嬉しい。







『在り来りすぎて、実につまらない返答だ。開けては見たか?』



「いえ、まだです」



『なら開けろ。さっさと開けろ。僕が君にあげたと言うものなら早く開けろ』



「あ、はい」





そうやって言う辺り、確実に私へのプレゼントだと言っているようなものだ。
だけどシャーロックさんの事だから、素直には言わない。


私は袋を開ける。






『開けたか?』



「あ、はい」



『何が入ってた?』



「細長い箱です。時計ですか?」




『細長い箱には時計、と思う辺り一般的解釈に等しいな。答えが普通すぎてつまらん。
他にもあるだろ?君はジョンと違って、そこそこ出来るバカだって僕は思っているんだがな。
普通すぎる答えだとジョンと同じに格下げだ。もう少しマシな返答を願いたいものだな。
ちなみに時計はハズレだ。一般的なモノ過ぎてつまらん』



「何処にどうツッコミを入れたらいいのか分からないからとりあえず開けます」



『懸命な判断だ』






シャーロックさんの言葉にツッコミを入れたかったけれど
何処にどうやって入れればいいのかも分からないし、むしろ入れる場所が多すぎるから
とりあえず箱を開ける事にした。


1つだけ分かったのは、私はどうやら彼の中で「そこそこ出来るバカ」らしい。




袋の中に入っていた細長い箱を取り出し、蓋を開ける。




其処に入っていたのは―――――――。












「シャーロックさん、あの・・・コレ」



『女の好みなんて正直僕には分からん。何をあげれば喜ぶなんて知らない。でも、ただ』



「ただ・・・?」



























『君に似合うと思って買ったネックレスだ』







細長い箱の中に入っていたのは、小さなハートの付いたネックレス。


どんなに豪華な宝石よりも

どんなに高いブランドの物よりも

小さくても、宝石にもブランド品にも負けない輝きが其処にあった。









「結局、自分でコレをポストに入れたって認めましたねシャーロックさん」



『フンッ、どうせ安っぽい嘘だ。君が勘付いて当然だよ。というか、いい加減部屋の電気を点けたらどうだ?
自分の部屋の電気ですら家の人間に点けさせているのか?金持ちの考えていることは本当に理解し難いな』



「え?部屋の電気が何で点いてないって・・・」









彼の口から出てきた言葉に驚いた。
そういえば、最初も「こんな時間まで寝てるなんて」って言っていた。

もしかして、と思い私は窓から外を見る。


家の塀の外の道に立つ、一つの黒い影。




私はすぐさま部屋を飛び出す。









『部屋の電気は点けなくていいのか?』



「点ける必要がなくなりました」



『何故?』



「だって・・・っ」









私は外に飛び出して、道に立っているシャーロックさんと目を合わせた。

でも、まだ電話は繋いだまま。










「貴方が外に居るから、電気を点ける必要がなくなったんです」



『出てくるまで時間がかかったな。おかげで煙草を大分吸う羽目になった。もう少しで一箱無くなる所だったぞ。
せっかく禁煙を頑張ってたのにジョンに怒られる。どうしてくれるんだ、まったく』



「だったら私、しばらく近付けないですね。煙草は嫌いだから」



『いや、君は近付いてくる。僕が行かずとも・・・君は僕の所に来る』









シャーロックさんは自信満々で言い放つ。

ああ・・・煙草の匂いは嫌いなのに、あの人の煙草の匂いだけは許せる。


私はゆっくりと近付き、ようやく彼の目の前に立った。

彼は通話を切り、携帯をロングコートのポケットに収める。
そして黒の革製の手袋越しでそっと私の頬に触れた。


ひんやりと冷たいモノが肌に触れて、少し震える。










「煙草の匂いは嫌いなんだろ?さっきも言ったが一箱無くなるくらいまで吸ってる」



「煙草の匂いは嫌いです。でも、何ででしょうか・・・貴方だとそれが許せるんです」



「それは、つまり君にとって僕は」



「愛する人だから許せるんですよ、シャーロックさん」



「・・・そうか」








私は彼の胸に頭を置いた。

すると彼は私の頭に手を置いて優しく撫でる。








「目が腫れてて、少し声が枯れてるな。君のことだ。多分、バレンタインのプレゼントの山に
飽き飽きして執事やメイドに『こんなにいらない!』なんて言って怒鳴り散らしたんだろ。声はそのせいで枯れてるし
目が腫れているのは、多分罪悪感に駆られて泣いたせい。部屋の電気が点いてなかったのは泣きつかれて眠ったから。
起きて点けようとしたが目が腫れているし、乾燥したから先に顔を洗ってこようと思ったんだろう」


「さっきの雰囲気を台無しにする観察眼のお言葉ありがとうございます」






相変わらず雰囲気をぶち壊しにするのは得意中の得意な人だ。


頭を離し見上げると、彼は笑みを浮かべ
自分の着ていたコートを脱ぎ、私に羽織らせた。








「あの、シャーロックさん・・・何でコートを?」


「寒くないなら返せ」


「あ、寒いです」


「なら着てろ」










コートを着せてもらって気付いたが
自分が薄着のまま外に飛び出してきたのが分かった。




ふと、鼻を掠める香り。








「煙草臭いか?」


「はい。でも大丈夫です」







先程まで煙草を吸っていた匂いが、コートに染み付いているのか
あの独特の匂いが鼻に入ってきて嗅覚を刺激していた。



すると、手を握られそのまま引っ張られる。








「え?あ、あの・・・シャーロックさん?」



「こんなトコロにいつまでも立っていたらお互い風邪を引く。とにかく僕の部屋に行くぞ。
ジョンは出かけて部屋には居ないし今日は戻っても来ないだろう。部屋の暖炉の前に座って
温かい紅茶にブランデーを入れよう。香りつきがいいな、カルバトスかキルシュ辺りが確かあった。
ああこんな時マイクロフトの家からくすねて来たかいがあったな。しかも高級品だ、紅茶との相性は抜群に違いない」



「あ、あの・・・」


「とりあえず今日は・・・君を帰さない予定だ、いや確定だ。高級ブランデーを紅茶に混ぜて出すんだし。
此処まで来たんだ、今日はとことん付き合え。それが君の僕へのバレンタインのプレゼントとして受け取ってやる」



「シャーロックさん。・・・はい」








私が用意してないのが分かった口振りで彼は足を進ませながら言う。
そんな彼に私はただ笑みを浮かべ返事をした。






「バレンタインだ、良い話がある」



「何ですか?」



「1929年アメリカのシカゴで起こった血のバレンタイン。聖バレンタインデーの虐殺とも言えるあの有名な事件だ。
実は僕なりの考察があるんだ。是非聞いて欲しい!全米中を震撼させた、あの血塗られた惨劇。
しかし考えたらバレンタインの発祥でもあるウァレンティヌス神父が処刑された日が2月14日と、これも血塗られた話だな」



「とりあえずその話全部、バレンタインの甘い雰囲気はぶち壊し全開ですね」



「バレンタインが甘い雰囲気なんて誰が考えた?実際は神父が処刑された日だぞ?
血塗られた日に恋人たちは腕を組んで愛を囁き合う。大昔そんなことがあったなんて誰が知ってる?
僕は知ってるし、それはそれで興味が湧く。甘い雰囲気なんて何処吹く風だ」







シャーロックさんらしいといえば、シャーロックさんらしい話かもしれない。


甘い雰囲気なんて、この人を好きになった時点で望まないことだ。




そんな雰囲気に関心が無いだの何だのと言ってても
結局は私にプレゼントをくれた。



こうやって雰囲気をぶち壊しにするのは・・・素直じゃないこの人がよくする事。




握られた手が強くて、それでいて温かい。








「シャーロックさん」



「何だ」



「ネックレス・・・大切にしますね」



「じゃなきゃ君は相当な罰当たりになるぞ。だから大切にしろ」



「もちろんです」









そう答えたら、彼は少しだけ嬉しそうに笑ったように見えた。






贈り主のない贈り物が届いたときは
「アナタを愛する人」からの贈り物だと、そう思うでしょう。





贈り主のない贈り物
(それは「アナタを愛する人」からの心をこめたプレゼント) inserted by FC2 system

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