「じゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
軍服で身を包んだ彼を毎朝見送るのがもはや私の日課。
ユニオン・アメリカ軍MS部隊MSWAD中尉、グラハム・エーカー。
私の彼です。
「あ、忘れていることがあるんだが」
「忘れ物だったらすぐ取ってくるけど?」
「モノじゃないんだが・・・、行ってらっしゃいのキスはしてくれないのか?」
「なっ!?しないわよ!!早く行きなさいって!!」
「おやおや、これ以上君が怒らないよう私は行くよ」
そう言って、彼は軍施設へと向かって行った。
そんな彼を見送った私はため息を零し、扉を閉める。
いつも突発的に、私にそんなことを言ってくるグラハム。
時々そんな言葉を自分で言ってて恥ずかしくないのか?と思う。
あんなことを平然とした顔で言うから尚更おかしく感じる。
まぁそれが、グラハムらしいと言えばグラハムらしい姿だ。
そんな彼がいなくなった部屋を改めて眺める。
グラハムは身寄りのない私を引き取って
自分の家(というかマンションの一室)に私を住まわせている。
ようするに、私は居候人というものだった。
清潔感のある部屋で、つい最近まで使われてなかったようにも思えるくらい本当に綺麗。
ソファーに、テーブルに、パソコンに、テレビ。
寝室に行けばダブルサイズのベッドとクローゼット
此処に来て特に一番不思議だったのが、一人暮らしなのに何故ダブルベッドなのか、ということだった。
きっと一人のとき寝相でも悪かったのかも、と考えたらちょっと笑ってしまった。
クスクスと一人で笑いながら、私はリビングへとやってくる。
ふと、食器棚のガラスに映った自分の姿が目に入る。
首筋にほのかに残っている、いくつもの赤い斑点。
それはまぎれもなく、キスマーク。
指でソレに触れて、思い出す。
昨夜も、グラハムと体を何度と重ねていたことを。
『・・・私の、可愛い』
体の全てを彼に委ね、酷い位の愛撫を与えられ
甘い言葉を耳元で囁かれ、何度となく共に味わった快楽。
『ああ、愛してるよ。誰よりも私は君を愛してる』
優しい笑みを浮かべ、彼は私の体を貫く。
足掻くことも出来ずただ感じることだけを、彼の寵愛だけを甘い声を上げながら受けるだけだった。
「今思い出したら、凄い恥ずかしいなぁ〜」
私は昨夜のことを思い出し、食器棚のガラスを見ると自分の顔は真っ赤。
思わず両手を頬に添えて其処を去る。
バルコニーに続く窓を開け、空を見上げる。
3つの大国が闘いを続ける、混沌の世の中。
親は私が6歳の頃に亡くなり、両親と仲の良かった花屋のご夫婦に養子として迎えられ
家族同然で今の今まで暮らしていた。
そして18の頃、私はグラハムと出逢った。
最初は本当に「花屋の店員とお客さん」という関係だった。
雨の中途方に暮れていた彼を何だか放っておけなくて
私は傘の中に招き入れ、店へと迎えた。
色々と理由を聞いたら、友達を戦地で亡くしたという。
そんな彼に私は花束を拵(こしら)え、渡した。
それがきっかけ。
彼は私を見つけてくれた。
『君・・・名前は・・・?』
『え?・・・です。・・・・ですけど』
『そうですか。さんですか、美しい名前ですね。・・・・また来ます』
『ありがとうございました、またどうぞ』
滅多に名前を聞かれることがなかったので
私は、おかしな人だと思った。
『また来ます』と言って去って行くものだから、まさかとは思っていたが
案の定彼はやって来た。
それも毎日。
ある種、異常なほど・・・彼は私の居る花屋にやってきた。
気付けば、私は彼に惹かれていて・・・でも、思いを告げるのが怖くて
前進することが出来ずに居た。
そして、彼と関わって3ヶ月したある日・・・それはやってきた。
『。今からエーカーさん、貴女に大切な話があるんだって』
『え?私に?』
彼から話がある、とお養母さんからの言葉に
言ってることが今一掴めなかった。
だからそれを言った本人を見てみたら、真剣な面持ちでこちらを見ていた。
その緊張が私にも伝わり体が強張る。
でも、何も言い出さない彼にお養母さんが私の肩を抱いた。
『お養母さん』
『あのね。エーカーさん、貴女のこと引き取りたいんだって』
『引き取りたいって・・・え?あ、あの一体どういう?』
『エーカーさんにのこと話したら”私にさんを引き取らせてください“って言ってきたの』
『そ、そんな・・・っ』
あまりのことで私は彼に詰め寄った。
『エ、エーカーさん・・・困ります!!私を引き取るなんて』
『さん』
『私なんか、別に何の役にも立ちませんし・・・それに・・・あの』
こ れ 以 上 誰 も 失 い た く な い 。
言葉が出なかった。
ただ、涙だけが溢れてどう彼に伝えていいのかも混乱していた。
それから彼がどういう理由で、私の居る店にやってきていたのか。
毎日異常なほど、私が此処にいる・・・ただ、それだけの理由で
彼は足しげ運んでくれていた。
それは、彼が私を「好き」だと想っていてくれたから。
『貴女が側に居てくれたら、もう安易に死を選ぶなんて事しません。
それよりも、私は貴女を失いことが何よりも怖いです』
『・・・っ、エーカーさん』
『だから、貴女の抱えてる悲しみを私に全部預けてください。もう、一人で抱え込まなくていいんです』
彼は気づいてたのだ。
私の抱えている悲しみも、苦しみも全部。
彼に初めて、あの日抱きしめられてようやく分かった。
だから、私も・・・胸に秘めていた想いを、告げた。
しかし、彼の告白はこの後のが一番驚かされた。
胸から手帳のようなものを出され、それを広げてみたところ
彼がアメリカ軍きってのエースパイロット、だと言う事を知らされたのだ。
はじめ、彼の風貌からして外交官だと思っていたのだが
蓋を開けてみたら・・・彼は、外交官ではなく・・・アメリカ空軍のエースパイロットだったのだ。
『すいません。その、騙すつもりとかなかったんです。でも、なんて言うか
自分が軍人であることをなかなか言い出せなくて。外交官と偽っていたこと・・・謝ります。
本当にすいませんでした』
「半ば、騙されて連れて来られたような気がする」
ソファーに座り、私は呟いた。
今、あの頃を振り返れば、そんな風に思ってしまった。
でもあの時の出会いがあったから・・・今、私は彼の家で居候をしているようなものだ。
―――――ピーンポーン!
すると、インターホンが鳴った。
私は座っていたソファーから腰をあげ、玄関に走る。
もしかしたらグラハム、忘れ物を取りに帰ってきたのかしら?などと
そんな思いを巡らせながら、鍵を開け、ノブを上げ扉を開いた。
「どうしたの、グラハム?もしかして、忘れ」
「あれ?此処は確かグラハムの部屋じゃ」
開けてびっくり、私の目が点になった。
茶髪で、ポニーテールをした眼鏡をかけた紳士的な人が其処には居た。
困惑した思考回路を元に戻し、目の前の人物に話しかける。
「あの、確かに此処は・・・グラハム・エーカーの部屋ですけど」
「あー・・・もしかして、君があの花少女かい?」
「花少女?・・・えっーと、どちらさまで?」
紳士さんの口から放たれた『花少女』なる言葉も気になるが
その前に、名前を私は尋ねた。
「申し遅れました、僕はビリー・カタギリ。
グラハムとは旧友同士でね彼の所属する部隊の技術顧問をしているんだ」
「私はです。・と言います。あの・・・花少女って何ですか?」
ようやく、カタギリさんに『花少女』の事を聞くことにした。
「グラハムがある花屋の少女に心を奪われて毎日通いつめていたのを聞いててね。
彼、君の名前も教えてくれないから、僕が勝手に花少女と名づけたんだよ」
「ああ、成る程」
「そういう事。でも、ホントお花みたいで可愛いねさん」
「そ、そんなっ」
こうも、ストレートに言われてしまうと
私もどう対応していいのか分からず、戸惑ってしまう。
「あ、そうだ。僕時間もあるし今からお茶でもどう?」
「え?!」
突然の誘いに更に戸惑う。
一応グラハムが居ない間の留守は任されている身だから
中々動けなかったりもするし、安易に部屋を空けれない。
1人頭の中で考えている間も、カタギリさんは話を続ける。
「最近、此処近辺においしいコーヒーと紅茶を淹れるお店が出来たんだ。コーヒーか紅茶は苦手かい?」
「え?・・・あ、いえ、できるなら紅茶が好きです」
「うん。あ、其処のチョコシェフォンケーキがおいしくて飲み物に合うんだ」
「ホントですか!」
甘いものが大好きな私はまるで餌を与えてもらう仔犬のように喜ぶ。
食べ物が絡むと、やっぱりダメだ。
イケナイと分かっていながらも・・・好きなものには到底勝てない。
そして甘いものの誘惑には、ほとほと弱い自分に泣きたくなりそうだった。
「じゃあそうと決まれば行こうかさん」
「え?あ・・・は」
「お遊びが過ぎるぞ、カタギリ」
すると聞き慣れた声に恐怖を感じ取った。
声の方向へと顔を向けると―――――。
「おや、グラハム居たんだ。気づかなかったよ」
「ワザとだろ、カタギリ」
グラハム・エーカーさん・・・ご立腹の様子で壁に寄りかかっていた。
そして、不機嫌そうな面持ちでカタギリさんと私の間に割り入る。
「君が、に一目会いたいと言うから
見て少し話すだけならいいぞってことで連れてきたのに、何をしてるんだ」
「だって此処で立ち話もなんだし、かと言って君の部屋に入るのも忍びない。
じゃあ、お茶に誘ったほうがいっそいいと思って」
笑顔で対応するカタギリさん、それを不機嫌な顔で追い返そうとするグラハム。
私は一体どうしたほうがいいでしょうか?
「、来い」
「え?・・・ちょっ、グラハム!?」
すると、グラハムが私の腕を掴み部屋の中へと入る。
「さん、じゃあ今度お茶を」
「カタギリ、絶対にとはお茶などさせないからな!」
「勝手に決めないでよ!」
-----バタン!!
扉が大きな音を立てて、閉まった。
そして、私とグラハムの二人。
もちろん、部屋に入れば此処全てが彼の領域(テリトリー)になる。
私はもはや、籠の中の鳥・・・というわけだ。
「」
「っ!?」
翡翠色の瞳が私を突き刺すように見つめてくる。
真剣な声が私の動きを全て止めた。
あまりのことで、どうしていいのか分からなくなり無言になる。
「・・・・・・」
「君は無防備すぎる」
「ご、めんなさい」
「今回はカタギリだったが、もし私の部下や同僚が来たらどうするんだ?私は誰の目にも君を映したくないんだぞ」
「え?」
彼の言葉に心臓が高鳴った。
それは、つまり・・・・・・。
「グラハム・・・嫉妬してるの?」
「のことになると、正直余裕すらなくなってしまう」
「グラハム」
「君は、ずっとずっと私の目だけに映っていればいいんだ。それだけで、いいんだ」
「ホント、独占欲の強い人ね貴方って」
「。私は君を見つけたときからずっと・・・ずっと惹かれていたんだ」
そう言って、彼は私の肩に頭を置いた。
顔に当たる柔らかい金髪が頬に当ってくすぐったい。
「さて、」
「何?」
肩に置かれた顔が離れる。
その時私の目に映ったグラハムの顔。
笑っているのだが・・・その笑顔が怖い。
「グラハムさん?」
「カタギリに付いて行こうとした罪は重いぞ」
「えっ・・・あ、いや・・・それは」
「ほぉ言い訳したいのか?じゃあ、その辺たっぷり聞こうじゃないか・・・・・・ベッドの上で」
抵抗も出来ず、私は結局昨夜同様
彼の腕の中へと、連れて行かれるのだった。
寵愛は独占へと。
(もう君を誰にも渡したく無いんだよ・・・私だけが君を知ってていいんだ)