「ただいま、。・・・?」
夜。
私は、仕事がいつもより(といっても、今日はデスクワークメイン)が
早く終わり、の居る自宅へと帰った。
玄関を開けて、愛しのに声をかけるも
彼女はいつものように私を出迎えに来ない。
「・・・?・・・真っ暗だな、出かけたのか?」
私はリビングへ続く廊下を歩く。
その間、部屋には一切の電気が点いていない。
出かけたのなら携帯に何らかの連絡を入れるはずなのだが
帰ってくる最中、私の携帯は音を奏でるどころか動く気配もない、まさに無音の状態だ。
「、居るのか?」
私は、真っ暗になっているリビングのドアノブを捻り開けた。
――――ガチャッ。
「っ、何だコレは!?」
「あ、グラハム帰ってきてたの?お帰り」
リビングを開けたら、あたりは真っ暗で
天井には白い点が無数に散りばめられていた。
その、暗い部屋の真ん中。
テーブルの真ん中には、球体の形をしたモノが光を放ち、天井を星空に変え
その側で、が天井を観ていた。
「コレは、一体・・・何だ?」
「ごめんごめん。今消すね」
私は突然のことで、何がなんだか分からない状況でいた。
そんな私には笑いながら球体の形のもののスイッチを切り、リビングが
自動的にいつものように明るくなった。
「プラネタリウム?」
「そう。家庭用サイズ」
「誰から?」
「カタギリさんから。研究室片付けてたら見つけて、貰ったの」
私は普段着に着替え、明るくなった部屋で
ソファーに腰掛けテーブルに置かれた球体のモノを観ていた。
「カタギリ、こんなの持ってたのか・・・?」
「ん〜何かね、昔使ってたんだけど・・・もう使わなくなったからさんにあげるって」
「彼にも恋する時代があったんだよ」
「え?!誰だれ、カタギリさんの好きな人って!!」
「本人に聞けばいいだろ?私も詳しく知らない」
私が話さないと分かってか、は深く突っ込みはしなかった。
他人のプライベートに首を突っ込むと後で酷い目を見るに違いない。
「それにしても、よく動いたな。・・・考えれば、多分10年以上前だと思うが・・・コレくらいの型」
「カタギリさんが色々と直したりデータを書き換えてくれたから、今の天体が見れるようになってる」
「それで、観てたのか?」
「うん。あ、グラハムも見る?」
は、いかにも「まだ観たい!」という瞳で
私にそんな眼差しを送ってきていた。
口では言わず、目で訴えるところが可愛くてたまらない。
私は微笑みを浮かべ―――。
「いいよ、見ても」
「わぁ〜い!ありがとう!!」
「でも、条件」
「え〜」
私がある条件を持ちかけると、は素っ頓狂な声を出し
ちょっと怪訝そうな顔をする。
「別にやましいことじゃないから」
「ホントに?」
「あぁ。」
「何、条件って?」
警戒が解け、はいつもの空気を纏う。
私は笑みを浮かべ、条件を出した。
「アレが、オリオンで・・・アレがビックディッパー(北斗七星)!」
「よく知ってるな」
「うん。だって、昔毎日のようにお家の窓からお星様見てたんだ」
「そうか」
プラネタリウムを動かす条件に
私は、隣に座って見るなら構わないと言うと、は
「別にそんな事言わなくても、そうするつもりだったし」とあっさりと答え
私の隣に座って、天井に目を向けた。
私はそんなの頭を肩に抱き寄せ、天井を見ていた。
「綺麗だね」
「あぁ」
「お星様が、近いね」
「そうだな」
「でも、グラハムはいつも空が近いじゃない」
「え?」
すると、がボソリとそんなことを呟いた。
「空を飛んでる鳥のように、グラハムにとって空はとっても近い。
でも、地上に居る私は空ってね・・・とっても、遠いの」
「」
「カタギリさんからね『井の中の蛙、大海を知らず』って言う言葉を教えてもらったの」
私は顔を横に向け、の横顔を見た。
の顔はとても穏やかで、ずっと天井を見ていた。
「それはね、狭い範囲でしかモノを見てなくて、広い世界を知らないって意味なの」
「そのようだな。・・・昔、私もその言葉を調べたことがある」
「カタギリさんは曾お祖父さんに聞いたって。・・・私、今まで狭い世界に居たんだなぁ〜って思った」
「どうして、そう思ったんだ?」
「だって、空も宇宙も・・・こんなに広いのに、私ってちっぽけだなって思ったの」
の口振りからして
今まで、あのダウンタウンで生きていた自分はその世界しか知らなかった。
でも、私がそこから連れ出した途端、彼女の世界の見方が変わった。
空も、星も、宇宙も、広いのに・・・人間というのは何てちっぽけなのだろうと。
私の耳にはそう聞こえた。
「でも、グラハムはいつも空に居る。あの、綺麗な青々とした空を鳥のように飛んでる」
「私なんて、イカロスの翼だよ。蝋で似せた翼で飛んでいる・・・イカロスと同じだ」
「それでも、飛んでる。宇宙にだって、行ける。・・・私は、行けないよ」
「?」
すると、突然がソファーから立ち上がり
私から離れた。
あまりに突然のことで、私は彼女を見た。
「私は・・・行けないんだよ・・・翼もなくて、ただ・・・空を、星を見るだけで・・・っ」
「」
「・・・見つけたいのに、見つけれなくて・・・貴方も・・・パパも、ママも・・・」
暗くて分からないけど、微かにが涙を零しているようだった。
私もソファーから立ち上がり、後ろからを抱きしめた。
いつもより、きつく・・・強く、抱きしめた。
「、泣かなくていいんだ。私が、いつも側に居る」
「でもっ・・・でもっ・・・」
「無理して、飛ばなくていい。いつか、ちゃんと飛べるようになるから・・・宇宙にだって、行ける」
「・・・グラ、ハムッ」
そう言って、は降りかえり
私に抱きついてきた。
そんなの体を私は、すぐさま抱き返し
耳元で優しく囁いた。
「そのときは、君の父上の星や母上の星も見つけれる。君が見つけれないときは私が見つけてくるから」
「・・・っ、ぅ・・・ふぅ・・・ぅう・・・っ」
「無理して、飛んで、翼が折れたら・・・飛べなくなるだろ?元も子もないじゃないか」
「・・・ぅ、ぅん」
私は、の頭を優しく撫で語りかけるように喋る。
「今度、宇宙に行こうか」
「え?」
「軌道エレベーターを使って・・・本物の星を見に行こう」
「グラハム」
私がそう言うとは驚いた表情で私を見ていた。
「此処じゃない、もっと広い空にある星・・・もちろん、アメリカ中の空よりも広い空で
他の惑星だって見れる・・・地球だけじゃない、月、火星、水星・・・な。手配はしておく」
「ホント?」
「嘘で言ってどうするんだ?・・・行こう、・・・宇宙旅行と洒落込んで」
「・・・・・・」
「イヤか?」
「・・・うぅん、行く!」
鳴いたカラスがもう笑った。
そう言ったら、きっとは怒ってしまうから敢えて言わずにいよう。
君が喜んでくれるのであれば、何だって惜しまない。
「じゃあ、約束ね!」
「あぁ。・・・約束のキス、してもいいかな?」
「・・・それ目的で言ったの?」
「いや、今思いついた」
「約束って言ったら指きりじゃないの?」
「キスでも変わらないだろ?」
私がそう言うと、は呆れて、でも笑った表情になったと思う。
暗い部屋だけど、そういう風に見えた。
「キス、してもいいだろ?」
「・・・いいよ」
「星の下でキスするのも悪くないな。・・・まぁ今度は本物の星を見ながらキスをしような」
「もぅ、グラハムったら」
そう互いに笑いながら、私たちは唇を重ねた。
プラネタリウム、星まで後数センチ
(星に手が届く所まで、私が君を連れて行ってあげる)