「ゴホッ…ゴホッ・・・ウッ!?」
手には、口から吐き出された血が付着していた。
夜、月明かり窓から差し込み、私は呼吸を整えた。
「体があれしきのGに耐えられないなんて・・・」
新型ガンダムが、軍事工場であるアイリス社を襲撃した。
その際、私は単独でガンダムに立ち向かい応戦し、何とか守りきった。
だが、カスタムフラッグの最大旋回時にかかる重力に
体が耐え切れず出血を起こし、イリノイの基地に着いた頃には
私は負傷のあまりその場に倒れ病院に運ばれた。
今でも咳をすれば、体内から血が出て吐いてしまう。
それほどまでに体に大きな負担がかかっていたことを表している。
「後、3日は・・・帰れそうにないな」
個室の病室で私はそんな事を呟いた。
扉には【面会謝絶】の貼り紙がしてあり
病院関係者しか入れないようになっていた。
「は・・・どうしてるだろうか?」
入院して、はや5日。
家に連絡する事もできず、私は病室のベッドに居た。
もちろん携帯で自宅にかけようと試みたが、医者や看護婦に止められた。
院内は携帯禁止だから無理もない。
多分私のことは、カタギリから聞いただろう。
私は半分起こしていた体をベッドに沈めた。
「あー・・・また、怒られてしまうな」
この間まで、彼女と些細な事でケンカをして
つい最近仲直りしたばっかりだ。
しかしあの時は私が頭に血が上っていたあまりに起こした事で
にはなんら否はない。
そして、彼女は私に泣きながら・・・・――――。
『何処にも、行かないでっ・・・・死んじゃやだ』
彼女の必死な、言葉だった。
戦争で親を亡くし、今まで一人ぼっちだった。
そんな彼女の懸命な言葉が心に響いた。
だから、命は・・・この命だけは無駄にはできない。
死ぬなんてできないんだと、決めたはずなのに。
その矢先に、このザマだ。
「私は一体、あの子にいくつ約束をして、いくつ破ってきたのだろう」
きっと数え切れないくらい
私はとの約束を破っているに違いない。
守ると、愛すると、側にいると、そう決めたのに
どうして、私は一つも守りきれてないんだ?
「なんて、不甲斐ないんだろうな・・・私は」
ベッドの中で眉を歪め
気の抜けた笑みを零し、私はそう呟いた。
――――ガチャッ・・・!
すると、扉の開く音がした。
こんな夜中だ、誰が来るはずがない。
多分看護婦だろうなと思い、私は姿勢を正し寝たフリをする。
そして、数秒足らずで私の横に人の気配が感じれた。
此処で目を開けたら、相手は看護婦。
何を言われるかわからない。
私はそのまま目を瞑ったまま、去るのを待っていた。
「・・・ッ・・・ぅっ・・・うぅ・・・・」
だが、聞こえてきたのはすすり泣く声で
なんだか聞き覚えのある声だった。
私は、まだ目を閉じたままその声に耳を傾けた。
「・・・ぅ・・・どうして、グラハム・・・な、んでっ・・・」
まさか、この声。
「か?」
「えっ!?・・・グラハム」
よく知ってる声に間違いなんかない、この声はの声だった。
私は目を開け、彼女を見た。
すると、そんな私を見たのかも驚いた。
私は思わず、体を勢いよく起こした。
「来たらダメじゃない・・・痛っ!」
「グラハム!」
「大丈夫、だ・・・ちょっとまだ、痛むだけだから心配するな」
勢いよく体を起こしたので、内臓に急激な痛みが走る。
はすばやく私の側に寄り、心配する。
だが、私はそんな彼女を心配させまいと少し痛むと振舞うが
実のところ、まだかなり痛む。
「痛い?看護婦さん呼ぼうか?」
「心配するな。それに今呼んでみろ、君が追い出されるだけだぞ」
「そ、それは・・・。で、でも・・・グラハムの体がっ!!」
「大丈夫だ、しばらくすれば治まる。・・・それより、何で来たんだ?」
私は腹部を押さえながら、隣にいるに言う。
するとは少し寂しげな顔をした。
「だって、もう5日も退院するって言う連絡もないし。
病院に来れば表には面会謝絶の貼り紙してあるし・・・連絡の仕様がないじゃない」
「だからと言って、忍び込むことはないだろう。よく見つからなかったな」
「こういうのは昔から得意なの。よく悪戯して、こういうところに夜中に忍び込んだりしてたし」
「君も案外やんちゃな子供だったんだな」
私が笑ってみせると、
ようやく、彼女の顔にも笑顔が戻った。
その場の空気が温まり、穏やかになるそして、沈黙が訪れた。
私は、そっとの頬に触れる。
「どうして、泣いてたんだ?」
「えっ?」
「こんなに笑えるのに、どうしてさっき泣いたりしたんだ?」
すると、は悲しそうな顔をして俯いた。
「カタギリさんから聞いたの。血を吐いて、倒れたって。フラッグにかかる重力に耐え切れなかったからって」
「そうか」
「心臓・・・止まりそうだったわよ、それ聞いた瞬間」
「」
は泣きながら、私に訴えた。
「だって・・・!この前、約束したばっかりじゃない!!何処も行かないでって・・・死なないでって!」
「だが、多くの命を見過ごすわけには行かなかった」
「単独飛行は、危険だって・・・分かってたじゃない。それを無理して」
「だが、私が出なければ・・・行かなければ、罪もない人たちが死んでいった。行くしかなかったんだ」
「でもっ!」
「これ以上、誰にも死んでほしくないんだ!!・・・・ぅっ・・・ゴホッゴホッ・・・」
「グラハム!!」
私は思わず叫んでしまい、咳が出て止まらない。
すぐさま彼女が私の背中を摩ってくれて徐々に咳が治まっていく。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・誰にも・・・死んでほしくない。君すら、失いたくない。君のいる、このアメリカを・・君を守りたいんだ」
「貴方が失われるくらいだったら、どうでもいいよ。守ってもらわなくていい。貴方が・・・貴方が」
「 無 事 で 生 き て い て く れ る だ け で そ れ だ け で い い の 」
は私を抱きめながら言った。
温かい彼女の胸の鼓動は、早いほどの脈を打っていた。
ずっと、ずっと、心配してくれていたんだ。
「だから、もう・・・こんな無理な事、しないで」
「・・・すまない。君が私をこんなに心配してくれていたなんて」
私は見上げるように彼女を見て、頬に触れ
指で涙を拭う。
「。私は何一つ、君との約束を守りきれてない最低な男だ。
君をこうやって悲しませてばかりで本当にすまない」
「グラハム」
「でも、私は君を失うことが何よりも怖い。自分を擲ってでも君を守りたい、それだけは分かっててほしい」
「私だって、貴方を失うことが怖いの。もう1人は嫌なの・・・だからお願い、1人にしないで」
そう言って、は私を包み込むように抱きしめた。
私はそんな彼女の体を抱き返した。
「しない、しないさ。君を1人残して死んだりしない。それだけは約束する」
「破ったら、承知しないから」
「だが、君も死なないでくれ。君の居ない人生なんて、私には考えられない」
「恥ずかしい台詞は、相変わらず健在ね。元気そうでよかった・・・忍び込んで正解だったみたい」
泣いた顔がようやく本当の微笑をみせた。
窓を見ると、少しずつ月が沈み夜が明けてくる。
そろそろを帰さないと本当に彼女が出入り禁止になってしまう。
「さぁ帰るんだ。あと2〜3日の間は辛抱をしてくれ」
「うん。早く良くなって・・・帰ってきてね。待ってるから」
「あぁ。気をつけて、見つからないように帰るんだぞ?」
「ありがとう。じゃあね」
は明るく、小さく手を振って帰って行った。
私は、ベッドに体を沈め伸ばす。
「さて、こうしてはいられないな。早く治して帰らなければ・・・また、に泣きつかれそうだ」
君の居ない世界なんて、考えたくない。
君の居る世界だからこそ、私は守りたいんだ。
愛する人のために、朽ち果てようとも
君のためなら、惜しみなくこの身を捧げよう。
「なんて、こんな事言ったらまた怒られそうだな」
笑っていると、いつの間にか咳も治まり
内臓の痛みを引いていった。
やはり、私には彼女が居なくてはダメみたいだ。
涙と約束
(約束は守る、だからもう泣かないで)